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第六十二話 鬼ごっこ vs黒陽

 全員が離れの玄関前に並ぶ。

 ハルが結界を張った。


「半径一キロに結界を張りました。

 姫宮。黒陽様。逃げるのはこの範囲内で」


「うむ」「わかりました」


 続けてハルが俺に向く。


「この結界の中で、時間内に姫宮と黒陽様を確保すること。

 それがお前のクリア条件だ。

 どんな手を使っても構わない。

 どんな手を使うかも評価するからな」


 うなずく俺の背中にハルは札をペタリとつけた。


「この式神がお前の映像を送ってくる。

 僕らはここでその様子をみて判断する」


 俺の背中の札から紐のようなものが伸びていく。

 頭上数十センチあたりにぷかぷかと小鳥が浮かんでいた。

 なるほど。この式神の眼を通してハルの持っている水晶玉に映像を送ると。

 少し後ろからの映像になるから、俺がどう行動するかも映ると。


「時間は一時間。

 試験は逃げ役が出発したときから始まる。

 逃げ役が出発して十分後に受験者がスタート」


 ………なるほどね。


 あえてなにも指摘せず、ただうなずいた。


「では、もう一度確認します」

 アキさんが神妙な顔つきで手を挙げた。


「鬼ごっこでトモくんが竹ちゃんと黒陽様を確保したら、トモくんを竹ちゃんのお世話係にする」


「『お世話係』!?」

 ぎょっとして竹さんが叫ぶ。


「『健康管理』じゃなかったんですか!?」

「それを平たく言うと『お世話係』でしょ?」


 ペロッとアキさんに論破されて竹さんは絶句した。

 もちろん俺は黙っていた。

 ヒロもハルもそっと顔をそむけていた。

 笑いをこらえているのかもしれない。


 あわあわする竹さんを放置し、肩に龍を乗せたアキさんは俺に向いた。


「トモくんが竹ちゃんと黒陽様、どちらかひとりでも確保できなかったら、実力不足とみなしてお世話係にする件は考え直す」


「はい」


 やっぱり『撤回する』じゃないんだな。

 竹さん、気付いてないな。よしよし。

 黒陽は気付いているっぽい。竹さんの肩でわざとらしくそっぽを向いている。


 でも、どうせなら正々堂々と勝負して、きっちり勝って、堂々と彼女のそばにいたい。

 だから、俺は今回一切手を抜かない。全力を出し切る!


「『どんな手を使ってもいい』んだったな」

「もちろんです」


 黒陽がわざと『どんな手を』を強調してハルに確認する。

 ハルは意地の悪い狐の笑みで応えた。

 黒陽も初めて見る獰猛な、それでいて楽しそうな笑みを浮かべている。


「ちょっと作戦会議をさせてくれ」と黒陽が竹さんを少し離れたところに連れて行った。

 何やらコソコソ話をしている。


 それをながめていると、つつつ、とアキさんが寄ってきた。


「……大丈夫?」

「もちろん」


 わざと不敵に見えるように笑ってみせる。

 アキさんはそんな俺にちょっと目を丸くしたけれど、すぐににっこりと微笑んだ。


「あーあ。黒陽さん、なんかノリノリだねぇ」

 蒼真様が困ったようにつぶやく。


「手助けしてくれるんじゃないかって期待してたんだけど」


 だよな。俺もちょっと期待してた。

 あのうっかり亀、絶対話聞いてるうちに楽しくなって『俺を竹さんのそばに置く』こと忘れてるぞ!


 まあいいけど。

 そんな黒陽に勝ってこそ竹さんを納得させられると思うから。


「よし。いつでもいいぞ」

 黒陽を肩に乗せた竹さんはあの巫女装束になっていた。

 何度見てもかわいいなぁ。

 でれでれと見惚れてしまう。

 そんな俺に竹さんはチラリと目を向けただけで、ふいっとそっぽを向いてしまった。


 まずい。気持ち悪かったかな?

