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王太子の策

「ごきげんよう、メリーベル様。今日は素敵なお茶会にお招きいただきありがとうございます。」


「ごきげんようリリー様。こちらこそご結婚前のお忙しい時にわざわざ我が家までお越しいただき光栄ですわ。」


 結婚準備の合間に時間を作ってリリーがお呼ばれしてきたのはトレシア王国でも最も影響力がある家の一つであるコーシェル公爵家の屋敷。その次女、メリーベルが開いたお茶会にリリーは呼ばれていたのだった。


 隣国の王女にして次代の王妃、そんな肩書を持つリリーのもとには昼のお茶会に夜の晩餐会、舞踏会、と無理を承知で大量の招待状が届く。結婚の準備で息をつく暇もほとんどないほど忙しいリリーはそのほとんどに断りを入れていたのだが、今日、予定を変更してでもここにやってきたのは先日の王子の言葉が始まりだった。


「私の力を公表してしまうのですか?」


 王子の思いもよらぬ言葉にリリーは思わずいぶかしがる声を被せてしまう。


「そうです。姫様もご存知かと思いますが、そもそもここトレシアはかなり前から魔法に頼ることをやめていて、魔力の強さは大きな問題になりません。フレシェンド家の企みで問題なのは、国家行事である結婚式にケチがつけられトレシアやベルンの名誉に傷がつくことです。」


「そうですわよね。」


「そこでです、予めあなたの魔力について多少ぼかしつつ、当日結婚式に出席する人々にお話しておけば、仮に突然あなたの魔力についてばらされたとしても大きな混乱は避けられます。もちろん時間も限りがありますから、ばらすのは有力貴族が中心ですが、それでも彼らにだけでも真実を伝え、そして協力を依頼すれば、結婚式の場で大きな混乱を起こることはないはずです。彼らより地位の低い貴族達は彼らに逆らうことはありませんし、誰に味方するのが有利かは計算できるものがほとんどです。忙しい時期ですがやってみる価値はあると思いませんか?」


 そんな王子の言葉を思い出しつつリリーは話を切り出すタイミングを伺う。幸いにもどこにでも好奇心の旺盛な人はいるらしい。こちらから話さずとも話題は「魔法」の事となった。


「ところでリリー様はベルン公国のご出身でいらっしゃるのですよね。そちらの国では魔法がとても身近とお聞きしますわ」


「えぇ、たしかに貴族から市井の人々まで皆日常的に魔法を使いますわね。」


「でしたら、ぜひリリー様の魔法をお見せいただきたいですわ。私魔法にとっても憧れていましたの」


 なんだか既視感のある言葉だ。同時に彼女にはなんの悪気もないのも同様。ベルンの大公家といえば魔法で特に知られる家、リリーもまた魔法の達人だと信じて疑わない目をしていた。


 普通だったら、「国外ではあまり魔法を使わないように言われてて」などと言葉を濁すのだが(実際国外ではその腕を隠す魔法使いは多い。)今日のリリーは違う。


「え〜っと、そうですわねぇ」と迷う素振りを見せつつあたりを見回し見栄えのしそうな魔法を考える。


 そして美しい刺繍のテーブルクロスに目を留めると軽く目をつむった。すると次の瞬間ポンッと軽い音がしてクロスは鮮やかな赤色に変わる。


 一瞬周りが静まった後にざわめき出した。


「まぁ、すごいですわ!私初めてこんな近くで魔法を見ましたわ」


 そう驚くのは最初にこの話を切り出した令嬢。周りの令嬢達も口々にリリーのことを褒め称える。


 さて、ここからが重要だ。リリーは周りに集まった令嬢たちを見回しニッコリと微笑む。ただ笑うのではなく、含みをもたせたような、気品は保ちつつこの場を支配する、大公女として身につけた笑みだ。


 そんな「皆様、わかっていますわよね」と言わんばかりの笑みにそれまで初めて見る魔法に賑やかだった令嬢たちも足を地面に縫い付けられたように止まり、リリーを見つめる。その場の目線を一身に集めつつリリーは慎重に口を開いた。


「これは本当は内緒なのですが・・・、私、あまり魔法が得意でありませんの。今お見せした魔法もベルン生まれとしては相当の弱いものなのですが、私にはこれが精一杯で。でもベルン出身というと魔法のイメージがつきまとうでしょう?私そのことがとっても心配で、だから皆様に私の魔法をお見せしたいのは、皆様に味方になっていただたかったからなのですわ」


 さっきまでの自信に満ちた表情はどこへやら。今度は憂いを帯びた表情を見せるリリー。その落差に令嬢達はしっかりと心を持っていかれる。この場に男性がいたら確実に何人かは「落ちて」いただろう。


 そんなリリーに真っ先に声を上げたのはこのお茶会のホストたるメリーベル。彼女は穏やかな笑みを浮かべると安心させるように言った。


「大丈夫ですわ。リリー様。幸いにもこの国は魔法に頼ることがありませんから、魔法が得意でなくても問題ありません。それに先程の魔法で充分楽しませていただきました。私、メリーベル、我が公爵家の名に誓ってリリー様がお困りの際にはお味方いたしますわ。」


 そういうメリーベルの姿に、うなずきあった他の令嬢たちも次々にリリーの味方となることを誓う。もちろんそこには次期王妃に味方することをここではっきり宣言しておくことのメリットを感じてのことでもあるが、それでもリリーに心強い味方が増えた瞬間だった。


 こうして有力貴族を中心にあくまでもここだけの話を装って秘密を打ち明けていくリリー。もちろん聞く側も社交ののプロだ。同じようなことを他の家にも持ちかけていることは承知の上だが、だからこそ、頭の良い者は他の家に遅れないよう、こぞってリリーの味方を買って出てくれた。






 一方王子の方も負けてはいない。執務の合間を縫って上位の貴族達と酒を交わし、何気ない相談を装って婚約者の秘密を打ち明けた。


 年長者には健気な婚約者の憂いを取り除こうと必死な若者の姿を見せて助言を請い、同世代には秘密を打ち明ける、という姿を見せることで、王族に味方するメリットを考えさせる。こうして、多くの有力貴族に妻がもし魔法を披露するときには彼女の味方となるようお願いをしていった。

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