天姿国色~後編~
子供向けの洋服雑誌の表紙に、大きく写ったアミー。
私は思わずふふふ、と微笑んでしまう。
その隣には私が表紙の人気ファッション雑誌。
『 子役モデル・アミー』と『 社長兼モデル・ボーヴォワール・セアラ』の名はそこそこ売れてきていた。
「あ、すみません!これとこれ、ください」
レジの横に『今ココがアツい!アミュラス娼館街』というしょう雑誌が置いてあったのが目に止まった。
「あ……これもください」
レジの人は当然怪訝な顔をするが、レジを勧めてくれた。自分が居た場所について書いてある本。少し気になった。
「ふーん……今のイルヴェンヌのナンバーワンは、イザベルさんなのか」
イザベルさんとは、いつもナンバースリーだった向上心のある方だ。汚い手は使わず、自力で這い上がった娼婦。グラビアモデルの仕事もしていた。いつも「負けないから!」と喧嘩を売られていたが、私はそれが気持ちよかった。マリアンヌさんと私がいなくなった分の繰り上げとはいえ、彼女がナンバーワンなら、イルヴェンヌも安泰であろう。
「セアラちゃん、何読んでるんすか?」
げっ、カストさんだ……。
「カストさん、こういうの好きでしょ?ほらっ!」
イルヴェンヌのページは読み終わったので、正直あとはどうでもよかった。
「え?!セアラちゃんこれ、俺のために?!ありがとう~!でも俺はセアラちゃんと……」
「カスト、狩りに行くぞ」
カヲルさんだった。助かった。
「ふぇーい」
「セアラさんも準備は整いましたか?」
「えっ!あっ…はい!」
アミーをユーリさんのところのギルド、ドリーム・イリュージョンに預けてから私達は、それぞれ別のギルドホームで暮らすこととなった。もちろん連絡は欠かさないし、近いので週二、三のペースでは会っているし、師匠として魔術の特訓もしている。
私たちが暮らす中央都市ウィンセントは、諸悪の根源でもあるフェニックスの巣が近いため、街の周辺を少し調査するだけでもすぐにモンスターの情報が集まる。
「今日の計画はこれです」
カヲルさんが、四つに折りたたんだ大きな紙を広げる。
「僕達がギルドを構える、ここミルキーウェイの近くの森に、モンスターの情報が見つかりました。仮名でウィンセント・キャット。まあウィンセントによくいる猫型のモンスターです。数が多いので、インターバルを挟みながら、カスト、セアラさん、攻撃をお願いします。僕は後方から支援魔法をかけます」
「うぃっす」
「……はい」
「比較的楽なモンスターとはいえ、油断は禁物です。充分に警戒しながら行きましょう」
カストさんを先頭に、私、カヲルさんの順で森へ入る。と、早速モンスターのおでましだ。
ウィンセント・キャットが私の脚に噛み付こうとする。
「きゃっ!」
私は咄嗟に火炎魔法でキャットを焼き切った。
「おっと」
すると前にいたカストさんも、盾でガードしつつ片手剣を振るう。
「こりゃあ、相当な数だぞ。セアラちゃん大丈夫か?カヲル、支援魔法頼んだ」
「勿論」
カヲルさんが支援魔法をかけると、ふっと身体が軽くなって、素早く動けるようになった。
私が使えるのは火炎魔法、地震魔法、光魔法、電撃魔法の四つ。攻撃型なんだから、ビビらずにしっかりしなきゃ!
すっかり辺りは暗くなっていた。だがキャットの数は減らない。どうしよう、今日はアミーとの約束があったのに。とっくに遅刻だ。
「カスト!! セアラさん!! 一旦引こう!! 」
後ろからカヲルさんが叫ぶ。
「カヲル!! 無理だこいつら、キリがねえ!! 」
たしかにキャットの数はキリが無かった。どうしよう。どうすれば……。あ、そうだ!
「カストさん!! 私の後ろへ行ってください!! 」
「え!でも……」
「お願いします!考えがあります!」
カストさんがしぶしぶ私の一歩後ろへ下がる。
──今だ!広範囲電撃魔法!
