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閑話 蒼真 12 『白楽の世界』のこと

「――この『世界』は『宗主様の世界』です」


 結界を張った白杉はポツリと話を始めた。



 ここの連中は生まれたときからそう聞かされているという。

「ここは『宗主様の世界』」

「強い霊力を持つものの『世界』」

「この『世界』の『外』にも『世界』はある」

「そこには弱いものが住んでいる」

「弱いものが強いものをおそれていじめたから、この『世界』に逃げてきた」

「『外』にはこわいモノがいる」


『むこう』で四千年前、『こっち』で二千年前に起こった『能力者迫害運動』。

 そこから逃げてきた連中が、そんなふうに自分の子に、孫に話をし、それがそのまま伝わっている。


 だからここの人間は白楽が『世界』を支えていることも、『外』に『世界』があることも知っている。

 でもそんな『外』に行くことも『外』の人間が来ることもないから、ほぼすべての人間が『外』のことはおとぎ話程度にとらえていた。


 そうだなぁ……。たとえば千明の会社のひとたちにとっての『鬼』みたいなかんじかな?

『むこう』の人間は『鬼がいるんだよ』って鬼の出るおとぎ話をたくさん聞かされている。

『鬼っているのかも』と思いつつも、成長するにつれ『そんなのいるわけないじゃん』と言うようになる。でも心の底のどこかでは『いるんじゃないか』と思ってる。

『こっち』の人間にとっての『外』は、そんなかんじ。



「宗主様の霊力のみに頼らないように陣を組んであるとは聞いていますが、やはり『(かなめ)』は宗主様です。

 だからこそ宗主様は長い休眠をとりながら、この『世界』を維持するように努めてこられた」


 それはぼくも知ってたからうなずいた。

 ぼくのうなずきに励まされるように白杉もひとつうなずき、それでも視線が下がっていった。


「白露様のお力になりたいという想いもおありだと思います。

 一日でも長く白露様とお会いしたいという思慕もおありだと思います。

 ですが、休眠してまでこの『世界』を維持しておられるのは――我ら民のためだと思うのです」


 ぎゅっと拳を握る白杉。


「この『世界』があるから我らは生きていられる。

 逆に言えばこの『世界』が無くなったら我らは生きていられない。

 我らは宗主様の犠牲のもと、安穏としたしあわせを享受しているのです」


「そんな――」


『そんなことないよ』って言おうとして――言えなかった。

『絶対にそんなことない』って言い切れないのもぼくはわかるから。


 言葉を失ったぼくに、ようやく顔を上げた白杉は弱々しく笑った。


「――そんなことに気付いたのも、智白に指摘されたからなんです」


「トモが?」

 ほんとなにしてんのあいつ。修行はどうしたんだよ。

 そう思ったのが伝わったのか、白杉は苦笑を浮かべた。


「我らは、少なくとも私は、この『世界』の在り方に疑問を持ったことはなかった。

 だってそうでしょう? 親の代からも、その親の代からも変わらない環境に変わらない生活。

 仕事もある。家族もある。仲間もある。衣食住も足りている。

 どこに疑問を持つ必要がありますか?」


「ないね」と相槌を打つと白杉は微笑んだ。


「明日も、明後日も、一年後も十年後も百年後も。

 この生活はずっと変わらず、ずっと続いていくと思っていました。

 ―ーとはいえ、正直に言いますと、そんなことを考えることすらありませんでした。

 当たり前にありすぎて『無くなる』なんて考えたことがなかったんです」


 そりゃそうだよね。

「……それが普通じゃない?」

 そう言ったら、白杉は困ったように微笑んだ。


「智白が言ったんです」


「『宗主様がいなくなったら、この「世界」はどうなるのか』と」


「―――!」


 白楽がいなくなったら。

 そうだ。白楽もいい歳だ。いつそんなことが起こってもおかしくない。

 白楽が死ぬ? 死んだら、この『世界』はどうなる?

(かなめ)』を失った『世界』はどうなる?

 そこで暮らすひとはどうなる? 


