閑話 蒼真 11 白蓮
白蓮に移動して、まずは白楽の館に行った。
白楽はいい歳になってきたから、最近はたずねても休眠してることもある。
前回来たときから一年半経ってるなら寝てるかなー、と心配しながらお邪魔したら、ちゃんと起きてた。
なんでもあれから休眠せずにずっとトモの面倒を見てくれてるらしい。
「ありがとね」とお礼を言ったら「おばあ様にたのまれたのですから。当然です」と返ってきた。
菊様にも頼まれたの、覚えてる? 覚えてないな。まあいいか。
そのトモはどんな様子か聞いてみた。
「そうですね。もとの高間原で動ける程度にはなりましたか」
つまり、それなりの霊力量になったってことか。
さっき青藍で見せてもらった研究資料が浮かぶ。
「じゃあ、そろそろ連れて帰ってもいい?」
そう聞いたら、白楽は苦笑を浮かべて側に控えていた側役のひとりである白杉に目を向けた。
白楽のところにはいろんな人間がいる。
その中でも白楽の側近に当たる人間が『側役』と呼ばれる。
四つのエリアの連絡と取りまとめ役。研究の取りまとめ役。そして白楽の身辺の世話役兼護衛役。
昔はもっと細かく分かれてたりしたときもあったらしいけど、今はこの三役が側役として仕えているという。
で。
この護衛役――いわゆる武官達は、戦闘訓練に余念がない。
「魔物もいない敵もいない『白楽の世界』でなんで武官がいるんだよ」って毎回思うけど、まあ戦闘民族なヤツが一定数いて、そいつらが集まっては嬉々として己を鍛えている。
暴れたい連中のガス抜きにもなってるみたい。
『赤』縁のヤツなんかはやっぱり戦闘特化してるヤツが多いし、『青』も『黒』ももちろん『白』も武官がいる。
剣術、槍術みたいに使う得物で分かれたり、その中でも『〇〇流』みたいに独自に技を鍛えたり研究したり、なかなか楽しくやってるらしい。
ぼくは薬学のほうが忙しいから関わることはないけれど、白露さん緋炎さん黒陽さんは来るたびに面倒見てやってるみたい。
その武官達の中である一定の強さを持ったやつは『師範』の称号を受ける。
師範になるとひとに教えることができる。弟子をとったりもできる。
我流を作るにしても、他流の師範達から強さを認められて『師範』の称号を得ないと作れない。
その流派のトップは『道場長』とか『館長』とかいろいろに呼ばれてる。
けど『ひとに教える』立場は同じだから、まとめて『師範』って呼ばれてることが多いらしい。
その、普段はそれぞれの地で暮らしてる師範達が集まってトモを鍛えているという。
剣術。槍術。体術。霊力を使った術を使う戦い。
それぞれがひとりずつ、別々に教えているのが今の状況だと、武官の取りまとめをしている白杉が教えてくれた。
「智白は言っていました。『竹様を助けたい』と」
まあそう言うだろうなとぼくも思うからうなずいた。
「竹様をお助けするならば、動けるようになっただけでは不足かと」
まあそれはそうだろうなとぼくも思うからうなずいた。
「少なくとも師範級を五人は同時に相手できるようにならなくては。いかがですか?」
まあそうなったらいいだろうなとぼくも思うからうなずいた。
「では、いましばらく智白は『こちら』で修行させます。いかがですか宗主様」
ここの連中は白楽のことを『宗主様』と呼ぶ。
その白楽はニコニコと人のよさそうな笑顔を浮かべたまま、うなずいた。
「智白を強くすることは女王様からのご依頼。
おばあ様も気にかけてまた来てくださる。
ぜひとも修行させろ」
「承知いたしました」
……それは『トモを強くすることが菊様のためになる』から?
『トモをエサに白露さんに会いたい』から?
白露さんはちょくちょく『こっち』に来てトモの様子をみているらしい。
安倍家での報告会でその話は聞いていた。
緋炎さんも『来てる』って言ってたんだけど? 相変わらず白露さんしか見てないやつだなあ。
ぼくが『トモの様子を見てくる』と言ったら明子がお土産をもたせてくれた。
そのお土産を白楽に渡し、白杉にも渡した。
「世話になってる館の人間にも預かってるんだけど」というと「奥に行こう」と誘われた。
白楽に「またね」と挨拶をして白杉についていく。
白杉は四十代くらい。筋骨隆々な、いかにも武官! て感じの男。
『白』にはめずらしいタイプ。『白』は線の細いひとが多いから。
白杉は館の奥向きを取り仕切るヤツのところにぼくを連れて行ってくれた。
明子からのお土産を渡してトモのことを頼んでおく。
うまく分配してねってお願いしたら笑って請け負ってくれた。
これで安心。
「智白が指導して広まったお菓子があるんです。いかがですか」
そりゃあ食べてみないといけないでしょう! トモがなにしてるか確認するのもぼく頼まれてるから!
