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閑話 蒼真 15 お迎え

 その日の夜。早速菊様のところに報告に行った。

 黒陽さんが「竹様の状態を報告したいから一緒に行く」と言ったけど「僕ひとりでいいよ」と断った。

「竹様のこともぼくが報告しとくよ」「それよりヒロに修行つけてやりなよ」って言ったら「それなら」って引いてくれた。


 報告したいことはいくつかあるけど、トモの件は黒陽さんに聞かせられないからね。


 白露さん緋炎さんには「菊様と一緒に報告聞いてほしい」ってお願いして来てもらった。

 菊様のところに集合して、菊様が展開した異界の中で話をした。



 菊様の異界はいつも花の咲き乱れる庭園。

 そこにテーブルと椅子を置いた、明るい華やかな『世界』。

 なんでも高間原(たかまがはら)白蓮(はくれん)にあった菊様の館の一角を再現しているらしい。


 明子からのお土産を渡し、お茶請けのプリンを出す。

 白露さんも緋炎さんも上手にスプーンを操って「おいしい」「おいしい」って食べた。

 食べられなかったらぼくが食べようと思ってたのに。残念。


 菊様も上品にプリンを食べた。

 そしてぼくの報告を聞いた。


『白楽の世界』の現状と問題点。

 そこに行ったトモの状態。

 他の霊玉守護者(たまもり)四人の状態。

 四人を白楽のところで受け入れてもらう話。

 その対価として『むこう』の人間を晴明のところで引き受ける話。


 オミのブレスレットの話。

 付随してできた『霊力補充クリップ』の話。

 竹様の状態。

「動けるのはあと半年」と黒陽さんが言っていたこと。

 今日ぼくが『白楽の世界』から戻ってから、晴明の保護者達が竹様に構ったりトモの写真見せたりしてること。

 黒陽さんから聞いた話をもとに『竹様構いまくり大作戦』を決行していること。

 それらが竹様に効果がありそうなこと。



「――以上です」

 そう話を締めると、菊様はしばらく黙っていた。

 じっとなにかを考えていたようだったけど、おもむろに渡した箱の蓋を開けた。

 綺麗に並べられたいちご大福をひとつ手に取り、むしゃりとかじりついた。


 すぐに白露さんが無限収納からお茶を出す。

 しかめっ面でいちご大福をむしゃむしゃ食べた菊様は、お茶を飲んでようやく一息ついた。


「――『白楽の世界』の件はわかったわ。

 晴明に私からも『むこう』の人間の受け入れを頼んでおくわ」


 それは心強いね。よろしくおねがいします。


「……その『トモ』とやらは、竹の『半身』と言ったわね」

「はい」

「写真や話だけでもいいの?」

 心底不思議そうに聞いてこられるけど。


「ぼくは『半身』がいないのでわからないです。

 ――ただ、竹様いまココロがこわれてるから。

 それで、『半身』を感じるだけでも回復するのかも――?」


 よくわかんない。『半身』について詳しく調べたことないし。ぼく『半身持ち』じゃないし。


「私も『半身』がいたことないからわかんないわ」

 ふう、と息をついた菊様は残っていたお茶を飲み干した。


「差し当たり、晴明の保護者達に竹を構ってもらいましょう。

 その『トモ』の写真を見せたり話をしたりもしてもらいましょう。

 私から晴明に連絡を入れておくわ」


 菊様の言葉に「わかりました」と答えておく。


「蒼真」

 強い呼びかけに背筋がピッと伸びる。


「わかっているでしょうけど」

 じろりとにらまれる。冷や汗がたらりと流れた。


「『災禍(さいか)』を封じるにしても滅するにしても、『鍵』になるのは竹だわ。

 アンタ、そばにいるならしっかり健康管理しなさい」


「……したいのはやまやまなんだけど……」


 もにょもにょと言い訳をする。

 そりゃぼくだって竹様に元気でいてほしい。