バチバチバチ!という音と共に、森の木ごと、私はウィンセント・キャットの大群を焼き切っていた。
「で、できた……」
「す、すげぇよ!セアラちゃん!」
「これは……感心しました。セアラさんにこれだけの力があっただなんて。いや、また沸いてくる前に、退散しましょう」
「今日は飲みに行こうぜ三人で!な!」
「ごめんなさい!私ちょっと、妹との用事があって……」
「遅いです!師匠!わたし……私なんかあったのかと思って……心配で心配で……」
アミーが涙目で縋り付く。
「ごめんねアミー。ちょっとギルドの狩りが長引いちゃって……」
「……無事で、よかった~!うわああん!」
「遅くなっちゃったけど、何か食べたいものはある?」
「ハンバーグが食べたいです!」
「あなたは本当に好きね。ふふ」
ふと、気づいた。アミーは、どことなくイザベルさんに似ている……?いや、気のせいか。
「アミー、イザベルさんって覚えてる?」
「イザベルさん……あの、ナンバースリーだった方ですよね。お会いしたことはありませんが……」
「今、イルヴェンヌはイザベルさんがナンバーワンみたいよ」
「そうなんですね……」
「ごめん、嫌なこと思い出させちゃったかしらね。ほら、どんどん食べて!大好きなハンバーグ!」
「はい!師匠!ありがとうございます!」
_______________
「やったわよ!アミー!」
「え?どうしたんですか?セアラさん!」
「アミーと同い歳くらいの女の子達のアイドルグループに、アミーが抜擢されたの!これで仕事も増えるわ!」
「え!?……そ、そんな!私……」
「……嬉しくない?」
「嬉しいに決まってます!その……嬉し過ぎて、言葉が出てこなくて……」
「ふふ。それならよかった!じゃあ早速顔合わせよ!」
アイドルグループ"SAKURA"はこれから新規売り出しの5人グループ、アミーはセンターでこそないが、うちの子がいちばんかわいい。大丈夫。
「じゃあアミー、私はマネージャーさんたちとの打ち合わせがあるから行ってくるわね!」
「はい!社長!」
打ち合わせが終わると、一人の初老男性マネージャーに声を掛けられた。
「あの、ボーヴォワールさん。少し話したいことが……」
私達は場所をカフェテリアへと移し、本題へ入る。
「お話というのは、どういったご要件でしょうか?トータリー事務所のリアラさん担当マネージャー、ブルーミングさん」
「そこまで覚えていてくださったとは。ありがとうございます。そちらのアミーさんのことなのですが……」
「アミーが何か?」
──少し、悪い予感がする。かも。
「あの……アミーですよね?俺は……アミーをイルヴェンヌ娼館に売ったはずで……どうしてアミーが……男性が身請けするならまだしも……」
初老の男性はぶつぶつと呟いている。
「あの!つまりはどういうご要件でしょうか?!」
私はイライラしていた。
「分かるだろ?!アミーは!アミーは俺の娘だ!」
薄々気づいてはいたが、改めて言われると、かなりのショックで言葉が出てこない。
「……も、もしそれが本当だとしても、娼館に売った時点で、親子の縁は切れています。ご存知ですよね?アミーを売ったお金はどうしたんですか?」
「せ、生活を建て直すために使った……それでやっと俺は、マトモな仕事に就けたんだ……」
「……それはよかったですね。話はそれだけですか?」
「だからっ!俺にアミーを返して欲しい!後悔してるんだ。今ならきっと俺はマトモに父親ができる」
私はブルーミング氏の言ってることの意味が分からなくて口をぱくぱくとさせてしまう。
「あ!師匠!……じゃなくて社長!ここに居たんだ!自己紹介と交流会終わりましたよ!……あれ?その人はリアラちゃんのマネージャーさんの……マネージャーさんの……え?」
アミーの顔からどんどん血の気が引いていく。
「アミー!駄目!こっちに来ちゃ!」
「俺だよアミー!お父さんだよ!」
「お……おとう……さ……」
アミーはその場で気を失ってしまった。
「……アミー!!!」
アミーは救急車で運ばれて、急性ストレス性の貧血という診断をされた。アミーが眠っている間、私はブルーミング氏からアミーの出自に関する話をされた。
アミーの母親はイルヴェンヌ娼館のイザベルさんだった。私が似ていると感じたのは、気の所為ではなかったみたい。イザベルさんのところに通っていたブルーミング氏は、イザベルさんを妊娠させてしまい、結婚しよう、一緒に暮らそうと懇願したらしいが、娼婦を続けたいと断られ、ついには出禁にまでされてしまったそうだった。産まれたばかりのアミーを残して。
ブルーミング氏は最初こそなんとか一人で育児をしたそうだが、長くは続かず、アミーが成長すると暴力まで振るうようになり、ギャンブルに手を出し借金を作り、仕事もクビになったとき、「こいつがいるからいけないんだ」と、モデルになりたいと言っていたアミーに嘘をつき、自分が愛した娼婦が在籍する、イルヴェンヌに売ったという話だった。アミーが憧れたと言っていたモデルのポスターは、イザベルさんのものだったそうだ。熱心に通っていたのだから、本当に愛していたのだろう。
「さっきは感情的になってすまなかった。俺にもう父親を名乗る資格は無いな。イザベルにも会えなくなってしまって、生きがいが欲しかっただけなんだ」
「生きがい、あると思いますよ」
「え?」
「担当アイドルのリアラさんが待っています。早く戻ってあげてください」
「ありがとう。……本当にありがとう。ボーヴォワールさん。アミーのことはあなたに任せたよ。失礼なことを言った自分を恥じている」
「アミーのことは、私が一生守りますから」
「……ああ」
そう言ってブルーミングさんは帰って行った。
「セアラさん」
「アミー!起きたのね!頭痛かったりしない?大丈夫?」
「大丈夫ですって。……あの、セアラさんありがとうございます」
「え?何が?……まさか聞いてたの?」
「はい。私の本当の名前は、ブルーミング・アミー。娼婦と客の間に生まれた子なんです」
「それがどうしたの?私はアミーを愛しているわ」
おわり