閑話 蒼真 6 昔の話
オミの『霊力なし』解消のために、ブレスレットを作ることにした。
「まずは晴明に術式を公開してもらわないとな」という黒陽さんに「早いほうがいいだろう」とタカが晴明を呼び出した。
まだ起きていた晴明は、転移陣を通らず直接転移してきた。
ぼくらの説明を聞いた晴明は驚いていた。
ヒロから渡されたブレスレットを手に取り、腕につけてまた驚いていた。
「これに遮断の陣を描けばいいと思うんだ。
こう、カチッと重なったときに陣がつながるようにして、陣の完成時に起動するように。
それなら霊力がなくても起動できるだろう?」
黒陽さんの説明を晴明はじっと聞く。
「お前との『つながり』を断った状態を作ってから、オミに霊力を流す。
流す霊力はここにはめる霊玉から補充する。
一定量注いだらそこで止まるようにして、何度でも使えるようにする」
「霊力がたまったら、我らを見ることも触れることもできるはずだ。
我らと話をするときだけこの腕輪をつけて、普段ははずしておけば、オミの心配する『お前の万一のときの霊力不足』もないだろう。
むしろ我らと話すために補充した分も、腕輪を外したらお前に流れるはずだから、結果的にお前の霊力が増えるだろうな」
全部の説明を聞いた晴明は、黙って椅子から立ち上がり、三歩下がった。
そしてその場で正座で座り、深く深く平伏した。
「――お礼の申し上げようもございません。
本当に、本当に、ありがとうございます」
「ならば術式を公開してくれるか?」
「無論でございます」
苦笑する黒陽さんに真顔で即答する晴明。
「むしろこちらから伏してお願いしなければなりません。
黒陽様。私の知り得るモノは全てお出しします。
我が父、晴臣のための道具を作ってください。
いくらかかっても構いません。
どうぞ、どうぞ、よろしくお願い致します」
再び深く深く平伏する晴明に黒陽さんはちょっと困ったように眉を寄せた。
「それなんだがな」
なにか問題があるだろうかとみんなが見守る中、黒陽さんは思いもかけないことを言い出した。
「姫に作らせてやってはくれないか?」
「「「は!?」」」
またなに言い出したのこのひと。
さっきの話が浮かんでいるらしい千明がものすごい顔になっている。
「実は、先日から姫がまた気に病んでいるんだ。
『明子に世話になるばかりで礼ができない』と」
ぼくらももらったチョコレート。明子の手作りクッキーと手作りパン。
ほかにもちょくちょく明子は竹様にお菓子を渡している。
『蒼真ちゃんのついでに』って。
実際ぼくも緋炎さんももらったものだし、竹様にもそう言ったんだけど、あのひとは気にしていると黒陽さんは言う。
「お守りはもう作ってしまったし、安倍家の仕事は明子のためにならぬし、かといって他にできることもない。なにか明子の喜ぶことをしたくてもなにを喜ぶのか予想もできない。
そう言って困り果てているんだ」
「おやつくらい気にしなくてもいいのに」
千明はそう言ったけど、黒陽さんは苦笑を浮かべるだけだった。
「このオミのための腕輪作りならば、オミのためになる。オミが喜べば明子も喜ぶ。
結果的に明子への恩返しになるのではないか?」
「それは……そうでしょうが……」
晴明がものすごく嫌そうな顔で言葉をしぼりだしている。
千年の付き合いのある晴明には黒陽さんがなにを言い出すのかもうわかっているらしい。
「姫が明子から受けた恩返しのために作るのだ。対価は不要」
やっぱり。
「そのかわり、この元になる腕輪は提供してくれ」
「当然です」
晴明が即答してから、座った目で黒陽さんを見据えた。
「黒陽様」
「む?」
「毎回毎回申し上げていますが、ご自分の作るモノの価値を正しく理解してください!
こうも安々と! 無料で! ぽんぽん作られると、市場が崩壊します!!」
あーあ。晴明、怒っちゃった。
ムリもないよね。ぼくもそう思うもん。
「貴方が『試作』とおっしゃるこの腕輪だって、安倍家の職人に作らせたら三百万はします!
そもそも霊玉だけで半分いきます!」
具体的な金額出た!
三百万て、それ、ケーキ何個買えるの?
「昨日のイチゴのケーキだったら一万個だね」
「ケーキ一万個!」
すごい! 毎日二個食べても十年以上食べられるよね!!
ピャッてなるぼくの横でヒロが「それって、すごいの? すごくないの?」ってぼやいてる。すごいに決まってるじゃないか!
