閑話 蒼真 10 トモの様子を見に行こう
そういえばトモのこと忘れてた。
あいつを白楽のところに連れて行って何日経ったっけ?
指折り数えたら、五日経ってた。
五日か。そろそろいいかな?
ええと、どのくらいの時間経過で行けばいいかな。
適当に「このくらい」と異界の『境界』をくぐった。
『白楽の高間原』は相変わらずの高霊力に包まれていた。
来たついでにあちこちの薬草園や研究所に顔を出す。
「こんにちはー。どんな状態?」
「あ。蒼真様。おひさしぶりです」
この『白楽の高間原』は大きく四つのエリアに分かれている。
東西南北に分かれたそこは、自然と元の高間原と同じような住み分けになった。
北は『黒』の縁のひとが集まる紫黒。
西は『白』の縁のひとが集まる白蓮。
南は『赤』の縁のひとが集まる赤香。
そして東が『青』の縁のひとが集まる青藍。
『黄』の縁の人間はほぼいない。
元々高間原でも『黄』は高霊力を持つひとが稀だった。
多分あの魔の森からとおく離れていたからだろうね。
ぼくらのいた高間原は魔の森に囲まれた『世界』。
つまり、魔の森に接していた東西南北の四つの国には高霊力保持者が多かった。
この『白楽の高間原』は元々白楽が『世界』の霊力量を調べるためにつくったちいさな『異界』がはじまり。
それを手狭だからって少し広げ、一緒に研究したいってひとのために少し広げ、こんな研究もしようってまた少し広げ、って少しずつ少しずつ広げていった、白楽とその知り合いだけの『世界』だった。
それが四千年前――『こっち』にとっては二千年前――『能力者排斥運動』なんてのが起こった。
「能力者に頼らない国作りを」みたいにはじまったはずだったのに、いつの間にか「能力者は悪魔の化身だ」「殺せ」みたいになった。
話し合いにすらならない状況に、一部の能力者は『向こう』の『世界』を捨てた。
そのひとたちが頼りにしたのが、白楽だった。
そのころ――高間原から『落ちて』千年くらいの頃――『白楽の高間原』は五十人から百人くらいが暮らしていた。
最初に白楽と一緒に研究をしていたひとの子孫だったり、研究がしたくてやってきたひとだったり、白楽を気に入ってそばにいたがったひとだったり。
『白楽の高間原』を知っているひとは多かった。
高霊力保持者で『道』を知っていたら誰でも行けた。
そこで、迫害された高霊力保持者達は、白楽を頼った。
そうして『白楽の高間原』にはたくさんのひとが暮らすようになった。
『世界』を広げて住む場所を提供するときに、自然と同じ国の縁のひとが集まった。
そうやって四つのエリアができた。
ぼくの知り合いは当然青藍に多い。
青藍の人間は薬師多いし。ぼくのお願いしている薬草園も研究室も青藍にあるしね。
だから今日も当然のようにまず青藍に来た。
その青藍のみんなの話を統合すると、トモを送り届けてから『こちら』では一年半が過ぎたところだった。
あちこちの細かいところが変わっていることに気が付いた。
小麦畑ができていた。
前もあったけど、規模が大きくなっていた。
「智白が持ってきた種を試しているところなんですよ」
うどん用、パン用、他にも何品種もの小麦の種を用意していた。
それを栽培条件を変えて実験しているところだという。
「麺類にしてもパンにしても、智白の持ち込んだ知識は膨大で、ひとつひとつ実験していては間に合わないんです!
とにかくなんでもやってみようと、日々取り組んでいるところです」
小麦だけじゃなくて他の野菜や穀物の実験場も増えていた。
ああ。トモ、農業のことも勉強させられてたからなあ。
「肥料が」「土壌の成分が」とうれしそうに説明してくれる。
薬草園にもその成果を取り入れたいというので許可を出す。当然だよね。
知り合いが昼食にさそってくれて、バーベキューみたいなガーデンパーティ―みたいなかんじになった。
「あれ? あんなのなかったよね?」
そこにあったのは窯だった。
「そうなんですよ。智白が作り方と使い方を持ち込んだもののひとつです」
ひとりがそう教えてくれた。
「待っててくださいね蒼真様。今ピザ仕込んでますから」
「ピザ!?」
そんなのまで教えたのあいつ。
先に出されたものつまみながら様子をうかがっていたら、ほんとにピザ生地がでてきた。
周りの人間にやいやい言われながら調理担当者がトッピングを乗せていく。
それ、チーズ? チーズもできたの? ベーコンて前からあったっけ?
