第六十話 アキさんの説得
『白楽様の高間原』での修行から帰ってきた。
三年ぶりの再会にハル達と話をしていたそのとき。
竹さんが顔を出した。
やっと会えた。
会えてうれしい。
愛おしい。大好き。
そんな気持ちでいっぱいで、うれしくてしあわせで、指一本動かすこともできずただ彼女を見つめていた。
ポカンと俺を見つめていた竹さんが、突然なにかに気付いたようにハッとした。
そしてダッと部屋から飛び出した!
突然の行動に止める間もなかった。
――え? なに?
「逃げたか」ハルがボソリとつぶやく。
………逃げられた?
なんで?
「『もう会わない』と自分で言ったのを思いだしたんだろう」
まったく、とため息を落とすハル。
え? それ、俺どうしたらいいんだ?
同じように呆然としていたヒロとアキさんがハッと再起動した。
「ちょ、ちょっとつかまえてくる!」
「私も行くわヒロちゃん!」
バタバタとふたりが飛び出すのをながめることしかできない。
「……………え? 俺、もしかして……」
まさか。そんな。でも。
「……………避けられてる……………?」
ポツリと落ちたつぶやきに答えてくれるひとはいなかった。
ズウゥゥン、と落ち込んで椅子に座っていると、ヒロが戻ってきた。
「アキさんがつかまえてるから。続きは離れで話そう」
そう言うヒロに引っ張られてどうにか立ち上がった。
「でも、竹さん、俺に会いたくないんじゃ……」
会いたくないと思われていると考えただけで泣きそう。
でも、そうだ。
客観的に、冷静に考えたら、俺が三年間修行したのは、あくまでも俺が勝手にやったことだ。
「竹さんのために強くなりたい」とがんばったのは間違いないが、それだって俺が竹さんのそばにいたいからだ。
誰に頼まれたわけでもない。ただの俺のエゴだ。
褒められることも、感謝されることもなくて当たり前だ。
わかってる。理解してる。
それでも、目の前で逃げられると――ヘコむ。
俺、がんばったんだけどなぁ。
情けない泣き言がこぼれそうになるのをどうにかこらえる。
俺、ずっと会いたかったんだけどなぁ。
涙がせりあがってきそうになるのを必死でまばたきをしてごまかす。
うなだれたままの俺の手をヒロとハルが片方ずつつかんで引っ張る。
引っ張られるから仕方なく足を出す。
「もう! なんだよ! ヘタレはそのままなの!? しっかりしろよ!」
悪かったな。どうせヘタレだよ。
「とにかく姫宮と話をしろ。そばにいたいんだろう?」
いたいけど。
でも竹さんが嫌がることはしたくないんだよ。
文句すら口から出ていかない。
そんな俺にヒロもハルも呆れているようだ。
「ダメなんです」
竹さんの声にハッと顔を上げた。
離れのいつものリビング。
大きな机の端の椅子に竹さんは座っていた。
俺達に背を向けていて顔は見えない。
蒼真様を肩に巻きつけたアキさんが竹さんの正面に座って手を握っている。
「もう決めたんです。トモさんを巻き込めません。もう」
竹さんは泣くのをこらえるように呼吸を整え、かなしそうに言葉を落とした。
「あんな目に、合わせられません」
机の上の黒陽が心配そうに竹さんを見上げている。
アキさんも眉を寄せて竹さんを見つめている。
そのアキさんが俺達に気が付いた。
黙って立ちすくむ俺に視線を向けたアキさんに、うつむいている竹さんは気付かない。
アキさんは俺を見つめ、竹さんを見つめ、また俺に目を向けた。
「――蒼真ちゃん」
「なに? 明子」
「トモくん、修行してきたのよね」
竹さんを放置して蒼真様と話を始めるアキさんに、竹さんもそろりと顔を上げる。
俺達に背を向けているからか、竹さんは俺達に気付かない。
「うん。
白楽っていう、白露さんの孫のところで修行してきたんだよ」
「どのくらい?」
「向こうの時間で三年って――」
「三年!?」
竹さんが驚いたのか、ぴょっと跳ねた。
「なんで、そんな、三年なんて、そんな――」
あわあわと動揺する竹さんに蒼真様が説明する。
「さっきも説明したでしょ竹様。
あいつ、迷い込んだんだって。
で、たまたまぼくが薬草園に行ったときに見つけたの。
それで連れて帰れたってわけ」
「そんな――」
どうやら俺がいない間に蒼真様がザッと説明してくれていたようだ。
竹さんが動揺している横で黒陽が「フム」とうなずく。
「姫の渡した守護石が仕事をしたのでしょう」
『どういうこと?』と視線を向けられた黒陽が竹さんに首を向ける。
「運気上昇を付与していたでしょう?