 明子だって他の家族だってそう思って色々してくれてる。

 なにより誰より黒陽さんがそう願っている。


「……とにかく竹様って頑固だから、話聞かないんだよね。

 菊様にも報告入れたけど。

 この前オミのブレスレット作るのに黒陽さんと話して、あのひとの自己評価の低さの理由がなんとなくわかったんだよね」


 ぼくからの報告を思い出したらしい菊様がちょっとバツが悪そうに口をゆがめた。

 菊様も竹様に作ってもらったもの受け取って「使えない」って怒ったことあったもんね。


「明子たちがいろいろ構ってくれてるから。それに期待します。

 ぼくにできることはするけど……こればっかりは薬師の出番はないと思う……」


 ぼくの言葉に白露さんと緋炎さんもそっと視線をそらした。

 ふたりもわかってる。

 眠れなくなっていた竹様が最近よく眠る意味を。

 もう時間がないことを。


 菊様も大きなため息をついた。


「千載一遇のチャンスだっていうのに、まったく……。竹にも困ったものね」


 肘をついて悪態をつきながらも菊様が竹様を心配しているのがわかった。




 あの日から明子達が竹様を構い倒している。

 朝御池に来たら「おはよー!」とハグ。

 ごはん食べたら「えらかったね」となでなで。

 霊玉作ったり結界調べてきたりしたら「ありがとう」「えらかったね」「お疲れ様」となでなでしたりハグしたり。

 そして寝る前も「おやすみなさい」ってハグしてる。


 そんな晴明の保護者達に竹様はうろたえた。まあそうだよねえ。

 うろたえ、抵抗しながらもどこか喜んでいるのがわかる。

 だから余計に保護者達が竹様を構っている。


「ごめんね竹ちゃん。タカ、『災禍(さいか)』の調査がうまくいかなくてちょっと疲れてるみたいなの。付き合ってやって?」


 千明にそう説明された竹様は生真面目に応えている。

『タカが疲れてる』なら『タカだけ』でいいはずなのに、オミも千明も明子も竹様に構っている。

 そのおかしさに竹様は気付いていない。そういうところがうっかりなんだよねぇ。



 夕ご飯のあとの報告会も報告はさらっと終わらせて他愛もない話をする。

 竹様の昔の話聞いたり、ぼくが知ってる異世界の話したり。

 そのなかで思い出したように「そういえばトモも」ってトモの話を入れる。

 場合によっては写真持ってくる。


 竹様はトモの話になるとじっと聞いてる。

 写真出されたらじっと見つめてる。

 たったそれだけでもしあわせそうに微笑む竹様に、なんだか胸の奥のほうがムズムズする。

 叫びだしたくて、でもそんなこと竹様に聞かせるわけにいかなくて、モヤってする。



 そうやって保護者達に構われて、トモの話聞かされて写真見せてもらってしているうちに、竹様は少しだけ元気になってきた。

 一時のような一日のほとんどを眠って過ごすことがなくなった。

 日中は結界の調査に行ったり霊玉やアイテムつくったりして過ごせるようになった。


 たったそれだけのことだけど、黒陽さんがものすごくホッとしていた。

 何度も何度も保護者達にお礼を言っていた。

 そのくらい危ない状態だったんだとわかって、いまさらながらゾッとした。




「そろそろトモくん連れて帰れないかしら」

 明子にこっそりと相談された。

 まえに『このへんでむかえにいこうか』と話していた日のことだった。


「竹ちゃんだいぶ元気になってきたけど、トモくんがそばにいたらもっと元気になると思うの」


 明子もトモの話と写真だけでしあわせそうにしている竹様に思うところがあったみたい。


「修行したら竹ちゃんのそばにいられるくらいには強くなるのよね?」と念押してくるから「多分」と答える。

 こればっかりはトモ次第だから。ぼく断言できない。

 ぼくのそんな気持ちも明子はわかってくれて、そっと頭をなでてくれた。


 明子、心配そう。

