39.終わりの前
キナリ討伐は今までのことが信じられないほど、あっさりと見つかった。
術で縛られているキナリは、今は小学生くらいの男の子の姿だった。
また、誰かに乗り移ったのね。
「私を消すとこの器も死ぬぞ?」
屑。純度100%の悪意で成り立っている。
碧は感情のまま、キナリの胸ぐらをつかんだ。
「心配しなくとも貴方だけ消滅させてやるわ」
「それは楽しみだな」
憎たらしい言葉を吐くこの少年の頬を叩きたくなったけれど、この器とされている少年は悪くない。
高笑いをするこの少年が憎たらしい。
碧は唇を噛み締め、踵を返してこの場を去ることにした。
緑が去った後、青に拘束されているキナリと目線を合わせるように土御門蘭がしゃがみ込んだ。
「君はこの状況でも、自分が助かるとでも思っているの? この少年を青くんの時戻りで、平安の世に送って、そこで処理すればいい話だよ?」
「倫理的に違反することをお前たちはできない」
蘭は、おかしそうにプッと吹き出した。
「倫理観のかけらも持たない君がそんなこと言っちゃうのね。けどね、私たちは人間なの。人間は間違いを犯すのよ。倫理観なんてものより、合理的な考えを優先しても良いでしょう?」
「やれるものなら、やってみたら良い。まず、この体が時戻りに耐えられない」
蘭はニコリと笑った。
「そうね。持たないかもね。だけど、それなら、手っ取り早いじゃない」
「それが狙いか?」
「どうかしらね」
蘭はそう言ってキナリに微笑んだ。
碧の式ハルが深く息を吐いて、太陰と騰蛇を見た。二人は、蘭の側に近づき「後はこちらで引き取ります」と、これ以上の会話を続けないように促した。
緑が風を切って走ると、誰かに手を掴まれた。振り返ると、鴇がいた。
「待って」
「だって……」
もう1000年以上多くの陰陽師が殺されたやつは現代の科学技術の前では無力感だった。
AIの画像診断で京都のどこにいるか目星はついた。あとは、罠を張って、捕まえるだけだった。
十年前は、手に負えなかった。圧倒的な強さがあった。母を殺した憎き男は、少年の姿を借りている。あの少年を冷静にみることができない。
「私は向き合うことができない。あの少年は悪くないけど、冷静になれないの」
「うん、みんなもわかってるよ」
「あの場にいれないよ」
「うん。お願いだから、泣かないで」
鴇に掴まれている腕は力強く引き寄せられ、彼の胸へと顔がおさまった。
「うーー」
私は声を抑えて、鴇にしがみついて泣いた。
「頑張ったね、碧」
そうなの。私、頑張ってきたんだよ。10年間、頑張ってきたの。
どれくらい泣いていたかわからない。けれど鴇の胸に涙が落ちるのはわかるし、頭を優しくなでてくれているのもわかる。
「ありがとう、鴇」
暫くして鴇の胸から顔を話すと、私の瞼は重たくなっているのか、なかなか開かなくなっている。
「泣き止んだ?」
「うん」
「良かった」
鴇は優しく碧の手を握って安心させようとしてくれた。
「碧、あの少年はね、大丈夫だよ。あれは蘭さんの術だから」
「え? あんなに精巧な式を作れるの?」
蘭さんの術は過去の御先祖様を呼び出し、その力を借りるのが彼女の主たる陰陽術。
仮に式が得意と言っても、あそこまで精巧に作れるものだろうか。
「うん、僕と桜って医術師なんだよね。だから、血管とか作ってひとつずつ繋ぎ合わせて、より精巧に作ったよ」
「え」
あり得ない。私も式としてハルを作った。けれど、やっぱり内臓や血液なんてものは作れなかった。
「僕は空間を作って繋ぎ合わせるのが得意で、桜は縫合が得意だから、可能な限り作ったんだ。でも、知能はどうしても無理で、画像や言語系等色んなAIを入れたんだよ」
「だとしても、どうやって都合よく、入るの?」
キナリが襲うのは必ず子供だった。子供の器にしか、彼は収まることができない。
大人の器にも入ることはできるが、あくまでも臨時だ。何故か、多くの時間を使うのは子供の身体が圧倒的に多かった。
だから、とてつもなく精巧な子供の器を作ることに時間をかけたのだ。
でも都合よく、その器に入るわけもないので、協力者にお願いしたのだ。
「ミス桜庭と、藤が手を貸してくれたよ」
それは晴天の霹靂だ。
青は去っていく碧を見て、ホッとしていた。碧は式との子供だ。
だから、このキナリは碧に近いのかもしれない。キナリも実態がない状態は式と似ている。
この状態を長く見せたくない。
「早く行きましょう」
当主の指輪を見せ、青が太陰と騰蛇を促す。