そのおかげで蒼真に会えたのではないですか?
蒼真に会えなかったら、あいつはそのまま『白楽の高間原』から出られなかったでしょう」
「守護石を渡しておいてよかったですね姫」と褒められ、竹さんの肩から少し力が抜けた。
が、すぐにまたうつむいてしまう。
「――それを言うなら、そもそも『白楽の世界』に迷い込んでしまったっていうのが、守護石の力が及ばなかったっていうことで……。
私にもっとチカラがあれば、トモさんが迷い込むことなんてなかったのに……」
「姫」
珍しく厳しい黒陽の声に竹さんがピッと背筋を伸ばす。
「昔黒枝も言っていたでしょう?
できなかったこと、及ばなかったことばかりを数えていても仕方ありません。
上を見ればキリがないのです。
それよりも、できたことを数えなさい。
姫の作った守護石がトモを守ったのです。
『よくトモを守ってくれた』と守護石を褒めてやりなさい。
そんな守護石を作った自分を褒めてやりなさい」
いいこと言うなぁ。
シュンとする竹さんに黒陽はさらに厳しい目を向ける。
「『これだけやってくれてありがとう』と言う主君と『これしかできなかったのか』という主君。
どちらが『良い主君』か、おわかりになりますか?」
黒陽の叱責に竹さんは「……ごめんなさい……」とさらにうなだれた。
「あとでトモの守護石をしっかり褒めてやりなさい。
そして、また霊力を込めてやりなさい。
そうすればあの守護石はまたトモを守ってくれます」
「はい」とちいさくうなずく竹さん。素直か。かわいいか。
お説教が終わったと察したアキさんが「蒼真ちゃん」と再び蒼真様に声をかける。
「それで、トモくん、どのくらい強くなったのかしら?」
「元の高間原の護衛職くらいかな?」
それはどのくらいの強さだ?
俺には基準がわからないが、黒陽は「ほう」と感心したように声を上げた。
「昔のお前と同等か」
え?
「まだ昔のぼくのほうがちょっと強いかなー」なんて蒼真様は軽く笑う。
「それなら姫の護衛にちょうどいいな」
「!」
「黒陽!?」
バン!
竹さんが黒陽の乗っている机に強く手を打ち付けた。
「何を言い出すの!? トモさんは巻き込まないって言ったでしょ!?」
「『以前の』トモならば巻き込んでは生命の危険がありました。
ですが、蒼真並にまでなったのならば、遊ばせておくのはもったいないというものです」
「トモさんは私達の責務には関係ない!」
「関係あろうがなかろうが、利用できるものは利用すべきでしょう」
「そんなの違う!」
いつもの竹さんからは想像もつかない強い言葉。
竹さん、そんなに俺がそばにいるの、嫌なのか。泣いていいかな。
「落ち着け阿呆。あれはお前の身を案じているだけだ。
お前を守ろうとしているんだ」
ハルの言葉に途端に顔が上を向く。
視線で『本当か!?』とたずねるとハルは黙ってうなずいた。
チラリとアキさんに視線を向けるハル。
アキさんは黙ってちいさくうなずいた。
「――竹ちゃんは」
アキさんの呼びかけにヒートアップしていた竹さんが口を閉じた。
竹さんの視線を受けたアキさんはにっこりと微笑んだ。
「トモくんのこと、嫌いなの?」
「なんでそうなるんですか!?」
今度はアキさんにかみつく竹さん。めずらしい。
「『好き』とか『嫌い』とかじゃありません!