 そうだよね。もうトモの作ったパンなくなっちゃったしね。

 竹様ごはん食べるようになってきたけど、量は少ないしね。


「――明子が言うなら仕方ない。ちょっとトモの様子見てくるよ。

『むこう』の連中の許可が出たら連れて帰る」


 わざとそう言ったら「お願いね蒼真ちゃん」って明子がぎゅうしてなでてくれた。おやつもお土産も持たせてくれた。

 晴明にも一言言って、『白楽の世界』の境界をくぐった。


 トモを連れて行ってから十日目のことだった。




 前回同様まずは青藍(せいらん)に行ってみた。

 会うやつ会うやついろんな話を聞かせてくれる。

 収穫量が増えた。新品種ができた。薬草園にも効果が出ていた。

 トモのおかげで『白楽の高間原(たかまがはら)』は大きく変わっていた。


『こっち』では前回来たときからさらに一年半が経っていた。うん。だいたい狙ったくらいに来れたね。

 薬草園のチェックをして、研究者たちから話を聞いて研究成果見せてもらった。

 薬の材料をいくつかもらって、自分も採取して、対価として上級薬を支払う。

 そうしてトモと白楽のいる白蓮(はくれん)へと向かった。




 白楽は起きていた。

 前回来たときもずっと起きてるって言ってたけど、あれからもずっと起きてるらしい。大丈夫?


「問題ありません。

 毎日面白いことが起こっておりましてな。寝ている場合ではないのですよ」

 楽しそうな白楽にちょっと安心する。


 白楽の言う『面白いこと』がなにか聞いてみた。

 予想通り、トモ絡みだった。


 トモのアドバイスで新しい技術が生まれた。新しい製品が生まれた。それに伴って新しい仕事ができた。

 これまであったものも改良されていく。ひとつの改良が次の改良を生み、どんどんと新しいものが生み出されていく。


 そんな話を白楽は楽しそうに話しまくる。こんな白楽久しぶり。

 ここ千年くらいは物静かなじいさんしてたのに、昔の、子供の頃に戻ったみたいに話しまくってくれる。


 根が研究者だもんね白楽。

 新しい発見とか、画期的な改善とか、大好物だもんね。

 わかるわかる。ぼくら薬師も研究者といえば研究者だから。


 楽しそうな白楽に側役達もうれしそう。

 白楽の話が落ち着いたところで「トモはどう?」って聞いてみた。


 チラリと白楽に目を向けられた白杉が答えた。

「師範数人を相手にしても倒れなくなりました。そろそろいいのではないかと」

「霊力量もなかなかになりました。あれならば竹様のおそばにおいてもよいのではないですか?」

 白斗も口添えする。隣の賀白もうなずいていることから、側役達的には合格のようだ。

 でも白楽は側役達の意見を聞いても「うーむ…」とうなるばかりでなかなか合格を出さない。


 トモが『こっち』に来て三年ちょい経ってる。

 三年くらいじゃ足りない? もーちょっと置いといたほうがいい?

 心配になって、思いきって聞いてみた。


「なに? なんか問題ある?」

「問題、といえばおおきな問題が……」

「――なに?」


 術をもっと身に着けさせる? 戦闘力をもっと上げる?

 思いつくことを頭の中に上げていたら、白楽は真面目な顔でぼくに言った。


「智白を返すとおばあ様が来てくださらなくなります」


 ……………。


 ――怒鳴らなかったぼく、えらい。

 側役達。『ホントだ!』みたいにびっくりするところじゃないから。


「……トモの実力的には、帰しても大丈夫そう……?」

「そうですね。それはおそらく。ですが」

「なに?」

「智白がいなくなると、師範達が退屈になってしまいます」

「……………」

「技術者達も研究者達も、智白に良い刺激を受けています。

 できればもう数年置いておいてもいいのではないかと」

「……………」


「蒼真様ならば『むこう』では数日しか経たぬように連れ帰れるでしょう?