ぼくらが話してる間も晴明のお説教は続く。
そうなんだよね。黒陽さんも竹様も簡単に霊玉作るけど、普通はそんな簡単に霊玉なんて作れないからね。
高間原にいたときだって霊玉作れる人間は多くはなかった。
しかもあんな高霊力込めて作れるっていったら、ホンの一握りだったはず。
だけどふたりにとっては、それこそ『そのへんに落ちてる石拾う』程度のことだからって、簡単に作って簡単にひとにあげるんだよね。
「とにかく対価を払わせてください!!」
「だから明子から受けた恩に対する対価だと言っておろう!」
「年末の時点で霊玉たっぷりいただいたじゃないですか!
『アキのお世話』はあの支払いに含まれています!」
「そうは言っても姫が納得しないんだから仕方ないだろう!」
ギャーギャーと言い合い、結局晴明が折れた。
「また借りが重なった……」なんてガックリする晴明。
お前も苦労するな。
「だから『貸しじゃない』と言っておるだろう」
「十分『借り』ですよ」
「細かいことを気にする男だな」
「貴方方が理解しなさすぎなんです」
晴明の意見に激しく同意。
竹様も黒陽さんもちょっと――いや、かなりズレてるよね。
「そういえば」
ふと思い出してぽろりと言葉をもらした。
「『落ちて』すぐの頃もしょっちゅう霊玉作ってはもめ事起こしてたよね」
「………『もめ事を起こす』とは人聞きの悪い………」
黒陽さんは渋い顔をしたけど、ほかにどう表現すればいいの?
タカ達が詳しい話を聞きたがったから話をすることになった。
「『落ちて』すぐの頃って、ホントになにもかも足りなくってさ。
特に足りなかったのが霊力石」
「『霊力石』?」
『なにそれ?』とキョトンとするタカ達に「そのまんま『霊力が込められた石』だよ」と説明する。
「今で言う『電池』的な?」
『合ってる?』と黒陽さんに目を向けると「そうだな。そのとおりだ」とうなずいた。
その説明でタカ達も理解できたみたい。
「高間原では今の『こっち』で言う家電のようなものがあったんだけど、それってみんな霊力で動いていたんだ。
自分の霊力流すひともいたらしいけど、基本は霊力が込められた霊力石がセットしてあって、そこに少し霊力を注いで使ってた」
「霊力を注ぐことがスイッチになっていた」と黒陽さんが追加説明してくれる。
晴明は『白楽の世界』で実物を見てるからすぐにわかったみたい。
タカ達もそれぞれに家電をイメージしてるみたい。
「高間原にいたときには、基本、家電的に使うような道具には『霊力石』を使ってたんだ。
霊力の込められてる石や霊力を込めることのできる石のことを『霊力石』って呼んでた。
それを採掘して、それに職人が霊力込めて、道具に組み込んで使ってた」
タカ達が理解したのを確認して話を続ける。
「でも『こっち』には『霊力石』に使えるような石が見つからなくて。
高間原から持ってきてたものを使い回してたんだけど、何百年も経ったらさすがに壊れちゃってさ。
その替わりにって霊力を固めた霊玉を使うようになったんだ」
「霊力流したら使えたんじゃないんですか?」
ヒロ、いいツッコミ入れるね!
「『落ちて』きたひとみんながみんな高霊力保持者なわけじゃなかったし、霊力石壊れ始めた頃はもう何世代も経ってた。
だから、たとえ家電的な道具で大した霊力量を必要としないとはいっても、自分の霊力だけでは使えないヤツのほうが多かった」
「霊玉を作れるひとはいた?」
「多くはないけれど、いたよ」
タカの質問に答える。
「今で言う電力にあたるものが霊玉だったんだ。
今って電気代払って使ってるだろ?
それと同じで、霊玉にも金銭のやりとりがあった」
「『霊玉師』なんて呼ばれてたよね」と黒陽さんに言うと「そうだったな」なんてうなずく。
「現在も『霊玉師』はいますよ」と晴明。
現在も霊玉師が霊玉作ってるらしい。知らなかった。
「『落ちて』すぐの頃って、今よりももっと『世界』の霊力も多くって、高霊力保持者も多かった。
だから霊玉を作れる人間もいたんだけど、竹様や黒陽さんレベルとなると、そうはいなかった」
「それはそうでしょうね」と言う晴明はげんなりしている。
お前も毎度毎度振り回されて苦労してるもんな。
「まあ当然、高額でのやりとりになるはずだよね。
それなのにこのひと達ったら、タダでポンポンあげたりするもんだから!