『巻き込めない』って言ってるんです!」
「なんで?」
「『なんで』って――」
コテリとかわいらしく首をかしげるアキさんに竹さんは動揺していたけれど、うつむいてポツリとこぼした。
「――ご迷惑を、かけたくない、です」
そんな竹さんにアキさんは黙っていたけれど、そっとその手を取った。
「トモくんに迷惑かけたくないのね?」
黙ってしまった竹さんの手をアキさんはやさしくなでた。
「竹ちゃん?」と呼びかけると、竹さんはゆっくりとうなずき、ようやく口を開いた。
「……トモさんだけじゃないです。
晴明さんにも、アキさんにも、みなさんにも、誰にも迷惑かけたくないです」
「私がそばにいたら、災厄が降りかかってしまいます」
「私は『災厄を招く娘』なんです」
ポツリポツリと、まるで懺悔をするように竹さんは言葉を落とす。
そんな竹さんにアキさんは慈愛に満ちた微笑みを贈っていた。
「――竹ちゃんはひとつ勘違いをしているわ」
その言葉に竹さんがのろりと頭を上げた。
にっこりとアキさんは微笑んだ。
「私達は竹ちゃんに『巻き込まれて』いるんじゃないわ。
『依頼を受けて』『お仕事をしている』のよ」
アキさんの言葉は竹さんの思いも付かないものだったのだろう。
キョトンとして黙ってしまった。
そんな竹さんにアキさんは楽しそうに笑う。
「キチンと対価をもらって、契約をして、お仕事をしてるの。
だから『巻き込む』もなにも、ないのよ?」
「そうでしょ?」と言われ、竹さんは「そ、そ」と動揺している。
「今回竹ちゃんを我が家でお預かりするのは竹ちゃんのご家族からの依頼。ちゃんと契約書もあるわ。
『災禍』に関する調査をするのは菊様からの依頼。
昔ヒロちゃんのことを『視て』もらった対価なの」
ポカンとする竹さんにアキさんは「あら? 言ってなかったかしら?」と首をかしげる。
そうしてヒロの事情を話した。
二歳のときに「十四歳まで生きられない」とハルの祖父から『先見』を受けたこと。
それから家族一丸となって『先見』をくつがえそうとがんばってきたこと。
三歳のときに菊様に『先見』を依頼し、それから何度も『視て』もらっていること。
その対価として『依頼』を受けた。
『急成長している企業のリストアップ』
『革新的な取り組みをしている企業のリストアップ』
つまり、『災禍』が関わっていると思われる企業を調べること。
最近になってデジタルプラネットが候補に上がり、それからずっとデジタルプラネットについて調査をしている。
「正当な対価をやりとりして契約された、れっきとしたお仕事よ」
聞きようによっては突き放すような言葉なのに、アキさんが言うと思いやりにあふれた言葉に聞こえる。
そして竹さんはその言葉に、ストンと肩が落ちた。
「竹ちゃんだってたくさん対価を支払ってくれてるでしょ?」
「……………はい」
「対価を支払ってるんだから、竹ちゃんはウチにいていいの。
菊様への支払いだから、私達は『災禍』の調査をしないといけない。
ウチにいる間、私達の『支払い』に協力してくれると助かるわ」
うふふ。と笑うアキさんに竹さんも毒気を抜かれたらしい。
「……………わかり、ました」とうなずいた。
「それでね」
アキさんはさらに続ける。
「トモくんにも、お仕事をお願いしようと思うの」
「は?」
キョトンとする竹さんにアキさんは歌うように話しかける。
「ヒロちゃんを『視て』もらった対価として『災禍』について調べているんだけどね。
竹ちゃんも知ってのとおり、なかなか思わしくないのよ。
だから、トモくんに協力してもらおうと思うの」
「な、なん、なんで」
「だってトモくん、強くなったんでしょ?」
けろっと答えるアキさんに蒼真様が「うん」と返事をする。
「それならいろんなお仕事お願いできると思うの。
タカさんがいつも言ってたでしょ?『トモが使えたらなぁ!』って」
そんなこと言ってくれてたのかタカさん。ありがとう!
