閑話 蒼真 14 アルバム
その日はみんなおかしかった。
なんか寄ってたかって竹様を構い倒している。
オミが帰ってきた。
「ただいま」と声をかけ、ちびっこをなで、竹様もなでた。
びっくりしてなでられた頭を押さえる竹様ににんまり笑ったオミは狐のようだった。
ちびっこをお風呂に入れるオミを見送った千明が「竹ちゃん。私達と一緒にお風呂入る?」なんて突然さそったり。
明子もなにかと竹様をなでたりベタベタくっついたりしてた。
なに? なんかあった?
「じゃじゃーん! おもしろいものがでてきましたー!」
ちびっこを寝かしつけてきた千明が持っていたのは分厚い本のようなものだった。
「ハルとヒロのアルバムでーす!」
「なにしてんの!」
ヒロがあわてて奪い取ろうとしたけれど、あっさりとタカに抑え込まれていた。
「ほらほら。竹ちゃん。見てやって!」
竹様をソファに座らせた千明。
自分も竹様の右隣に座る。すぐさま明子が左隣に座った。
「きゃあ! ハルちゃんもヒロちゃんもかわいい!」
「こんな頃があったのよねぇ」
生まれたばかりのへその緒のついたままの写真から始まり、ふたりの赤ん坊の写真が並ぶ。
「かわいいでしょ竹ちゃん」
「はい。かわいいです」
「無理矢理言わせないの」
千明の言葉に返事をする竹様。
ヒロが困ったようにツッコミを入れていた。
やがて赤ん坊は乳児になり、幼児になった。
「あ。これ、菊様よ」
たくさんの人間が集まった集合写真のひとりを指差す千明。
見ると日本人形みたいな女の子がいた。
「こっちは三人で写ってるわ」
その写真には三歳くらいの幼児が三人写っていた。
晴明もヒロもそこまで変わりなく見える。
菊様は今生も美少女だなあ。
「皆さんかわいいです」
竹様もほっこりしてる。
そんな竹様に千明達もうれしそう。
「あ。これ、トモくんよ」
その言葉に竹様の表情が固まった。
でもすぐに写真に目が釘付けになっていた。
そこには四、五歳くらいの幼児が三人と、老夫婦が写っていた。
あー。トモもそんなに変わりないな。
え? これ、四歳? そんな子供のころからふてぶてしかったのあいつ。
どこか冷めたような生意気げな子供がそこには写っていた。
床の間の前での集合写真の隅にちいさな木彫りの人形があるのを見つけた。
「これが例の『トモの童地蔵』?」
「あ。ホントだ。写ってる。そうそう。これだよ」
ぼくの指の先を確認したタカがうなずく。
「このひとがトモのおじいさんの玄さん。
お寺の住職さんだったけど、このときにはもう引退されてたんだよ。
昔はすごい退魔師さんだったって。な。ハル」
「そうだな」
「で、こっちがおばあさんのサト先生。
お茶の先生だったんだよ。あと晃の師匠」
「晃さんの?」
「晃の?」
ちっちゃい、それこそお人形みたいなかわいいおばあさんが、どうして晃の師匠なのか。
晴明が説明してくれた。
「サトは精神系の能力者です。それなりの実力者でした。
晃は霊玉守護者で戦闘力もありますが、あいつも精神系の能力者です。
が、本人にその自覚がなく、気付いたのはあの『禍』との戦いの直前――中学二年生になったときだったんです。
自衛もなにも知らないお人よしに危機感を抱きまして、しばらくサトのところで修行させました」
「へー」
知らなかったー。
「晃のところに修行つけに行ったけど、全然わからなかった」
そう言ったら「精神系の能力者は『そう』とわかるものは稀でしょう」と晴明に言われた。そう言われたらそうだね。
「晃の彼女も精神系の能力者ですよ」
「ひなが?」
つい声が出たら、竹様の気配がちょっと変わった。
「……蒼真、なんでひなさん知ってるの?」
………やば。
「どうして晃さんに蒼真が修行つけるなんてことになったの?」
えーと。えーと。どうごまかそう。
「――白露さんに紹介してもらったんだよ」
あっけらかんと言うぼくに、竹様はちょっと警戒を解いた。
「このまえからぼく、明子にくっついてるだろ?
