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閑話 蒼真 8 竹様の出生の秘密

「『黒の一族』は結界術に長けた一族なんだ。

 だからこそあんな痩せた、瘴気と魔物の近い土地で生き延びられた」


 結界。封印。浄化。

 そういうのに秀でているのが『黒』の特徴。


 黒陽さんに言わせると、それも厳しい土地に生まれ育つ故の『必要にせまられて』ということらしい。

 そういう能力に長けたひとが生き残った。

 生き残るから子孫を残せる。

 当然そういう能力を受け継いで生まれる。

 そんなことを繰り返して『黒』は厳しい土地で生きられるだけの能力を備えていった。



「――姫の両親たる黒の王と王妃には、長く子がなかったんだ」


 現代もだけど、高間原(たかまがはら)にいたときも不妊に悩む夫婦はいた。

 高間原(たかまがはら)で多かったのは、霊力の整合度が足りないパターン。

 夫婦の属性が違ったり、霊力量に差がありすぎたりしたら、なかなか子供を授かることができない。

『子供は夫婦の霊力が混じり固まってできる』なんて伝説もあったくらいだから。


「『青』の薬師にも診てもらった。『白』の学者にも診てもらった。国中の『神々の土地』に祈りを捧げた。

 神官達も王妃の懐妊を祈願した。当然黒枝も」


 だから『霊力と祈りを捧げて神様にお願いする』っていう方法も、れっきとした不妊対策として知られていた。

 実際高間原(たかまがはら)の神様達はお願い聞いてくれる方が多かったしね。


 黒陽さんは時折思い出すように黙りながら、話を続けた。


「王妃が懐妊したとき、黒枝はすぐに神々にお礼を申し上げたんだ。

 ところが、思いもかけない言葉を返された」


「『ちがう』と」


「「「―――」」」


 ………なにそれ。

 黒陽さんは淡々と話しているのに、なんでか不穏な空気になっていく。

 タカも、千明も、晴明もヒロも口を引き結んでただ黒陽さんを見つめている。



「『黒の一族』総出て神々に祈りを捧げていたのだが、その『願い』を叶えるには今少しナニカが足りなかったらしいのだ。

『願い』を叶えるにはもう数年かかるというところに、王妃の懐妊。

 神々がおっしゃるのに『どこか別の介入があった』そうなんだ」


「黒枝も不穏なものを感じたらしい。

 それこそ国中の神々のところに出向き、お一柱お一柱に話を聞いたらしい。

 身近な神にも、偉大な神にも、神にお仕えするモノにも。

 そうやってあちこちに脅しをか……ゲフン。話を聞き、集め、黒枝はひとつの結論を出した」



「『ナニカ』が『黒』を利用しようとしている」

「そのために、王と王妃の『願い』が利用された」



「「「―――」」」



 黒陽さんは大きく息を吸い込んだ。

 そして、深く深く吐き出した。



「王と王妃の『願い』を利用して叶えようとした『願い』」


「『黒の一族の持つ能力を凝縮したような子供を』

 それが『願い』」



 それが、黒枝さんがあちこちの神々から聞き出した話を統合して出した結論。


『黒の一族の持つ能力』

 結界。封印。浄化。


 その能力を、凝縮させる。

 霊力も凝縮させる。

 そうして、ヒトの身には収めきれないような高霊力と高能力をその身に持った赤ん坊が宿った。


 それが竹様。



「すぐに黒枝は王妃付きになった。もともと親しかったからな。

 そうして妊娠期間を世話し、出産に立ち会い、姫を取り上げた」


「黒枝ははっきりとは言わなかったが――大変だったらしい」


「生まれ落ちたばかりの姫に私も会わせてもらったが……言葉を失ったよ」


「何重にも展開された守護陣の中にちいさな寝台が置かれていた。

 その寝台にも守護陣が刻まれていて、何個も何個もお守りやら防御壁やらくっつけてあった。

 そんな何重にも守られた中に、ちいさなちいさな姫がいた」


「体内の霊力を排出する道具を両方の手首と足首につけていた。

 普通、霊力過多症で生まれた赤ん坊でも多くてふたつと聞くのに、姫は四つもつけていた。

 それも私の目の前で砕けた。

 すぐさま黒枝が新しい道具を取り付けていた」


「姫が生まれる前から私も王妃付きになって、黒枝に言われるままに色々作らされていたし対応を考えていたのだが、実際姫が生まれ落ちてからは、もう、戦争だったな」


 遠い目をする黒陽さん。

 よほど大変だったらしい。

 そうやって昔に思いを馳せて、また別のことを思い出したらしい。

「そういえば」と言葉を落とした。



「姫は『鍵』だと、黒枝は言っていた。

『神々がそうおっしゃっていた』と」



『鍵』


 竹様のことをそう呼んだひとがいた。

 あれは確か『落ちる』前。