そうして白杉はお茶とお茶菓子を持ってぼくを客間に連れて行った。
トモの指導で広まったお菓子というのは、クッキーだった。
うん。おいしい。あいつやるな。
「砂糖はあったよね。バターはどうしたの?」
「作りました。あいつが牛の乳から作る方法を指導して」
トモがどんなことをしてきたか、それでここの暮らしがどんなふうに変わってきたか、そんな話を白杉は聞かせてくれた。
あいつ強くなる修行はちゃんとしてんの?
「してますよ。いろんな師範に毎日叩きのめされています。
青藍の青治と青護がつきっきりで面倒見てますから。
すぐに回復してますよ」
なるほどね。そういえば研究所にあった報告書に回復薬についても書いてあった。
「それに、あいつの持ち込んでる童地蔵が回復に一役買っているらしいです。私は見たことはないんですが……」
童地蔵。
――って、ああ、あれか。
竹様の作った霊玉はめ込んだ、青羽が作らせたっていう。
この前鬼と戦ったトモが竹様に別れを告げられたとき。
トモはココロをこわした。
そのトモに「持たせておく」と晴明が言っていた。
『竹様の形代のような存在に成っている』と。
だから『「半身」を喪っても青羽は生きられた』と。
そうして実際トモは回復した。
その童地蔵をトモは持ってきているらしい。
そうして毎晩抱いて寝ていると。
そりゃ回復早いだろうな。おまけに竹様の霊力たっぷり込められた霊玉も持ってたし。
そうだ。そのトモについてるヤツに『半身』の影響について教えておかなくちゃ。
『半身』の影響があるやつとないやつで違いが出てくる可能性とか。
そんなことを考えていたら、白杉はちょっと笑った。
「あいつはおもしろい男ですね」
「そう?」と答えると白杉は話を続けた。
「豊富な知識を備えていながら、頭でっかちになることはない。
現状をきちんと把握して、なにができるか、問題点はなにかを洗い出したうえで提案をしてくる。
その提案も押し付けることは決してない。
こちらが拒否すればそれをあっさりと受け入れる。
――なかなかできることではないです」
なるほど。そうかもね。
そう聞くとすごいヤツに聞こえるね。
「戦闘力も、我ら師範以上の人間に比べれば数段落ちますが、一般から見ればなかなかのものです。
それに、どれだけ打ちのめしても決してあきらめることもくじけることもない。
私も同じ年頃の息子がいますから余計にそう思うのかもしれませんが――すごい男だと思います」
まあね。『向こう』ではトップクラスだからねあいつ。
「冷静沈着。しっかりしていて、視野も広い。人の話を聞き受け入れる柔軟性もある。
あれほどの男はなかなかいませんよ」
べた褒めじゃん。よかったなトモ。
「それなのに、竹様のことになった途端どうにもならなくなるんです」
ぷっと笑う白杉。なにやらかしたのあいつ。
「竹様とのなれそめを聞いたら真っ赤になって。
それまでは一人前の男らしく堂々としていたのに、途端に初心な小僧になって。――いや、あれは小僧以下だな。もう、からかいがいがあるものだから、いろんなヤツがあいつに構ってますよ」
男女のアレコレの話とか聞かせたら真っ赤になって叫びだしたり、頭抱えて床に打ち付けたりするらしい。ナニそれおもしろすぎない?
「あいつがどれだけ竹様を想っているのかも聞きました。
『黒』の連中も『あいつなら』と言っています。
――あいつを鍛えて、できることならば竹様と結ばれてほしい。
我らは皆、そう願っているのです」
しんみりとそう言って、白杉はお茶を一口飲んだ。
「――蒼真様」
湯呑を置いた白杉はキチンと姿勢を正して頭を下げた。
「このたびは良いご縁を、ありがとうございました」
「ぼくじゃないよ。多分竹様のお守りが仕事したんだよ」
軽ーく笑って答えたら、白杉もちいさく笑った。
でもすぐに白杉は目を伏せてポツリと言った。
「――宗主様は、智白が来てからずっとお元気でいらっしゃいます」
『いいことじゃん』『それがどしたの?』
そう思ったけど、言葉にならなかった。
白杉がつらそうに微笑んでいたから。
「白露様に頼まれたということもあります。
白露様が時々お見えになるということもあると思います。
――それ以上に、宗主様は――あせっておられるように感じるのです」
ポツリ。
白杉はちいさくつぶやいた。
そうしてどこか迷うようにじっと一点を見つめていた白杉は、意を決したようにぼくに目をむけた。
「蒼真様」
「なに?」
「――話を、聞いていただけませんか?」
「いいよ」って了承したら白杉はホッと息をついた。
「結界を張ってもいいですか?」って聞いてくるから「いいよ」って答えた。
結界を張らないとできない話をするんだとわかった。
ひとりで抱えてるのがしんどいんだってわかった。
そうして白杉の話を聞いた。