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閑話 蒼真 4 『霊力なし』

 オミと話をした翌日から、さらに念入りにオミを観察してみた。


『霊力なし』というのは昔からいた。それこそ高間原(たかまがはら)にいたときにもいた。

 高間原(たかまがはら)では『霊力なし』というのは重大な病気と考えられていて、いろんな対処法が考えられて実践されていた。


『霊力なし』と言葉では言うけれど、厳密に言えば『霊力が全くない人間』というのは存在しない。

 人間に限らず動物でも植物でも、『生きている』ということは『霊力がある』ということにつながる。

『生命力』が『霊力』そのものだからだ。


 そのひとの霊力量を決めるのが、そのひとの持つ『(うつわ)』。

 これは特に目に見える臓器ではなくて、魂とかと同じようなもの。

 存在してるのは間違いないし、感じることもできるんだけど、目にすることも手に取ることもできない。


(うつわ)』にためる霊力が多ければ多いほど霊力量が多い。

 そして『(うつわ)』にためていた霊力が無くなったときが、その生命の亡くなるとき。


 つまり『霊力なし』とは『(うつわ)』にためる霊力が極端に少ないひとのこと。

 生命維持に必要な分しか霊力をためる『(うつわ)』がないひとのこと。


 だから、『生きている』ならば『霊力がある』ということに等しい。

 たとえその量が微々たるものだとしても。




『霊力なし』と呼ばれるひとにはいくつかの種類がある。


 ひとつは単純に『(うつわ)』が小さい。

 小さいからためる量も少ない。

 よくある『第二次性徴期に霊力量が変化する』ときに『霊力なし』になるのは、これが原因のことが多い。

 性徴にあたって身体が変化していくときに『(うつわ)』の大きさも変化してちいさくなってしまい、結果『霊力なし』になる。

 逆に大きくなって霊力量増えるヤツもいるんだけど、こればっかりは本人の努力ではどうにもできない。

 早めに気付いたら今は薬で多少は抑えられるけど。


 もうひとつは『(うつわ)』はそれなりに大きさがあるんだけど、その『(うつわ)』に問題があって、ためることができなくなっている場合。

(うつわ)』に穴が開いてたり、深さがなかったり。


 あとは『(うつわ)』がナニカと結びついてしまっているもの。

『呪い』とか『契約』とか色々だけど、自分ひとりで消費するはずの『(うつわ)』の霊力を、別のナニカと共用しているって場合。

 そうなると、自分ひとりの使える霊力量は少なくなるから、必然的に『霊力なし』と言われるくらいに霊力が少なくなる。


 ほかにもいろんなことが考えられるけど、大きいものとしてはこんなところ。


 たいていの『霊力なし』は、この『(うつわ)』の問題。

 だから『(うつわ)』を大きくするよう訓練したり『(うつわ)』を修復するようにしたら霊力量は増える。



 で。


 二日ほどオミを観察した結果、仮定を立てることができた。


 オミの『(うつわ)』はいまだに晴明と結びついている。


 オミが使うはずの霊力は『転生の秘術』の結びつきで晴明に流れていっている。

 だから晴明は高霊力を保てているし、オミは生命活動に必要な分しか残らない。

 つまり。

 この術を解呪したら、オミは『霊力なし』でなくなる。


 多分、オミはそれなりの大きさの『(うつわ)』を持っている。

 それこそ晴明とのつながりを切って、ぼくの薬飲みながら日常生活送るだけでそれなりの霊力量になる。

 少なくともタカよりも明子よりも多くなる。

 そしたらぼくのことも視えるようになる。

 ぼくのことなでてくれることも、抱きしめてくれることもできるようになる。

 オミ自身『霊力なし』なんて負い目を負うこともなくなる。


 晴明はもう成人になってるし、オミの霊力なくても問題ないでしょ?

 ならもうつながりを切って、オミ自身で霊力使うようにしてもいいんじゃないの?


 そう思って、いつもの夜の報告会のときに提案してみた。

「オミの霊力増やせるよ」って。

「『霊力なし』じゃなくできるよ」って。


 喜んでもらえると思った。

 でもすぐに返事がもらえるとは思ってなかった。

 しばらく考えて、それこそ晴明と相談して決めればいいと思った。

 なのにオミは、ぼくの説明をヒロが入力したパソコン画面を黙って見て、目を閉じたただけで決めた。


「結構です」


「オミ」

「オミさん」


 にっこり微笑むオミに気負いはない。

 あっさりと、さっぱりと、決めた。

 心の底から『いらない』って言ってる。


「なんで」


 ポロリと言葉がもれた。

 だってそうじゃない。

 オミは今まで『霊力なし』でつらかったって言ってたじゃない。

 霊力増やせたらバカにされることなくなるよ?

 みんなが視えてるものひとりだけ視えないとかなくなるよ?

