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閑話 竹 3 寝ぼけ竹

前半竹視点、後半明子視点でお送りします

 目が覚めた。

 なんかよく寝た気がする。

 それなのにまだボーッとしてる。

 なんだろうこれ。もーちょっと寝ようかな。


 そう思いながらゴロリと横向きになった。

 すぐに黒陽が気がついてくれた。


「ああ。姫。目が覚めましたか」


 ボーッとしたアタマでうなずいて、仕方なく身体をおこす。


「ちょうどよかった。ついさっき明子が『お茶にしよう』と誘いに来たのです。行ってみませんか?」


 明子。明子って、誰だっけ?

 よくわからないけれど『行こう』と言われたからうなずく。

 そうして黒陽を肩にのせて部屋を出た。




「あら竹ちゃん。具合はどう?」

 やさしい笑顔の女性が声をかけてくれる。


 ……ええと……誰だっけ……

 考えてみるけど、寝ぼけた頭はふわふわして考えがまとまらない。


「どうしたの? ボーッとして。まだ眠い?」

 同じ顔の女性が近づいてきて額に手を当ててくれた。

「ちょっと熱っぽい? 寝起きだから?」なんて心配してくれる。


「まあいいわ。座って座って」

「お茶淹れたよの。どうぞ?」


 目の前に出されたのは、紅茶。

 でも、なんだろう。なつかしいにおいがする。


 においにさそわれるように一口飲んだ。

 甘い。おいしい。


「これ、黒枝が出してくれた――」

 そうだ。こんな味だった。甘くて、元気になるお茶。

 ココロも身体もポカポカになる、魔法のお茶。


「お口に合ったみたいね」

「やったわねアキ。さすが!」


「うふふ」と微笑む女性がお皿も出してくれた。


「紅茶に皮を使ったりんごで作ったの。りんごのパウンドケーキよ」


「どうぞ」とすすめられて一口いただく。これもおいしい。

 黒枝が作ってくれたのとはちょっと違う気もするけど、りんごがいっぱい入ってておいしい。


「おいしい」

 そうつぶやくと、ふたりともホッとした。

 そしてうれしそうに微笑んでくれた。


 そのふたつ並んだ笑顔に、思い出した。


 あ。(もみじ)(かえで)だ。

 そうだそうだ。なんで忘れてたんだろ。

 あ。じゃあここ、紫黒(しこく)の私の館だ。


 あれ? 今って、いつだっけ?

 私、なにしてたんだっけ?


 寝ぼけた頭はモヤがかかっててなにがなんだかわからない。

 わからないけど、椛と楓がいるからいいかって思ってケーキをもう一口いただく。


 黒陽も隣で一緒にケーキをいただいている。

 あれ? 黒枝はどうしたのかな?

 そう気がついて「黒枝は?」って聞こうとしたとき。

 どこかの扉ががチャリと開いて、男の人がふたり入ってきた。


「お。竹ちゃん。おやつ食べてんの。よかったね」

 ………ええと、どなた?


「オミさんとタカさんも食べる? りんごのパウンドケーキ」

「まだあったかいわよ」

「お! 食べる食べる!」

「僕も欲しいなぁ」


 椛と楓とやりとりする様子に、(かしわ)(えのき)かなって思ったけど、ちがう。

 じゃあ、どなた?

 なんで私の館にいるの?


「ええと……どなたですか……?」

 ボーッとした頭は思ったことをそのまま口から出してしまった。


 キョトンとした男女四人はじっと私を見たあとお互いに顔を見合わせ、そしてまた私に顔を向けた。

 四人共にっこりと微笑んでいた。


「私の夫」

「と、私の夫よ」


 それぞれに『夫』と紹介した男性と腕を組んで、椛と楓がしあわせそうに微笑む。


 あー。椛と楓、結婚したんだー。

 仲良さそう。よかった。

 でも、いつ結婚したのかしら? なんで私知らないのかな?


