表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/571

第六十一話 アキさんの提案

「わかりました」


 アキさんの言葉に竹さんは頭を上げた。

 俺は一気に血の気が引いた。


 え? わかったって、なにが?

 俺を竹さんのそばに置くのをやめると、そういうことか!?


 またふらりと出ていきそうになるのをヒロに止められる。

 そのヒロも固唾をのんで展開を見守っている。


「つまり竹ちゃんは、トモくんの実力に不安があるということね」


 アキさんの言葉に竹さんは絶句した。が、すぐに持ち直した。


「違います!」

「あら違わないでしょ?」


 怒鳴る竹さんにアキさんは平気な顔で反論する。


「黒陽様はずっと竹ちゃんのそばにいるじゃない」


「『黒陽様は強いから大丈夫』って竹ちゃんが思ってるからずっとそばにいてもらってるんでしょ?」


 竹さんはポカンとしている。

 多分考えたこともなかったんだな。

 そして今指摘されて初めて気付いたんだな。


 竹さんがフリーズしている隙を逃すアキさんじゃない。さらにたたみかける。


「ということは、『トモくんが黒陽様並に強い』とわかったら『そばに置いても大丈夫』ということでしょ?」


「そ」

 あわあわする竹さんを放置してアキさんは蒼真様に話しかける。


「どうかしら蒼真ちゃん。トモくん、黒陽様くらい強いかしら?」

「さすがに黒陽さんレベルまでにはなってないと思うよー。

 黒陽さん、元の世界ではトップクラスに強いひとだったから」


 そうなのか。

 ただ者じゃないとは思っていたが、そんなに強かったのか黒陽。


「でもぼく程度には強くなったと思うから。

 竹様のそばに居ても大丈夫だと思うよー」

「蒼真!」


 竹さんがかみつくけど、蒼真様はどこ吹く風だ。


「じゃあ」

 そんな竹さんにアキさんがにっこりと微笑んだ。


「実力診断テストをしましょう」


「は?」


 は?


 またなにを言い出したんだこのひとは。


 俺達の戸惑いもそのままに、アキさんは微笑みを浮かべたまま話を続けた。


「蒼真ちゃんやハルちゃんがどれだけ言っても、竹ちゃんは信じられないんでしょう?」


 そう指摘された竹さんは「信じていないとか、そういう話では…」ともにょもにょ言い訳をする。


「それなら、竹ちゃんと黒陽様が直接トモくんがどのくらい強くなったか確かめてみたらいいと思うの。

 公平に診断して、実力が足らないと判断したなら、竹ちゃん付きにするのは考え直します」


『考え直す』だけで『撤回する』わけではないんだな。

 そんな言葉の使い方に竹さんは気付いてないな。よしよし。


「トモくんには、安倍家でよくやってる実力診断テストを受けてもらいます。

 その審判員を竹ちゃんと黒陽様でしてくれる?」


「どんなテストなんですか?」

『審判員』と聞いて生真面目な竹さんは生真面目に聞き返す。

 そんな竹さんにアキさんはにっこりと微笑みかけた。


「『鬼ごっこ』よ」




 手招きされてヒロとハルとともにアキさんの前に進む。

 竹さんはびっくりしている。俺達がいること、気が付かなかったの?

 気付かれないようにハルが結界張ってたと。ありがとう。


 気配だけを消すように結界を展開していたらしい。

 だから俺達が見えていたアキさんと蒼真様は気付いていたけど、背を向けていた竹さんは気付かなかったと。

 黒陽は?

 ああ。結界の気配に気付いてたのか。さすがだな。


「さてトモくん」

「はい」


 改まったアキさんの前に立ち姿勢を正す。


「安倍家主座の母として依頼します。

 私がお世話を依頼されている竹ちゃんの健康管理と、『バーチャルキョート』に関する調査をお願いします」


 アキさんは椅子に座ったまま、鷹揚な態度で俺に命じる。

 だから俺もわざとそれっぽく受けることにした。

 ザッと片膝をついて胸に片手を当てる。


「承知致しました」


「ま「そのために」


 止めようとした竹さんの声をさえぎってアキさんが続ける。


「まず、実力診断テストを受けてください。

『実力が足りない』と審判員が判断したならば、依頼内容を検討し直します」

「はい」


 やはり『撤回』するわけではないらしい。

 そしてうっかり者の愛しいひとはその言葉の使い方に気が付いていない。よしよし。


「審判員はこちらのおふたり。竹様と黒陽様です」


 改まった形を強調するためだろう。わざと『竹様』と呼ぶアキさんに竹さんの背筋が伸びた。


「テスト内容は単純です。

 これから審判員のおふたりが逃げます。

 そのおふたりを、時間内に確保すること。

 どちらかひとりでも逃げ切られたらアウトです」


「範囲は?」

 確認するとハルが答えた。


「この離れから半径一キロ。外周には僕が結界を張る」

「時間は?」

「一時間。

 スタートの合図で審判員が逃げる。

 受験者はその十分後にスタート。

 隠れた審判員を探して確保するのがテスト内容だ」


 ハルは竹さん達にも説明する。


「転移を使っても、隠形を使っても構いません。

 本来は『異界』を作って逃げ込むのは禁止していますが、まあこのトモ相手ならばそれもいいでしょう。

 とにかく姫宮と黒陽様は逃げてください。

 もし見つかっても、確保さえされなければ審判員の勝ちです。

 結界を張ってこもっても、もちろん物理で叩きのめしても構いません。

 時間内に確保されないこと。

 これが審判員の役目です」


 この説明に竹さんは生真面目にうなずいた。

 黒陽も「フム」と考えている。


「どの程度なら抵抗してもいい?」

「地形を変えるのはご遠慮いただけると助かります」


 おい。

 トンデモナイ基準に冷や汗が出る。


「久しぶりの戦闘訓練ですね姫」なんてのんきに言うが、黒陽。手加減してくれるんだよな?

