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第六十八話 看病

 買い物を済ませて御池に戻ると、もう夕食の時間だった。

「どうぞ」と誘われたが、この山積みの荷物を片付けないとな。

 アイテムボックスに突っ込んでおいてもいいが、そのままになりそう。こういうのはさっさと片付けるに限る。


「とりあえず先に荷物離れ(むこう)に置いてくる。

 竹さんの様子も診てくる」

 そう言って、一旦離れに移動した。



 部屋をのぞいたら竹さんはまだ眠っていた。

 苦しそうに熱い息を吐いている。

 かわいそうに。

 ずっとついていた黒陽によると、あれからずっと眠っているという。


「姫にしては無茶をしていたからな。

 蒼真の薬を飲ませているから、明日には熱も下がるだろう」


 置いてあった非接触型体温計で計ったら三十八度を超えている。つらいだろうな。

 額の冷却シートを取り替え、そっと頬に手を添えた。


「……早く良くなって……」


 やっと触れられた。

 やっとそばにいられる。


 彼女が熱に苦しんでいるというのに、胸に沸き起こるのはそんな喜び。

 愛おしい。俺の『半身』。

 これからはずっと一緒だ。ずっとそばにいる。


 愛しくて。愛おしくて。


 そっと、顔を、近づけた。


「―――おい」


 ビクゥッ!!


「早く食事に行くぞ」


 ベッドサイドの机の上の黒陽に声をかけられたが、すぐに反応できない。

 ドッドッドッドッと、心臓が激しく打っている。


 え? 俺、今ナニしようとした?

 き、キス、しようとした!?


 え? なんでこんな。いや、今までもシたかったけど。でも、こんな、だって、今までは俺、竹さん前にしたら動けなくなって。

 なのに。そうだ。今日はなんでか言葉が出た。身体も動いた。それに。


 竹さんを見ていたら、触れたくてたまらない。

 ずっと抱きしめていたい。俺の腕の中にいてほしい。

 他の誰も見ないでほしい。俺だけを見ていてほしい。


 独占欲で占められる。

 守りたくて。離したくなくて。

 

 ――あれ? こんな話、いつか聞いた。

 いつ? 誰から?


 考えて考えて、思い出した。

 そうだ。昔、晃が言っていた。

 俺がどうしようもなくポンコツになっていると話したとき。


『半身』に『受け入れられた』ら『落ち着く』。

 そのかわり、『受け入れて』もらったら、今度は始終くっついていたくなる。


 ――これか!?


 ということは?

 竹さん、俺のことを『受け入れて』くれてた――?


 ブワワワワーッ!!

 喜びが身体中を駆け巡る!

 風が巻き上がる。吹き上がる。

 あの船岡山の桜のような桜吹雪が舞い上がる。


 竹さん、俺のこと、意識してくれてた?

 少しは『男』と思ってくれてた?


「………黒陽」

「ん?」

「………竹さん……俺のこと、なんか言ってたか?」


 信じられなくて、信じたくて、でも俺の思い込みかもしれなくて、黒陽に確認してみた。

 俺の気持ちなど気付かないうっかり亀は「ああ」とあっさり答えた。


「お前がどうしているか、気にかけていたぞ」


 そうなのか!? 会えない間も俺のこと気にしてくれてたのか!!


「で!?」


 他になにか言ってなかったか!?『会いたい』とか『好き』とか!!

 そう思って聞いたのに「『で?』とは?」と逆に聞かれた。


「他になにか言ってなかったか!?」

「いや。別に?」

「……………そうか……………」


 ……………あれ? 俺の勘違いか?

『受け入れて』くれたと思ったんだが、違った?


