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報われない恋の行方  作者: 澄了爾
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<閑話> 前世の記憶

 私が前世の記憶を思い出し始めたのは5歳の頃だった。

 毎晩、一人の少女が遊んだり泣いたり喧嘩したりする夢をみた。

 始めは今まで見たことない風景や遊び、平民にしては綺麗な服を着ているくせに泥だらけになって遊ぶ 少女の夢は、私の願望の形だろうと思っていた。

 だけど、毎晩繰り返し同じ少女が夢に出てきて少しずつ年を取って成長していくことに違和感を感じ始めた。


 夢は少女の目線や彼女を眺めるような形で流れていき、まるで自分が体験したかのような、物語を読んでいるような不思議な感覚があった。

 この世界にはない薄桃色の花が風に吹かれて舞っていくさま、母が作る料理のにおい、泥だらけになりながら駆け回る爽快感、目が覚めるといつも懐かしく切ない思いになり、喪失感で胸が苦しくなった。

 いつだったか忘れたが、夢の中で輪廻転生や前世という概念があることを知り、そして納得した。

 きっとこの夢は私の前世なのだろうと。

 前世だと分かってから、夢を見るのが楽しくなった。

 夢の中では裸足で駆け回ってもはしたないって怒られないし、落とし穴を作って友達にイタズラしても子ども同士のことだといって許される。

 本当は、現実でも夢で見たピカピカの泥団子を作ってみたいし、風を切りながら走り回ってみたい。

 そんなことも思うが、まあ夢の中で存分にできるからと思えば我慢できた。


 夢の中での私は、現実の私よりも成長するのが早かった。

 すべての記憶を思い出しているわけではないからだろう。

 8歳になる頃には12歳までの記憶を思い出した。

 小学生の記憶で役に立ったことと言えば、算数の知識と周りの空気を読む機敏さ、あと、世界にはいろいろな国があって、たくさんの文化や言語、歴史で溢れているということを知り、偏見なく相手を知ろうと思えるようになったことぐらいだ。

 少しずつ記憶を思い出したおかげで、いきなり頭が良くなったり人格が変わったりすることはなかった。

 影響されたことと言えば、精神年齢が少し高くなり年齢の割に性格が落ち着いた。

 あと、歴史や語学、文化について興味がわき、両親にこの国や隣国についての話を毎日せがむようになったことぐらいだ。


 前世では異世界転生といった小説が流行っていて、転生者が前世の知識チートなるもので石鹸を作ったり、この世界にはないものを発明していたりしたが本当にそんなことが可能なのか疑問だ。

 私の前世は普通より少し裕福な家庭に生まれ、姉妹に囲まれてわんぱくな幼少期を過ごし、チャ〇〇ジなるもので少し勉強して、普通の生活を送っていた。

 高校では文系だったため、数学や化学、生物、物理(基礎だが)は苦手で石鹸なんて作れたものではないし、そもそもちゃんとした石鹸を作ろうと思ったら危険な薬品が必要であるため今の時代で私の知識で作ることは不可能だ。

 知識チートをしようと思ったら、前世の日本史や世界史、倫理・政治・経済など自分が得意だった分野の知識を応用するか、今の時代にはない価値観で突破口を探し出して交渉事に活かすぐらいしかできない。

 ただ、前世の知識のおかげで学園に通わなくでも家庭教師だけで勉強は十分理解できたし、兄は私の発想を領地経営に活かしたいと女の私をいろんな場に同行させてくれた。


 私は末娘で、他家と繋がりを持つための政略結婚もあまり必要とは考えられていなかったし、私も華やかな場が好きな姉と違って社交にはあまり興味がなかった。

 だから、今まで身近にいた男性は家族だけだった。

 幼いころから関りのある仲のいい領地の男の子たちは、どうしても身分の差から恋愛対象というより守るべき民であったし、何かあったとき支え合いともに戦う同志だった。

 そんなこともあり、自分が誰かに恋をするなんて考えてもいなかった。

 いつか、分家のどこかに嫁いでこのまま兄の補佐ができればいいなとばかり思っていた。


 14歳になったころ夢のなかで一人の男性と出会った。

 初めての夜勤明けで帰宅していた途中、走ってきた男性とぶつかった。

 ぶつかった拍子に持っていた互いのカバンの中身が散らばって、急いで拾い集めた。

 その時の彼の、申し訳なさそうにしながらも焦って慌てていた様子を今でも覚えている。

 彼はどこか独特な雰囲気を纏っていた。

 春の日向のような、菜の花やタンポポが良く似合う柔らかい雰囲気でいながら、どこか芯のある瞳をしたアンバランスな男性だった。

 思えば、私は初めて出会ったあのときから彼に惹かれはじめていたのだろう。

 一方前世の私は、初めての夜勤で一番厳しい先輩に一晩中しごかれて疲れ果てていた。

 そんな時にぶつかられて少しイラッとしていたし、彼の顔なんて見るよりも早く帰って寝たいと思っていた。

 彼は時間が時間だし、寝坊して仕事に遅刻していたのだろう。

 カバンの中身をかき集めて謝りながら、そのまま走って行ってしまった。

 それが私たちの出会いだった。






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