閑話 蒼真 7 神々と竹様の話
「姫の話の前に、神仏の『世界』の話をさせてくれ」
黒陽さんの妻の黒枝さんは高間原の北の国である紫黒の神官職の一族の出身。
その一族は神々に祈りと霊力を捧げていた。
国の、『世界』の平穏を祈り、加護をもらっていた。
時には神々から神託をもらっていた。
その一族のなかで稀に神々と直接交流することのできる『神の巫女』が現れた。
いわゆる『愛し児』だ。
黒枝さんは、そんな『神の巫女』だった。
黒陽さんと結ばれ一族を離れても、子供を産んでも王妃の側仕えとなっても『神の巫女』で在ることだけは変わらなかった。
時間を作っては家で、城で、離宮で祈りと霊力を捧げてきた。
そんな黒枝さんから黒陽さんが聞いた話。
広い広い『世界』の話。
「たとえば我らのいた高間原のある『世界』。
たとえばこの『世界』。
そんなふうに、『異なる世界』というものが存在する」
そのことはよく知られている。
ぼくら『青』の人間はそんな『異世界』に『界渡り』することだってできる。
「多重世界、並行世界、パラレルワールド、異世界。色々な呼び名がついているな」
タカ達もそれは知っているらしい。それぞれにうなずいている。
「その『世界』それぞれに神々がおわす。
『世界の管理者』と呼ばれることもある。
要は、その『世界』を維持管理しておられるんだ。
生命が生まれ、育ち、死に、魂となり、魂と記憶を洗い清めて再び生まれ落ちる、その輪廻を巡らせる。
空に、大地に、水に、風に。『世界』に霊力を巡らせる。
循環させることが神々の役割。
『さらに大きな存在』から任された責務」
黒枝さんによると。
神様はたくさんいらっしゃるという。
それこそ会社や社会の仕組みと同じようになっていて、偉くてチカラの強い神様から、そんなに強くないけど身近にいてくれる神様まで様々おられるらしい。
身近な神様の例としては、そのひと個人についている守護神。
そのちょっと上の神様が、家を守る守護神。
その上が地区を守る神様、その上が地域を守る神様、といったように、チカラが強くなれば守護範囲が広がっていく。
ピラミッド型組織図は神様の『世界』にも適用されている。
そして、『世界』を管理する責任者の神様がその『世界』で一番偉いんだけど、じつはその上にも神様がいらっしゃる。
だから『界渡り』とか『落人』なんて『世界』をまたぐようなことが起こったら、そのいくつもの『世界』を管理しておられる偉い偉い神様が出てこられて複数の『世界』の神様の調整をされることもある。
「姫は『元の世界』でも神々の覚えがめでたかったんだ。
姫が生まれたときからお世話をしていた、姫の筆頭側仕えである私の妻が神官職の一族の出で、神事があればしょっちゅう姫を同行させていた。
そうして高霊力保持者である姫に神事を手伝ってもらっていた」
『神の巫女』で在る黒枝さんは、自分の子供達と竹様を育てながらも『神の巫女』として離宮で祈りと霊力を捧げてきた。
そんな黒枝さんを子供達と竹様が真似るのは自然な流れだった。
竹様の離宮に作られた簡単な祭壇で神事を執り行うときに、二人の娘と竹様を同席させるようになり、舞わせるようになり、笛を奏上するようになった。
黒枝さんがたとえば一柱の神にお仕えする『愛し児』なら、娘達も竹様もその神の庇護下にできた。
でも黒枝さんは神官職の一族の『神の巫女』。
あちらの神、こちらの神と、紫黒中の神様に祈りと霊力を捧げる立場だった。
「神事を通して神々と交流するうちに、姫は笛も舞も上達していった。
神々もそれをお喜びになって。
『誰が加護を与えるか』とケンカになったと聞いた」
「「「………は?」」」
え? 神様ってケンカすんの?