 あ。そうだ。ご挨拶。ご挨拶しなきゃ。


 あわてて立ち上がり、キチンと姿勢を正してふたりの男性に向かう。


紫黒(しこく)の王の娘、竹と申します。

 椛と楓のご夫君におかれましては、お初にお目にかかります」

 お辞儀をしたらなんかびっくりされた。なんだろう?


「このふたりは私にとって姉も同然です。

 これまでずっと私のせいで館に縛り付けてしまっていました。

 ずっと私の面倒をみてくれた、やさしい女性です。

 どうぞふたりをしあわせにしてくださいませ」


「お願いします」とまた頭を下げると、茶色い髪の男性がそっと近くに来てくれた。


「……貴女の大切なひとは、オレにとってかけがえのない女神です。

 大切にします。しあわせにします。

 ですから、どうぞご安心ください」


 横で楓がコクコクうなすいている。よかった。楓はしあわせそう。


「――僕も、妻となってくれた女性(ひと)をしあわせにすると誓います」


 黒髪の男性もそう言ってくれる。

 その横で椛がしあわせそうに微笑んでいる。


 あ。大丈夫だ。

 スコンと、理解した。


 もう大丈夫。ふたりはしあわせになった。

 よかったね。よかったね。


「よかった――」

 ふうっと気が抜けて、そのまま意識が途切れた。






 ふうっと倒れる寸前の竹ちゃんをタカさんがあわてて支える。

 タカさんも黒陽様に『承認』されてるから竹ちゃんに触れても大丈夫。

 それよりも竹ちゃん、どうしたの!?


「ええと……寝てるみたいなんだけど……」


 戸惑うタカさんに竹ちゃんの顔をのぞき込むと、安心しきったように目を閉じていた。

 なんか笑ってる? ちからの抜けきったような笑顔に、めずらしいと驚いてしまう。


「どういうことです?」

 黒陽様に説明を求めると、黒陽様も驚いていた。


「……どうも、夢を見たらしいんだ。紫黒(しこく)にいたころの夢を」


「『紫黒(しこく)』というと……高間原(たかまがはら)の北の国の、竹ちゃんの生まれ育った国ですね?」


 タカさんの確認にうなずく黒陽様。

 オミさんをうながしてブレスレットをつけさせる。


「夢を見て、それで色々思い出したらしい。

 少し昔の話をして、また寝たんだ。

 で、目が覚めたからこちらに来たのだが……どうも寝ぼけて『紫黒(しこく)にいる』と勘違いしたらしいな」


「ふう」とため息をつく黒陽様。

「このお茶も昔の味のようだったし」


 そして私とちぃちゃんに顔を向ける。


「ふたりは双子のように似ているから。

 それで私の娘達を思い出して、勘違いしたのだろう」


「なるほど」「そうかもね」と納得する私達のなかでタカさんだけがニヤリと笑った。


「案外『当たり』かもよ」


 何の話かと思ったら、タカさんは楽しそうに言った。


「ホラ。前に聞いただろ?『高間原(たかまがはら)の人間はみんな、亡くなったひとも神様も「こっち」に「落ちて」来た』って。

 案外ちーちゃんとアキちゃんは、その黒陽様の双子の娘だったのかもよ」


「またタカさんは」と呆れたのだけど、ちぃちゃんは「そうよ!」と色めき立った。


「きっとそうよ! 私とアキは双子の姉妹だったのよ!

