ss #014 『狗の犬』
特務部隊の仕事は、市民階級の騎士団員には手が出せない『貴族案件』を解決することである。貴族が絡めば事件、事故を問わず、遺失物や行方不明者の捜索など、どんなことでもやらねばならない。
今日も彼らのもとに、分類不能な『謎の仕事』が転がり込む。
「これ、死んだおばあちゃんが病気の知人から預かっていた犬なんです。その知人というのも、高齢で犬が飼えなくなったご友人から『最期まで面倒を見てあげて欲しい』とこの犬を託されたらしいんです。最初の飼い主さんはご高齢だし、次の方はご病気だし、おばあちゃんは死んでしまったし、仕方がなく僕が飼うことになったわけなんですけど……この犬を見て、どう思いますか?」
そう言いながら貴族の三男坊が突き出したのは、生後一年以内と思われる元気いっぱいのワンコである。雑種であるらしく、どの犬種とも似ていそうで似ていない、微妙な体つきをしている。
「こんなに幼いうちに三度も飼い主が変わるなんて、かわいそうな話ですね……」
ベイカーは常識的なリアクションを試みた。だが、この犬はそのリアクションにふさわしい犬ではなかったらしい。
貴族の三男坊は、難しい顔で首を横に振る。
「最初の飼い主さんがこの子を飼い始めたのは、今から二十六年前の話だそうです」
「二十六……というと、この犬は俺より一つ年上!?」
「はい。段ボール箱に詰められて、門の前に捨てられていたのだそうです。その時からずっとこの大きさで、まだ仔犬と思って保護したと……」
「もとからこの姿だったとすれば……それ以前に何年生きていたのか……?」
「不思議でしょう? 僕はこの犬が何らかの魔獣ではないかと思って、動物病院で検査してもらったんです。そうしたら……」
言葉を切る貴族の三男坊。
ベイカーはごくりと唾をのむ。
「この子は……ただの犬だったんです」
「そんな馬鹿な」
「はい。僕もそう思いました。でも、どこに連れて行って、どんな検査をしてもらっても、これはただの犬なんです。少なくとも、検査ではそういう結果しか出ないんです。だから、お願いします、ベイカー隊長! この犬を預かってください!」
「えっ!? な、なぜ俺が!?」
「竜族や古代モンスターと交戦経験がある特務部隊員の皆さんなら、何か分かるかもしれないと思って!」
「い、いや、その、確かに竜族とは戦ったことがあるが……」
「お願いします! あ、あと、僕犬好きじゃないんで、ついでにそのまま飼ってくれると嬉しいです! それじゃ!」
ベイカーに犬を手渡し、彼はさっさといなくなってしまった。
そんな経緯を説明され、隊員たちは思い思いの感想を口にする。
「なんかの神が憑いてるんじゃないですか?」
「システムバグの一種だとしたら、先輩のパンチで直るんスよね?」
「殴れねえって、こんなカワイイの」
「コニラヤさん、これ、なんですか?」
「僕が見た限りではただの犬。どこもおかしくない」
「ツクヨミにも見てもらったけど、『ただの犬』って言われちゃったのよねー」
「神の眼で見ても犬なのに……二十六歳でまだ仔犬……?」
「異常すぎる……」
こういう時に限って、犬と会話できるトニーはいない。ロドニーもそこそこ犬語を解すのだが、犬語と狼語では母国語と外国語くらいの違いがある。ロドニー曰く、「ネイティブスピーカーじゃないと伝わらないニュアンスがある」のだという。
それでもどうにか対話に成功し、ロドニーは『ご本人様』の言葉を通訳する。
「ずっと昔は白い服の人たちと一緒にいて、他の動物もいっぱい飼われていた。みんな檻の中にいて可哀想だった」
「白衣と、動物用の檻か。なにかの研究所っぽいな?」
「地域が特定できているのなら、二十六年前に閉鎖、もしくは移転した研究所をリストアップしましょう」
「犬を飼ってくれそうな家の前に置いていったくらいだから、この犬には死なれては困ると思ったのだろうな……?」
「動物実験を行う研究所では、失敗した個体はあっさり殺処分されます。何らかの実験の、唯一の『成功例』だったのでは……?」
