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閑話 姫と『半身』2(黒陽視点)

引き続き黒陽視点です

「トモに会ったわよ」

 離れに戻って早々、白露が晴明達に報告をする。


「へぇ」

 ヒロは単純に偶然に驚き、姫にトモがどんな男かを話して聞かせている。

 それを聞く限りは変わらず優秀な男のようだ。

 

 変わらぬ姫の様子に晴明が私のそばに来る。


「……どうでした?」

「記憶はないようだった。――が、気付いた」

「やはり」


『何を』と言わなくても伝わる。

 トモが、姫を己の『半身』だと、気付いた。


「姫宮は」

「気付いていない。封印が生きているようだ」

「……そうですか」


 晴明は複雑な顔をしている。

 おそらく私も同じような顔をしている。

 喜んでいいのか残念がればいいのかわからない。


 はぁとひとつため息を落とす。

「智明のとき、姫は抱きしめられるまで気付かなかった。

 もしかしたら今生も、抱きしめられたら気付くかもしれない」

「……なるほど」



 視線の先では姫がヒロの話を楽しそうに聞いている。

 同属性のためか、ヒロの性格のためか、人見知りの姫にしてはめずらしく親しくしている。


「なんだかにいさまに似てる気がして」

 姫の言葉に「そういえば」と懐かしい男を思い出した。


 高間原(たかまがはら)の北にあった我らの国『紫黒(しこく)』。

 その王の後継者候補だった姫の従兄(いとこ)

 姫が唯一気を許した同年代の男。

 なるほど。確かに似ている。


 そのためか、この安倍家の離れで姫はめずらしくのびのびと過ごしていた。

 生まれ変わるたびに安倍家に世話になるが、いつも姫は申し訳なさそうに、借り物のように遠慮しながら生活していた。

 すぐに出ていくことばかり考えていた。

 それが今生のこの家では晴明の両親にもヒロの両親にも気を許して過ごしている。

 ありがたいことだ。


 だが。


 ふと、思い出す。

 智明と暮らしていた頃のことを。

 蒼真から聞いた青羽と過ごした時間のことを。


 姫にとっては、きっとあの男の(そば)こそが安心できる場所。

 唯一の『半身』の傍にいることが何よりの『しあわせ』。


 私も『半身持ち』だったからわかる。

 相手の隣がどれだけ安心する場所か。

 相手の隣がどれだけ『しあわせ』を感じるか。



 今生、また会えた。

 姫と姫の『半身』。

 二人を会わせることは、姫にとって『しあわせ』につながるのだろうか?

 男にとって苦しみにしかつながらないのではないだろうか? 