 どうでしょう。もう数年、置いておきませんか?」


 ………気に入ったんだね白楽。

 そりゃできなくはないけど……。


 ふと明子の困り顔が浮かぶ。竹様の弱った様子も。

 数日といえば数日なんだけど、それでもいいかもしれないけど――やっぱり一日でも早くトモを連れて帰ったほうがいい気がする。


 ちょっと考えて、決めた。

「大丈夫そうならトモは連れ帰らせて。――その代わりじゃないんだけど」


 ぼくの言葉に口を挟もうとしたらしい白楽が口を閉じる。


「もう四人、『こっち』で修行させてくれない?」

「――と、いいますと?」


 きょとんとする白楽。

 白杉がちょっと眉を上げた。


「トモの仲間があと四人いるんだ。全員別々の属性特化。

 そいつらも姫達のために働かせようと思って、ぼくら守り役がかわるがわる修行をつけてるんだ。

 でも『むこう』は『世界』の霊力量が少ないから大した成果が出てないんだよね。

『こっち』でトモに成果が出たから、残りの四人も強くしてもらいたいんだ。

 ――どうかな?」


 ぼくの説明に白楽は黙ってしまった。

 黙って考える様子にたたみかける。


「ちなみに、そのうちのひとりが白露さんの養い子」

「受けましょう」


 早っ。

 少しは考えろよ!


「じゃあトモを連れて帰って、それからそいつら連れてくるね。

 そのときに白露さんも挨拶に連れてくる」

「ぜひともお願いします」


 それから側役達も交えて具体的な話を進めた。

「晴明が『今回の対価にこっちの人間数人受け入れるって言ってるよ』」って話もしたら側役達が喜んだ。

 なんでもトモと接するうちに『むこう』に興味を持って「行ってみたい」と言い出した人間が何人かいるらしい。

「もっと若かったら……」なんて白楽がぶつぶつ言っているのは無視された。



 そうしてようやくトモに会いに行った。

 前回――『こっち』の時間で一年半前に見たときよりも大人っぽくなっていた。ていうか、大人になった。

 最近竹様と一緒に子供の頃の写真見てたから余計に「大人になった!」って思う。


 背がさらに高くなった。筋肉も骨格もしっかりした。霊力量が段違いだ。

「久しぶりー。どんな状態ー?」

「蒼真様」

 にっこり笑うその様子も頼もしい成人男性になっている。


 ずっとトモのそばについて研究――いや、実験――ゲフン、世話をしていたやつに話を聞く。

 研究結果をまとめる途中の書類を見せてもらう。へー。これがこんな成果出したの。回復系は? なるほどー。


「白楽が『そろそろいい』って言うから、トモ連れて帰ろうと思って」


 そう告げたら、トモは喜んだ。

 が、周囲の人間は一斉に反対した。


「蒼真様! まだ早いです!」

「そうです! あと数年は置いておきましょう!」

「まだ試したい薬があるんです!」

「こいつがいなくなったら我らの楽しみが!」


 口々にぼくに迫る連中にトモが冷たい視線を向けていた。


「わかった。『むこう』から別のやつ連れてくるから」

 そう言ったら「それなら」とあっさり引いた。

 そんな連中にトモが絶対零度の視線を向けていた。



 それからトモは帰り支度をはじめた。

 世話になったやつのところに挨拶に行った。

 ぼくも一緒に行って明子からあずかってきた手土産を渡した。

 誰もかれもがトモとの別れを惜しんでくれた。トモはここでいい関係を築けていたらしい。

 一緒に研究とか開発とかもしていたらしく、そのまとめや方向性の指示もしていた。

 ほかにも諸々やることがあって、三日かけてそれらを片付けていった。


 最終日には宴会になった。

 トモが『こっち』で広げた料理が並び、たくさんのひとが集まった。

「この『世界』の人間全部出てきてるんじゃないですかね」

 白斗がそう言って笑った。

 入れ替わり立ち代わり、ひっきりなしひとが来た。

 昼前から始めた宴会は夜になっても終わらなかった。

 結局その日に出発できなくて、翌日の朝、ようやくトモは『白楽の世界』をあとにした。

ようやくトモの修行が終わりました。

長かった……。

明日からは新章。トモ視点に戻ります。

長いお話ですが、おつきあいよろしくおねがいします。

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