 きっとずっとこうやって一緒にいたのよ!」


「きゃあ! うれしい!」と喜んで抱きついてくるちぃちゃんに私もうれしくなっちゃう。


「うふふ。そうならいいわね」

「きっとそうなのよ! 間違いないのよ!」

「うふふ」


 ふたりで女学生のようにキャッキャと抱き合っていたら「コホン」とタカさんの咳払いに止められた。


「差し当たり、この眠り姫はどうしようか?」


 私達が騒いでいたのに竹ちゃんはぐーすかぴーと眠っている。

 いつもの糸が切れたような眠り方でなく、どこか安心しきったような眠り方に私も安心する。


「お部屋で寝させましょうか」

「ウム。そうだな。転移で連れていく」

「ああ、いいですよ。オレ、運びます。扉だけ開けてくれる?」


 ひょいと竹ちゃんを抱き上げてタカさんが運ぶのにちぃちゃんとふたりついていく。

 扉を開け、ベッドの布団をめくり、上着を脱がせて横たえる。


「――竹ちゃんがこんなに寝るの、めずらしいですね」

 ついポロリとこぼしたら、黒陽様はちょっと心配そうにつぶやいた。


「……ココロをこわしているから。

 完全覚醒のときと同じように、記憶と霊力をなじませて回復をはかっているのかもしれない。

 それで睡眠を必要としていて、寝るのかもしれない」


「ココロを治すために?」

「そう」


 竹ちゃんは先日トモくんにお別れを告げた。

 まだ『半身』と自覚していない竹ちゃんだったけど、トモくんのためにと決めたその別れは、竹ちゃんのココロを傷つけた。

 責務がある、その義務感と責任感だけでかろうじて立っているけれど、それがなかったらきっとトモくんのようにココロをこわしていた。


「それで昔のこと思い出したんですかね?」

「……そうかもしれぬ」


 傷ついたココロを治すために、無意識に記憶をよみがえらせているのかしら。

 昔むかしのしあわせだったころのことを思い出しているのかしら。


 ココロを傷つける記憶をすみに追いやるために、しあわせだったころの記憶を引っ張り出しているのかしら。


「娘達は姫にとって姉同然だったから。

 その娘達が『しあわせになっている』と思って、安心したのだろう。

 これなら良く寝るかもしれぬ。

 明子。千明。ありがとう」


 ぺこりと頭を下げる黒陽様に、ちぃちゃんとふたり思わず顔を見合わせてしまう。


「なにもしていませんけどね」

「何を言う。あの紅茶とケーキが姫の記憶を刺激したことは間違いない。

 姫のココロを癒したことも」


 それならいいんだけど。

 少しでもこの子の癒しになったならいいんだけど。


「――少しはココロが癒されるのならいいんですけどね……」



 竹ちゃんはあのトモくんとのお別れから突然泣くことがある。

 本人もなんで涙が出るのかわからないらしい。

 ただ、突然、泣く。

 それもぎゃんぎゃん大泣きするのではなく、ほろほろと静かに涙を落とす。


「涙が出るうちはまだ大丈夫だ」

 前にタカさんが言っていた。

「本当にココロがこわれたら、感情もなくなる」

 それはそうだと思うので、竹ちゃんが泣いたときには泣かせるようにしている。


 でも今日は久しぶりに竹ちゃんの笑顔を見た。

 ケーキも食べていた。紅茶も飲んでいた。


高間原(たかまがはら)の話を聞くのがいいのかしら」

 ぽつりとつぶやいたら、黒陽様も「そうだな」とうなずいた。


「ずいぶん誤解をしていたようだし」


「……………黒陽様?」




 ハルちゃんヒロちゃんも呼び出して、緊急家族会議を開いた。

 黒陽様を締めあ――コホン。黒陽様から話を聞き出した。


 竹ちゃんは黒陽様とその子供達が王族だと知らなかった。

 自分ひとりが『王族だから』と、『甘えちゃいけない』と気を張っていたらしいこと。

 そのために黒陽様家族からの愛情もそのまま受け取れていなかったらしいこと。

 黒陽様の奥様が竹ちゃんの実のご両親に遠慮して『自分の娘じゃない』と言っていたのを、そのまま受け取って傷ついていたらしいこと。

『自分がダメな子だから』『誰も近寄らなかった』と思っていたらしいこと。



「――つまり、家族の愛情に飢えているのね竹ちゃんは」


