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第九話 恋 颯々と

 フジとツヅキとの通話を切り、ベットにゴロリと横になる。

 先程の二人の意見を反芻(はんすう)してみる。


 とにかく彼女と話をすること。

 それからでないと、このどうにもならない気持ちも、彼女しか考えられないポンコツな頭も治らない。


 俺は『とらわれて』しまったから。

 俺は彼女に『恋』してるから。


 そこまで考えて苦笑が浮かんだ。


 俺が『恋』だって。

 この俺が。


 女なんかどうでもよくて、むしろ邪魔としか思えなくて、愛だの恋だの言ってるヤツはアタマ悪いとしか思えなかった俺が。


 でも、仕方ない。

 俺は『とらわれて』しまったから。


 彼女に、出会ってしまったから。



 彼女に会わないほうがよかったかと問われれば、そんなことはないと断言できる。

 会いたかった。ずっと会いたかった。

 その気持ちは本当。


 ずっと誰かを探していた。

 そのためにチカラをつけなければと思っていた。

 ハルに『半身』の話を聞いたとき『それだ』と『わかった』。

 彼女を一目見ただけでうれしくてうれしくてしあわせだった。


 会いたかった。会えてうれしい。


 彼女のそばにいたい。

 彼女を助けたい。

 彼女をしあわせにしたい。


 でも、こんなポンコツの俺ではそれもままならない。

 ならば。

 俺がしっかりすればいいだけだ。


 彼女のために。

 彼女のそばにいるために。

 俺がしっかりして、客観的に判断して、冷静に対処していけばいいだけだ。


 そのために何をすればいい?

 フジとツヅキがアドバイスしてくれて少しアタマが整理された。

 ということは、やはり誰かに相談するのが一番だろう。


 誰か。誰がいいか。


 一番はハルだろうな。

 あいつは人生十回目だけあって様々なことに精通しているし、俺のことも彼女のこともよくわかっている。

『半身』のことも知っている。


『半身』といえば。

 タカさん。親父。晃。

 ……俺のまわり、『半身持ち』多いな……。


 親父……は、ダメだ。

 あのジジイは『静原の呪い』を実際体験していて一番俺の気持ちに近いかもしれない。が、からかい冷やかしてくるだけだとしか思えない。


 晃……も、無理だろうな。

 あいつはまっすぐすぎる。

 彼女とうまくいってることもあって『好きっていいなよ』くらい言いそうだ。

 それができないからポンコツになってるんだっていうんだよ!


 ということは、タカさんか……。

 あの人ならまあ、相談してもいいか……。

 ただ、あの人に相談すると漏れなくオミさんや母親達に伝わりそうなんだよな……。

 オミさんはまあいいとしても、あの母親達は絶対からかってくるぞ。

 面倒くさい。心底面倒くさい。


 ……やはり、ハル一択か。

 ハルに相談して、あいつがタカさんにも話を聞けと言ったらタカさんにも相談しよう。


 とにかくこのポンコツなアタマとココロをどうにかしなければ。

 彼女と対しても冷静でいられるように。

 おかしな判断をしないように。

 彼女にふさわしい男になれるように。


 そこまで考えたら、少し気持ちが落ち着いた。

 やるべきこと、そのための道筋を定めた。あとは実行するだけだ。


 よし。とひとつ気合を入れ、ベットから飛び起きた。

 ひとまず風呂。それからハルに連絡。


 風呂に入ったらまた少しサッパリとした。

 よし、ハルに連絡するぞ!


 スマホを手に取ったら、まさにそのハルからメッセージが入っていた。



『今回の件で話がしたい。明日放課後時間をくれ』


 そうだ。

『沙汰は後日』と言われていた。

 やらかした自覚はある。どんな罰でも受ける覚悟で『了解』と返信を送った。




 翌日。金曜日。


 起きてスマホを見ると、年少組それぞれからメッセージが入っていた。

 昨夜は全然気が付かなかった。


 ナツからは『ヒロもう怒ってないよ』『ヒロと話しろよ』と。

 佑輝は何を書けばいいのかわからなかったのだろう。『がんばれ!』とスタンプひとつが送られていた。


 そして晃。

『あのひとがトモの「半身」だってみんなに話した』

『勝手に話してゴメン』

『でも話さないとヒロが苦しいままだった』


 その文面に、怒る気も失せた。。

 ヒロがあのあとどれだけ苦しんだのかが伝わってきた。

 

