閑話 蒼真 9 オミ専用ブレスレット
次の朝。
ぼくらの説明を聞いた竹様は喜び勇んだ。
「ぜひやらせてください!」
うん。そう言うと思った。
晴明から術式を聞き、黒陽さんに具体的な説明を聞き、ちょっと話し合っただけで竹様はあっという間にブレスレットを完成させた。
すごくない?
なんでそんな、話持ってきてから一時間もかからずに作れるの?
そういうところがおかしいんだよ?
まず竹様は晴明から詳しい術式の説明を受けた。
メモを取りながら生真面目に聞いた竹様は、黒陽さんとふたりであっという間に遮断の術式を作り上げた。
次に黒陽さんから昨夜作った霊力補充の術式を聞いた。
「こうして、ああして」という話もメモを取りながら聞き、最終的に完成したブレスレットを手に確認をした。
それから付与するための新しいブレスレットを手に取り、あっという間に術式と霊玉を取り付けた。
「動作確認してもらうために、先に霊力補充だけのブレスレットを作ってみました」
……だからそういうところがね?
実験体として晴明がつけてみた。
問題なく霊力補充されているようだ。
「一定量で止めるのもできているな」
「量はどうですか? 少なくないですか?」
「皆様と話をするくらいならば十分すぎるくらいです」
「じゃあこの量を注いだら止めるのでいいですか?」
「もう少し減らしましょう」
細かいところを詰めて、竹様は新しいブレスレットを手にした。
そうして、さらっとブレスレットを作った。
……目の前で何度見ても信じられない。
こんな高霊力込められた霊玉がなんで一瞬でできるの。
おまけにこのブレスレットに刻まれた術式。
普通の付与師って、何日も何日も禊をして準備して、回復薬何本も用意して、何日もかけて付与するって聞いたことあるよ?
なんで『ギュウッ』てしただけで刻まれてんの? おかしくない?
おかしなことをしでかした自覚のないひと達は「できたできた」とのんきに喜んでいる。
ぼくはアタマ痛くなってきたよ。鎮痛剤飲もうかな。
見ると晴明も同じような顔をしていた。
『オミ専用ブレスレット』は、金色のブレスレットの内側と外側それぞれに細かい文様の入ったものになった。
ブレスレットの外側に霊玉がひとつ埋め込まれている。
「これ、ここをこーしたら交換できます。
このブレスレットに取り付けたまま霊力注いでも補充できますけど、もしどなたも補充できる方がおられないときのために、予備を用意しておきました」
………だからそういうところがね?
「本体に刻んだ術式と重なるように取り付けないといけないから、わかりやすくするために霊玉を一箇所ふくらませています」
半円球型のその霊玉は、説明されて注意して触れたら確かに一箇所ふくらんでいた。
正円でなく、わずかな雫型。
「ここをこーしたら取り外しができるので。はい。それで、これを、こう…。どうですか?」
晴明に交換させてみる竹様。
「バッチリです。何から何まですみません。ありがとうございます」
晴明のその言葉に、竹様はようやく心の底からの笑顔を浮かべた。
その日の夕食の前にオミに渡した。
「ちょっと早いけど、父の日のプレゼント」
「姫宮に作っていただいた。
『霊力を持てるブレスレット』だ」
ヒロに綺麗にラッピングされた箱を渡され、晴明にそう言われたオミは、一瞬キョトンとした。
箱を受け取り、じっと見つめ、そしてゆっくりと顔を上げて――。
え? なんでそんなこわい笑顔浮かべてるの?