それから十分少々の話し合いで、おおよその意見は出そろった。それは半世紀ほど前に一大ブームとなった『不老長寿の秘薬』の研究施設ではないか、というものだ。
この国には様々な種族の人間がいる。種族によって成長速度や平均寿命に大きな違いがみられるものだが、その秘薬を用いれば、誰もが種族の違いを超えて、若々しい姿のまま長生きできるという論文が発表されたのだ。
貴族や豪商がスポンサーとなり、全国各地の民間施設で研究が行われた。それらの施設ではいくつもの新薬や医療機器が開発され、国民の健康寿命を延ばすことには成功した。
だが、肝心の『不老長寿の秘薬』は結局誰にも作れなかった。
「たしか、遺伝子組み換えや錬金合成獣の研究所も、その時代に色々やらかしてたんですよね?」
ロドニーの言葉に、ベイカーは大きく頷いてみせる。
「結果を求めるあまり、非合法な実験に歯止めが掛からなくなっていた時代だ。騎士団関連の施設でも、ちょうどそのころに強化兵やサイボーグ手術の研究が行われていた」
隊員たちは何とも表現しがたい表情で顔を見合わせる。
その『強化兵』や『サイボーグ』は、今も情報部で活躍中である。
「あー……一応、聞いてみますか?」
「それしかあるまい。俺たちには『そっち系』の資料の閲覧権限がないのだから」
「誰が行きます?」
「それは……出ーさなーきゃ負ーけよー……」
「うわ!」
「マジか!」
「それかよ!」
「さーいしょーはグー!」
「じゃーんけーん……」
「ポン!」
まさかのじゃんけんで決定した人選は、現時点では一番穏当なものと言えた。
「マジっすかぁ~!?」
チョキを出して一人負けしたのは、情報部員に最も甘やかされている男、ガルボナード・ゴヤである。
「頑張れよ、ゴヤ。ほい、犬」
「うわー、抱っこしても本当に仔犬の手触り……俺より三つ年上ってマジッスか?」
「あおん!」
「そうだよ! って言ってるぜ」
「じゃ、先輩って呼ばなきゃな~。ところで隊長、この子、何て名前なんスか?」
「名前は分からないと聞いているが……ロドニー、本人は何と言っている?」
「わんわん、わふ?」
「くぅ~ん、おん、うぉん、わぁぉ~ん!」
「本名は『三番』だって言ってます。それ以降の名前は勝手につけられた名前だから好きじゃないみたいです」
「それは名前ではなく識別番号では……?」
「でも、生まれた時からそう呼ばれてたんなら『名前』なんじゃないですか? 本人が本名だと思ってるわけですし」
「そうか……では、ゴヤ。情報部庁舎に赴き、『三番先輩』の出自に関連する情報がないか調べてきてくれ」
「了解ッス!!」
ゴヤは犬を抱えてオフィスを出て行った。
その後ろ姿を見送り、隊員たちは無言で視線を交錯させる。
このままで終わるとは思えない。
いやな予感がする。
申し合わせたわけでもなく、全員一斉に戦闘装備品のメンテナンスを始めた。
情報部庁舎に入ると、エントランスにはコバルトが出てきていた。
「あれ? 今日の監視係、コバルトさんッスか?」
「悪いね、頼れるお兄ちゃんたちでなくて」
「あ、いえ、すんません! そういう意味じゃなくて……」
特務部隊オフィスは常に情報部の監視下に置かれている。先ほどまでのやり取りをコバルトに説明する必要は無い。
「上に話は通しておいた。資料室へ行こう」
「あざっす! あ、この子、連れて入って大丈夫ッスか?」
「ああ。十七番以前の個体なら安全だからね」
「え? あの、これ、正体分かってるんスか?」
「話は資料室で」
「あ、サーセン……」
ゴヤはコバルトに続いて地下へと降りていく。
重い扉がいくつも開けられ、そのたびに何とも言えない薬品臭が漂う。資料の保管に使う防虫剤の類いかとも思ったが、違う。これは微弱な麻酔ガスである。
「……コバルトさん? このガス、何を抑えるための……?」
「犬だよ。鎮静化させるために、一日六回散布されている」
「犬……ッスか……?」
さすがのゴヤも、四枚目の扉が開けられるころにはおおよその察しがついていた。
人体実験の『失敗作』たちは、今なお地下室で監禁状態に置かれているらしい。