 ――考えたこと、なかった――


『考えたことがなかった』ことに初めて気付いた。

 気付かされた。

 気付かされたことで思考が巡る。

 ぐるぐる。ぐるぐる。

 じわりと汗がにじむ。


「――頭を殴られたかと思いました」


 苦笑を浮かべ、白杉は目を伏せた。

 うん。ぼくも今まさにそんなかんじ。

 話に集中しなきゃとこっそり呼吸を整える。


「『宗主様がいなくなる』なんて、考えたこともなかった。

 休眠されているのは『お歳だから』と聞いてはいましたが、私が物心ついたときにはすでに数年休眠されるのが当たり前で、『そういうものだ』と思っていました」


 うなずく。ぼくも同じように思ってた。

 ぼく、子供の頃の白楽も知ってるのに。

 じーさんの期間が長すぎてなんにも思わなくなってた。


「ですが、智白は『姫の守り役達から聞いた』と色々な話を知っていました。

 この『世界』の興り。

 異世界の高間原(たかまがはら)の話。

 そこから『落ちて』きた話。

 それからの話」


 ……黒陽さんがうっかりペラペラしゃべったんでしょう。

 それとも白露さんがおっちょこちょいを発揮してバラしちゃったの?

 もう。仕方のないひと達だなぁ。


「いくつかの話は私も知っているものもありました。昔話として伝えられているものもあれば、側役を拝命するときに引き継がれたものもありました。

 ですが、知らない話がほとんどでした」


 ……まあね。別に言うほどのことじゃないしね。

「知らないやつがほとんどじゃない?」と軽く言ったけど、白杉は困ったように微笑んだ。


「そもそもなんでそんな話になったの?」

 そう聞くと、白杉はポツリと答えた。


「半年ほど前でしょうか。……智白が、宗主様と話をする機会があったんです。

『この一年の成果の報告を』と。

 そこで『宗主様にだけ聞きたいことがある』『人払いを』と人払いさせて、そこで聞いていたんです。

『宗主様がいなくなったら、この「世界」はどうなるのか』と」


「……人払いしたのになんで知ってんの」

「こっそり聞き耳を立てていました」

「盗み聞きしてたってこと?」

「いつでも駆け付けられるよう控えておくのは側役として当然の責務かと」


 しれっと答える白杉。それ、どうなの?


「宗主様も我らがお側で聞いているのは承知のご様子でした。

 本当に聞かせたくなければ結界をお張りになったはずですから」


 それもそうか。


「宗主様はおっしゃいました。

『自分の生命が尽きても「(かなめ)」で在れるよう、霊力をためている』『そのための休眠でもある』」


「―――」

 ――さすが白楽。ちゃんと自分のいなくなったあとのことも考えてたか――。


「――我らはそんなことも知りませんでした――」

 自嘲の笑みを浮かべ、白杉は目を伏せた。


 しばらく白杉は何も言わなかった。

 言葉が出ない様子に、こいつがどれだけ衝撃を受けたのかがわかるようだった。


 ぼくもショックだよ。

 さっき青藍(せいらん)で会った連中が頭に浮かぶ。

 この『世界』がなくなるなんてことになったら、あいつらどうなるの?

 どうしたらいいんだろう。どうすべきなんだろう。


 ぼくも言葉が出なくて、そんな無言をごまかすように出されたお茶をふくんだ。

 同じようにお茶を含んだ白杉が、ようやくポツリと口を開いた。


「智白が言ったんです」


 何を言ったのかと湯呑を置いてキチンと白杉のほうを向く。


「『この「世界」を捨ててはどうか』と」

「―――!」


 ――捨てる。『世界』を。


 捨てる?