ヒロと親しくなったから、それじゃあって白露さんが『ほかの霊玉守護者にも紹介してやる』って連れてってくれた。
そのときに白露さんが『ついでに修行つけてやって』って。
だから祐輝もナツも会ったことあるし、修行もつけてやったよ」
ぼくの説明に「そうなんだ」と竹様は納得したみたい。
黒陽さんはなんか言いたそうに黙ってた。
「ひなは晃にくっついてたから。一緒に紹介してもらった」
それで竹様は完全に納得したらしい。ふー。やれやれ。
「あのふたり、お似合いだね」
「ひなちゃんも写ってる写真、あるよ!」
タカが席を立ち、すぐに別の冊子を持ってきた。
「これ!『禍』の一件が終わって晃を送って行ったときのバーベキュー!」
そこには今よりも幼い霊玉守護者の連中が写っていた。
もちろんトモも。
「晴明とヒロはそこまで変わりないけど、晃はまだ幼いな。何年前?」
「三年前。十三歳」
あー。男子はそのくらいで急激に成長するやつもいるからなー。晃もそのクチか。
ぼくらが「ナツは変わりないね」「祐輝は」なんて話している間も竹様はトモだけをじっと見つめていた。
「この頃はヒロの余命宣告くつがえせたし霊玉守護者の使命は果たせたしで、遊び倒してたんだよー。見て見て!」
それからタカがどんどんページをめくっていった。
キャンプ。おまつり。海水浴。楽しそう!
「竹ちゃんはキャンプとか行ったことある?」
「ないです」
「海水浴とか湖水浴は?」
「それもないです」
「おうち、農家さんだもんね。ご両親忙しくて遊びに行けなかった?」
「そうですね。――それに、私もあまり出かけるのは得意じゃなくて……」
そう話ながらもチラリチラリとトモの写真を気にする竹様。
……そんなに好きなら……。
――ハッ! いけない! 余計な事口にしそう!
「あ。ほら。ここにひなちゃんいる」
川を背景に食事をしている集団のなかにひながいた。
ひなは今とあんまり変わりない。
「これがひなちゃんの父親で、こっちが母親で」なんてタカが説明している。
「――で、そのときトモが」
その途端にビクッとなる竹様。聞く姿勢がさっきまでと全然違う。
そんなことに本人だけが気付いていない。
タカ達は苦笑を隠してトモのエピソードを聞かせてくれた。
「これが高校入学のときの写真」
晴明とヒロが同じ制服を着て並んでいた。
「いつ?」
「一年前ですね」
こうなると今と全然変わらないよね。
他の面々の入学写真もあった。
ナツだけはスーツだった。入社式? へー。
そして竹様はやっぱりトモの写真をじっと見つめていた。
「――トモが中学三年のときにサト先生が亡くなって」
タカの声に竹様はぱっと顔を上げた。
「トモの両親はアメリカで研究者してるんだ。
お父さんがサト先生と玄さんの息子さんで、すごい退魔師さんだったらしい」
うなずく竹様。
「で、奥様と結ばれてトモを授かったんだけど、胎の中にいるときから高霊力保持者ってのはわかってて。
だからサト先生が頼み込んで日本で産んでもらってサト先生と玄さんがトモを育てたんだって」
「――そうなんですか……」
つぶやく竹様。
タカはなんてことないような顔で微笑んでいる。
「そのサト先生が中学三年の夏に亡くなって。
高校の入学式は玄さんとオミが行ったんだよ。な」
うなずくオミに竹様もうなずく。
「その玄さんも高校一年の夏に亡くなって。
それからずっとトモは一人暮らししてるんだ」
「――さみしかったでしょうね……」
つぶやく竹様に「いや? 気楽そうだったよ?」なんてタカは答える。
それから寄ってたかってトモの祖父母の話をした。
話を聞く限り、なかなかの人物だったらしい。
晴明は前世でも知り合いだったとあって、若いときの話も聞かせてくれた。
「サトは子供の頃に妖魔に『呪い』を受けて、二十歳まで生きられないと言われていたんです。
私の『先見』でもそう出ていました。
それを玄治が救ったんです。
妖魔をぶった切って」
「――『呪い』――」
まるで竹様達みたいだね。
『呪い』で『二十歳まで生きられない』なんて。
「玄さんそのとき何歳だったの?」
オミの質問に「確か、十八じゃなかったかな?」と晴明が答える。
「高校二年の春に出会って、翌年の秋に妖魔を倒したはず」
「高校二年生で出逢ったのあのおふたり!」
「へー!」と驚く千明がなにかに気が付いた。
「今のトモくんと同じね」
「―――」
竹様はなにも言わなかった。
ただじっとトモの写真を見つめていた。
トモの祖父母の話は『静原の呪い』をお読みくださいませ