 ………あ。駄目だ。このうっかり担当、すっかり『戦闘訓練』に浮かれてる。


「トモくんの実力を診断する審判員は、主座様と蒼真様、お願いできますか?」


 アキさんのお願いに「承知」「まかせてよ!」と答えるふたり。

 なるほど。普段の安倍家のテストでも『逃げ役』と『診断役』がいると。

 逃げ役はひたすら逃げ、診断役はそれに対して受験者がどう対応したか診断すると。

 それによっては逃げ役を確保できなくても合格とすることもあると。


 全員が納得したと見たアキさんがにっこりと笑う。

「それは皆様。よろしくお願いします」


 生真面目でうっかりな愛しいひとは、こんな話受けなくてもいいということに気付いていない。

 ただ生真面目にうなずいた。




「じゃあ外に」とうながされ一同が移動する。

 つられるように椅子から立ち上がった竹さんの前にわざと立ちふさがった。


「――竹さん」


 予想どおり生真面目なひとは正面からぶつかると逃げられない。

 困ったように俺を見て、あちこちに視線をさまよわせ、結局うつむいて固まった。


「これだけ、聞かせてください」


 俺の言葉に彼女の肩がちいさく揺れた。


「貴女は、俺が嫌いですか?」


 情けない声になった。が、これだけは聞いておかないといけない。

 彼女はおそるおそるというように顔を上げた。

 困り切った表情に、とある可能性に思い至った。


「そばにいるのも、顔を見るのも嫌ですか?」


 竹さんはハッとし、ぶんぶんと首を振った。


「――よかった」

 心の底から安心した。

 嫌われてないならそれでいい。

 俺がそばにいることで彼女を不快にさせないならそれでいい。


「ご不快でないなら、貴女のそばにいさせてください」


「………でも」

 ためらいがちにそう言って、彼女はくしゃりと顔をしかめた。


 ああ。また余計なことを考えている。

 自分は『災厄を招く娘』だとか。

 自分がそばにいては『俺が不幸になる』とか。


 仕方のないひとだなぁ。

 それでも好きなんだから、俺も仕方ないよなぁ。


「――俺は、貴女のそばにいられるだけで『しあわせ』なんです」


「アキさんに命じられたからでなく。

 俺が、貴女のそばにいたいんです」


 なんだろう。今日は言葉が出る。

 今までは竹さんを前にしたら言葉が喉に詰まって出て行かなかったのに。


 三年会えなかったことで恋がこじれたのかな?

 それとも三年経って俺が図々しくなったのかな?


 なんでもいい。伝えられるなら伝えよう。

 この生真面目な頑固者に、俺の気持ちをわかってもらいたい。


「ずっと、貴女が好きなんです」


「三年前、初めてあの船岡山で出会ったときから、ずっと」


 俺の言葉を、彼女は黙って聞いていた。

 目がまんまるになっている。

 伝わってる? 伝わって!


「貴女には責務があると承知しています。

 だからこれは俺の勝手な気持ちです。

 黙っていられないのも俺のわがままです。わかっています。でも」


「貴女は言わないとわからないから」


「貴女は『災厄を招く娘』じゃない。

 俺を『しあわせ』にしてくれるひとです」


 黙ったまま固まったようにただ立ちすくむ彼女に、まっすぐに言った。


「そばにいさせてください」


「貴女のそばにいるだけで、俺は『しあわせ』なんです」


 三年前の告白と同じような言葉になった点については反省が残る。

 でも、あのときも今もこれが俺の心の底からの本音だ。

 嘘偽りのない、正直な気持ちだ。


 このひとには下手に飾り付けた言葉よりも、まっすぐで、単純な言葉にしないと伝わらない。

 どこでどんなマイナス思考を持ってきて曲解するかわかったもんじゃない。


 だから、シンプルに。わかりやすく。


「好きです」


 まっすぐに。素直に。


「貴女が、好きです。ずっと」


 伝わって。伝わって。

 そう願いを込めて言葉を贈る。


 竹さんはぎゅっと口を引き結び黙っていた。

 ぷるぷる震えているのはどういう感情なんだ?

 ああ。こんなときに晃みたいな精神系の能力者だったら考えてることがわかったのかな。

 ばーさんは精神系の能力者だったが、その能力は俺には遺伝しなかったんだよな。


 竹さん。伝わってる?

 俺の気持ち、ちゃんと伝わった?


 どうしたらいいのか困っていたら。


 パン!

 アキさんが手を打った。


 びくぅ! と大きく跳ねる竹さんに構わずアキさんが大きな声を出す。


「それでは!

 そろそろ『鬼ごっこ』にかかりましょう。

 みなさん。よろしいですか?」


「いいよー」「無論」「うむ」

 にっこり微笑むアキさんに、それぞれが答えた。


 俺もアキさんにうなずいた。

 竹さんはポカンとしていたけれど、アキさんにうながされてようやく再起動した。



 そうして、全員で離れの玄関を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