廊下の両側に取り付けられた金属製の扉。数は見える範囲だけでも二十以上。その足元には、食事を差し入れるための五センチほどの隙間がある。
その隙間のいくつかからは、犬とも人ともつかない、中途半端な形の手が伸ばされていた。
二人はその手を踏まないよう、廊下の真ん中を歩いて奥へと進む。
「……コバルトさん、この人たちって……」
「人だと思うかい?」
「え?」
「思えるよね。この手を見てしまうと……」
その口ぶりから、ゴヤは悟る。
ここに入れられているのは、見た目だけは人に近い、別の何かであるらしい。
コバルトは突き当りの扉を開けて中に入る。だが、続いて入ろうとしたゴヤは見えない壁に遮られてしまった。この扉は登録者のみが通過できる魔導式セキュリティゲートになっていた。
「あれ? ゴヤ君、もしかして君、埋め込みタグが入ってない?」
「あ、はい。マンディブラリスの移植の時に一旦抜いちゃったんで、今は仮タグで……」
ゴヤは首にかけたドッグタグを見せた。本来は銀色のプレート一枚であるはずのドッグタグには、一緒に青い魔法石が提げられている。
特務部隊員を含む一部の騎士団員には、ドッグタグ以外にもう一つ、体内埋め込み型の個体識別タグが付与されている。通常はなりすましや脱走、権限を持たない機密エリアへの立ち入りを制限する目的で使用されているのだが、情報部庁舎内ではこの『埋め込みタグ』が鍵の役目を果たす。埋め込みタグに『特務部隊』か『情報部』の所属コードが書き込まれていないと、資料室や保管庫の類には入室できないのだ。
「そうか、仮タグではここまでか……。なら、仕方が無いな。ここで話をしよう」
「え、ここで!?」
「ちょっと待っていてくれ。その犬に関するファイルを持ってくる」
「あ、はい……」
コバルトは資料室に入っていった。
気味の悪い廊下で待たされることになったゴヤは、改めて、扉の隙間から伸ばされる手を観察した。
デタラメな動き、無意味な指の曲げ伸ばし、時折聞こえてくる、声とも鳴き声ともつかない遠吠えのようなもの。
彼らは音や匂いに反応して手を伸ばしているわけではないらしい。では何をしているのかと考えると、答えはすぐに出た。
彼らには自我が無い。
「……人……じゃ、無いのかな……??」
それならいっそ有難い。人体実験の末に自我が壊れた人間の姿など、好んで見たいものではないからだ。
しかし、だとすればこれはなんだろう。
意味をなさない遠吠えのような何かを聞きながら、ゴヤは必死で平静を保とうとしていた。
「うぅ……俺、こういうのマジでダメ……」
コバルトを待つこの時間は、実際にはほんの数分のことだった。だがゴヤには、この数分が数時間にも数十時間にも感じられた。
ファイルを持ったコバルトが出てくると、ゴヤは泣きそうな顔で言った。
「あの! マジでここで話するんスか!?」
ゴヤの表情を見て、コバルトは何とも気まずい顔になる。
この瞬間コバルトが考えたことは、『この子を泣かせるとシアンに殺されるかもしれない』ということだった。だが、そんなことはゴヤには分からない。
「あ、サーセン。なんか、その、機密保持とかそういうのあるんスよね……」
「んん~……いや、その、ね? 確かにバレたらマズイことではあるけれども……まあ、いいか。そこの空き部屋で話をしよう。あれが直接見えなければ大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございます」
二人は廊下の中ほどにある空き部屋に入った。
この部屋も他の部屋同様、扉の下に隙間がある。つまり、かつてはここにも『なにか』が入れられていたのだろう。室内は徹底的に清掃され、消毒もされていた。それでも床や壁には、落としきれない血や汚物、薬品などの染みがそのまま残されていた。
室内には何もない。人間を監禁するための独房ならば当然あるはずのトイレも寝台も、何一つない部屋だった。
天井には麻酔ガスの散布孔と換気口、照明、スプリンクラーのノズル。
これはこれで、先ほどまでとは別の恐怖に襲われる空間だった。
怯えるゴヤを安心させるように、コバルトはことさら落ち着いた声音を作って話を始める。