「飛び出していってぶん殴ろうと思いました」


「ハハハ」と笑う白杉は泣きそうだった。


「智白が言うんです。

高間原(たかまがはら)のときと違って、今ならば「界渡り」なんて無茶をする必要はない。この「異界」から「むこう」に行くだけでいい』と。

『自分がここに来たように、ここから「むこう」に行けばいい』と」


 ――まあ、確かにねぇ……。

 そう言われたらできなくもないなぁと考えていると、白杉は続けた。


「『なにもいますぐに全員を同時に移動させる必要はない』『数年に数人ずつ、それこそ勉強とか働き口を求めてとかで移動したらいいんじゃないのか』

『定住するのでなくても、今回の自分のように研修とか修行で数年滞在しながら慣らすのでもいいのではないか』

『そうやって、数十年、数百年単位で移動させてはどうか』

『今なら姫の支援者がいる。支援者の家は異世界から「落ちて」きた人間を世話しているから、この「世界」の人間も受け入れることができるはずだ』

 そんなことを、宗主様に言っていました」


 ……確かにね。

 晴明がいる今なら受け入れ体制が作れる。

 それこそあいつなら村まるごと一個買い取ってそこにここの人間まるごと住まわせる、とかできそう。


 悪い考えじゃない。

 でも、どうなんだろう。

『世界』を『捨てる』って、そんな簡単なモンじゃないでしょ?


 行ってみればぼくが『あの高間原(たかまがはら)の温室を捨てろ』って言われるようなモン。

 そんなの許せないし『ふざけんな』って怒る。

 それがどれだけ先のないことだと理解していても。

 手放したほうが自分のためにもみんなのためにもなるってわかっていても。



「智白に何を言われても宗主様はなにもおっしゃらなかったのです。

 ――でも、」


 白杉はぎゅっと両手を拳に握って、肩を怒らせて吐き出した。


「智白が言ったんです。

『かつての「白」の女王は、人命を救うために高間原(たかまがはら)を捨てる決断をした』『その女王の孫である宗主様ならば、同じ決断ができるのではないか』

 ――智白は、そう言ったんです」


「―――」


「『この「世界」を創ったのは宗主様なのだから、最後まで見守るべきだ』と」


「『それが「白の王族」の最後の仕事なのではないのか』と」


「―――」


 うつむいて肩を震わせる白杉にかける言葉が見つからない。

 きっと知らなかったんだろう。

 白楽の祖母にあたる『白』の女王が『世界』を捨てる決断をしたなんて。


 そしてトモめ。いいとこ突くなあ。

 白楽にとって『白の王族』であることは大事な『支え』だ。

 たとえ神事をサボっても、王族の勤めをちゃらんぽらんにしても、白楽にとって『最後の白の王族』であることは誇りであり『支え』だ。


 その『支え』があったから、こんな何千年ていう長い長い時間を生きることができた。

 そりゃ菊様っていう女王がいるとはいっても、転生を繰り返しているひととずっと生き続けている白楽とはやっぱり違う。


「……それ、白楽、なんて答えたの?」

 おそるおそるたずねてみると、白杉は大きく息を吐いて顔を上げた。


「『考えてみる』と」

「……………そっか」


 怒ったり、それこそトモを追い出したりしても文句言えないと思ったけど、そうか、白楽『考えてみる』んだ。

 そういうとこ、研究者らしいんだよな。



「蒼真様はどうお考えになりますか?」

 白杉に問われて「んー」と考えてみる。


「……これ、知ってるのお前だけ?」

「いえ。他の側役ふたりも知っています。

 一緒に話を聞いたので」

「そっか」


 白杉はひとりで抱えていたわけじゃないらしい。

 それでもやっぱり『誰にも言っちゃいけない』ってためこんでつらかったんだろう。

 ぼくがどんな答えを出すのか、真剣な表情で待っている。


「他のふたりはなんて言ってるの?」

「『黙っておこう』と」


 試しに聞いてみたらそんな答えが返ってきた。


「四方の村の村長にだけ打ち明けようかと言ったのですが。

 白斗が『宗主様がなにもおっしゃらないのに我らが勝手をするわけにはいかぬ』と」

「そりゃそうだねぇ」


「賀白も『下手に知らせては混乱を招くだけだ』と。

 それに宗主様には策がおありのようだったので、下手に我らが動くことでそのお邪魔をするわけにはいかぬと」

「なるほどねぇ」


「そうはいってもなにもせずにいられなくて、三人で宗主様の替わりとなる『(かなめ)』を探しているところです」

「なるほどー」


(かなめ)』があれば『世界』は保てる。

 古い『(かなめ)』を新しいモノに替えるのはよくある話だ。

 それがヒトだった場合、本人と周囲が納得するかが問題なんだけど。



「んー」と考えを巡らせて、口を開いた。


「……『世界』を捨てるか捨てないかは置いといて。

『こっち』の人間が『むこう』に行ってみるのは『あり』じゃないかな?