 喜びが大きかっただけにガックリきた。くそう。情けない。

 肩に黒陽を乗せたままトボトボと御池へ向かった。




 御池のマンションに移動すると、双子が夕食を終えたところだった。

 これから風呂に入れて歯磨きをして寝かしつける。

 それぞれの仕事の都合で世話をするひとは変わるが、基本的にはハルとヒロが飯を食わせ、オミさんが風呂に入れ、出たところをアキさんが受け取り服を着せ、タカさんと千明さんが寝かしつけるらしい。


 子供の世話って大変なんだな。


 見慣れない俺の姿に警戒していた双子だが、ヒロが「トモだよ」と何度も説明してくれてようやく納得してくれたらしい。


「今日からトモくんも一緒にごはん食べるのよ」とのアキさんの説明に「わあぁい!」と喜んでくれた。かわいいやつらだなぁ。


「たけちゃはー?」

「竹さんはお熱が出てねんねしてるんだよ」

「おねつー?」

「いたいいたいー?」

 額に手を当てるヒロを真似して短い手を額に当てる双子。かわいすぎか。

 すかさずアキさんが写真を撮っていた。



 双子のかわいい姿に癒やされた。

 帰宅したオミさんに連れられて双子は風呂へ。

 アキさんが俺達の夕食を用意してくれた。

「雑炊作るから、あとで竹ちゃんに食べさせて」と言われ了承する。


 飯を食いながらハルとヒロと黒陽にこの数週間の話を聞く。

 主に竹さんの様子。


 竹さんは相変わらずがむしゃらともいえる勢いで働いていたという。

 京都の外側を囲う結界の確認。市内のあちこちの結界の確認。霊玉の作成。

 毎日クタクタになって帰ってきていたらしい。

 それなのに日毎(ひごと)に飯が食えなくなっていっていたとアキさんが話す。


「たくさん歩いてたくさん霊力も使っているはずなのに、今はこのくらいしか食べないのよ」

 そう言って茶碗の中に指でマルを作る。

 ……一口じゃないか。

 黒陽をジロリとにらみつけると、あわてて言い訳をした。


「いや、姫にしてはよく食べているほうだぞ? 少なくとも朝と夕は食べ物を口にしているんだから」


 ……基準がひどすぎてなんと言ったらいいのかわからない……。


 アキさんも苦笑を浮かべている。

「そんな状況だから。一口でも食べさせてくれたらうれしいわ」

「わかった」


 雑炊だけでなく、果物やゼリーなども持たされて離れに戻った。




 部屋をのぞくと、竹さんはまだ眠っていた。

 どうするかな? 飯食わせて薬飲ませたいんだがな。


「――竹さん」

 声をかけるとちいさく身じろぎした。

 起きるか?


「竹さん。具合どうです?」

 もう一度声をかけると、うっすらと目が開いた。


 ぼーっと俺を見つめていた竹さんだったが、不意にふわりと微笑んだ。


 キュウゥゥゥン!!

 なんだその笑顔! かわいすぎか!!

 俺を見つけて『うれしい』って書いてある!

 俺がいて『しあわせ』って書いてある!!

 ああ! もう! かわいい!! 大好き!!


 抱きしめようと手を伸ばしたら、彼女が右手を出してきた。

 あわててその手を握ると、ほにゃりと笑う竹さん。


 か わ い す ぎ か ー !!


 心臓止まるわ! なんだその甘えきった顔!!

 安心しきってるだろう。俺のこと頼りにしてくれてるだろう。まかせとけ! いくらでも甘えてくれ! 頼りにしてくれ!!


「竹さん。ごはん食べれます?」

 声をかけてみたが、ぼーっとしたまままた目を閉じてしまった。


 まだ熱があるな。

 名残惜しいが手を離し、非接触型体温計で計ってみるとさっきよりは下がっていた。


「竹さん。雑炊ありますよ。食えます?」

 アイテムボックスからベッドサイドの机に鍋を取り出す。

 パカリと蓋を開けると、うまそうな匂いが広がった。


 それにつられたのか、竹さんがまたうっすら目を開けた。

 これなら寝ぼけながらでも食えるかも。

 茶碗に少しだけ雑炊をよそった。

 