「わりとなさるらしい。
そしてケンカをされると、地上に影響が出る。
地震や大雨などの天変地異が起きたり、戦争が起こったり」
「ダメじゃん!」
は!? 竹様の取り合いでそんなの起こるところだったの!?
「『愛し児』というのは、一柱の神々と専属契約を結ぶようなものなんだ。
その神々の愛と加護を受けるかわりに、敬意と霊力を献上するんだ」
たいていは一柱に熱心に祈りと霊力を捧げて、神様から認められて気に入られたら『愛し児にしてやる』『加護をやる』と申し出があるらしい。
ところが竹様は黒枝さんにくっついてあっちこっちの神様に祈りと霊力を献上した。
そしてどなたからも気に入られた。
まああのひと、霊力過多症で寝込むレベルに霊力多かったからね。
あの余剰霊力まるごと献上したなら、そりゃ大喜びされるだろう。
おまけに竹様、笛も舞もすごく上手だもんね。
ちいさい頃から成長を見守ってたりなんかしたら、そりゃ『加護をやる!』ってなるだろうね。
竹様しょっちゅう死にかけてたらしいし。
「我が姫はどなたもが『自分の愛し児に』と望んでくださった。
争いになりそうになったところを、一番偉い神が止められたそうだ。
本当はその一番偉い神がご自身の『愛し児』としたいと望まれたらしいのだが、他の神々からの猛反対にあったと聞いた」
……『一番偉い神様』が一番偉いんじゃないの?
あ。一番偉いからって勝手ができるわけじゃないと。
神様の世界も人間の世界とそんなに変わらないんだね。
「そうして『黒の一族の竹』は『一柱のものにしないこと』と協定を結ばれたらしい。
『皆で等しく愛でるべし』と相成ったそうだ」
……それ、竹様、すごくない?
「それで数多の神仏が姫に良くしてくださるのだ。
この『世界』に『落ちて』からは『こちら』の神仏も姫のことを気に入ってくださった。
それで今でもあちこちに笛や舞を披露したり霊力を献上したりとしているんだ」
高間原の『世界』が滅びるときに神々もこの『世界』に引っ越して来られたという。
ぼくらが『落ちた』五千年前はまだヒトもそんなに多くなくて、神々もそんなに多くなかった。
いっぺんに増えたヒトを管理することができるとは思えず、『こちら』に元々おられた神々も高間原の神々を喜んで受け入れてくださった。
高間原の神々が『こちら』の神々に竹様を紹介して、そうして『こちら』の神々も竹様のことを気に入られたという。
竹様、大人気だったんだね。
その竹様にはたくさんの神のたくさんの加護がかけられていたという。
それでも『災禍』に『呪い』をかけられた。
神様的にもショックだったという。
それからもたくさんの神々が竹様を護ろう、運気を上げてやろうと色々してくださっているらしい。
それでも『災禍』には敵わないらしい。
――神様でも太刀打ちできないって……。
『災禍』って、なんなんだろう。
『災禍』には影響を与えられない神々だったけど、竹様を利用しようとしたり害を加えようとする人間にはバッチリ罰を与えられた。
竹様は世間知らずのお人好し。おまけに一般常識がない。
善人の顔をした小悪党が寄ってきても気付かない。
黒陽さんが竹様に気付かれないように排除したり、竹様と家を出たりしていた。
でもたまに黒陽さんが対処するよりも早く神仏が罰を与えることがあったという。
「姫をお気に召してくださった神々が天罰をくだしておられたときにな」
淡々と説明していた黒陽さんがそこでひとつ息をついた。
「……まあ、昔は――『落ちて』すぐは『世界』の霊力量も多かったから。
我らほどではないにせよ、高霊力保持者が多かったんだ」
うん。とうなずくぼくら。
「それこそ、神仏の声が聞こえるモノも多かった」
うん。またうなずく。
「そのうちのひとりが言ったんだ。
『この娘が災厄を招いている』と」
千明の口がパカリと開いた。
タカも目をまんまるにして固まってしまった。
ヒロも、晴明すらも驚愕を顔に張り付けて固まっている。
――それってつまり……。
「――つまり、竹ちゃんを利用しようとしていた小悪党が次々と罰が当たって死んでいくのに気がついた小悪党仲間が、竹ちゃん本人に捨て台詞を投げつけた、ってこと――?