「まず、結論から言おう。君が抱えている動物は犬だ」
「やっぱり犬なんスか?」
「ああ、犬だよ。ただし、眼球だけは人間のものだけれどね」
「え? 眼球?」
「これが実験の全容だ」
「……ええと……??」
手渡されたファイルは、驚くほど薄っぺらだった。
硬い表紙と裏表紙に挟まれた紙はたったの八枚。一枚目は実験の目的や概要、実施日時。二枚目から七枚目までは実験の記録。八枚目に実験が失敗であったことを記した文書。
たった八枚ですべてが記せる人体実験。その内容は、ファイルの厚み以上に薄っぺらなものである。
「……諜報犬実験……?」
犬に人間の眼球を移植し、いくつかの魔法を用いて犬の視覚情報を送信。眼球の元の持ち主が諜報活動を行いやすいよう、ゴーレム以外の新たな偵察手法を開拓するというものだ。
また、犬に指示を出すため、人間側からは行動命令を精神感応波、いわゆるテレパシーのようなもので送るとあるが――。
「移植するのは片目だけ? ってことは、犬の視界と自分の視界が両方同時に見えちゃうワケですよね? 頭おかしくなるんじゃないッスか?」
「そのとおり。被験者が体の不調を訴えて、実験は終了。摘出した眼球の代わりに肉眼以上によく見える魔導式義眼を入れてもらって、被験者となった情報部員たちは元の職場に戻りましたとさ。めでたしめでたし」
「あの、でも、犬のほうは……」
「見ての通りだよ。拒絶反応を抑える魔法と、術後の回復のために使用した治癒魔法、あといくつかの魔法の影響が混ざり合って、結局あの有様さ。治癒魔法というものは、基本的に人間の怪我を治療する目的で開発されているだろう? 移植された人間の眼球のほうに合わせて『元に戻そう』とする力が働いたらしくてね……」
「ええと……その……あんまり言いたくねえんスけど、あそこまで酷い状態になっているなら、殺処分とかのほうが、むしろ人道的なんじゃ……」
ゴヤの至極当然な言い分に、コバルトは肩をすくめた。
「『一番』と『二番』は殺処分されたよ。でも犬が死んだ直後、二人の情報部員が心臓発作で死んだ」
「……え?」
「因果関係は今なお解明されていない。でも死んだ二人は、一番と二番に移植した眼球の元の持ち主だった。君ならどうする? 残りの犬を殺処分できるかい?」
ゴヤは首を横に振った。
「無理ッス。少なくとも、確実に『安全だ』って思えるまでは……って、あれ? そういえば、十七番以前の個体は安全って……」
「三番から十七番までは、人間のほうが先に死亡している。いまさら犬をどうこうしたところで、影響を受ける可能性のある人間はいない。だから『安全』なのさ」
「……ええと? 犬が死んだら情報部員が死んだ。でも、情報部員が死んでも犬は死ななかった……ってことは、もしかして今まだ生きている人たちは、なんていうか、こう……『本体』みたいなモノが、犬のほうになってるかもしれなくて……?」
「そう、まさにそれが危惧されている。だから『一番安全』な三番を本部の外に放して、この犬の行動を観察することになった。もしも『本体』のようなものになっているのなら、普通の犬と違う行動を見せるのではないかと思われたからだが……」
コバルトは三番に目をやる。
「結局、二十六年間放置しても何も起きなかった。だからこの犬は、このままこちらで回収させてもらうよ」
「回収? それってまさか、こんな地下室で飼うんスか? こんなに可愛いワンコなのに!?」
犬を隠すように身をひねるゴヤを見て、コバルトは軽く肩をすくめた。
「まあ、そういう反応も想定内だ。うちの長官の許可は取ってある。その犬を飼育したければ、現在の所有者と交渉し、正式に所有権を譲り受けたうえで飼育登録を済ませること。いいね?」
「はい! コバルトさん、ありがとうございます!!」
コバルトに礼を言い、ゴヤは情報部庁舎から事務棟の特務部隊オフィスへと戻った。
ゴヤから話を聞かされた隊員らは、揃って溜息を吐いた。
「やられたな……」
「押し付けられたか……」
「え? どういうことッスか?」