 邪念はもれてなかったと思うんだが。


「では、姫宮。黒陽様。よろしいですか?」

「はい」「ウム」

 ハルに問いかけられ、ふたりがうなずく。


「トモもいいか?」

 問われたので「ああ」と答える。

 ぐっと拳を握る。


 これは、おそらく最初で最後のチャンスだ。

 竹さんのそばにいるための、最初で最後のチャンス。


 あの思い込みの激しい頑固者に俺を認めさせるために。

 竹さんのそばにいるために。


 やる。やってやる。

 絶対につかまえてやる。


 ギッとにらみつける俺に竹さんは気付かない。

 黒陽だけが楽しそうに視線を返してきた。


「では、これより実力診断テストを開始します。

 三、二、一――始め!」




 ハルが開始を宣言した途端、竹さんの姿が消えた。


「お前はまだだ。あと十分」

「わかってる」


 ハルに答えながら風を展開する。

 竹さんと黒陽に気付かれないように、薄く、広く。


 ――見つけた。


 半径一キロの外周ギリギリの樹の上に竹さんが転移した。

 そのまま気配を消し、隠形をとる竹さん。

 徹底してるな。本気で隠れてるじゃないか。

 あれ? 竹さん、そんなに俺がそばにいるの嫌なのか? ち、違うよな? 俺のこと心配してくれてるだけだよな?


「は、ハル」

 心配になってついハルに聞いてみた。


「竹さん、俺のこと、嫌だったりすると思うか?」

「阿呆」


 バッサリと言い切るハルは馬鹿を見る目を向けてきた。


「余計なことを考えている暇があったら集中しろ。

 ちゃんと『わかってる』んだろう?」


 そう。『わかってる』。


 ハルは言った。

『試験は逃げ役が出発したときから始まる』

 つまり、この待機の十分でどれだけ相手の位置を把握できるかが勝負の鍵だ。


 俺は風を展開してある程度の情報を得ることができる。

 元からできていたが、宗主様のところで精度を上げた。

 転移したときにはほんのわずかだが空間がゆらぐ。

 そのゆらぎを感知すれば、どこに転移しようがわかる。


 そうやって、もうすでに竹さんの位置は把握している。

 あのひとはあの位置から動く気はないと見た。

 なら先に黒陽を確保したほうがいいだろう。


 その黒陽は隠形をとり気配を消したまま移動していた。

 こちらは転移でなく自分の足で走っている。

 亀のくせに速い。

 そうして池のほとりに着いた黒陽は自分そっくりの式神を用意した。

 その数、五体。

 それらに自分の気配をつけて池の底に沈め、自分は異界を展開してその中に入っていった。


 ガチか。


 あれ? 俺、黒陽に少しは認められてると思ってたんだが。

 竹さんのそばにいることになれば黒陽は喜んでくれると思ってたんだが。

 違ったのか?


 風で『視た』ことをハル達に愚痴ると、皆一様に呆れ果てたようにため息を落とした。


「なにやってんだよ黒陽さん……」

「楽しくなっちゃったんでしょうねぇ……」


「はあぁぁぁ……」とため息を吐く蒼真様とハルにアキさんは不安そうだ。


「黒陽様が味方してくれると思ってたから鬼ごっこを提案したんだけど……」


 失敗した? と心配そうなアキさんに「大丈夫だよ」と笑いかける。


「大丈夫。そのくらい本気出してもらわないと、俺がどれくらい強くなったか納得してもらえない」


 自信満々に宣言する俺に、アキさんも、ヒロもちょっと驚いているようだった。

 蒼真様は楽しそうに笑っていた。


「――そろそろ十分だ。準備はいいか?」

「いつでも」


 ハルの声にもう一度ぐっぐっとストレッチをする。

 大丈夫。身体は動く。位置も把握している。


「三。ニ。一。――行け!」

 ハルの合図とともに飛び出した。




 まず向かったのは黒陽のところ。

 あの阿呆亀、俺がフェイクに引っかかるとおもって油断しまくっているに違いない。

 速攻池に着き、すぐに黒陽の異界を『見つけた』。


 ――ここだ。


 ガッと無造作に手を突っ込んで亀をつかまえる!