「トモくんにはこれまでも何度も安倍家のお仕事依頼してるの。ちゃんと報酬も支払ってるわ。
今回も同じ。
安倍家の仕事を受けてもらうだけ。竹ちゃんには関係ない。わかる?」
呆然として答えない竹さん。
代わりのように「わかるー!」と蒼真様が陽気に答えた。
「菊様の『先見』への対価なら仕方ないねー。
なんてったって白蓮の女王で『先見姫』と呼ばれたほどのひとの『先見』だもの。
それこそ白蓮にいた頃だったら、特級回復薬何本も支払ってようやく『視て』もらえるくらいの価値があるんだよ!」
「まあ! 菊様はすごいのね!」なんてのんきに笑うアキさんに竹さんは呆然としたままだ。
「これまでもたくさんのひとを使ってるの。
安倍家のひとでしょ。私の実家でしょ。ハルちゃんの婚約者のリカちゃんのお家でしょ。ちぃちゃんの親衛隊のひとたちでしょ」
「報告会でも報告してたでしょ?」と問われた竹さんは『そういえば』と理解したらしい。頭がちょっと動いた。
「それと一緒。
私達がヒロちゃんを『視て』もらった対価のために、トモくんに私達が対価を払って仕事を依頼するの。
おかしなことじゃないでしょ?」
黙ってしまった竹さんに対し、黒陽と蒼真様は「なるほど」「そのとおりだね!」と納得している。
「……………ちなみに」
ようやく竹さんが口を開いた。
「なんのお仕事を依頼するつもりですか?」
「今日は丸め込みきれなかったか」なんてヒロがぽそりとつぶやく。
そうか。そんなにしょっちゅう丸め込まれてるのか竹さん。大丈夫か?
アキさんはにっこりと微笑んだ。
「タカさんがやってる『バーチャルキョート』に潜るのはやってもらえそうよね」
そんなことしてんのかタカさん。
両隣のハルとヒロがうなずいている。
「それから、情報分析班の子達にお願いしている『バーチャルキョート』に出現した鬼と現実世界に出現した妖魔の関係性を分析するお仕事も手伝ってもらえそう」
隣のヒロが激しくうなずく。
余程苦労しているらしい。
「なにせ、相手は『デジタル』なんていう、これまでになかったジャンルの相手でしょ?
昔ながらの術者さんや能力者さんでは相手にならないところが多いの」
ほう、とため息を落とすアキさん。
「その点トモくんは四歳からタカさんが育ててきたエンジニアだから。
十分戦力になるわ。
タカさんも言ってたでしょ?」
黙っている竹さん。
黒陽は「言ってたな」とうなずいている。
「あとは、そうねぇ……。
竹ちゃんのお昼ごはんも担当してもらいたいわ」
「は!?」
ぴょっと跳ねる竹さんにアキさんはにっこりと微笑んだ。
ドスの効いた笑顔だった。
「竹ちゃん、お昼ごはん食べてないでしょ」
グッと詰まった竹さんの横で黒陽が「バレてたか」とあっさり認めた。
「黒陽!」
竹さんがあわててうっかり亀の口を封じようと手を伸ばしたが、それより早くアキさんにガッシリと手を取られてしまった。
「……………竹ちゃん?」
「……………は、はひ」
「お弁当は? 食べてないの?」
「……………ご、ごめんなさい………」
「黒陽様?」
「す、すまん。つい、今までの習慣で、うっかり……」
おお。黒陽までアキさんの威圧に圧されている! すごいなアキさん。
ジロリとふたりを見据えていたアキさんだったが、わざとらしく大きなため息をついた。
「困るのよ。竹ちゃんにキチンとごはんを食べさせるのが、私が竹ちゃんのお家から受けた依頼なのに。
それが果たせていないってことは、契約違反をしてるってことになっちゃうわ」
「そんな! アキさんは悪くありません!
