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閑話 竹 1 こわれたココロ

閑話 蒼真9 オミ専用ブレスレット の直後のお話です。

前半竹視点、後半明子視点でお送りします。

 晴臣さんにブレスレットを作った。



 晴臣さんは『霊力なし』。

 晴明さんの『転生の秘術』の影響で、晴明さんのお父様はいつも『霊力なし』だった。

 だから私も特に気にすることがなかった。

「あー。晴明さんのお父様だものねー」としか思わなかった。


 ところが蒼真が気がついた。

「オミ『霊力なし』じゃなくできるよ」


 それから蒼真が色々説明してくれた。晴明さんが説得した。それでも晴臣さんは『霊力なし』であることを選んだ。

「息子の一助になっているとわかっただけでいい」と言って。


 ――『すごいなぁ』って、思った。

 そんなに息子さんのことを想える晴臣さんは素敵なお父様だなって思った。

 そんな素敵なお父様を持つ晴明さんがうらやましいなって思った。



 私は『父親』というのがよくわからない。

 もっと言えば『母親』というのもよくわからない。


 生まれ落ちてすぐに黒陽と黒枝に育ててもらった。

 黒陽の家族に囲まれて育った。

 でも黒陽も黒枝も私のことを『自分達の娘じゃない』って言う。

 私は『王と王妃の娘』だと。


 確かにそうなんだけど、でもその『王と王妃』に会うことは年に数回。

 私、ほとんど寝込んでたし。父様と母様は忙しかったし。


 この『世界』に『落ちて』何度も生まれては死んだ。

 私の両親になってくれたひとたちはみんな『いいひとたち』だった。

 愛情を持って接してくれた。大切にしてくれた。

 でも、私は『黒の姫』。

 この『家族』は『仮初(かりそめ)の家族』。

 そんな思いがぬぐえなかった。


 私が『家族』と言えるのは黒陽の家族だと思う。

 でもその黒陽の家族は私のことを『(あるじ)』だと言っていた。『家族じゃない』と。

 じゃあ父様と母様が『家族』なのかと問われれば、それは『ちがう』と思う。

 父様と母様と、あとから生まれた弟は『家族』だと思う。

 でも『そこ』に『私』は入っていない。


『家族』って、なんなんだろう。

『父親』って、『母親』って、なんなんだろう。


 そんなこともわからない私は、やっぱり『役立たず』の『名ばかり姫』なんだと思う。

 そんな自分が、情けない。




 最近、私はおかしい。

 なんでかココロが落ち着かない。



 蒼真がアキさんに甘えているのを見て『いいなぁ』と思う。

 家族みんなに囲まれてお世話されて愛されている双子ちゃんを見ても『いいなぁ』って思う。

 晴明さんが晴臣さんにどれだけ大事にされてるか見せつけられて、やっぱり『いいなぁ』って思った。


 なんでだろう。


 なんでかはわからないけれど、ココロにぽっかり穴が空いてるみたい。

 大事なものが欠けてしまったような。

 ココロの『支え』が抜け落ちてしまったような。


 いつからこうなったのか、わからない。

 なんでこうなったのかもわからない。

 わからないけれど、その穴は見ないようにしている。


 私には責務があるから。

災禍(さいか)』を封じないといけないから。



災禍(さいか)』の『宿主』は、おそらく『バーチャルキョート』を展開しているデジタルプラネットの社長。

 でも本人に会えないから確証が持てない。