 それなのに、なんで?



 ぼくの声が聞こえたはずはないのに、オミは自信満々に言い切った。


「僕はハルの――晴明(はるあき)の父親です」


 そう言って、晴明に向かって微笑んだ。

 慈愛に満ちた微笑みだった。


「僕が『霊力なし』なことが息子の一助になっているとわかっただけでも十分です」


「そんな」


 だって晴明だよ? 十分強いよこいつ。オミの霊力アテにしなくたって十分やっていけるよ?


「僕は大丈夫だ」

 晴明も言う。

「父親の霊力が必要なのは、生まれてくるときの目印と、出産に耐えるためだと聞いていた。

 その霊力をたくわえるために父親は『霊力なし』になると。

 まさか生まれ落ちてからも霊力を譲渡されているとは気が付かなかった。スマン。オミ」


 晴明が立ち上がって頭を下げるのをオミがあわてて止めている。

 まあ普通はわかんないだろうね。

 それこそ胎児のときから結びついてるモノだから。

 当たり前に在りすぎて違和感もなにも感じないから、気が付かないよね。


 多分わかったのはぼくだから。

 上級薬師で、五千年いろんな人間を診てきたぼくだから。


 そう言ったら晴明も納得してた。


「蒼真様ならばその『つながりを切る』ことができますか?」

「晴明が術式を公開してくれて、協力してくれたら多分できるよ」


 ぼくの説明に晴明と、画面を見たオミが同時に言った。

「お願いします」

「結構です」


 きっぱりと、晴明を押しのけるように断言するオミに晴明が「オミ」ってにらむ。

 でもオミは平気な顔。


「やめてください。息子との『つながりを切る』なんて、絶対にしないでください」


 ぼくがどこにいるかわからないオミが、中空をにらみつける。

 それはぼくが初めて見るオミの顔で、五千年生きたぼくでもゾッとした。


「万が一『つながりを切る』ことで、ハルになにかあったら。

 僕は絶対に自分を責めます。

『僕の霊力があったらハルは助かったんじゃないか』

 そう言って、自分を責めます」


 その言葉に、ぼくも、晴明も、グッと詰まった。

『そんなこと絶対にない』なんて言い切れないってわかったから。


「ハルは陰明師です。この京都を取りまとめる安倍家の主座様です。

 誰にもどうにもできない危険な場面になったら出向かなければならない立場です」


 オミは淡々と説明する。


「『ボス鬼』なんて危険なモノが出現する可能性だってあります。

 それ以外にもナニが起こるかなんて誰にもわかりません。

 現時点でわかるのは『そんな危険な状況が起きたら、ハルが出なければならない』ということだけです」


 確かにそうだと誰にも納得できた。


「そのときに僕との『つながり』が切れていたためにハルに万一のことがあったら。

 ――僕は自分を許せません」


 オミの覚悟が伝わってきた。

 息子を大切に想う気持ちも。


 そんなこと言われたら、もうそれ以上なにも言えなかった。


「……阿呆。成人した息子なんて放っておけ」


 晴明が顔をしかめてそう言ったけど、オミはやさしい顔でにっこりと笑った。


「いくつになっても息子は息子だよ。

 おじさんになっても、おじいさんになってもね」


「……………」


 ブスッとふてくされたような晴明に、明子が、千明が抱きついた。


「そうよ! ハルちゃんはずーっとずーっと私達のかわいい息子なのよ!」

「大人になったからってなによ! 大人になろうがおじさんになろうが、ハルはハルよ! 私達のかわいい息子よ!」


 両側から母親達にぎゅうぎゅうに抱きしめられて、さすがの晴明も降参した。

「まったくお前達は」なんてふてくされたように言ってるけど、喜んでるのはまるわかりだった。




『これでこの件は終わり』ってなったけど、ぼくはそれでもどうにかしたかった。


 最初は『晴明の父親』だった。

『ぼくらの責務の協力者』だった。

 それが『明子の夫』になった。

 そして今は。


 ぼくは『オミ』が好きになった。

『オミ』のためになにかしてあげたいって思う。

 ぼくをちゃんとその目に映して、ぼくに向かって話しかけてもらいたい。

 ちゃんとぼくをなでてもらいたいし、明子みたいに抱きしめてもらいたい。


 そう。これは『ぼくのため』。

 ぼくがオミに甘えたいため。

 明子っていう『母親』と、オミっていう『父親』の間にぼくが入りたいだけ。


 黒陽さん達にえらそうなこと言えない。

 ぼくだって自分の好きな人間のために動きたいって思う。なにかしてあげたいって思う。


 でも、どうしたらいいのかな。どうするのがいいのかな。


 母親達にもみくちゃにされる晴明を愛おしそうに見つめるオミを見ながら、ひとり考えを巡らせた。

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