 晴明も同じ悩みを抱いていた。


「……気付いたら、どうします?」

「……………」

「姫宮の性格上、気付いたら逃げますよね…」

「……間違いないだろうな……」



 二人でどんよりと顔を見合わせていると、白露と緋炎もそっと寄ってきた。


「…とりあえず竹様の『半身』のことは姫に報告するわ」

「……そうだな」

 白露の言葉にもっともだとうなずく。


「……二人は何を心配しているの?」

 緋炎の言葉に説明しようとするがうまい言葉が出てこない。

 晴明も同じようで、ただ曖昧に微笑んだ。


「……蒼真と梅様から聞いたんだけど」

 そんな我らに緋炎はこっそりと教えてくれた。


「前に『半身』の看病にあたっていたとき、竹様、梅様にガツンとやられたらしいわよ」


 なんのことかと目を向けると、緋炎は話を続けた。


「『災禍(さいか)』の封印を解いたことをずっと苦しんでる竹様に、梅様言ったらしいわ。

『そもそもは自分が森に行こうって言ったのが悪いんだ』『蘭が無理矢理誘ったから悪いんだ』って」


 梅様はずっとそう言ってくださっている。

 確かにそうとも言えるかもしれない。

 だが、私は知っている。

 悪いのは、あの時姫を支えられなかった私だと。


 それなのに姫は「自分のせいだ」と罪を背負っている。

 どれだけ言っても、誰が何を言っても聞かない。

 それが我が姫だと理解はしていても、もどかしい。


「それでも聞かない竹様に、梅様、言ったんですって」


 そんな姫に何を言ったのかと気を引かれると、緋炎は静かに言った。


「『罪を分けっこしよう』って」


『分けっこ』。

『罪』を『分けっこ』。


「梅様の罪とウチの姫の罪を少し竹様にも背負ってもらう。

 で、竹様の罪を梅様とウチの姫が少しもらう。

 そうやって、みんなで罪を償っていこうって」


「―――!」

 ……それは、いい提案かもしれない。

 それならば、我が姫も耳を傾けることだろう。


「竹様が『しあわせ』にならないと自分達が『しあわせ』になれないから、『しあわせ』になってもいいよって」


 東の姫らしい言葉に思わず笑みが浮かぶ。

 我が姫のことをよくわかってくださっている。

 そういう言い方をされてしまえば、我が姫は「それなら」と思うことは間違いない。


「梅様の記憶封印の実験をする前に、本人が私に教えてくださったわ。

『蘭に許可もとらずに竹にそんなふうに話したけど、いいわよね』って。

『もちろんいいですよ』って返しといたわ」


 にっこりと妖艶に笑う緋炎に、つられて笑みが浮かぶ。

 白露も晴明も微笑みを浮かべていた。



「竹様がどこまで覚えているかわからないけれど」


 そんな我らに微笑みを返し、緋炎が続ける。


「もし覚えていなくても、記憶の片隅にはのこっていると思うの。

 梅様の『(ゆる)し』が。

 それなら、もしかしたら、トモを受け入れる可能性もあるんじゃない?」


「………………」


 緋炎の意見に考えてみる。

 が、どうしても姫が現在の状況で『半身』を受け入れるとは考え難い。


「……あの生真面目で罪悪感の塊の竹様が、『半身』を傍に置くかしら……」


 白露も同意見のようだ。渋い顔でボソリとつぶやいた。

 そんな我らに緋炎はあっさりと言う。


「『半身』だと気付かないままならイケるんじゃないかしら?」

「なるほど」


 それならば可能性はある。

 現に晴明もヒロも受け入れている。


『半身』としての喜びはないかもしれないが、きっと姫はあの男を気に入る。

『半身』なのだから。

 そしてあの男は姫の傍にいられたらそれで十分満足だろう。



「それなら例の策、姫宮に術を執り行ってもらいますか?」


 南の『(かなめ)』の補強についていくつかの案が出ていた。

 最有力は姫が刻んだ陣に安倍家の者が定期的に霊力を注ぐというものだった。

 だがそれは効果が出るまでに少なくとも一年以上かかることが予想されている。


 次案がヒロの提案した『霊玉守護者(たまもり)の霊玉の利用』。

 どちらがより効果があるかと問われれば、間違いなく霊玉のほうだった。


 だが、私も晴明もためらった。

 霊玉を霊玉守護者(たまもり)から切り離す術は姫にしかできない。

 そしてそのためには、姫が本人達に会わなくてはいけない。


 姫とトモを会わせなければならない。


 果たしてそれがいいことなのか悪いことなのか、私も晴明も判断がつかなかった。


 だが、今回、二人は出会った。


 出会ってしまい『半身』と認識したならばあの男は止まらない。

 それはもう火を見るよりも明らかだ。

 ならば、霊玉を『(かなめ)』に渡す案を実行に移すのも悪くないかもしれない。



 そうして、霊玉守護者達(たまもり)を招集した。




 それでも私には一抹の不安があった。


 あの男はこと姫のことになると人が変わる。

 普段は飄々として冷静沈着に行動するのに、姫のためとなると途端に無茶をする。信じられない暴挙をしでかす。


 智明のときは己の魂を削って姫を蘇生させた。

 青羽のときにはあの年齢には無茶と言える修行に食らいついてきた。


 今回も何かやらかすのではないか?