八つ当たりってやつ――?」
千明の身も蓋もない言い方に黒陽さんは困ったように口の端を上げてため息をついた。
「――まあ、見方を変えたら、姫のせいで不幸が降りかかると言えなくもないから。
非常に自分勝手で自己中心的な考えだとは思うが。
神仏が姫を愛で、姫を利用しようとする輩に罰を与えるのは、まるで姫が『災厄を招いている』ように視えたらしい」
そんな身勝手な。
あ。身勝手だから竹様利用しようなんて考えるのか。
「――間の悪いことに、その叫びを姫は聞いてしまったんだ。
耳をふさぐ間も、結界を張る間もなかった。
『そんなの小悪党の戯言だ』と笑い飛ばせたらよかったのだが、姫は持ち前の生真面目さで納得してしまったんだ」
「ああ……」と声がもれた。
タカ達も同じように声をもらしていた。
「――おそらく、姫自身がそう感じていた。
姫はいつも『自分のせいで』と己を責めていたから」
『災禍』の封印を解いたのは『自分のせい』。
竹様はいつもそう言って罪の意識にとらわれている。
ああ。そんな竹様だったら、自分の周りの人間が立て続けに不幸になったら「もしや」と考えかねない。
そこにはっきりと言葉を投げつけられたら「やっぱり」と納得するに違いない。
「――それであのひとずっと『災厄を招く娘』なんて言ってんの」
ぼくの言葉に「そうなんだ」と黒陽さんはうなずく。
「実際は数多の神々に愛されている『愛し児』なのだが、本人にその自覚がない。
数多の神々が『等しく愛でるべし』と決めておられるから、どなたも『愛し児』とお呼びになれない。
だから姫はご自身が『愛し児』だと知らないんだ」
ぱかりと開いた口がふさがらない。
なにそれ。
そんなことあるの?
最初に復活したのはタカだった。
「説明しろよ!」と黒陽さんに詰め寄った。
「黒枝から口止めされている」
「なんで!」
「ご自身を『愛し児』だと姫が知ったら、『愛し児ならば神々のためにもっと働かねば』と無理をすると」
「「「……………」」」
……………やりかねない。
それこそずっと『異界』にこもって笛吹き続けとかやりそうだよね竹様。
「ていうか、そんなにたくさんの神様からの加護をもらっても、運悪くそんな言葉聞いたりしちゃうのね」
千明の指摘に『そういえば』と思い当たる。
普通一柱から加護をいただいたら、そのあとは幸運が転がり込んでくる。人生楽勝モード突入になる。
それなのに、竹様ときたら、運は悪いし間も悪い。
なんか呪われてるんじゃないの? ってくらいには運がない。
いや実際『呪い』を受けてるんだけど、その『呪い』だって『愛し児』だったら普通は回避するなりはじくなりするはずだ。
ぼくがそう思っているのが伝わったのか、黒陽さんは「ムムム」とうなり、ぽそりとつぶやいた。
「……運が良くなっているからその程度で済んでいるのかもしれぬ……」
……『その程度』って。
しょっちゅう熱出して死にかけて。『災禍』なんてとんでもない存在の封印解いて。呪われて。やることなすこと裏目に出て。何度も死んで何度も生まれ変わって。そのくせつらい記憶は消えないで。
それで、『その程度』?
ぼくがツッコミを入れる前に黒陽さんが言った。
「黒枝が言っていた」
うつむいて、どこもみていない目で、どこかに向かって言った。
「姫は『なにか重いモノを背負わせれて生まれ落ちた』と」
『背負わされて』
「……どういうこと?」
千明のちいさな問いかけに、黒陽さんはしばらく黙っていた。
迷っていたようだったけど、結局は話をしてくれた。