歌詠み
今から話すのは私自身の体験したことであり、後世の人にどれだけ馬鹿にされても仕方ないとも思っている。
最初に私は一つ打ち明けなくてはいけない。
私はこの時代の人ではない。証拠を挙げろと言われると私はスマホを知っているし、ありとあらゆることを知っている。いささかそれは言い過ぎな気がしなくもないが、この時代…つまりはおそらく平安という時代の人からすれば私は物事の全てを知っているとも言える。これが読まれるていることを前提に私が知りうる限りの歴史的事象を書き上げてもいい。しかし、それもめんどくさいので炭素の含有量から私がこれを書いた年代を探ってもらえればありがたい。スマホもパソコンもはたまたコンビニもないこの時代は私にとっては目新しくもあり古臭くもあった。だが、この時代はいい。人は親切だし食べ物は若干の偏りはあるものの質素で豪勢だ。私はおそらくこの場で朽ちていく運命であるからここに私の物語を記す。私がどのような経緯でここにきたのかそしてどのように生きてきたのか私自身の怪奇で儚く、希望に溢れた私の人生そのものを書き記そう。
私があの時間軸に行くまでの経緯を話す必要がある。私はあるところで男子高校生だった。何にも取り柄のない男子高校生だった。
「〇〇寺で新たな文書が見つかりましたり分析の結果900年前後に書かれたもので源氏物語より古いことになります。これからも…」
私はこの時の1日を何年経とうとも覚えていた。
いつもと同じ時間に起きていつもと同じ時間に家を出ていつもの道を通って高校に行く。なんの楽しみもない。つまらない、つまらなさすぎて息が詰まりそうだ。くだらない。ナンセンスで意味がないとも思ってしまう。そんな生活に行き詰まりを感じていた。何か新しく変化することがないかなと願ったりもしていた。
冬のこんな寒い中健気に高校に行くということに億劫さえも感じ始めてきた。
「高輪君!何してるの!?」
出たな、うるさくてかなわない良香のご登場。
「別に」
本当に私は何もしていない。
「あっそ。本当冷たくなったね」
「うるさいなー」
ふふっと、笑って答える。
「それで、良香はなんのようなんだ?」
「別に」
「俺のモノマネか?似てないぞ」
久しぶりに俺を使った。私はやはり私という言葉の使う場面が多い時代に生きている時間が長くなると昔使っていた言葉に懐かしさが湧いてくる。
「別にいいじゃん」
「そうか、はぁ、帰るか?」
教室の角で何もするなく座っていた私は良香の部活が終わるのを待っていた。それは毎日の習慣でもあるから慣れてはいるが、少しは意地悪もしてみたくなる。良香は少し照れながら、
「うん」
あとは、悟ってくれ。
「どうしたのさ、さっきから疲れたような顔して」
良香はどうにも人の顔色を当てるのが得意で、よく私の顔色を見ては心配してくる。
「いや、何か新しいことが起こらないかなーって」
「なに?私じゃ不満なわけ?」
「そうはいってないだろ」
「ふん!似たようなものじゃない」
「似てるのか!?」
「うそ」
「……」
私は言葉を失う。
「そういえば、今日の日本史ちゃんと起きてた?」
「失礼な俺はちゃんと起きてる」
「それこそ嘘だね。高輪君が起きてるところなんて見たことない」
「睡眠学習も立派な学習方法です」
「寝てるんだね」
「でも、今日は起きてた。少し気になることがあったから」
「珍しい。どうしたの?」
「今日のニュースの内容を話していたからさ」
「あー、朝テレビでやってた新文書の話?」
「そうそう」
個人的興味があったから私は耳を傾けていた。
「じゃあ、対して話すこともないんだね」
御察しの通り倦怠期というやつである。
連日、新文書について新たな情報が流され色々な発見が世間を賑わせている。とうとう、文科省の方が本格的に調査団を立ち上げ調査すると言い出した。その理由は簡単だ。その作者は未来から来たと言われているからである。
こんな突拍子のないことを言うとどうしても嘘っぽく聞こえてしまうのだが、何を隠そうにも私が書いたものなのだから本当である。序盤を読んでもらったように横文字を使ったし、未来についてのお話を何個か入れている。と言うよりもその予定である。だから、作者が未来人である推理はあっている。
さて、気だるげな日々を送る私は日に日に生きていると会う実感が消えていった。良香との生活がつまらないものというわけではない。良香はわたしにはもったいないくらいの女性だ。そんな人がわたしのそばにいたいと思ってくれるのは嬉しい限りである。でも、やはり何か足りないと思い始めてしまっている。大きなことを望み過ぎている節のある私は小さなことに気を向けることに億劫を感じてしまう。だから、あんなことが起こったのだろう。
「ねぇ!高輪君!さっきから私の話聞いているの!?」
「あ、あぁ、ごめん、なんだっけ」
「もう知らない!」
「まあ、そんなに怒らないでよ。ぼーっとする時くらいあるだろ?」
「それでも最近高輪君ひどいよ?」
「反省してます」
「うそ、いつも、心ここに在らず。私のことなんて見てないじゃない」
「そんなことは…」
「ある!ねぇ、気づいているの?私の髪が変わっていることに。シャンプーも変えたのも。シャンプーハットを卒業したのも」
「ごめん、最後のはわからない」
「でしょうね!だって使ったことないし、見たことないもん!」
「……」
ツッコミもサボってしまう。
「ほら!ここで、ツッコミを入れていたのにどうして!?」
「まあ、人って変わるじゃん」
「君の変わり方は明らか悪い方向だよ」
言葉が変わった。今にも泣きそうな声に聞こえる。
「私のせいなんだね。私が、私が悪いんだね」
良香は少しばかりの自傷癖がある。少しばかりの妄想癖もある。だが、それは人並み程度で問題視するレベルではない。
「そんなこと言ってないだろ?1人で先走るのはやめてくれ」
1人で曲解を見つけてしまうことは多々ある。
「もう知らない!」
漫画のように走り出した。帰り道、交差点、喧嘩、彼女の向こう見ずの走り…etc=フラグ?
