第六十三話 鬼ごっこ vs竹さん
黒陽を結界の中に放り投げ、竹さんのもとへ駆ける。
――いた。
竹さんは気配を消して隠形を取り、高い樹の葉の茂る中でじっとしている。
まるでなにかを祈るように、固く両手を組んでいた。
ごめんね。
心の中で謝って、そっと背後から近づく。
三年前。
初めてこの後ろ姿を目にしたときから『とらわれた』。
あの船岡山で出会った瞬間から、俺の世界は彼女を中心に回り始めた。
好き。大好き。そばにいたい。
守りたい。役に立ちたい。しあわせにしたい。
そんなことばかりが胸に浮かんで、ポンコツになった。
彼女でいっぱいで、彼女のことしか考えられなくて、そのくせ本人を前にすると何一つまともにしゃべれなくて。
ようやくだ。
ようやく、彼女をつかまえられる。
そっと、そっと彼女に近づく。
あと少し。手を伸ばす。
そのとき。
バッと振り向いた彼女は俺を見つけ驚愕を張り付けた!
え? なんでバレた?
あっと思った瞬間には彼女はもういなかった。
また転移した!
すぐに風で探る。追いかける。
見つけた!
また隠形を取って気配を消し、じっとうずくまっている。
固く目を閉じて祈るような格好は、恐怖に震えているようにも見える。
気付かれないようにこちらも気配を消して慎重に近寄る。
と。
またしてもあと一歩というところで竹さんに気付かれて逃げられた! くそう!
おそらく結界を応用した陣を周囲に展開しているな。
誰かがその中に侵入したら竹さんがすぐ気付くような陣が。
それなら。
三度竹さんの位置を探る。
見つけた!
今度はスピード重視で一気に近寄った!
バチィ!!
障壁に弾かれた!
「!」
なんとか悲鳴は飲み込んだ。が、またしても逃げられた。
くそう。
痛む手に回復をかける。
竹さんが消えた瞬間に風を展開して位置は把握している。
今度こそ絶対につかまえてやる!
竹さんが転移した場所へ急行する。
そこにはなにもなかった。
落ち着いてじっとそこを見つめていると、ふと『道』が『視えた』。
俺には特殊能力がある。
『境界無効』。
『異界』でも結界でも関係なく侵入してしまう。
だから、竹さんのこもっている『異界』への『道』も、すぐに『わかった』。
さっきの黒陽の『異界』はちいさな『世界』だったから手を突っ込むだけでよかったが、竹さんの『異界』はそれなりの大きさがあるようだ。
するりと侵入する。
薄ぼんやりとした『世界』に、竹さんはひとりで座り込んでいた。
俺の侵入に気付いたのだろう。
ハッと顔を上げた竹さんは驚愕を張り付けていた。
「と、トモ、さん!? なんで」
あわてふためくのかわいい。
ついへらりと笑みが浮かぶ。
「お忘れですか? 俺『境界無効』の特殊能力持ちです」
『そうだった!』と言いたげに竹さんが驚いている隙につかまえようと近づいた。が、またしても障壁に防がれる!
バチッ! と痛みが手に走る!
が、無視してさらに手を伸ばす!
一歩及ばず彼女が先に後ずさった。
と。
ガッ!
咄嗟に防いだが、防御した腕がジンジンする。
まさか彼女が回し蹴りをかましてくるとは!
武闘派な動きなんてこのどんくさそうなひとにはできないと思ってた!
回し蹴りを防がれた竹さんはそのままくるりと回った。
その手に、刀があった!
やばい!!
こちらも瞬時に霊力で刀を作り、構える。
その瞬間!
竹さんの刀が襲いかかってきた!
あと一瞬遅かったらやられてた!
そのまま怒涛の勢いで剣戟をさばく。
嘘だろ!? このひと、めちゃめちゃ強いじゃないか!
俺の強さを見せつけるつもりだったのに、逆に強さを見せつけられてどうするんだよ!