『白』の館で、菊様がそう呼んだ。


『竹が「鍵」』


『鍵』

 なんの。



 もしかして。



高間原(たかまがはら)の『世界』に『ナニカ』がいる。

 特に大きな問題を起こしていなかった『ナニカ』が、数年前から行動をおこしている。

 その行動のひとつが、『黒の一族の新たな子供』」


「『ナニカ』は『願い』を叶えようとしている。

 それは『世界』を滅ぼす可能性のある『願い』」


「『ナニカ』の『願い』を叶えさせないためには『黒の子供』がいなければいい。

 ただ、その『ナニカ』をどうにかできる可能性も、その『黒の子供』は同時に持っている。

 神々はそうおっしゃったらしいんだ」


 黒陽さんは淡々と話す。

 ひとつ話すごとに次のことを思い出しているみたいだった。


「神々にもどうにもできないその『ナニカ』を生まれたばかりの赤ん坊がどうにかできるとはとても思えなかったが、その『一縷の可能性に賭けたい』と神々は望まれたそうなのだ。

『ナニカ』を滅する可能性のある『黒の子供』を守り育てよと、黒枝にお命じになった」


「当然、神々から姫にたくさんの加護も祝福もかけられた。

 だが、その『ナニカ』の『願い』のためか、姫は不運を呼び寄せることのほうが多くて。

 神々の加護と祝福で相殺されている状態だったらしい」




 そこまで話して、黒陽さんは息をついた。

 最初に出されていた、すっかり冷えたお茶を口に運んだ。


「――その『ナニカ』って――」


 タカがまっすぐに黒陽さんに向かって告げた。


「『災禍(さいか)』ですよね」


「「「―――!」」」


 ――やっぱり――。

 そんな、じゃあ、つまり、竹様は――


「『災禍(さいか)』の封印を解くために、竹ちゃんは生まれた。

 その身にあまる高霊力と高能力を持って。

 そうてすね?」


 確信を持ったタカの問いかけに、黒陽さんは黙っていた。

 一度おろしたちいさな湯飲みをもう一度持ち上げて、ぐびぐびと残りを全部飲み干した。


 ぷはっ、と息をついた黒陽さんは、湯飲みを置いて、その底をじっと見つめた。



「――昔の話をするのもいいものだな」


 ぽつりとこぼしたその顔は、おだやかだった。


「姫が生まれ落ちてからはとにかく毎日必死で、ゆっくり昔の話をすることもなかった。

 その日その日の対応だけで精一杯だった。

 この『世界』に『落ちて』からは罪の意識に嘆く姫を支えることが第一で、昔のことも、黒枝のことも話に出ることもなかった」


 はあ、とため息を吐き、黒陽さんは目を閉じた。

 顔を上にむけて、なにかを祈っているようにも、感慨にふけっているようにも見えた。


 そうして今度は首を下げ、うつむいたままじっとしていた。


 ようやく上げたその顔は、厳しい表情が浮かんでいた。


「――間違いないだろう。

 姫は『災禍(さいか)』の『願い』により生まれてきた。

災禍(さいか)』の封印を解くために。

 その身に大きすぎる霊力と能力を持たされて」


 ――おそらく黒陽さんは気が付いていなかった。

 高間原(たかまがはら)にいたときには『災禍(さいか)』なんて知らなかった。

『この世界』に『落ちて』からは昔のことを思い出すことなんてなかった。


 今回『(いと)()』の話になって、神様の話になって、昔の話を思い出してしているうちに、話がつながっていった。推測ができた。


 その推測は多分正しい。

 竹様は『災禍(さいか)』の封印を解くために、『災禍(さいか)』の『願い』によって生まれた。


「そのせいでどれほどの苦労を――」


 ぎり、と歯を食いしばる黒陽さん。

 それでも霊力ふき出したりしない。すごいなあ。



 誰もが悔しそうな、痛そうな顔をしている中、千明がポツリと言った。


「きっと生まれる前から『災禍(さいか)』の関与があったから、あとからの神様達の加護やらなんやらがとおりにくいのね」


「「「―――」」」


 千明のその言葉は『当てずっぽう』と言い切れない説得力を持っていた。

 そうかも。それはあるかも。ううん。もう、多分そうだったんだよ!


「だからいっぱいの神様がいっぱい祝福しても竹ちゃんは間が悪かったり運が悪かったりするのね」


「『間が悪い』って」ヒロが苦笑を浮かべてツッコんだ。

 そんなヒロに千明は「そうでしょ?」と持論を披露する。


「間が悪かったり運が悪かったりするから、悪いひとの勝手な言い分を聞いちゃうし、それで傷ついて余計なもの背負っちゃうんでしょ?」


「確かに」と誰もが納得した。守り役の黒陽さんですらも。


「『災禍(さいか)』の封印解いたのだってそうじゃない」


 さらに千明は持論を披露する。


「たとえばその森に行く日に、運良く熱でも出してたら行かなかったでしょ?