「バーカ。分かれっつーの。これは寿命があるのかないのか分からねえような、意味不明なイキモノになっちまってんだ。これを飼うってことは、何かあった時にはてめえが処分しろって事だぞ?」
「えぇ~っと……? もしかして、俺、貧乏くじ引かされた感じッスか?」
「もしかしなくても確実に貧乏くじ案件だろ、これ」
「けど、その……この子カワイイし、それで良くないッスか?」
「良い……のか? あんまり良くねえ気がするけど……」
と、ロドニーが首をかしげていた時である。三番が突然暴れ出し、ゴヤの手をすり抜けて駆けて行ってしまった。
「脱走!?」
「いきなり!?」
慌てて追いかけるロドニーとゴヤ。だが、途中で気付いた。
三番は逃げていない。どこかへ案内しようとしている。
二人は頷き合い、三番の誘導に従う。すると三番は事務棟を出て、騎士団本部の敷地の中でも最も人気のない場所、立ち入り禁止の保護樹林エリアへと入っていった。
「ここは……?」
「何があるってんだ?」
三番が立ち止まったのは、苔生した古木の前だった。大人三人が手をつないでようやく囲めるほどの太い幹、根元に開いた大きな洞、地面に濃い影を落とす豊かな枝葉。
一見して『何かありそうな木』ではあるが、洞にも枝にも何もない。
「っつーことは、アレか? 木の根元に何か埋まってるのか?」
ロドニーの問いに、三番は首を縦に振る。
今の問いは犬語ではなく、ごく普通のネーディルランド公用語である。この犬は人語を理解している。
「……お前、その反応。やっぱりただの犬じゃないんだな……?」
犬は何もしゃべらない。けれども彼は態度で示す。
「……ここを掘ればいいのか?」
大きく頷く三番。彼が示した地面は落ち葉や朽木に覆われていて、何かが隠されているようには見えない。しかし、彼が団の外に放されたのは二十六年も前の話だ。四半世紀以上の年月が経過していれば、掘り返された地面もそうでない場所も、もはや人の目で区別することはできない。
ロドニーは軽作業用ゴーレムの呪符を起動させ、地面を掘らせる。
情報部員が極秘文書の類を隠すとしたら、簡単に掘り返せるような穴は掘らない。ゴーレムかオートマトンを用いて、少なくとも二メートル以上の深さに『何か』を埋めたはずだ。
「……本当になんかあるんスかね……?」
「分かんねえけど、掘ってみるしか……ん? おい、あれ、石じゃねえよな?」
「え……うわあっ!? 人骨!?」
「これ……一体や二体じゃねえぞ!? 何人埋められてんだ!?」
「隊長に報告を……って、ウッソオーッ!?」
「ギャアアアァァァーッ!! なんで骨が動くんだよおおおぉぉぉーっ!?」
カタカタと震えるように動く人骨。
ロドニーは反射的に攻撃しようとするが、その足を三番が噛む。
「わっ!? おい、やめろよこんな時に! なにを……」
「あっ! 先輩! 分かったッス!」
「何が!?」
「この人たち、敵じゃないッス!」
「えっ!?」
「たぶんこの人たち、三番から十七番の被験者ッスよ! そうなんスよね? 三番先輩!」
三番は軽く首を傾げ、それから頷く。
改めて骨を見ると、彼らはホラー映画のモンスターのように襲い掛かってくることは無かった。
カタカタと震えるばかりで、それ以上は動きたくとも動けないらしい。
「……犬がまだ生きてるから、こいつらも、ちゃんと死ねてねえのか……?」
「もしかして三番先輩、俺が『殺処分のほうが人道的』って言ったから、ここに案内してくれたんスか……?」
またも頷く三番。
ゴヤとロドニーは顔を見合わせ、頷き合う。
「先輩、お願いします……!」
「おう……全員まとめて、叩き直してやるぜ!!」
拳を握り締め、ロドニーは穴の中へと飛び込んだ。
それから数日後のことである。
情報部のコバルトから、四番から十七番までの犬が老衰で死亡したとの連絡があった。それはロドニーの修正能力によって犬と人間、双方が『あるべき姿』に戻されたからなのだが――。
「あの……コバルトさん? 三番先輩、相変わらず元気なんスけど……」
内線越しでも伝わる困惑に、コバルトも内線越しの苦笑で答える。
「だろうね。あの中に三番のバディだった情報部員はいないから」
