38.過去
太陰と言う名をあてがわれたのは、かれこれ1000年以上前だったが、なるほど、しっくりくるなと燈は思った。
はるか昔、キナリと呼ばれていた子供は霊魂となり、父に会いに来ていたのを、徐々に思い出していく。
そうだった。
あの霊魂を鎮めたのがこの私だ。
晴明様と二人で時戻りをして、キナリをなだめた。そして、キナリは浄化したと思った。
だが、そんなことはなかった。その後、呪いだけを見に纏って、もう千年は生きている。
本人すらも誰を呪っていたのか、わからなくなっているのだろうが、器を得るために定期的に襲っては、人を乗っ取ることをしていた。
その度に太陰が封じていた。なぜか太陰が出てくると、キナリは嬉しそうに見えて、でも、完全に消えることはなく、最早鬼ごっこのような状況になっている。
そうか………。
紺によって呼び出され、燈として生きてから、キナリを封じることができなかった。
それは幼子が、母に甘えてわがままを言うように、キナリからすれば太陰に甘えていたのだ。そうは思っていたが、倒せねばならなかったのに、できなかった。
『規格外の甘えだがな』
晴明様が団子を頬張りながら、ポツリと言っていた。
キナリが燈と碧に固執していたのは、死後に唯一構ってくれたのが太陰であったからだろう。
生前もキナリを愛していた人などいたのだろうか。
あの純粋な悪意は、赤子が母を求めるようなもので、無視できなかった。
それ故に、キナリとしては太陰の子の碧が憎くて仕方がなかったのだ。唯一構ってくれる存在を一瞬で奪われる恐怖に、キナリの暴走は加速したのだ。
溜飲を下ろすのは私の仕事か。
太陰は暗闇の中で晴明の側に行くと頭を下げた。
「今度こそ、キナリを浄化させます」
そう言って、こちらの世界に来て碧にまた会った。幼子だった娘はすっかり大きくなり、女性になっていた。
ボーイッシュだった短髪は長いポニーテールへと変わっていた。
ああ。大きくなった。
会えなかった日々が、一緒に過ごした日を色鮮やかに思い起こさせる。
娘の成長も去ることながら、周囲が娘に向ける視線もよくわかる。
碧のことを気遣い、そばで見守る異国の血が混じった一人の青年のこともわかった。
◆◆◆
キナリを倒す算段ができたため、皆を呼んだ1時間前に、山口鴇は青の屋敷の一室に通されると、いかにも高そうなソファに腰をかけ、窓からぼーっと景色を眺めていた。
青に話がある、と言われた。なんで今日なんだよ、と愚痴りたくなるが、唇をきつく結び、諦めたように息を吐く。
今日じゃなきゃいけないと思う青の気持ちもわかるから、仕方がない。
ゆっくりと扉が開き、爽やかに「待たせて悪かったな」と青が入ってくる。
鴇の前のソファに腰掛けると、口元に手を置く。
「さて、なんで呼ばれたかわかるか?」
鴇はドキリとしたが、平静を装うように髪をかく。
「大体は」
「なら、話は早いな」
青は鴇の一挙手一投足を探るような視線を送る。
「鴇、お前、碧の事、本気なのか?」
「え?」
「本気で好きなのか?」
「そうだ……けど……」
鴇は弓削白百合と関係持ったくせに、好きとか言ってんじゃねーよ、となじられて、殴られる覚悟を決めて奥歯を噛み締める。
だが、一向に強烈な一撃は出てこない。
代わりに、少し躊躇ったような空気が流れ、「それは、碧が人間でなくてもか?」と青がポツリ、と言った。
え?
予想外な言葉だった。
聞こえたような聞こえなかったような、いや、聞こえたのだが……、そんなことがあり得るのか?
まるで予期していなかった言葉に鴇は固まった。
「言葉がない……か。そりゃそうだよ。驚くよな。私も驚いたからな」
そうじゃない。いや、驚いた。驚いたけど、そこじゃなくて、会話の一貫性がないことに驚いたんであって、話の内容はまるで頭がついてこない。
「意味が、よくわからない」
鴇は静かに首を振った。話が突拍子もないから鴇は青をじっと見た。
嘘をついているような瞳ではないことはわかるが、なぜ? 今?
青は、ふう、と息を吐く。
「いやいや、そうだよな。今、説明する」
青は事の経緯を説明した。
「碧は晴明さまの式神が人間と交わってこさえた子供だ。人間のような生命体なのか、わからない。すぐ消失するかもしれない。不安でな存在だ」
なんだそれ? なんだそれ。
「矢継ぎ早に言われても、理解ができていない」
青は鴇の腕を掴むと、泣きそうな顔で鴇を見た。
「頼む。理解してくれ」