 何度も黒陽とデジタルプラネットの会社に行ってるけど、一回も侵入できたことがない。


 前に『このひとに違いない!』って追い詰めたら別のひとが『宿主』で、せっかく姫四人がそろった貴重な機会をふいにしたことがあった。

 だから今回も『まず間違いない』と誰もが思っていても、それ以上進むことができない。


 モヤモヤする。ヤキモキする。

 でも、どうにもできない。


 晴明さんがいろんなひとにお願いして調べてくれてる。

『バーチャルキョート』も調べてくれてる。

 どれもほんとは私がやらないといけないことなのに、私はどれもうまくできなくて戦力外通告されてしまった。

 仕方ないからできることをやっている。

 結界の確認をしたり。霊玉を作ったり。



 今回の晴臣さんへのブレスレット作りの試作で黒陽が作った霊力補充のクリップが「使える」とヒロさんが言って「欲しい」と言われた。


 これまでも霊玉にためた霊力を補充するのはやってたけど、それって自分で霊力操作しないといけない。

 でもこのクリップだったら霊玉をカチッと押すだけで補充されるから、「限界ギリギリで指一本動かすのもしんどいときにはありがたい」ってヒロさんが言われた。


 ……『限界ギリギリ』で『指一本動かすのもしんどいとき』って……。

 そっと黒陽に目を向けたら、サッと視線をそらされた。


「……黒陽がスミマセン……」

 申し訳なくて謝ったら「ちがうよ」と言われた。


「ぼくがお願いしてるんだ。強くなりたくて『手加減しないで』って頼んでるんだ。

 だからそんなこと言わないで」


 にっこり微笑むヒロさんは凛々しい男の人だった。

 その凛々しさに、ふと、誰かがよぎった。


 誰だっけ。

『あのひと』

 私の。




『霊力補充クリップ』を黒陽とせっせと作った。

 これを安倍家の能力者さんに渡しておいて、いざというときには使ってもらおうと話している。

 それぞれ霊力量が違うから、補充する霊力量を変えて三種類作った。

 一般能力者さん向けの少量タイプ。

 中程度の霊力量の能力者さん向けの中タイプ。

 ヒロさん達向けの大容量タイプ。


『大容量』っていっても私達からみたら大した量じゃない。

「霊力空っぽになったところにいっぺんにいっぱい補充したら危険だよ」って蒼真が言ったから。

 確かに私もよく霊力使いすぎたあと反動で熱が出たりする。

 そういうこともあると教えてもらって、失った霊力量の半分くらい補充したら一旦止まるように術式を描いた。


「とりあえず使ってみて、問題があればまた改良しよう」となって、試作品をいろんなひとに使ってもらうことにした。

 晴明さんがご意見を取りまとめてくれるという。

「いい道具をありがとうございます姫宮」

 そう言って喜んでくれた。



 ちょっとは私でも役に立てたかな。

 そう思えてうれしくなった。


 うれしくなったら、ふと、浮かんだ。


『あのひと』は褒めてくれるかな。



 ――『あのひと』――って、誰だっけ――



 誰だっけ?

 大事なひとがいた。

 いつも――そう、いつも支えてくれた。

『大丈夫』そう言って抱きしめてくれた。

 いつだっけ? 誰だっけ?



 気がついたらアキさんが抱きしめてくれていた。

「大丈夫よ」

 そう言って背中をなでてくれた。


 あたたかい。

『お母さん』って、こんなかんじ?

『甘える』って、こんなかんじ?