竹さんの剣は舞のよう。
ナツの剣よりももっとやわらかく、流れる水のよう。
それがすごいスピードで繰り出される!
正直さばくので精一杯だ!
筋力の差か、一撃に重さがないのでなんとか対処できている。
だが、このままでは埒があかない。
基礎体力は俺のほうがあると思う。このままさばき続けて竹さんの体力切れを狙うのも一つの手だが、今回はタイムリミットがある。
この『異界』にいる間の時間がどうなっているのかもわからない。
できればさっさと彼女を確保して、さっさとこの『異界』から出たい。
パッと竹さんが離れた。
と。
ドドォッ!!
一瞬でとんでもない量の水が襲いかかってきた!
なんだこれ! 滝か!? 津波か!? 水圧がすさまじい!
瞬間的に障壁を何重にも展開したおかげでどうにかこらえたが、とんでもない霊力操作だな!
水圧に耐えていたそのとき!
バッとよけた!
俺のいた位置に細い細い水弾が撃ち込まれた。
………おいおいおいおい。
こんなの当たったら俺死んじゃうよ?
竹さん? わかってる?
さっきの黒陽も似たような水弾撃ってたし、このうっかり主従にはいつもの訓練なのかもしれない。
改めてレベル差を見せつけられるようだ。
だからといって引くわけにはいかない!
俺は竹さんのそばにいたい!
バババッと水弾を避けながら位置取りをする。
ここだ!
細い細い『道』を目指して突き進む!
彼女の展開していた障壁も破る!
痛みを無視して手を伸ばす!
彼女は驚愕に染まっている。
届け! 届け!!
―――届いた!
指の先が彼女の肩をとらえた!
そのままの勢いで、息を飲んだ彼女を抱きしめた!
「つかまえた」
ぎゅうっ。
抱きしめると途端に胸に広がる多幸感。
このひとだ。
俺の『半身』。俺の唯一。
ひとつに重なり、溶ける。
「つかまえた」
もう離さない。もう逃がさない。
ずっと、ずっとそばにいる。
祈りを込めて、願いを込めて、そのぬくもりを抱きしめた。
「――なん、で……? だって、結界……」
戸惑い混じりの声に笑みがもれる。
「俺、『境界無効』の能力者」
今日何度目かわからない説明に、腕の中の彼女が愕然としたのがわかった。
かわいいなぁ。うっかりだなぁ。
おっとそうだ。このまま彼女を堪能したいのはやまやまだが、タイムリミットがあった。
思い出し、彼女をひょいと縦抱きに抱える。
「ひゃ」とおかしな声をあげた彼女に構わず『異界』を出る。
すう、と息を吸い込み。
「確保ォ!」
大声で宣言した。
「あ」と彼女が間抜けな声をもらしてすぐ。
ハルの式神が飛んできた。
すぐ近くの木の枝に止まった小鳥がハルの声で告げた。
「タイムリミット五分前。
対象二人の確保を確認。
テストの終了を宣言する」
「――うそ!」
途端に竹さんが暴れ出した。が、構うことなくがっちりと抱きとめる。
動くことも逃げることもできず俺の腕の中でジタバタする竹さん。かわいいなぁ。
「ま、待ってください晴明さん! 私、まだ戦えます!」
「残念ですが姫宮」
ハルの式神が大袈裟なため息を伝える。
「今回のテストは『確保すること』がクリア条件です。
『確保』を宣言した時点でしっかりと確保されていた以上、テストはもう終了です」
ハルの説明に「そんな……」と竹さんはがっくりうなだれてしまった。ごめんね。
「とりあえず戻って来い。今後の話を詰めよう」
「わかった」
「ううううう」と両手で顔をおおってしまった愛しいひとは、俺に抱かれていることに疑問を持っていないらしい。というか、それどころではないらしい。
俺に文句はないので抱いたまま移動することにした。