 ちぃちゃんの言葉に黒陽様は「そうかもしれぬ」とうなだれた。

 頭がテーブルにくっついた、落ち込みまくった様子に怒りも静まった。


「なんていうか……間の悪いひとだなあ」

 呆れたようにヒロちゃんがつぶやく。


「幼少期に必要な家族からの愛情を受け取れていないから、あんなに自己肯定感皆無のひとになったわけか」

「………愛情は、その、注いでいたのだが……」

「受け取る側の竹ちゃん本人に受け取る能力がなかったんですね」

 オミさんがフォローのようなものを入れる。


 そうね。きっとみんな少しずつ悪かったのね。

 ご両親が竹ちゃんが起きているときにもっと接することができていれば。

 黒陽様と奥様ももっと『竹ちゃんが大切』ということをわかりやすく伝えていれば。

 竹ちゃんも遠慮なんかせずに爆発していれば。

 きっと竹ちゃんはもっと『しあわせ』になれたのでしょうね。


「だから何度転生しても両親に遠慮してるんですかね」

「そうかもしれぬ」

 ハルちゃんの言葉に黒陽様はうなずく。


 そして深く深くため息をついた。


「姫はいつも言うんだ。『自分なんかが愛されるわけがない』『災厄を招く前に出て行かなくては』と。

『そんなことはない』『両親は姫のことを慈しんでいる』といくら言っても信じない。

 そのくせ『災厄を招く』とかいうたわごとはあっさりと信じるんだ」


「あー」と思わず声がもれた。

 仕方のない子ねえ。

 自己肯定感が低すぎるから、誰からの愛情も好意も信じられない。

 義務感や職務で『仕方なく』世話してくれていると思い込んでいる。

 自己肯定感が低すぎるから、他人からの悪意ある評価を『そのとおりだ』と信じてしまう。

『そんなことない』っていくら言っても、気をつかってそう言っていると思い込んでるから信じてくれない。


「困ったひとだなあ」

「まったくな」


 ヒロちゃんもハルちゃんもため息をついている。


「――経験者として言わせてもらうと」


 タカさんが腕を組んだまま、閉じていた目を開けた。


「とにかくウザいくらいに構うのがいいと思う。

『かわいい』『好き』『大事』そんなことをしつこくしつこく吹き込んで洗脳するんだ」


「洗脳て」ヒロちゃんがちいさくツッコミを入れたけど、オミさんはうなずいた。


「――心理学でもそういう実証実験があった気がする。

 ネガティブなひとにポジティブな言葉をかけて前向きにする、みたいな」

 そういえば育児書にも書いてあった気がするわ。なるほど。


「しばらくはウザがられるしイヤがられるだろうけど。

 本当には信じてもらえないと思うけど。

 しつこくしつこく続けていたら、ココロの傷は少しは癒えると思う」


 ちぃちゃんがそっとタカさんの腕に手を添えた。

 その手に自分の手を重ねて、タカさんはやさしい顔でちぃちゃんに微笑みを返した。


「トモを失った傷はトモにしか癒せないとは思うけど。

 さっきの黒陽様の話を聞く限り、家族愛に飢えてる気がする。

 だから、オレ達が構うのはそれなりの効果があると思うんだ」


 なるほど、とうなずく。


「具体的には?」

 私の質問にタカさんは指を広げながら思いつくことを挙げていった。


「頭をなでる。『かわいいね』って褒める。仕事してきたら『よくやったね』『すごいね』『ありがとう』って褒めまくる。朝来た時にハグをする。寝る前にハグをする。『好き』って言う。『竹ちゃんがいてくれてうれしいよ』『大切だよ』って伝える」


「今も似たようなことしてるよね?」

 ヒロちゃんのツッコミに同意。やってるわよね?


「それをオレら総出でやる。嫌がられても構い倒す。

 黒陽様。オレやオミが竹ちゃんをハグしてもいいですか?」


 黒陽様は「ぐぬぬ」ってうめいていたけれど、最終的には許可を出した。


「じゃあ明日から――いや、今日竹ちゃんが起きてきてから。

『竹ちゃん構いまくり大作戦』を実行しよう」


 うん。とうなずく私達の中央で、テーブルの上の黒陽様は「いいのか? 大丈夫なのか?」とうんうんうなっていた。

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