 ――ちがう。

 抱きしめてくれてたのは『お母さん』じゃない。

 私を抱きしめてくれてたのは。

 私が抱きしめてほしいのは。



「……『あのひと』が、いないんです……」

 なんでかポロリと言葉がこぼれた。


「……前に言ってた『夢に来てくれるひと』?」


 アキさんの言葉で、思い出した。

 そうだ。つらいとき。苦しいとき。いつも夢に来てくれた。

『大丈夫』そう言って抱きしめてくれた。


「夢にも来てくれない」

「会いたいのに」

「ぎゅうって、してもらいたいのに」


 なんでか言葉がポロポロ落ちる。

 そんなこと思ってなかったのに。

 言葉が落ちたら、まるでずっとそう思っていたみたいな気がしてくる。


 アキさんがそっと目にタオルを押し当ててくれた。ひんやりして気持ちいい。


「……寝ないと、夢が見れないわ。

 竹ちゃんは寝てないから、『そのひと』も会いにこれないのよ」


 ――そっか。

 アキさんの説明にスコンと納得した。


「――寝たら、会いに来てくれますか――?」

「きっとね」

 誰かがタオルの上から目を押さえてくれる。

 ふわりと身体が浮き上がった。


「さ。ちょっとお昼寝しましょ。

 寝たらきっと『そのひと』も来てくれるわ。

 ――きっと『そのひと』も『竹ちゃんに会いたい』って願ってると思うから」


 そうかな。そうだといいな。


「――私も、会いたい」


「夢でもいいから、会いたい」


 ポロリ。ポロリ。

 ナニカがこぼれる。


 ポロリ。ポロリ。

 ナニカが欠ける。



 会いたい。会いたい。

 会いに来て。ぎゅうってして。

 夢ならいいから。夢なら大丈夫だから。


『ほんとう』には会えない。

 会っちゃいけない。

 私には責務があるから。

 私は『罪人』だから。

 私は『災厄を招く娘』だから。


 会いたい。会っちゃいけない。

 会いたい。会えない。



 せめて夢で会いたい。

 いつものように「大丈夫」って言ってほしい。

 ぎゅうって抱きしめてほしい。


 会いたい。

 私の。


 私の。



 ――私の――……誰だっけ――





 誰か、大切なひとが、いた



 わた し の




 ――― さ ん ―――







「……寝たか……」

 黒陽様がため息と一緒につぶやきを落とす。

 そっとタオルをもとの位置に戻す。


「このまま目を冷やしておきますね」

 そう言うと黒陽様はうなずく。


「――すまんな明子」

「イエ。――それよりも――」


 眠る竹ちゃんに視線を送る。

 まるで糸が切れたかのように眠った竹ちゃん。

 白すぎる肌の色に心配がよぎる。


「――竹ちゃんのココロは――どうにかできないんですか――?

 こんな――ココロがこわれたままなんて――」


 トモくんにお別れを告げてから竹ちゃんはずっとこんなかんじだ。

 いつもニコニコしているけれど、その微笑みにも力がない。

 そして突然涙を落とす。

 誰が見ても、ココロをこわしている。


 そんな竹ちゃんを黒陽様は痛そうに見つめ、つぶやいた。


「――どうにも、できない」

「―――」


 きっと、これまでも『こう』だったんだろう。

 以前ハルちゃんから聞いた。黒陽様からも聞いた。

 竹ちゃんは『ココロをこわして』『疲弊して亡くなった』。

 それは、こんな状態だったのだろう。


『どれだけ言ってもわかってもらえない』

 いつだったか黒陽様はかなしそうにそう吐き出した。

『姫宮は他に目を向けられない』

 ハルちゃんもそう言った。


 それは、わかる。

 この子は生真面目で一生懸命な子で、罪を背負っている子。

 思い込みが激しくて、思い込んだらそれ以外の言葉が聞けない、頑固な子。


 だからこんなに自分を追い詰めてしまう。

 だからトモくんを受け入れることができない。


「――お前達にも迷惑をかける」


 ポツリと落とした黒陽様の言葉に首を振る。


「迷惑なんて。

 竹ちゃんも黒陽様ももう私達の『家族』です。

『家族』のお世話をするのは当然ですわ」


「『家族』――か――」


 フッと、どこか皮肉げに口の端を上げて、それでも黒陽様は「ありがとう明子」と頭を下げてきた。

 ふるふると首を振る私に、黒陽様はどこか困ったような笑みを浮かべた。


 それから少し真面目な顔になって、どこかを見つめたままつぶやいた。


「――デジタルプラネットの社長に、どうにか会えないものかな――」

「……そうですねぇ……色々やってるんですけど……なかなか……」


 ちぃちゃんの会社から『参入したい』と申し入れを入れている。

 それ自体は順調に進んでいるんだけど、肝心の『社長に会う』という部分は肯定を引き出せていない。

 安倍家からも、ハルちゃんの婚約者のリカちゃんの九条家からも、親衛隊のみんなの家からもどうにかできないかと手を変え品を変え交渉しているのだけれど、どうしても社長に会う約束までは取り付けられないでいた。


「……できれば半年以内にどうにかできないだろうか」

「……………」


 ―――初めて、具体的な期限が出た。


「……それ以上は、姫がもたない」

「……………」


 ―――『もたない』というのは―――

 ココロが? それとも、生命が?