ちゃんとお弁当を持たせてくださってます!」
「食べてないなら意味がないでしょ?」
反論した竹さんだったけど、瞬時に返り討ちにされた。
「守り役様も頼りにならないし」
責められた黒陽も「ぐっ」とうめくしかできない。
「トモくんなら適任だと思うの。
あれでトモくん面倒見がいいから。
トモくんなら竹ちゃんのお出かけ先についていけるんでしょ?」
「行ける」「黒陽!」
またしても守り役に裏切られた竹さん。かわいそう。だが、グッジョブ黒陽!
「私が竹ちゃんのお家との契約を果たすために。
竹ちゃんの健康管理とごはんを食べさせる仕事をトモくんに依頼します。
私のために、私が依頼するの。
竹ちゃんには文句を言わせないわ」
えっへんと胸を張って言い切る仕草がヒロそっくりだ。
「だ、だって」
あわあわと反論する竹さん。
「さっき言われてた、ほかのお仕事は」
「あれは竹ちゃんが寝てからでもできます」
「トモさんは学校が」
「あ。トモくん、今休学してるのよ」
「「え?」」
ポカンとするうっかり主従にアキさんが説明する。
「竹ちゃんには黙ってたけど、ゴールデンウィーク明けるちょっと前からトモくんいなくなってたの。
ハルちゃんの占いで『どこかの異界にいる』ってわかったから、とりあえず休学手続きしといたの」
顔は見えなくても竹さんが唖然としているのがわかるよ。ごめんね。
「トモくんはこのまま休学続行してもらって、竹ちゃんに付いてもらいます。
これは安倍家主座の母からの正式依頼です。
断るなんて許さないわ」
「よく言う」ハルが苦笑を浮かべてつぶやく。
アキさんが『主座様の母』なんてもの振りかざすことなんてないって、俺でもわかる。
それでもそう言うことで俺が断れないと竹さんを丸め込もうとしてくれている。
その竹さんはなかなかしぶとい。
黙ったまま、頭が下がってしまった。
「……申し訳ありません姫……。私が役に立たない守り役なばかりに……」
シュンとする亀に竹さんはあわてて顔をあげた。
「そうですよ」
竹さんが口を開くより早くアキさんが断言する。
「黒陽様がちゃんとごはんを食べさせないからトモくんを置くんですよ」
ぷん。とわざと怒ってみせるアキさんに黒陽の首が一層下がった。
アキさん。そのへんで。本気でヘコんでるから。
「竹様自己管理できないんだから。あきらめてトモに管理してもらってよ」
蒼真様までそんなことを言う。
「竹様が弱ったら、誰が『災禍』を封じるの?」
責務を持ち出されて竹さんがグッと詰まる。
うなだれるうっかり主従は、アキさんと蒼真様が困ったように笑っていることに気付いていない。
このまま丸め込めるか?
そう期待したとき。
竹さんがポソリと吐き出した。
「………トモさんに、迷惑、かけたくないです……」
そして、思い切ったように顔を上げた。
「これからはちゃんとお昼ごはんも食べます! 自己管理もします! だから、トモさんは私のそばに置かないでください! お願いします!」
「私のそばにいたら、あのひとが不幸になるんです」
「あのひとには、しあわせでいてほしいんです」
祈るような、願うような言葉に、蒼真様が痛そうに眉を寄せた。
「お願いですアキさん。
ほかのお仕事はともかく、トモさんを私に付けるのはやめてください! お願いします!」
立ち上がって、キチンと頭を下げる竹さん。
その必死さにジィンと胸が締めつけられる。
そんなに俺のこと大切に想ってくれてるの?
俺のためにそんなに必死に頭下げてくれるの?
ふらりと足が出るのをヒロに止められる。
「まだ」「アキさんにまかせとけ」
ヒソヒソと説得されてどうにか踏みとどまる。
そのアキさんはしばらく黙っていた。
なにかを考えているらしく、じっと竹さんを見つめていたけれど、ふと俺に目を向けた。
アキさんがなにを考えているのかわからないが、じっとその目を見つめ返した。
そんな俺にアキさんはちいさく微笑んで、再び竹さんに目を向け、そして言った。
「――わかりました」