見事な手際で窯から取り出されたのは、見紛う事なきピザだった。
「蒼真様。どうぞ!」
勧められて、お礼を言って一口。
……めっちゃピザ。
「なにこれ。おいしい」
思わずもれた言葉に周囲が沸き立つ。
「どんどん焼きますからね! どんどん食べて!」
「こっちの串焼きももうすぐ焼けますよ!」
「鍋できたぞー」
汁物もでてきた。串に刺さった肉もでてきた。野菜もはさんである。
どれもおいしい。香草がよく効いてる。
ていうか。
「薪とか炭とかって、こっちで使ってたっけ?」
『むこう』は四千年前の『能力者排斥運動』のあったときに『災禍』が『世界』を『こわした』。
そのときに高間原から持ってきたような道具とか文明とかはなくなっちゃって、火を使いたかったら木を燃やしたり、水は沢から引いたり川から汲んだりっていう生活になった。
でもそれにこの『白楽の高間原』は影響を受けなかった。
『能力者排斥運動』から逃れたたくさんのひとを受け入れて、昔の高間原で使っていた道具を改良しながらこの二千年生活を営んできた。
そりゃ物好きな人間がたまに今でいうキャンプ的なことはしてたけど。
こんな、日常で薪や炭を使うなんてことはなかったはずだ。
ぼくの指摘に「これも智白です」と答えがあった。
なんでもトモは『こっち』に来てからパン作りをはじめとする料理の実践をやらされていた。
料理を作りながら説明し、『こっち』の料理人に教えていたらしい。
そのときにトモは道具についても口を出した。
「この竈、もう少し火力強くできませんかね」
「はあ。霊力回路。霊玉から霊力流して……ふーん……。……ここ、こうしたらもう少し火力強くできませんか?」
「こっちのこれをこうしたら、細かい温度設定できませんか?」
なんでもトモの祖母がそれなりの術者だったらしい。
その祖母にトモは物心つく前から色々と教わっていた。
晴明とヒロと友達になってからは陰明術もちょっと教わったらしい。
おまけにタカにパソコン関係を教わっていた。
だから「『こっち』の回路とか術とかも、なんとなくわかる」らしい。
そうして料理担当者だけでなく、技術者にもひっぱられていった。
料理関係で竈の改良をさせられていたトモだったけど、ある日ぽつりとつぶやいた。
「オーブンもいいけど、炭火の美味さや窯の美味さもあるんだよなあ」
そのつぶやきを、周囲の人間は聞き逃さなかった。
そうしてパンとピザ用の窯を作った。
炭焼き窯を作って炭の作り方を伝授した。
それぞれに完成して使ってみて、誰もがその味に納得した。
「ウチの敷地にも作れ」「炭が足りなくなるぞ。炭焼き窯を増産しろ」
そうして『こっち』の人間が安定して作れるようになるまで、トモはつきっきりで面倒みさせられていたという。
……あいつ、修行できてんの?
確かに『修行の対価になれば』って、いろんな知識詰め込んで連れてきたけど。
なんなのあいつ。万能すぎない?
「これも智白が来てから変えた」「こんな助言をもらって」なんて話がごろごろ出てくる。
現地に受け入れられて馴染んでるのはいいんだけど、何しにきたかわかってんのかなあいつ。
「青藍の青治と青護が智白につきっきりになってるんですよ。
霊力量測って、あいつが食べるものと霊力量に因果関係があるかーとか。
霊力増やすのに回復薬でも効果があるかー。とか、色々実験してます」
……実験動物にされてんだねトモ。なんかごめん。
「……で? なにが効果あった?」
「途中経過をまとめたものが研究室にありますよ。ご覧になりますか?」
「見たい見たい」
これでも薬師だからね。どんな薬でどんな反応があったのか、興味あるよね!
おいしいごはんごちそうになって、トモのいろんな話聞いて、研究をまとめたものも見せてもらって青藍のみんなと別れた。
トモは今、白蓮にいるという。
白楽に挨拶もしなきゃいけないし、とりあえず白蓮に行ってみるね!