 そしたら封印解くこともなかったわけじゃない」


「……………確かに……………」


 黒陽さんが絞り出すように言う。

 そうだね。まさにその通りだったね。


「トモくんにだって、もしかしたら高間原(たかまがはら)で会えてたのかもしれない。

『半身』なんだから、絶対トモくんも竹ちゃんのそばにいたのよ。

 それが会えなかったのは、運が悪かったからじゃない?」


「………確かに………」



 ううん、ううんとうなる黒陽さんにふと思い出した。

『白の一族』『智白』『鉱物研究者の』


 ……………。

 ………いや。まさか。

 まさか、ね?




「……そういえば黒陽さん、専門は『土木と治水』って言ってたよね」

「む? そうだぞ?」

「『石から鉄を取り出してた』とか言ってたよね」

「言ったが?」

「鉱物のことも詳しかった?」

「『詳しい』というほどでもなかった」


 そう言いながらも「見たり、触れたりしたら『なんとなくわかる』程度だな」なんて言う。それ『詳しい』って言うよ?


「……『白』の学者呼んだりしなかったの?」

 試しにそう聞いたら「昔はそんな余裕はなかったなぁ」と笑う黒陽さん。

 その顔がふと固まり、何かを思い出すように視線が泳いだ。


「――そういえば、そういう話が出たな……」


 ぽつりとつぶやいて、黒陽さんは記憶を紐解くように思い出話を聞かせてくれた。


「姫を診てもらうために黄珀(おうはく)に滞在していたときに、同行していた姫の従兄が『白の研究者と仲良くなった』といって。

 鉱物の研究者で、『黒』の国と『白』の国を隔てる山での採掘をしている、『黒』の側も採掘させてほしいと申し出があった」


 話しながら記憶がよみがえってきたんだろう。

 黒陽さんはうなずきながら話をした。


「『土木関連は自分ではわからない』と、黒樹殿に呼び出されたんだ。

 そうそう。呼び出されて、その研究者と会って。

 紫黒(しこく)で採れる鉱物の話とか、普通の石にもなんらかの鉱物が含まれてる話とか、それを取り出す方法とかを話したんだ」


「そうだそうだ。確か話しているうちにすっかり意気投合して。

『飲もう!』となって用意させようとしたら黒樹殿が『市井の飲み屋に行ってみたい』と言い出して。

 それで『飲みに行こう!』となって。

 お忍びで三人だけで飲んだんだ」


「そうだそうだ。すっかり忘れていたな。懐かしい」


 楽しそうなその声に、その表情に、聞いているほうもなんだか楽しくなってきた。


「楽しかったんだね」

「いいヤツだったんです?」


 ぼくとタカに問いかけられた黒陽さんは、それはそれは楽しそうに笑った。


「ああ。すごくいい男だった。

 頭も良くて、話もおもしろくて、そうだ。『姫に会わせよう』なんて話も出て――」


 と、そこで黒陽さんは笑顔のままピタリと固まった。

 どこも見ていない目で黙ったあと、その目が大きく、まんまるになった!


「―――!」


 あ。気付いた。


 そっか。トモはやっぱり高間原(たかまがはら)で生きていたのか。

『白の国』で鉱物研究者してて、白露さんとも黒陽さんとも知り合いだったのか。

 あとちょっとで竹様に会えるところだったのか。


 そういうところが『運が悪い』で『間が悪い』んだろうね。


 黒陽さんが気付いたことにタカ達も気付いたらしい。

 なんともいえないビミョーな笑顔を浮かべている。

 あのときタカ達はいなかったけど、あの夜の報告会で話は聞いているみたいだ。


「――どうかしましたか?」

 なんてことないような調子でタカが黒陽さんに声をかける。

 黒陽さんは固い表情をタカに向けて口を開いた。

 けどすぐに口を閉じて、ぷるぷるぷるって首を振った。


「――なんでもない。ちょっと、色々と思い出していただけだ」


 にっこりと笑う黒陽さんはさすがだった。

 白露さんは頭抱えて暴れたのにね。



「この五千年、思い出すことといえばあの『災禍(さいか)』の封印を解いた日のことばかりだった。

 つらい、苦しい記憶ばかりだと思っていたが……」


 そっと目を伏せて、それでも黒陽さんはちいさく笑った。


「……そうだな。楽しい記憶もあった。懐かしい記憶もあった。

 姫が生まれるときのことも、黒枝のことも、久しぶりに思い出した」


 そして顔を上げてぼくらをぐるりと見まわした。


「こんな話にならなければ思い出すこともなかっただろう。――ありがとう」


 にっこりと微笑む黒陽さんには強がるところも苦しいのを隠す様子も見られない。

 本心からの笑顔に、ぼくもホッとした。


 それでもやっぱり心配で、聞いた。


「……思い出して、よかった……?」

「ああ」


 きっぱりと即答する黒陽さん。


「思い出せて、うれしい。

 黒枝のことも。子供達のことも。昔のことも。

 この五千年は思い出すこともなかった。だが」


 そして、うれしそうにまた笑った。


「ちゃんと覚えていた。

 楽しいことも、しあわせなことも、確かにあった。

 思い出させてくれてありがとう」


 黒陽さんの笑顔に、ぼくらも思わず笑顔になった。

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