まぁもめ事がおこるおこる。
何度転生してもこりることも反省することもなくやらかしまくってたよ。ねー!」
にっこりと迫ったら、黒陽さんはそっと目をそらした。
「………その………そんな大層なこととは知らず………」
そうなんだよね。
黒陽さんも竹様も昔っから一般常識がないんだよね。
『できる』の基準が世間とずれてるんだよね。
そこをフォローしてたのが黒枝さんと娘さん達だったわけで。
そのひと達のフォローがない黒陽さんと竹様が気の向くまま心の向くままに行動すると、そのたびに騒ぎが起こった。
「まだ『落ちて』五百年くらいは『高間原の国』のことが伝わってて、竹様達『転生を繰り返す姫』のことも知られていた。
だから竹様が生まれてすぐに『この子は特別な子だ!』ってわかるヤツも多かったんだよね」
ぼくが話をふると黒陽さんが「ウム」ってうなずく。
「姫の両親となる者はわりと良い人間なのだが、その親とか、周囲の者まで良い人間かもいうと、そうとは限らなくてな……」
「あぁ」とこぼすタカ達にも心当たりはあるみたい。
「『神の御子』ってまつりあげられたりするのは毎度のこと。
霊玉作れることがバレたら囲いこまれて利用されたり、ほかにもいろんなもの作らされたりしてたよ。ね」
黙ってうなずく黒陽さん。
「竹様お人好しだから『喜んでくれるなら』ってホイホイ受けて。
しかも『自分のせいで高間原が滅びた』って思って罪悪感でいっぱいになってたから『自分にできることならなんでもやる』ってなんでも無料で受けてた」
「あー」とタカ達が深くうなずく。
晴明は苦虫を噛み潰したような顔で黙っていた。
「……姫にとっては親は『親』ではないのだ」
ポツリと黒陽さんがこぼす。
「姫は何度生まれ変わっても『高間原の紫黒の黒の一族の姫』なのだ。
だから、生まれ落ちた家といえど『仮の宿』の意識がぬぐえない。
そのために『育ててもらう対価に』と霊玉を作り、霊玉を作れることを知られるといろんな輩がわいてきて、結果もめ事になって……というわけなんだ」
要は竹様にタダ働きさせて、受け取った霊玉や道具なんかをよそに高額で売りつけてた。
それに気付いたひとが「竹にも利益を渡せ」ってもめた。
そんな竹様のためをおもってもめるのはまだまともで、「自分にも利益をよこせ」とか「あいつにタダで作ったんだから自分にもよこせ」って、欲望まみれの自分勝手な理屈ばっかり言ってるくるやつがうじゃうじゃわいた。
「あー。前に言ってましたよねー。
なんでしたっけ?『竹ちゃんを利用しようとするものが後を絶たない』から『三歳から五歳で家を出てた』んでしたよね?」
黒陽さんの説明に付け足すタカに「そうだ」と黒陽さんはうなずく。
その話に千明がカッとした!
「なによ!『利用されてる』ってわかってて利用させてたの!?」
「違う!『利用しようとするモノが近づいてくるから家を出た』んだ!
下賤なモノどもに姫を利用などさせるものか!」
ガッと反論する黒陽さんだったけど、それ以上の勢いで千明が反論してくる。
「そんな悪いヤツ、さっさとやっつけちゃえばいいじゃない!」
「理由もなく『やっつける』わけにもいくまい」
その意見にはさすがの千明も「む」と黙った。
「姫はあくまでも善意で霊玉やお守りを作ったり結界を張ったりしていたのだ。
それを『おかしな連中に利用されることになるから』と止めることができるか!?」
「「「……………」」」
できないらしい。
文句を言っていた千明もそっと目をそらした。
そんなみんなに苦笑を浮かべた黒陽さんだったけど、ふとなにかを思い出したようにひとつため息をついた。
「……それに、そういう、姫を『利用しよう』とか、姫を『いいように使おう』などと考えた連中は、ひとりのこらず『天罰』がくだったから、私が行動を起こす必要がなかった」
「「「『天罰』!?」」」
「て、なに?」
ぼくも初耳だよ? なにがあったの?
