10話 春の兆し
両家当主を含めた顔合わせが終わり、二人で庭園にでも行って話してこいと追い出された。
確かに、この婚約は王命であるけれど、第三王子派自身がどう思っているのか探るのには良い機会だろう。
ルドウィック様と肩を並べて、庭園を歩く。
庭園はネモフィラ、ルピナス、スイートアリッサムなど春の彩りで染められている。
私は、春が好きだ。
ここには桜や菜の花は咲いてないけれど、春の麗らかな陽気に身を包まれると安心するのだ。
ルドウィック様もこちらの出方を伺っているのか、沈黙が続く。
う~ん。
こう言った場合、男性がリードするのが暗黙のルールなのだけれど…。
さて、どうしたものか‥‥。
このまま沈黙で終わってしまってはいけないのでこちらから話を振った。
「アーレンベルク家とクルムバッハ家の結びつきによってしばらく社交界は賑わいそうですわね。私、夜会などにはあまり出たことがないのですけれど、これからはルドウィック様の婚約者として社交場に出ることも増えましょう。不束者ですが、よろしくお願いいたしますわ。」
(意:第三王子派と中立派が結びついたことで派閥が揺れ動くでしょう。これから、私はどう立ち回ればよろしいのでしょうか?)
いきなり核心を突きすぎたのか、ルドウィック様は少し驚いたように目を見開いた。
「確かに、これからは社交場に出ていただくことが増えるでしょうが、その前に婚約発表を我が領地でする予定となっております。しばらくは、知り合いの開く舞踏会にお連れしますのでご安心ください。」
(意:しばらくは第三王子派の者で固めた舞踏会に出席していただきます。その間に、信頼できるものたちを覚えてください。)
「それなら安心でございますわ。お気遣いいただきありがとうございます。」
いきなり、派閥争いに放り込まれたら流石に困ったが、そんなことはなさそうで少し安心した。
それからしばらく当たり障りのない話をして、庭園のあるベンチに腰掛けた。
そういえば、ルドウィック様は今年で御年24歳だったはずだ。
侯爵家の嫡男で、これだけ容姿も整っていたらすでに婚約していてもおかしくないのだが…。
少し気になって、聞いてみた。
「此度の婚約は王命で決まりましたけど、ルドウィック様はその…よろしかったのですか?」
「それは…、その‥‥。」
ルドウィック様は少し気まずそうな顔をして、黙り込んでしまった。
もしかして、触れてはいけない話題だったのだろうか?
こういう時、社交界に出ていないと情報が無くて困る。
ひょっとしたら、恋人がいたのかもしれない。
私は焦って、話題を変えようと口を開いた。
すると、少し思案したあと、ルドウィック様はばつが悪そうな顔をして言った。
「申し訳ありませんが、私にはほかに愛する女性がいるのです。貴方を愛することは難しいでしょう。ですが、未来の侯爵夫人として貴方のことを尊重すると約束します。」
なるほど、他に好きな方がいたのか。
そんなこと政略結婚の相手にわざわざ正直に言わずに適当にはぐらかせばいいのに‥‥。
きっと、誠実な方なのだろう。
でも、好きな人がいるのはお互い様だ。
ルドウィック様を安心させるように、自分にも好きな方がいることを伝える。
「わかりました。もとより、政略結婚ですもの。愛してほしいなんて贅沢は申しませんわ。それに、私にも想う方がいらっしゃいます。ルドヴィック様とは、よきパートナーとして関係を築いていけたらと思っております。」
此度の婚約は王位争いのための政略結婚。
愛し、愛される結婚なんて期待していない。
それでも、この誠実そうな方とならうまくやっていけるのではないか…、そう思った。