「じゃあ、三番先輩の相方さんは……」
「二十八年前、ある現場で情報部員が死亡した。一部の臓器は同じ現場で重傷を負った特務部隊員に移植されたが、術後の回復が思わしくなく、彼は騎士団を退団。故郷の町での生活が安定したころ、彼は門の前に置かれた段ボール箱から見覚えのある仔犬を発見する……というお話だよ」
「じゃあ、あの子の最初の飼い主さんって……」
「特務部隊員と情報部員に『早期退職』なんてコマンドは無いからね。世間的には退団したことになっていても、実際には犬の監視任務を続けていたのさ。友人への譲渡も、その先のことも、情報部はすべて把握していたんだよ」
「……だから、簡単に飼育許可が下りたんスね……」
「さて、どうする? やっぱりやめると言うのなら、こちらで引き取らせてもらうが?」
「いえ! あの子はうちで飼いますから!」
「そうかい? もうモルモットだのチンチラだの、色々いるみたいだけれど……」
「大丈夫です! うちは亀も魚もクワガタもいるアットホームな職場なんで、三番先輩もすぐに馴染めるはずです!」
「あ、そっち!? いや、僕は飼育が大変じゃないかと思ったのだけれど……まあいいか。知っての通り、三番は時々思い出したように人間的な行動を起こすことがある。その犬が何か『普通ではない行動』をとった場合は、すぐにこちらに知らせること。いいね?」
「はい! あ、コバルトさん、すんません! 切る前にもう一個だけ確認させてください!」
「ん? なんだい?」
「三番先輩って、任務に連れて行っても大丈夫なんスか?」
「ああ、これまでも散歩や旅行に出ていたし、外に出ることに問題はないが?」
「良かったー。いやー、さっきトニーと一緒に出てったんスけど、なんか三番先輩、『ナインテールの幹部を老人ホームで見かけた』とか言ってたらしいんスよ~」
「なに? ナインテールの……?」
「トニーが通訳してくれたんスけど、『顔と名前を変えていたが、僕の鼻は誤魔化せない。セレストに見せられた遺留品の手袋と同じ匂いだった。間違いない』って断言してたそうッス。犬って記憶力良いんスねー。あ、セレストさんって、コード・ブルーにいた人ッスか? すっごいコードネームの人がいたんスね。『神住まう至高の蒼天』なんて……」
そこまで話したところで、内線の向こう側でラピスラズリとナイルの悲鳴のような声が聞こえてきた。
「トニーはどこの老人ホームに行ったんだ!? ナイル! あの犬に自動追尾つけてなかったのかよ!?」
「知らないよ! 優しい飼い主さんが見つかって良かったね~、めでたしめでたし~って話じゃなかったの!?」
「あの連中に妙なイキモノ渡して無事で済むと思ってたのか!?」
「コバルト! ガッちゃんに伝えて! 『セレストブルー』は任務中に行方不明になった情報部エース! 情報部は『セレスト』の名前が出た時点で特別捜索チームを編成して彼を探さなきゃならない! ちょっとコード・バイオレットのところ行ってくる!!」
「俺はレッドのほうに!」
「えーと……今の声、聞こえていたかい?」
「はい、バッチリ……」
「そういうことなので、僕たちはしばらく忙しくなる。連絡がつきづらい情報部員も出てくると思うが、そういう場合は直接長官のほうに連絡してくれ」
「りょ、了解ッス~……」
内線を切り、ゴヤはオフィスの面々に気まずい視線を送る。
「……やっぱりあの犬、うちで飼っちゃいけなかったんスかね……」
隊員たちは一斉に溜息を吐いた。
いまさら言っても始まらない。というより、始まりすぎていて、ついていける気がしない。
願わくはトニーが話を穏便に進め、事件を解決へと導いてくれることなのだが――。
「あ……」
「すっげえ爆発だな、おい……」
「イーストエンドのほうかー……」
窓の外、遠くの町から上がる火柱。
遅れて届く爆音と、さらに時間をおいて鳴り始める緊急警報。
流れる館内放送に耳を傾けながら、特務部隊員たちは同じことを考えていた。
もうこれ以上トラブルメイカーはいらない。一人で良いから『ツッコミ担当』を配属してくれ、と。