「否定はできません」

 青羽と親しかった晴明もそう断言した。


「あいつは姫宮に置いて行かれたことをしつこく嘆いていましたから。

 霊玉を渡すことで姫宮がまたひとりで勝手に危険に飛び込むと判断したら、絶対に霊玉を渡さないでしょう」


「覚えてないんじゃないの?」

 前世の記憶がないのだから大丈夫だろうという白露に、晴明はそれはそれは渋い顔を向けた。


「あいつの姫宮に関する能力は人知を超えます。

 たとえば前世の記憶がなくても、魂レベルで『イヤだ』『ダメだ』と感じるくらい、やってのけます」


 全くもって同感だ。

 私は深く納得してウムウムとうなずいていたが、それでも白露は納得いかないようだった。


「だって、トモよ?」

「そうですよ?」

「あの、五人の中で一番落ち着いてて、一番周りが見えてる、トモよ?」

「姫宮が関わる限りその評価は(くつがえ)ります」


 ハア、と晴明は深いため息を落とした。


「姫宮が関わったときの青羽は、一言で言うなら『馬鹿』です。

 何をしでかすか、どんな無茶をやらかすか、わかりません。

 姫宮を『半身』と認識したトモも、同じことになる可能性が高いです。

 あいつは前世の記憶がないというのがウソのように青羽のままですから」


「またしてもか」

 なかばうんざりとした声が出た。


「青羽も智明のままだった」

「……………それは……………」


 苦いものを飲み込んだような晴明。きっと私も同じような顔をしている。


「智明って、アレ? 竹様を三回蘇生させたっていう『半身』?」


 緋炎の指摘に「そうだ」と答える。


「あれってホントなの?」

「嘘を言ってどうする」

「だって、どうやればできるのよそんなこと」

「知らん。霊力を入れまくって蘇生させた」

「わけわかんないんだけど!?」

「青羽だと考えればやりかねないと断言できます」


「「……………」」


 言葉を失う二人を放っておいて、晴明と話を進める。


「『姫の役に立つならば』と素直に霊玉を渡すことも考えられるな」


「そうですね。ただ」


 うーん、と晴明は腕を組んだ。


「霊玉を渡すことで姫宮が危険に飛び込むと判断したら、また置いていかれると判断したら、絶対に霊玉を渡さないでしょう。

 例え術の途中でも、術を断ち切らせてでも渡しません」


「……その可能性のほうが高いな……」


 考えれば考えるほど『ヤツならやらかす』としか思えなくなってくる。


「……やはり、やめるか?」

「そうですねぇ……」


 晴明と二人で「うーむ」と(うな)っていると、緋炎が羽根を上げた。


「じゃあ、トモの霊玉を一番に回収したらどう?」


 緋炎の意見に考える。

 それならばまだ負担はちいさくて済むかもしれない。


「術の構成的には、竹様と同属性のヒロからのほうが馴染むのよねぇ…」


 再考したらしい白露がそうつぶやく。


「先にトモの霊玉を回収して、途中もしくは最後の最後で暴れ出すほうが危険ではないですか?」


 晴明もそんなことを言う。

 私も考えてみる。………やるな。ヤツなら、やる。


「トモがそんなことする?」

「否定できません」


 そこまで言っても信じられないらしい緋炎の問いかけに晴明が即答する。


「だって、トモよ?」

「そうですよ?」


「「……………」」


 黙ってしまった二人に、我らも説明を諦めた。

 こればかりは実際見てもらうしか納得させる(すべ)はないからだ。




 そうして話し合いを重ね、最終的に霊玉を回収することを決めた。

 トモは最後に回収することにし、術の同意を得られない可能性が高いことを前提に術を組んだ。


 姫にも「術の途中で同意を得られず術が破綻する可能性がある」こと、「その場合は術の進行を一時停止すること」をこれでもかと言い含め、何度も何度も予行演習をした。


 その甲斐あってトモが同意を拒否したときも冷静に対処できた。

 姫も落ち着いて術を収縮させられた。


 先に霊玉を渡していた霊玉守護者(たまもり)達も思った以上の負担はないようだ。

 もちろん姫も我らも無事。やれやれだ。




「はあぁぁぁ〜……」

 誰からともなく再び深いため息が落ちた。


「……とりあえず、また明日トモと話をする」

「お願いします」


 翌日私と姫でトモと話をすることになった。

「やっぱり私からちゃんとトモさんにお話しなかったのがいけなかったのでしょうか」と姫が気に病んだからだ。


 そうではないが、姫と話すことで男が納得して霊玉を渡す可能性もある。


「ともかくまた明日だな」

 疲れ果てた我らはそれで話を終わらせた。

「梅様にガツンとやられた話」は『戦国 霊玉守護者顚末奇譚』をお読みくださいませ

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