ハテナを浮かべるぼくらに黒陽さんは、ごく普通の調子で説明してくれた。
「そのままだ。
天――正確には『神仏の世界』におわす神仏が、姫に害を為そうとするモノを罰せられた」
「『神様』ってホントにいるの!?」
「『いる』じゃない。『いらっしゃる』もしくは『おわす』だ」
千明に注意する黒陽さん。
その態度に千明も理解したらしい。『神仏というモノが存在する』と。
「安倍家の仕事についてちーには聞かせることがないもので……。申し訳ありません」
晴明が頭を下げるのに合わせてあわてて千明も頭を下げる。
「まあ現代は千明みたいなのが普通だろう」と黒陽さんも笑ってる。
そこに真面目な顔をしたタカが問いかけた。
「……『天罰』と言いましたね。……具体的には?」
黒陽さんは思い出すようにちょっと考えて、答えた。
「あるものは事故に遭った。あるものは災害に巻き込まれた。あるものは病気になった。
そんなふうに、姫を『いいようにしよう』としたモノには、必ず不幸が降りかかった」
……『不幸が降りかかる』なんてふんわりと言ってるけど……。
早い話が『皆死んだ』ってことだよね?
さすが神様。容赦ない。
タカ達も察したらしい。キュッと口をつぐんでいる。
「ある『神』がおっしゃったんだ」
そんなタカ達に黒陽さんは話を続けた。
「『神々の愛し児たる黒の姫を、ヒトごときが利用するなど許すことはできぬ』『罰を与えねばならぬ』と。
それで『神罰』だとわかった」
「竹さん、『愛し児』だったんですか!?」
ヒロの反応になんのことかと聞いてみて驚いた。
「ナツも『愛し児』です」
「え!?」
『愛し児』っていうのは特別神仏に愛されている者のこと。
たいていは一柱の神なり仏がひとりを愛で、加護を与える。
たまに複数の『愛し児』をもつ神仏がいるとか、複数の神仏から愛され加護をもらうヤツもいると聞いたことがあるけど、基本は一柱にひとり。
でないと取り合いがおこるからって。
基本『愛し児』は見つけたモン勝ち、早いモン勝ち。
「この者は私の『愛し児』だ!」と宣言したらもうそれで決まり。
「ナツは祇園にある神社の神々にお仕えする『神楽人』です。
舞を奉納する舞人です。
ナツは『愛し児』として特に神々から愛されていると聞いています」
「それであの魂かー」
ヒロの説明に感心してついもらすと「『あの』って?」とすぐにタカが聞いてくる。
「ナツって、魂がものすごく清浄なんだよ。
だから最初は神職とか僧侶とかかと思った。
料理人て聞いてびっくりしたんだよ」
その説明に「そうなんですか」とタカと千明は驚いている。
「魂の状態まで感じられるんですか?」
「まあね。でも、この程度はできるヤツ多いんじゃない? 晴明もできるだろ?」
「ええ、まあ」と答える晴明にタカと千明が驚いている。
「え! じゃあ、私は!?」
「ちーの魂も綺麗だぞ」
「ホント!? うれしい! タカは? タカは!?」
「タカも綺麗だ」
「やったあ! よかったわねタカ!」
きゃあ! と喜ぶ千明にタカはうれしそう。
ヒロと晴明は苦笑している。
でもふと話の途中だと思い出したらしい。
千明を微笑ましく見守っていた黒陽さんにヒロが再度たずねた。
「すみません。話がそれました。
ええと、竹さんも『愛し児』なんですか? どちらの神にお仕えなのですか?」
ヒロの質問に、何故か黒陽さんはキュッと口を引き結んだ。
そして目を閉じて顔を上げ、「うーん」「うーん」となにかを考えていた。
「す、すみません。聞いてはいけないことだとは知らず……」
あわててあやまるヒロに黒陽さんはあわてて目を向けた。
「ああ。違うぞヒロ。そうではない。
別に隠していることでも口止めされていることでもないのだ」
黒陽さんの言葉にヒロがホッとする。
「ただ、説明しても理解してもらえるかと迷っていた」
「……そんな特殊な事情がおありだったのですか……?」
晴明も初耳らしい。
五千年付き合いのあるぼくも聞いたことない。
そもそも『竹様が愛し児だった』なんて話も初めて聞いた。
「え? なに? 竹様、なんかあるの?」
「……『ある』というか……なんというか……」
もにょもにょと答えながら、黒陽さんは説明することにしたらしい。
「長くなるかもしれぬが、いいか?」と聞いてきた。
もちろん構わない。
「このまま話をやめられるほうがモヤモヤするよ」
そう言ったら苦笑した黒陽さんは話を始めた。