山先生
山先生の話です。
ここで、一旦本編の中田君の話が終わりますので、
こちらも更新がしばらくありません。
※次は西尾さん、上田さんの章の時にこちらを更新予定
柊の担任になったのは3年生の時で、最初に会った時の印象は身長は高いけど、
パッとしない普通の3年生と言ったところだ。
だけど授業をしていて、ふとしたことで柊に違和感を感じるようになったんだ。
それは算数の時間なんだけど、どんな問題でもすぐに解いてしまう。
それも、まあ、授業の一発目で先生としての威厳を示すために
6年生で習うような分数の掛け算の問題を出して、
生徒達を困らせようとしたんだけど、
「この問題誰か解ける奴はいるか?」
ここで誰も手を上げなかったので、しめたものだと思っていたのに
スッと手を上げる奴がいて、それが柊だった。
「じゃあ、前に出て解いてみろ。」
黒板で解かすと、途中の計算間違いはあったけど、
その点以外では解き方が間違っていないことに驚いてしまった。
「おしいな~、計算間違いさえしなければな~。」
そう言いながらも、これから分数を習うレベルの生徒が
すでに分数の計算が出来るのに内心では驚いていた。
授業が終わって、放課後に柊を呼び出してから尋ねたら、
「お前、塾か何かで分数の掛け算を習っているのか?」
「いいえ。」
「じゃあ、なんでわかったんだ?」
問題は1/3×2/5
すると柊は1/3は全体の三分一っていう意味を現しているのは分かって、
その2/5が残ると考えて、それをするにはどうしたらいいかを考えたんです。
その答えに目を見開いた。
確かに分数の計算の考え方だけど、
それを小学生・・・しかも3年生にの子が分かる何って・・・
気になって他にも色々と問題を出したのだが、
面白いように解いていく柊を見て、ただただ驚いたものだ。
だが、計算間違いが多々あって、解き方はあっていても
回答が合わないのが残念であった。
そこで柊に毎日いろいろな計算問題を解かせていくことにしたのだ。
最初は、まあ、ひどい。
問題の半分くらいしか合わなかったけど、
一年くらいすると計算間違いもなくなってきた。
私も徐々に楽しくなってきて、中学生レベルの問題を渡していくのだが、
見事に解いて持ってくるのだ。
もう一人、4年生に上がる時にクラスに転校してきた子がいた。
見た目は可愛い子だったのだが、名前を書いてもらった時に、
・・・汚いな・・・
そこには読めはするものの、バランスも悪く
ミミズがのたくったような字が書かれていた。
書いた本人も私がまじまじと文字を見るせいか、
ばつの悪そうにしながら、もじもじとしていた。
「竹林は自分の字が好きか?」
私の問いに竹林は下を向いてしまい、
「・・・嫌いです・・・・。」
彼女にとってのコンプレックスになっているな・・・。
ただ、教員になって、習字の授業で教えてはいるものの
ハッキリと言って、専門家ではない。
どこから教えていいのかと考えていると、
ちょうとタイミングよく柊がいた。
こいつも・・・もっとアピールしてくれればいいのに・・・
柊が書道を習っていることを学校は把握していなかった。
いや、まあプライベートまで把握することはなかなかないのだが、
我々が把握したのは、教育委員会からの連絡で初めて知ったのだ。
そう言えば、松尾もか・・・市長賞を獲る奴が同じ学校に2人もいるとはな・・・
いかんいかん、脱線した。
竹林の両親からの連絡表を思い出す。
字を何とかしてほしいっと・・・
専門家がいるなら専門家に任せる方がいいのだろう、
「柊、竹林に書道を教えてやってくれよ。」
「いやです。」
即答で私のお願いを断る柊に思わず苦笑してしまう。
せっかく、こんなかわいい子に仲良くできる上に、
自分の良い所をアピールできるのだから、
男の子なら受けそうな気がしていたのだが・・・
「まあ、そんなこと言うなよ・・・。」
「俺、両親の手伝いで夕刊を配らないといけないんです。
だから、放課後に人に教えるとかは難しいんですよ。」
「ああ~、そういうことか。確か新聞販売店だったな柊の家。
それはすまなかったな。じゃあ、毎日とは言わないけど、
竹林の字を暇な時に見てやってくれないか?」
「それならいいですけど・・・。」