 ヒロが怒っても当然のことをしてがした。悪いのは俺だ。

 それなのに、去り際のヒロは痛そうな、苦しいのを(こら)えるような顔をしていた。


 思い出して、また自己嫌悪に落ち込みそうになる。

 なんとかそれを振り切って、それぞれに返信を送る。

『すぐ返信できなくて悪かった』

『昨日はゴメン』

『ヒロと話する』


 余程心配してくれていたのだろう。すぐにそれぞれから返信が来た。

『がんばれ』『がんばれ』のメッセージに、ちょっとココロが上向いた。




『放課後お前の家に行く』とハルからのメッセージに少し考えた。

 ヒロに()びのひとつでも用意したほうがいいかもしれない。

 ハルにくっついてヒロも来るかもしれない。

 もし来なくてもハルにことづけておけばヒロの手に渡る。

 ヒロの態度を軟化させるためにも、俺の誠意を伝えるためにも、菓子のひとつでも用意しておくべきだろう。


 スマホで検索。『お詫びの品 オススメ 京都市』。

 どうやら焼菓子やゼリーや羊羹など、日持ちのするものがいいらしい。

 羊羹はヒロうるさいから、避けたほうがいいだろうな。下手なものを渡したら怒りを逆なでする事態になりかねない。

 じゃあ焼菓子――洋菓子か。

 スマホで『有名店』を検索すると何店舗か出てきた。

 俺でも知ってる有名店なら自転車でも行けそうだった。



 放課後。授業が終わってすぐさま教室を飛び出し自転車にまたがる。

 あいつらの学校から帰宅して車でウチに来る時間を考えるとけっこうギリギリだ。

 オシャレタウンのほうの北山へ。

『本店限定』と書いてあるマドレーヌがあったのでこれにする。これなら双子も食えるだろう。多めに包んでもらう。

 本店限定のケーキもあったのでそれも購入。

『わざわざ本店に行って限定品を買ってきた』あたりはヒロのご機嫌を取れるだろう。

 ヒロが五個は食うだろうからとこれも多めに注文する。

 ケーキの箱を片手に持って、片手運転で帰宅した。




 坂道を登りきったところで、自宅の玄関前に誰かがいるのがわかった。

 高霊力保持者が霊力を抑えている気配に『ハルか』と納得する。

 急いで自転車を停め、荷物を持って玄関に回る。


 そこにいたのは。


「――竹さん!?」


 何故か彼女が立っていた。

 俺が名を呼んだことが意外だったのか、ちょっとびっくりしたような顔をしたあと、ふわりと微笑んでくれた。


「覚えていてくださったのですか」


 ぐあぁぁぁ! かわいい!

 忘れるわけがないだろう!

 かわいい人はかわいく笑って、さらに爆弾を投げてきた!


「おかえりなさい」


 ―――!!


  か わ い す ぎ か !


 今一瞬心臓止まったぞ!?

 なんだソレ。かわいすぎか!

 俺に『おかえりなさい』って! そんな、家族みたいな。つ、つつつ、妻、みたいな!

 もう、もう、かわいすぎるんだよ! どうしたらいいんだよ!? ああ、また『かわいい』でいっぱいになってる。昨夜(ゆうべ)反省したばかりなのに。


 彼女にとらわれて、逃れられない。

 逃れる気など最初からないのだけれど、とらわれているだけでしあわせなのだけれど、これでは、マズい。


 どうにかしたくてもアタマが動かない。

 何をすればいいのか、何をすべきなのか、全く出てこない。

 ただ馬鹿みたいにボーッと彼女を見つめることしかできない。


 今日もかわいいなぁ。

 この前船岡山で会ったときとは違う服。

 深緑ベースの大きなチェック柄のプリーツスカート。黒のハイソックスに黒のローファー。

 暗い深緑色のジャケットの中からベストが見える。

 それににスカートと同柄の大きなリボン。

 学生鞄のような黒い鞄を持って姿勢よく立っている。


 そんな彼女がちいさく首をかしげた。困ったように。

 その仕草でハッと気付いた。返事!

 ええと、『おかえりなさい』と言われたのだから、返す言葉は、ええと、ええと。


 そんな簡単なこともわからなくなっている自分にがっかりしながら、なんとか言葉を絞り出した。


「た……ただいま……」


 ふわりと、花が咲いた。


 彼女が、俺の言葉で、ふわりと、笑った。


 笑った!


 キュウゥゥゥン!!

 胸が締め付けられる! なんだコレ。苦しい! なのにうれしい!!

 また一瞬止まった心臓が今度はバクバク激しく動いている!


 うれしい! 愛おしい! かわいい! 大好きだ!


 ああ、そうだ。

 やっと気が付いた。


 俺、この人が好きだ。


『半身』だからとか、前世とか、会ったばかりとか、関係ない。


 この人が好きだ。


 やさしく微笑むこの表情が。

 穏やかな雰囲気が。

 おっとりとした話し方が。


 かわいい。好ましい。愛おしい。好き。


 好き。


 好き。

 好きだ。

 好きだ。


 身体の中をあたたかい風が暴れまわっている。

 満開の桜をゆするような、花吹雪を巻き上げるような風が吹いている。


 この人が 好き。

 好き。

 好き。


 颯々(さつさつ)と春風が巻き上がる中、そんな言葉しか浮かばなくなっていた。

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