第六十四話 鬼ごっこのそのあとで
竹さんとの鬼ごっこで彼女の確保に成功した。
これで堂々と彼女のそばにいられる。
つかまえた彼女を抱き上げて離れに戻る。
捕まったことを嘆いていた彼女だったが、突然ハッとした。
自分のおかれている状況――俺が抱き上げていることにようやく気付いたらしい。
うっかりだなあ。かわいいなあ。
「おろしてください!」「離して!」
ジタバタと暴れる彼女の足をしっかりと抱いて固定し、いわゆる縦だっこの格好でのんびり歩く。
ああ。俺、竹さんを抱いてる。
なんてしあわせなんだ!
じんわりとしあわせをかみしめながらわざとのんびり歩く。
少しでもこのしあわせな時間が続くように。
「聞いてください!」
「聞いてますよ?」
サラッと答えたら、彼女は真っ赤な顔をしかめた。
怒った顔もかわいいなあ。
「――聞いてるなら、おろしてください!」
「駄目ですよ。おろしたら俺が貴女をつかまえたと証明できなくなるじゃないですか」
そう反論したら彼女はグッと詰まった。
「『鬼ごっこで俺が貴女をつかまえたら、貴女は俺をそばに置くことを認める』
そういう『約束』でしょう?
ちゃんと俺が貴女をつかまえたと、みんなに証明しないと。
だから、おろすことはできません」
噛んで含めるように説明すると、彼女は真っ赤な顔で眉を寄せた。
への字口になってる。かわいいなぁ。
ついへらっと笑みが浮かぶ。
そんな俺に彼女はさらに口を山型にした。
「――竹さん」
呼びかけても、怒っているのか拗ねているのか返事がない。
ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「怒ってます?」
返事がない。
困った。本当に怒らせたか?
どうしようと困っていたら、ふ、と空間がゆらいだ。
ぽん。と黒い亀が目の前に現れた。
「なにをのんびりしているんだ。さっさと戻ってこい」
「黒陽」
ちょっとのんびりしすぎたらしい。過保護な守り役のお迎えが来てしまった。
ハルの終了宣言が出てすぐに結界解除したからな。
ぴょんと俺の肩に飛び乗った黒陽が、竹さんの様子に気が付いた。
「――姫?」
反対の肩にもたれさせている竹さんは黒陽の呼びかけにも黙っている。
「『捕まえた証明にするために下ろせない』って言ったら、怒っちゃって」
「……おこってないですもん」
ぶすう、と言うのがぴったりな言い方で彼女がぼそりと声を落とす。
そんな声もだせるんだね。かわいいなあ。
「……私のそばにいたらだめだって、何回も言ってるのに。全然わかってくれない……」
拗ねてるの? 心配してくれてるの? それともやっぱり怒ってるの?
なんにしても、かわいい!
俺の前だからそんなふうに素直に感情出してくれてるってなぜかわかって、愛おしくてたまらない!
俺の肩の亀がひとつため息をついた。
「――姫。大丈夫です。
この阿呆は姫のそばにいられればしあわせです。
せいぜいこき使ってやりましょう」
「もう! 黒陽!」
ぷりぷり怒るのかわいい。
つい笑顔になってしまう。
「黒陽の言うとおりですよ。こき使ってください。
貴女のそばにいられるなら、なんでもします」
「――だから!」
俺の言葉に彼女はキッと俺をにらみつけた。
「それがダメなんです!」
「それ?」
どれだ?
視線でたずねる俺に、彼女は怒ったように言った。
「私のそばにいたら、貴方が不幸になる!