何とか、柊にお願い出来ることになったのだが、
「じゃあ、竹林さん、丸を書いてきて。」
そんなことを言い出したのには驚いた。
何気に書いた〇だったのだが、柊の書いた〇はきれいな〇で、
竹林と私が書くだのが、いびつな〇しかできなかった。
ただの〇なのにこんなに差が出る何ってな。
次の日から柊が使っているという手本を持ってきてくれて
竹林に渡して、書き取りの練習をする。
竹林は途中で書道教室に入ったようで、柊の指導はなくなるのだが、
それでも竹林が私の所に毎日持ってきて、確認をするのであった。
結局柊は私が担当した2年間、竹林は1年間毎日続けていた。
この2人だけである。
うちのクラスにいた43人中、2人だけが毎日続けてきたのだ。
同じような課題をそれぞれに課していて、どうしても三日坊主になる生徒が多い。
あの手、この手でやらせようとするのだが、やっぱり続けることは難しかった。
4年生の担任になって、3学期に入た時のことである。
授業参観を終えて、保護者会に移った時に、
「山先生はクラスの二人の生徒を依怙贔屓しているとお聞きしていますが。」
そんなことを言い出す親御さんがいたのだ。
「それは・・・どういうことでしょうか?」
「柊君には算数のプリントを渡しているようですし、
竹林さんは字の書き取りを見ていると聞いております。」
「・・・そうですね。2人には宿題として課しております。」
「何で2人だけなんですか!?私の息子にはやらせていないのに!!
担任がそんな依怙贔屓を促していいとお思い何ですか!?」
「いえ、息子さんの柳田君にももちろん別の課題を与えておりますが・・・。」
「・・・え?」
「ただ、何度もやらせようとするのですが、続けてやってこないんですよ。」
「そ、そんなこと聞いておりませんが・・・。」
「まあ、宿題として課しているので、宿題をやっていってないと言うのは
バツが悪いのかもしれませんね。」
「・・・ですが・・・ですが、宿題をやらせるのも先生の仕事ではないですか!!」
「それは・・・そうかもしれませんが・・・。」
「それを2人にかまけてやらないのは職務怠慢です!!」
「いえ、だから、2人だけではないですし、そもそも2人は
しっかりと宿題をやってきているから見ているだけであって、
特別扱いはしていません。ほかの生徒も宿題をしてくれば、
私はしっかりと見ていますよ。」
だけど、どんな言葉を言っても親御さんには届くことがなく、
またこの柳田君の親御さんはPTAもやってもらっているものだから、
クラス単位の問題から、学年、学校の問題へと発展していった。
結局私は次に5年生の担任をする予定だったものが、
他校への転勤をすることになってしまったのだ。
その後も何人かの生徒だけは年賀状や手紙のやり取りをしていた。
当然柊と竹林は送ってきてくれて、年々キレイな字を書いていく竹林には良かったと思い、
柊が数学で全国一を取ったと書いてきた時には驚いたものだ。
時代の流れからか私の指導は今の時代には
そぐわないものになっていることを感じている。
私が子供のころは先生と一緒にご飯を食べたこともあるし、
一緒にお風呂に入ったこともある。
私が教員になってからも、ご飯にお呼ばれすることもあって、
そこで家族の問題に触れることもあった。
当然、その家族とは距離が近すぎるとは思ったのだが、
それでも私は子供の時に同じころをされて、
本当にうれしかったのだから今度は私がする番だと思っているから、
何か親御さんから相談をされれてば
すぐにでも話を聞きに行く。
教頭や校長からは、
「特定の生徒の相談にのったりしないでください。」
こんな指摘を受けてしまう。
だけど・・・私は、自分の生き方を変えるつもりはない。
私は2年ほどで定年を迎えるが、その後は、息子がいる隣の市に行って、
息子の嫁と共にボタンティアをしようと思っている。
勉強についていけない子供達や塾に通うことができない子供達に
無償で勉強を見るボランティアだ。
私は誇りに思うことがある。
私は小さな存在だが、それでも私は縁の下の力持ちになれることだ。
未来ある若人達よ
その夢で、その可能性で未来を切り開いていってほしい
そして、その力の一部になれたことが私の誇りである。