4. 王子様の昼休み
鴇は昼休みに夏空を見上げながら、校舎の屋上にある給水タンクの近くで寝転がっていると、雲が流れているのがよくわかり心地よかった。
(地球の自転を感じる)
自分の悩みなど瑣末なことと思える。そんな気がした。
「お昼は食べないのですか?」
鴇の視界に青空ではなく、ミス桜庭が割り込んできたので、鴇は驚愕と疲労が押し寄せ、数秒間硬直した後、目を閉じたり、開いたりを数回繰り返し、平静を装う。
「食べたよ」
ミス桜庭は寝転がっている鴇に馬乗りになると、自身のたおやかな胸元に鴇の手を置き「まだ触手が動いてないようですけど」と、艶っぽく耳元で囁いた。
(この女)
鴇はこのやり取りに嫌気がさしていたので「わかった」と言って、ミス桜庭の胸を掴むと揉みほぐし始めた。
「や、山口せん、ぱい……」
「ん?」
「巨乳、嫌い……な…ん………じゃ……」
ブラウスのボタンをほどきながら、下着の上から乳首をピンと弾くと「あん」楽器のように声がなる。
「そんなこと言った?」
下着も外して胸を露わにし、口に含んで弄ぶと、何とも艶っぽい声で「はあ」とミス桜庭が声を漏らす。
「言って……ま…た……あぁ、も…とぉ……」
ミス桜庭の声が鬱陶しく感じたので、鴇は口付けでその声を封じる。
彼女の太腿に手を入れ、蜜穴に下着越しから触れるともっと、甘く声をもらしていた。
「君みたいな大きな胸の子は大好きだよ」
そう言って、蜜穴に自身の体を捻じ入れようとした時、ガチャリと鳴った。
音の先は屋上の扉から発生したと思われたので、目線を向けると、碧がそこに立っていた。
碧は眉一つ動かさず、鴇の姿を凝視し、それが何なのかを察知したらしい。
小学生でも習うことだから、碧が知っていても不思議ではない。
碧は頬を赤らめ「ごめんなさい」と、頭を下げて屋上に入ることなく扉を閉めて去っていった。
(最悪だ)
鴇の気分は台風のような荒れ模様となった。校舎の階段を下りながら、先刻のやりとりを思い返す。
(いや、俺もさ、据え膳食わぬは男の恥とか思って、やっすい挑発に乗ったんだけど、タイミングが、絶妙すぎる。神様が見てるとしか………は! 式神さま、かあ)
鴇はやるせなさを含めたため息を吐く。
(絶対、誰かの式神が見てたよな………。まさか、青のじゃ……)
鴇が考えあぐねていると、ヌッと鴇の前に人影が現れた。
「私です」
「ぎゃー」
鴇の聞いたことない声が、エコーのようにこだました。
現れたのは切長の目元で、色白の30代半ばの男性の姿をした式……安倍晴明の式である太常だった。
「太常さん………。ご無沙汰してます」
太常は呆気に取られたように目をパチクリさせた後、コホンと咳払いをする。
「あまりにもきちんとされていたので……すみません」
鴇はうへっと嫌そうな表情を浮かべ「それは先程の行為で判断してますか?」と問う。
「…………私の周囲では、敬語を話す人が少なかったですから」
「その間が、イエスと物語ってます」
鴇は視線を合わさずに話す太常へ、食い気味で返答する。
「………」
また間を設けたので、鴇が的を射ているのを否が応でも察知した時、太常がニコリと微笑んだ。
「そんなことよりも、ここでは先程のあなたの声で、いささか目立ちましたので、他の教員が来る前に場所を変えましょう」
鴇も「そうですね」と同意をすると、化学実験室の中に入り、誰もいないことを確認すると、鴇は『移山海造』を発動し、三角フラスコに術跡を刻んだ。
「この中なら、誰も来ません」
太常は「なるほど」と納得をすると、鴇の術跡に触れる。
鴇の術『移山海造』はテレポーテーションと新たに別空間を作ることができる。テレポーテーションは鴇のつけた術跡に触れると鴇の指定する場所へ移動が可能となる。ただし、誤って術跡に触れても、鴇の許可なくして移動することはできない。
別空間とは、式を創る想像力を活用し、鴇が次元の隙間に生み出した空間のことである。これは、鴇の医術師として能力を活用する際に使用しているが、滅多に使用しない。
次元の隙間に作り出すことから、長時間空間としての形を保持するのに骨が折れるからだ。