ヒロが「ヒュッ」て息を飲んだ。
晴明も笑顔で固まっている。
オミは恐怖のニコニコ顔をヒロと晴明に向けたあと、竹様に向けた。
「――竹ちゃんが、作ってくれた、の?」
「あ、あの、その、」
竹様泣きそう。
「ああ。我が姫が、晴明に依頼されて作った」
黒陽さんの言葉をタカが通訳する。
「へえ」と答えたオミは、その笑顔を晴明に向けた。
「――主座様?」
「落ち着いてまずは話を聞け」
「ええ。是非ともお聞かせ願います。
断ったはずのアイテムが何故僕の手にあるのか」
にーっこり。
オミ。威圧もれてるぞ。竹様とちびっこが震えてるからやめてやれ。
そうして静かに怒るオミに、晴明とぼくとで説明をした。
正確には晴明とぼくの言葉を通訳するタカが。
このブレスレットはつけているときだけ結界を展開するものであること。
結界を展開して、一時的に晴明との『つながり』を『遮断』するだけで、『切る』わけではないこと。
『つながり』を『遮断』してオミの『器』に霊力がたまる状態を作り、そこに霊力を注ぐこと。
霊力を注ぐのもブレスレットをつけることで自動的に注がれること。
ぼくらを視ることができる程度たまったら霊力注ぐのは自動的に止まること。
ブレスレットはずしたら、補充されたぶんの霊力も自然に晴明に流れていくだろうこと。
「――つまり」
オミは静かに口を開いた。
「このブレスレットをつけることで、僕は守り役の皆様と会話したり触れ合ったりできるようになると?」
「そう」
「そしてブレスレットをはずしたらこれまでどおり。
むしろハルに流れる霊力が、注がれた分増えると?」
「そう」
「……………」
オミは黙ってしまった。
うつむいてるから、怒ってるのか泣いているのかわからない。
「……お前の了承も得ずに勝手なことをしたことは謝る」
晴明が神妙な顔で謝ると、オミはようやく顔を上げた。
怒っても泣いてもいなかった。
「だが、お前が皆様を感知できずにひとり疎外感を持っていることも僕は知っている。
それを『仕方ない』と受け入れてくれていることも。
だから、これは僕のわがままだ。
僕が、お前に、タカ達のように皆様と接してもらいたいと願った。
そのための道具を姫宮が作れると知ったから依頼した。
それだけだ」
きっぱりと断言する晴明に、オミはなにも言わない。
「『安倍家主座』としてではなく。
ただの『息子』としてのわがままだ。
――駄目か?」
その言い方に。声色に。
晴明がオミの『子供』なんだと、わかった。
ぼくが晴明に初めて会ったときには、晴明は二度目の人生で、しかもけっこうなじいさんだった。
そのイメージのせいか、ぼくにとっての晴明はいつでも『大人の男』で『上に立つ人間』だった。
今晴明は十回目の人生だという。
それでもやっぱりしっかりした『大人』で、実の父であるオミにも父親同然のタカにも対等に接していた。
それなのに。
甘えたような晴明に、オミがふっと表情をゆるめた。
そのまま黙って晴明のことを抱きしめた。
オミのほうが晴明よりも背が高いから、そうやっていると晴明が子供に見える。
「ありがとう」
「ありがとうハル」
「……どういたしまして」
ぶすっと、ふてくされたような晴明をオミはもう一度抱きしめて、頭をぐしゃぐしゃにかき回した。
そうして晴明を開放したオミはヒロと目を合わせ、やっぱり同じように抱きしめた。
「ありがとうヒロ。大切にするよ」
「ぼくじゃないよ。竹さんが作ってくれたんだよ」
そう言われたオミが今度は竹様に目を向けた。
「ぴっ」と背筋を伸ばした竹様にオミは近寄り、抱きしめようとして手を伸ばしたけれど、思いとどまった。
「年頃の娘さんを抱きしめたら『セクハラ!』って言われちゃうね」
そう言って笑うオミに竹様はオタオタしていた。
オミはそんな竹様の手を取り、両手で押し頂いた。
「ありがとうございます。貴女は僕の恩人です」
「そんな」
『大袈裟です』『やめてください』竹様が言いそうな言葉が出る前に、竹様は動きを止めた。
オミがじっと固まってしまったからだ。
頭を下げたオミは額に竹様の手を押しあてた。
そのまま固まってしまった。
その肩がちいさくふるえていた。
「――ほんとうに、なんとお礼を――」