 たとえば今回のトモみたいに、数年だけ滞在してみるとか」


 ぼくの意見を白杉は黙って聞いている。


「これまで『こっち』の人間にとって『むこう』はそれこそ『おとぎ話の世界』だったわけじゃない?

 ぼくや白露さんが出入りしてるって言っても、実際に行ったことがあるわけじゃない。

 それが今回トモが来て興味を持ったやつもいるかもしれない。

 それこそ『トモが修行させてもらった交換で』ってひとりふたり『むこう』に送り込むのも『あり』だと思うよ」


 白杉は黙っている。

 黙って、色々考えているのがわかる。


「……あとこれはナイショの話なんだけど」


 黙って聞く白杉にナイショにしておくつもりだったことをバラす。


「実は『こっち』で修行したいっていうヤツが、あと四人いるんだ。

 トモの仲間なんだけど」


「……同い年の『霊玉守護者(たまもり)』というのですか?」

「そうそれ」


「トモから聞いてた?」とたずねるとうなずく白杉。


「『むこう』は『世界』の霊力量が少ないから修行しても大したことにはならないだろうから。

『白楽が受け入れてくれたら助かるんだけどなー』って話してるとこ」


 白杉は黙っている。


「そいつらの修行見てもらうのと交換で五人『むこう』にやるってのも、『あり』だと思うよ」


 白杉は黙っている。

 それでもさっきと目の色が違う。

 迷ってるのは迷ってるんだけど、多分ヒロ達の受け入れ体制のこととか、修行スケジュールとかを考えはじめてる。

『むこう』に遣るなら誰がいいか、とかも。

 そういうところを見込まれて側役になってるんだろうな。

 それとも側役やってるとそういうクセがつくのかな?


「ちなみに」

 ちょっとイタズラしたくなって、さらに爆弾を投げ込んだ。


「そのうちのひとりが白露さんの養い子」


 ぼくの言葉に白杉はパカリと口を開けた。


 最初にトモ連れてきたときに『白露さんに養い子がいる』って知った白楽は『うらやましい』って取り乱してたもんね。

 そんなヤツが「来たい」って言ったらどうなるかなー。


「……それは、なんとしても受け入れなくてはなりませんね」


 グッと表情を引き締めた白杉は、すぐにニヤリと笑った。

 なんだか吹っ切れたような、どこか楽しそうな笑顔だった。


「その『白露様の養い子』ならば白露様の色々な話を持っているでしょう。

 宗主様は白露様が大好きでいらっしゃいますから。話を聞くだけでもお元気になられるに違いありません」

「あー。そうかも」

 その様子が簡単に想像できて、おかしくてクスクス笑った。


「『智白の仲間が来る』となったら他の者も喜ぶでしょう。

 鍛えがいはありますか?」

「あるある。四人ともそれぞれ別の属性特化だよ」

「それはいいですね」

「おまけに、ふたりは料理がうまい」

「―――」


 ぼくの一言に白杉は目を丸くした。

 でもすぐに「プッ」と吹き出し、笑いだした。


「それを断っては我らが宗主様や民から叱られます。

 蒼真様。智白のあとにその四人、連れてきてください」

「いいの!?」

「もちろん宗主様が『いい』とおっしゃることが前提ですが」

「わかった。白露さんに説得させる!」

「それはもう決まりですね」


 笑いながらクッキーをつまんだ白杉は、そのまま目の高さに持ち上げて、なにか感慨深い様子で見つめた。


「――『時代が変わる』というのはこういうことなんでしょうね」


 そしてパクリとクッキーを口に入れ、シャクシャクと咀嚼した。


「次はどんなうまいものが広がるのか、楽しみです」

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