私は『災厄を招く娘』なんだから」
まだソレ言ってるのか。頑固だなぁ。
俺の肩の黒陽がそっと首を下げたのがわかった。
困った主従だ。
仕方ない。
ため息をひとつ落として、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「じゃあ、試してください」
そう言うと彼女はキョトンとして「は?」とだけ言った。
キョトンとするのかわいい。
知らず笑みが浮かぶ。
「俺が本当に貴女の言うように不幸になるか。
俺をずっとそばに置いて観察してください」
「そ」
俺の言葉に彼女は言葉を失ったらしい。
パクパクと口を開け閉めするだけで何も言えなくなってしまった。
「さっきも言ったけど」
抱きかかえて近くなった彼女の顔をのぞきこむようにしてはっきりと言った。
「俺は貴女のそばにいられるだけでしあわせなんです。
貴女がいくら災厄を招いても、貴女がそばにいてくれる限り俺は平気です」
「そんなわけないじゃないですか!」
「そう言われても、実際そうなんだから」
かみついてくる彼女にへらっと笑って答えると、彼女はまたムッとしてそっぽを向いてしまった。
「……とにかく、離れに戻れ。明子が心配しているから」
黒陽に急かされて、仕方なく縮地で離れに戻った。
「確保しました」
竹さんを抱いたままアキさんに報告すると「ご苦労様」とえらそうに答えるアキさん。
「では、トモくんを竹ちゃんのお世話係とします。
よろしいですね竹ちゃん。黒陽様」
竹さんは黙っている。多分ぶすうっとふくれている。かわいい。
「姫。仕方ありません。明子がここまで言うのですから。
明子の言うとおり、トモをそばに置きましょう」
黒陽の言葉にも返事をしない。困ったひとだ。
ハルもヒロも普段にない竹さんの様子に苦笑している。
「とりあえず上に上がりましょ? お茶にしましょう」
アキさんにうながされて全員で二階に移動することになった。
うっかりなひとはうっかり俺に抱かれたまま移動していたが、玄関でようやく気が付いてしまった。
「お、おろしてください!」
「えー」
「もう『証明』は済んだはずです! 靴も脱がなきゃ!」
ジタバタするのかわいい。もう、愛しさが止まらない!
三年ぶりに会った彼女は『かわいい』の塊になっていた。
「阿呆なこと言ってないで。おろしてさしあげろ」
ハルに言われてしぶしぶ竹さんをおろす。
途端に身体が欠けたような気持ちになる。
……やっぱり抱いてたほうが……。
「しつこいと嫌われるぞ」
ハルの言葉にビシリと固まった。
嫌われたくない。嫌われるくらいなら、我慢する。
そうだ。我慢。我慢だ。
そばにいられることになったんだからいいじゃないか。十分じゃないか!
どうにか自分に言い聞かせて、二階へと移動した。
二階のリビングの椅子にそれぞれおさまると、アキさんがお茶を出してくれた。
走り回った俺達に配慮してか、冷たい麦茶。
口にするとあまりのうまさに一気に飲み干してしまった。
すぐにアキさんがおかわりをいれてくれる。
竹さんもコクコクと半分くらい飲んでいた。それにもアキさんが追加を注ぐ。
「さて」
アキさんも席について、改めて話し合いの場ができた。
向こう側にアキさん、蒼真様、ハル、ヒロ。
こちら側に俺、黒陽、竹さん。
竹さんは生真面目にぴっと姿勢を正した。
「それでは早速ですが、トモくんには竹ちゃんのお世話係をしてもらいます」
「承知し「待ってください!」
ガタっと椅子から立ち上がり、竹さんが叫んだ。
「やっぱりダメです! トモさんを私のそばにおくことはできません!」
「あらなんで?」
のんびりとしたアキさんの問いかけに、竹さんは痛そうに顔をゆがめて必死に言い募る。
「危険なんです」
「なにが?」
「私のそばにいたら私の気配がついてしまいます」
「なにがおこるかわかりません」
「どんな災厄がふりかかるか」
竹さんは一生懸命にアキさんに訴える。
そんなに俺のこと心配してくれるのか。
ジインと感動に震えている俺の前で、アキさんがにっこりと笑った。
「そのためにお守りくれたんでしょ?」
『ギャフン』ってこういう顔か。
そんな顔で竹さんは黙ってしまった。
ヒロ。顔そむけても震えてたら駄目じゃないか。笑ってるのバレバレだぞ。
「だ、だって」
お。竹さん復活。
「この前の鬼みたいなことになったら」
「強くなったからあの鬼レベルならもう平気だよ」
蒼真様が太鼓判を押してくれる。
「そ、そうは言っても」
なおももにゃもにゃと埒のあかないことを口にする竹さん。
「危険なんです」
「修行したんだから大丈夫でしょ」
「巻き込めない」
「『巻き込む』じゃないってさっきも言ったでしょ?『お仕事』よ。『対価』よ」
「災厄が」
「お守りがあるでしょ」
何を言ってもアキさんに返り討ちにされている。
ヒロ。もう椅子から落ちとけ。震える背中しかみえてないぞ。
「でも」「でも」
べしょりと泣きそうな竹さんがかわいくてたまらない!
助けてあげたいのはやまやまだが、俺が口出すと拗ねるか怒るだろうからなあ。アキさんに任せておくのが最適だろうなあ。
困っていたそのとき。
突然、一羽の小鳥が飛んできた。