それ故に前回使用したのは、ハクの話を聞く際に誰にも聞かれないようにするために利用したが、それより前に使用したのは5年も前だった。
今回はただのテレポーテーションで、鴇の部屋へ移動した。
鴇の部屋はクローゼットとベッド、机が置かれており、窓からはビル群がよく見えた。余計なものは持たないと言う主義なのだろう。必要最低限のものしか置いていないのに、机の上には入学式と書かれた立て看板の前で碧と鴇が立っている写真が置かれている。
「随分と豪奢な部屋ですね」
鴇はベッドに腰掛けると、机に備え付けられている椅子を引き出して、太常に座るように勧める。
「親が、頑張った結果です」
太常は椅子に座り、机に置いてある写真を見ながら『この男は本当に碧が好きなのだな』と認識し、感慨深くなって目を細める。
「出会った頃の碧は前向きで、あきらめない子だった。それは今も変わらないですが、時折、チャレンジした先が途方もないと察しては、一人で闇落ちしています。碧には8年前の事件から常に危うさが同居していて、正直言って、面倒だなと思うこともあります。もっと楽な子の方がいいってわかっているのに、大好きなんです。理屈じゃないんです」
鴇の話を聞いて太常はフっと笑った。安堵したのかもしれない。
碧は自分の弱さのせいで、母を亡くしたことを未だに懺悔している。それは彼女の根幹となり、彼女の式ハルですらも手放してしまうほどだ。ハルも彼女の精神の影響をうけているから、太常の下で鍛錬をしている。彼も彼で、己の弱さで碧の母である燈を失う結果となったと思っているのだ。
互いに己のせいだと攻めており、腫れ物に触るような目で碧を見ることで、彼女の精神は更に硬い甲羅に覆われて誰も寄せ付けないようになった。
ただ一人を除いては。
鴇だけが碧を支え、閉じこもっていた碧を連れ出した。彼女が今のように生活ができているのは紛れもなくこの目の前の男のお陰なのだ。
太常は、鴇に心の中で感謝をし「さて、話というのは赤の文書のことです」と話を切り替えた。
「今週の金曜日に、英の家にあったとされる赤の文書を国見さんに見せてもらうことになりましたが、鴇さん、あなたも来ませんか?」
鴇は腕組みをした。
「いや、僕らはその翌日の土曜日に国見さんから赤の文書を見せてもらうことになってまして、月曜である昨日、英家の書庫に行ったんですよ」
太常は眉を寄せ、顎をさする。
「国見さんは何故僕らを別々に合わせるんですかね。知り合いじゃないと思ったんですかね。それにしてはなんて言うか日も近いですし、見比べようとしてますかね」
鴇の質問に太常は「はたまた、私たちどちらもはめようとしているのか………」と不敵な笑みを浮かべる。
「国見さんはもしかしたら、キナリ側の人間なのかもしれない。たまたま赤の文書を探しているのが2組おり、2組が組む前に潰しておきたい。そのため別々に打診をしたと考えると合点が行きます」
太常の推察に鴇は「国見さんは猪突猛進というか、打算が苦手そうなのですが、そんな面倒なことしますかね」と応える。
「あらゆることに備えるのは悪いことではないですよ。キナリは心を操れるので、彼の術にはまっている可能性もありますから」
太常の問いかけに「わかりました」と応えると、窓がコツと鳴ったような気がしたので、鴇は窓を開けた。
その瞬間、ヌッと窓から動物の顔が見え、鴇は声にならない声をあげる。
窓からのそのそ現れたのはかつての燈の式で今は碧の式の赤色の麒麟 コウだった。鴇はドキドキと鳴らす心拍の中、窓を閉める。
(今日はこんなんばっか)
鴇が心の中で愚痴っていると、コウが太常へ挨拶をする。
「太常さま、ご無沙汰してます。伝播しにきましたヨ」
太常はコウを膝の上に乗せる。訝しそうにその光景を見ている鴇へ太常は説明をした。
「実は今日、碧とは英にあった赤の文書の特徴を聞かせてもらうためにあなた方の学校へ行ったのですよ。屋上で落ち合う予定でしたが、先約がいたものですから………」
(あ。はい。そうですよね)
鴇が静止する。
「あ、でも、国見さんの情報は知らなかったので、かえって良かったかもしれません」
太常のフォローを鴇は優しいな、と思って言葉通り受け止った。