 はっきりと聞くことはできなくて、ただ黙っていた。


「……………菊様には私から報告しておく。晴明には今夜にでも報告する」

 黒陽様のつぶやきにうなずくことしかできなかった。



 黙っていると、不意に黒陽様が頭を上げた。

 ここでないどこかに視線をやり、つぶやいた。


「――トモはどうしているかな」


「――ココロは持ち直したと聞いています。

 今どうしているかは――蒼真ちゃんかハルちゃんに様子を見に行ってもらいますか?」


 敢えてそう答えたら、黒陽様はゆるく首を振った。


「――いや。あいつが元気になったなら、それでいい」


 黒陽様は前世でも前前世でもトモくんと友達だったという。

 だからだろう。黒陽様の言葉にも表情にも、トモくんを思いやる気持ちが込められていた。


「――姫を救えるとしたら、あいつだけなんだが――」

 はあ、とため息を落として黒陽様は言う。

「――もう会えないだろうから」


 黒陽様はあきらめている。

 ふたりが一緒にいることは、ふたりのためにならないから。

 トモくんにとって危険だから。

 危険にさらされたトモくんに竹ちゃんは傷つくから。


 でも。


「――会えたら、どうします」


 私の言葉に黒陽様はゆっくりと首を動かした。


「トモくんが竹ちゃんのことをあきらめず、また会えたら、どうします?」


 わざとにっこりと、余裕たっぷりに見えるように微笑んだ。


「――そんなことを望むのは酷というものだ」


 そんな私に黒陽様は顔をしかめ、首を振った。


「トモが『しあわせ』なら、それでいい。

 あいつに姫を背負わせるわけにはいかん」


「あいつには『しあわせ』になってほしいから」


 ぽつり、祈るように言葉を落とす。


「平穏無事に、暮らしてもらいたいから」


 静かにうつむく黒陽様。

 黒陽様はもうあきらめている。

 ふたりが共に在ることを。

 竹ちゃんの今生の生命を。



「――私はね。黒陽様」


 そんな黒陽様に、だから私ははっきりと言った。


「まだあきらめてないんですよ」


 私の言葉に黒陽様は驚いたように顔を上げた。

 そのお顔ににっこりと微笑みを贈る。


「トモくんが竹ちゃんを救って。

 竹ちゃんもトモくんを受け入れて。

 ふたりが『しあわせ』に暮らすのを」


 はっきりと言葉にする。祈りを。願いを。


「あきらめませんよ。願い続けますよ」


 えっへんとわざと自信満々に告げる。


「『願う』だけはタダです」


 そんな私ににポカンとしていた黒陽様だったけど、やがちいさく微笑みを浮かべた。


「―――そうだな―――」


 さっきまでのあきらめの笑みではない。

 どこかおもしろがるような、吹っ切れたような笑みだった。


「『願う』のは自由だな」


「そうです。

 そうしてね黒陽様。

 願い続けていれば、いつか叶うこともあるんですよ」


 人差し指を立ててちょっとえらそうに言ってみた。


「現にヒロちゃんは『先見』をくつがえして今も元気で生きています。

 きっと竹ちゃんもトモくんと『しあわせ』になれます」


 断言する私に、黒陽様はちょっと痛そうにお口を引き結んだ。


「私、こう見えてしぶといんですよ」


 うふふ。と微笑む私に、黒陽様はお顔をぱっとそむけた。


「―――ありがとう」

「ありがとう明子」


 ちいさなつぶやきは涙に濡れていた。

『前に追い詰めたけど違った』話は『紅蘭燃ゆ』を、

『あのひと』の話は『助けた亀がくれた妻』→『戦国 霊玉守護者顚末奇譚』をお読みください。

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