3. 過去の話
鴇と碧が英家の本家を訪れると青が青筋を立たせて待っていた。
「碧のお願いだから許可したんだが、鴇は許可してないぞ」
どうやらミス桜庭にまとわりつかれて辟易しているようだ。
「青くん、婚約者の弟にそんな態度とるのは良くないよ」
碧の言葉に青は落ち込み「冗談だよ」と弱々しく弁解をした。
鴇がこれ見よがしに「すみません。義兄さん」と言ったので、青はまたカチンときたようだった。
英家の本家は日本家屋と洋館のような作りだった。日本家屋は日々の生活をしており、プライベート空間で、洋館は来客対応等もできるようだ。
鴇達は洋館にある書庫に案内されると青がセキュリティカードをかざして、中に入ることができた。
青は電気をつけながら話をしてくれた。
「8年前に燈さんと太常と来た時は赤の文書について調べていた。今我が家に保管してあるのはフェイク。そして国見さんが発見したと言うのがおそらくオリジナルだろう。問題はフェイクを誰だが作ったか、そしてフェイクとオリジナルの違いを見つけることだ」
「うん」
碧は誰もいない書庫の中央に置かれている卓に鞄を置くと書庫を見渡した。
「前はフェイクに遁術のページに術文字があり、それがきっかけで、キナリの存在を認識した。逆を言えばオリジナルにも術文字が使われている可能性もあるし、フェイクにまだ手がかりが埋もれている可能性もある」
青は赤の文書のフェイクを取り出し、碧の前に置いた。
「鴇、お前医術師の何?」
鴇は小声で応える。
「榜眼デス」
「……… 三魁なら、大丈夫か」
(変な間を作るなよ。仕方ないじゃん。俺6歳だったんだから! と言いたいが、見苦しいので言わない)
鴇は口を尖らせて、赤の文書をめくっていく。
「へぇ。ただの術文字だけじゃなさそうだね」
鴇が当主の指輪をはめて術を発動しても、文字が浮き出てこなかった。
「そう。8年前は英当主の指輪と燈さんが術を発動しなければ読めなかった」
鴇は碧を見ると、碧も気づいたのか、ゴクと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「私が術を発動してみる」
もし、これで術が読めるのならば、英当主の指輪でなくともどこかの当主の指輪があれば良いと言うことだ。碧が発動しても読めない場合は、青が術をかけて読めればよし。それで読めなければ、碧が歴史の証人の試験に受かってないからだろう。
何重にも重ねられているトリックに息が詰まる。
碧が赤の文書に触れる前に、碧は自身の右隣を見ると暫く固まった。
「青くん、先に術文字を発動して」
なんだ?
青は碧に言われるがまま、術を発動したが、やはり術文字は浮かび上がらなかった。
「そのまま」
碧は青の真横にぴたりとくっつくと赤の文書にゆっくりと息を吐く。すると、術文字が浮かび上がった。
「どう言うこと?」
青の質問に応えるべく、碧は立ち上がり、目を閉じて、胸元に隠している指輪に指を入れる。すると、碧の右隣に小さな少女の姿の式が現れた。
「ハクと言います。私の叔父 コンの式」
ハクはペコリと頭を下げ「こんにちは。青様、鴇様」と挨拶をする。
青と鴇が固まっていると、碧が畳み掛ける。
「ハクは紺の式です。つまり、紺が仕掛けた術を目撃していたただ一人。おそらく8年前にはハクの存在を知らずにここへきたのだと思う。だから、今回はハクちゃんの力を借ります」
碧は赤の文書をハクに渡すと、ハクが「時戻り」と言うと赤の文書から映像が流れた。
♢♢♢
紺が「やあ、燈。この映像を観てると言うことは俺は死んだのかな。なら、残しておいて良かった」と笑った。
「俺はこの間、忍術書の万川集海の編成記録を確認するために江戸時代の伊賀に行った。時戻りをできるのは歴史の証人しかあり得ない。それなのに時戻りをしている人物がいた。弓削家当主、弓削玄様だ。俺は弓削玄様に尋ねると、任務だと言っていた。だがどうしても腑に落ちないだから、ハクを連れて行かせた。この映像を見てくれるか? ハク頼む」
ハクは赤の文書を閉じると、術を使おうとした。
「待って! 念のため、ハコを用意する」
鴇はそう言って「移山造海」で、異空間を作り出した。皆がそのなかに入ると、ハクは映像を映し出した。
♢♢♢
弓削玄が暗闇で囲碁を指していた。相手は見たことがないからわからない。
「今回、忍術書の時戻りを了承くださりありがとうございます」
パチン、パチンと言う音が響く。
「弓削家なくして陰陽師などあり得ませんからねえ」
「そう言っていただけると………」
弓削の対戦相手の男が扇子を仰ぎ始めた。扇子には特に模様はない。
「それで、万川集海の術を赤の文書に記録できそうですか?」
弓削が碁石を戻すと、桜を模したような花弁が押印されている赤の文書を取り出した。
「ここに納めました」
男は弓削から差し出された赤の文書をめくり「ほほう」と納得したように呟く。
「これは正に革命だ。この忍術があれば、陰陽師のトップになれますね」
「はい」
弓削は薄く笑う。
「乾杯と行きましょう」
二人は日本酒の徳利をカチンと鳴らして飲んでいた。風が吹いて窓のカーテンが揺めいた時、花弁がふわりと舞い、赤の文書は二人の手元からなくなっていた。
♢♢♢
鴇はハクの再生能力が終わると、術を解き、顎に手を置いて考えた。
「つまり、歴史の証人の誰かが、弓削を過去に連れて行ったと言うことがわかったな」
「青くん、歴史の証人は簡単に過去にいけるものなの? 私が過去に行った時、文送りをして、それに応える形でお母さんが時戻りをしてくれたの。文送りがなくてもいけるの?」
青は腕組みをした。
「俺の知る限りでは無理だ」
「じゃあ、江戸時代で、誰かが手引きをしたということ?」
鴇も青も碧もその人物が誰なのか、ピンときた。
「滋岳キナリ………」
青の言葉に鴇はゴクリ、と唾を呑み込んだ。