「身体を起こしてやってくれ」

 黒陽に言われ、首の下に腕を入れて抱き起こす。

 俺がベッドの上に座り、竹さんをもたれさせるように座らせる。


 ふう、ふう、と、しっかり冷ましてから竹さんの口にスプーンを差し出す。

 反射的にか、ちいさく口を開けた竹さんが雑炊を一口食べた。

 ちいさなちいさな一口だった。


 咀嚼(そしゃく)している。よかった。

 むぐむぐと口を動かしているうちに意識が覚醒したらしい。


「………トモ、さん……?」

 ちいさな呼びかけに「うん」と答える。

 まだ寝ぼけているのか、俺にもたれたままの彼女にもう一口雑炊を差し出す。


「もう少し食えます?」

 再びちいさなちいさな一口を咀嚼した彼女は、ほうっと息を吐いた。


「………おいしい………」

「よかった」


 黒陽も俺の肩でホッとしている。

「もう一口食お?」と差し出すとどうにか食べた。お茶も飲ませる。


 もう少し食わせたいが、どうかな? 食えるかな?

「竹さん。もーちょっと食えます?」

 問いかけるとうなずいたので、またふうふうしてスプーンを運ぶ。


 ――しあわせすぎるんだが。


 なんだコレ。修行から帰ってすぐにこんなしあわせがあるなんて考えてもみなかった。

 がんばってよかった。報われた。


 感動に震えながら「もーちょっと食える?」「もう一口食える?」とスプーンを運び、どうにかよそった分は完食した。

 黒陽が驚いていた。

 ちいさな茶碗に軽く一杯だぞ? 普段どんだけ食わないんだこのひと。


 薬を飲ませ、口元を拭いてやる。

 寝ぼけているのか身体がしんどいのか、彼女はされるがままになっている。かわいい。


「たくさん食べてえらかったですね」

 

 さっきまで双子といたせいか、つい竹さんにもちいさな子供のように接してしまう。

 よしよしと頭をなでてやると、彼女は心底しあわせそうにふわりと微笑んだ。


 ――かわいいー!


 ぎゅうぎゅうに抱きしめて押し倒したくなるのをどうにかこらえる。

 必死で頭のなかに素数を並べていく。落ち着け、落ち着け。


 そっと彼女を横にさせ、布団をきちんとかけてやる。

 額の冷却シートも替えて、右手を握った。


「飯も食べたし、薬も飲んだし。あとはゆっくり寝たら熱も下がりますよ。おやすみなさい」

 俺の言葉に彼女はちいさくうなずき、瞼を閉じた。


 つないだ彼女の右手に霊力を注ぐ。少しでも良くなるように。

 回復や治癒をかけてもいいが、蒼真様によると「この発熱は身体の正常な反応だから、下手に治癒や回復をかけて治すよりも、抵抗させて身体の抵抗力を鍛えたほうがいい」らしい。


 竹さんは基本インドア派だと黒陽が教えてくれた。

 今生もそれは変わらず、外で身体を動かして遊ぶよりも家でひとりで本を読んでいるような子供だった。

 だから基礎体力がない。

 そこに記憶の覚醒が起こり、食事が取れなくなったのに加えて霊力過多症におちいった。

 弱っていく竹さんのためにと、黒陽は手持ちの蒼真様の薬を飲ませたり回復をかけたりしていたという。


 そうやってしょっちゅう薬を口にし、回復や治癒をかけていた竹さんの身体は抵抗力が低いという。

 薬や術のチカラで無理矢理治す癖がついてしまい、自分自身で治そうとするチカラが弱くなっていると。

 だから、大したことのない熱だったら治癒や回復で一気に治すのではなく身体に頑張らせたほうが後々のためになると説明された。


 そのため、今回処方されたのは普通の解熱剤。

 蒼真様の手持ちの薬のなかには、飲むだけで一気に熱を下げる回復薬もあるらしいが、そんな理由で今回は使われなかった。


 そのおかげで俺が竹さんを構いまくれる。いいことだ。

 じっとその寝顔を見つめていると、やがて彼女はちいさな寝息をたてはじめた。

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