そっと明子がオミに寄り添った。
横からぎゅうっと抱きしめた。
竹様の手を握ったままのオミは、明子に背をなでられてふるえていた。
パッと身体を起こしたオミは、もういつものオミだった。
「開けてもいい?」と竹様に確認して、席について箱を開けた。
明子がずっと横にくっついていた。
「――わあ! ブレスレット!? かっこいいね!」
喜ぶオミに家族もニコニコしている。
「ここをこうして、これで、こう『カチッ』て。――どう?」
ヒロが説明しながらオミにブレスレットをつけた。
カチリと金具が止まった、そのとき。
オミが、まばたきをした。
自分の左手首にブレスレットがつけられるのを見つめていたオミはまばたきをしたあと、なにかを確かめるように手を握っては開いた。
そして開いた手のひらをじっとみつめたあと、ようやく顔を上げた。
そして。
目が、合った。
ぼくを見つけたオミが、固まった。
ぱちくりとまばたきをするその目はまんまるになっていた。
「―――蒼真くん――?」
「うん」
「―――!」
呼びかけに返事をすると、オミは大袈裟なくらい息を飲んだ。
バッと竹様に目をやり、その肩に黒陽さんをみつけた。
「黒陽様――?」
「ウム。成功のようだな」
それからは大騒ぎだった。
オミは明子を抱きしめ、タカと抱き合った。
ブレスレットをつけたりはずしたりして動作確認をした。
ブレスレットをはずしたらやっぱりぼくらは見えなかった。
ブレスレットをつけたオミはぼくも抱きしめてくれた。
「蒼真くんはこんなに綺麗な色だったんだね。素敵だなあ!」
そう言って何度も何度もなでてくれる。えへへ。うれしい。
「黒陽様、思ってたより小さいんですね」
「大きくもなれるぞ? もっとちいさくもなれるがな」
「ぼくももっと大きくなれるよ!」
「すごい! 今度一乗寺でやってみてよ!」
「やめろオミ。『視える』人間がいたら騒ぎになる」
タカに止められて残念そうにしていた。
それからオミはずっとしゃべっていた。
夕ご飯の間も、ちびっこをお風呂にいれる間も。
ぼくもちびっこと一緒にお風呂に入れられた。
「まさか龍とお風呂に入れるなんて」ってオミは大喜びだった。
タカ達がちびっこを寝かしつけにいったときも、戻ってきてからもオミはしゃべりまくっていた。
うれしくて楽しくてたまらないのがぼくらにも伝わって、ぼくらもうれしくて楽しくてずっとしゃべっていた。
ぼくも黒陽さんもオミにお礼を言われた。
何度も何度もお礼を言われた。
「もういいよ」「わかったよ」って言っても何度も何度も言われた。
オミがすごく喜んでくれてるのが伝わって、ぼくもうれしくて誇らしかった。
オミとタカと黒陽さんと晴明とヒロと、男ばかりで酒盛りをした。
ヒロと晴明は戸籍上は一応未成年なんだけど、なんか昔『異界』に出入りしていた関係で身体はもう成人年齢になっているらしい。
そんなことを言い訳に、二人も一緒に酒を飲んだ。
楽しくて楽しくて、気が付いたら寝てた。
何時に寝たのか全然わからない。
目が覚めた途端に襲ってきた強烈な頭痛と吐き気に、大慌てで二日酔いの薬を飲んだ。
黒陽さんは黙って対価の霊玉を差し出してきた。
のたうち回るオミとタカにも薬を提供したら、ふたりともものすごく喜んでくれた。
「蒼真くんの薬はすごいね!」
「何錠か買い取らせて!」
「いいよ! 家族価格にしてあげる!」
そうして取引しようとしたら、晴明に止められた。
「蒼真様の二日酔いの薬を使うことは、今後禁止」って厳しめにふたりに言い渡していた。
「えー!」
「主座様横暴!」
「暴君だ暴君!」
「なんとでも言え。とにかく、厳禁!」
「「えー!!」」
ぼくも晴明に怒られた。
「あのふたりはすぐに調子に乗って飲みすぎるんです。
蒼真様の薬があったら際限なく飲みます。
そのせいで身体をこわすなんてことになるとしたら、蒼真様も薬師として許せないでしょう?」
それはまずいね。
確かに昨日の飲みっぷりはひどかった。
テンション上がってたにしてもひどかった。
「ごめんねふたりとも。販売禁止されちゃった」
「そんなぁ!」
何度も買収されかけたけど、大好きなふたりに酒で身体こわすなんてしてほしくないから、なんとか思いとどまった。