 引っ張り出した黒陽は俺につかまれたままジタバタともがいた。


「な、なんでわかった!?」

「俺『境界無効』の能力者」


 ニヤリと笑って答える俺に『そうだった!』と言いたげに唖然とする黒陽。


 が、すぐに無数の水刃が黒陽をつかむ手を襲った!

 咄嗟に障壁を張ったが、一瞬力がゆるんだ隙を突かれて黒陽に逃げられた!


 あっと思う間もなくレーザーのような圧縮された水弾が四方八方から襲いかかる!

 障壁では防ぎきれない!

 霊力を固めた刀を出して全弾斬り落とす!


 ザバッと池の中から黒陽の姿をした式神が五体飛び出した! そのまま俺に向かってくる!

 迎え討とうと刀を構える。と、亀はみるみる人間の姿に変化(へんげ)した!


 黒い鎧をつけた黒い人間が五体。

 それぞれ刀を持って俺に襲いかかる!


 ガガガガガッ!

 五体同時の攻撃をいなす。

 白楽様の『世界』に行く前にもこうして黒陽の式神に修行をつけてもらっていた。

 あのときはけちょんけちょんにやられてばかりだったが、『向こう』で師範達にオモチャにされた今では平気で戦える。


 五対一の剣戟の隙を縫って黒陽本人も攻撃を仕掛けてくる!

 水の術をぶち込んできたり。結界で俺の動きを封じようとしたり。

 マジでガチじゃないか! くそう!


 術は物理で跳ね返したりよけたりして対処!

 結界術は陣が展開する前に逃げる!

 剣戟を重ねながらチャンスを待つ。

 五体の式神が同心円に位置どったら――今だ!


「黒陽! 壊すぞ!」

 一応一言断ってから、風刃を一気に走らせる!

 同心円上にいた式神は首を落とされ動きを止めた。

 ぐらりと崩れるより早く、風で黒陽を縛りあげる!


「なんの!」

 バシッ! 黒陽は俺の風を破った!


「想定内だよ」

 そのときにはもう俺は黒陽の背後を取っていた。

 むんずと甲羅をわしづかみにする。


「随分と手こずらせてくれたなぁオイ」

「な、なかなかやるじゃないか」


 至近距離まで顔を近づけてにらみつけてやると黒陽はやっと観念した。


「まさかここまで強くなっているとは」なんて褒めても何も出てこないぞ。


「風の術の精度も威力も段違いじゃないか」

「まあな」


 話しながらタンと地面を蹴り、宙を駆ける。

 まずは黒陽をハルに引き渡す。

 その次は竹さんをつかまえないと。


「そ、そんなに急がなくてもいいじゃないか。

 久しぶりに会ったんだ。どんな修行をしてきたのか聞かせてくれ」

「あとでな」


 あんたの魂胆はわかってるよ。

 俺を引き付けておいてタイムアップを狙ってるんだろ?

 じっとしてたらハルが使うような時間の感覚が狂う結界を展開される可能性がある。むしろこの様子ではやる気だったに違いない。


「一名確保」

「上出来だ」


 さっさと黒陽をハルに手渡す。


「これで黒陽は確保でいいか? 結界で縛りつけるか?」

「それは僕は答えられない」


 ニヤリと笑って答えるハルに、察した。

『むこう』で教わった陣を展開して、その中に黒陽をポイッと入れる。


「こらーッ! ここまでするか!?」

「こっちがやらないとあんたがやっただろうが」

 指摘してやるとグッと詰まる亀。やっぱりやる気だったか。


 俺の隙を突いて結界に閉じ込めてタイムアップを狙っていたに違いない。

 もしくはさっさと逃げ出して、勝利条件である『確保』状態にないとするつもりだったんだろう。

 念の為にと結界の外側にさらに結界を展開しておく。


「大人しくそこから見とけ」


 捨て台詞を落としてさっさと竹さんのところへ向かった。

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