「良香!!」
私は思考よりも先に体が、動いた。
身体中に鈍い痛みが響く。おかしい、信号は明らかに青である。遠くでサイレンが聞こえる。
信号無視?
思考が追いついてくる。
あー、そっか、俺、はねられたんだ。
良香の声が聞こえる。
どうしてそんなに遠いんだい?もっと近くで呼んでよ。
あれ?目の前が、真っ暗に…。なんだか、寒い。もういいや、今はゆっくり寝よう。でも、何か忘れているな…。……そうだ、謝らないと…。良香に謝らないと…。
私はここでブラックアウトした。
「兼光様、ほら、お口を開けてくださいね」
おかゆのようないわゆる流動食のようなものを口に当てられている。冷たい。私は自分よりも一回りもふた回りも大きい人?に抱かれている。声が出ない。そもそも兼光って誰だ?
自然の木々の匂いが鼻に着く。味わい深く、そしてなによりも心地よい。ありとあらゆる場所からいろいろな音が聞こえる。どうやらここは街中らしいが、賑わい方が違う。人の声だけ。車の音が聞こえないなんて…、そんなことありえるのか?
私は抱き上げられ座らされる。その時、いや、薄々感じていたのだが、それが実感され、私の思考が一つの答えを得た。
神様、転生させるならどうして記憶消さなかったんですか?
15年後
元服の儀を迎え立派な大人の仲間に入った私は元の時間軸で生きている時とほぼ同じ歳までになった。人とは不思議なもので、記憶を所持したままの転生となるとてっきりセンチメンタルな気分になるものだと思っていたのだが、全くならなかった。いや、全くなかったというと語弊があるから詳しくいうと、やはり、あのあと私がどうなったのか気になるし、なによりも良香が気がかりであるが、15年も経っていると実年齢は立派なおっさんだし、色々と不都合な点も多い。
すっかり忘れていたのだが、私の家は偶然なのかイタズラなのか、まあ、イタズラなんだろうけど、高輪氏というかなり高官とも思える氏で私はその跡取りとして生まれた。そこからはある意味地獄である意味天国でもあった。唯一の地獄といえば五歳の頃から始まった仏教の御経を写し続けるという苦行を行ったことだ。それくらいしかここにきてからの思い出はない。これといって目覚ましい出来事があったわけではない。ただ、世の中では神童が現れただのと騒ぎ立てられたのだが、そりゃ、私は賢いに決まっている。生まれた時に持っているキャパシティが違うのだから。あと、知識量。
そんなこんなで神童である私は出世コース間違いなしの順風満帆な二度目の人生を歩んでいた。ただ、不思議なことに、向こうにいた時の自分の名前が思い出せないのである。高輪というのは忘れようにも忘れられないのだが、こちらでは兼光と呼ばれ続けているのでそれでしか思い出せない。だから、最初から良香には上の名前で書いていた。
「兼光様、今日の昼時から貴方様にお会いになりたいというお方がおられるのですが、いかがなさないますか?」
私は基本的に自分の部屋で書物を読んだり、書いたりして暇を潰している。小説家なら、羨ましくなるような生活をしている。身の回りの世話をしてくれるのはもっぱらお徳の仕事だった。そのお徳が襖を開けて用事を伝える。
「徳さん、その方はどのようなお方で?」
「はい、吉原様のご長女でございます」
「あの、吉原殿ですか?」
「はい、あの吉原様でございます」
吉原というのは現代で言うところの内閣総理大臣にあたる役職でかなりの高官である。ちなみに私の家は文部科学相ぐらいと思っていてくれたらいい。
「断る理由もないな。昼時といったか?」
「はい」
「では、こちらでもてなしをさせてもらおう。料理の用意を。客人にごゆっくりしてもらわなくては」
「承知いたしました」
お徳は襖を閉めて料理に取り掛かる準備をする。お徳は私の世話を一任されているだけあって料理の腕も確かである。今で言うところ厨房には5人ほどいるのだが、それをまとめるのもお徳の仕事である。みんなのイメージが主婦という形にまとまった頃にお徳の年齢を明かすのだが、だいたい25、6だと思ってくれたらいい。
昼時には食欲を誘うような匂いが充満していた。
客人の到着は早かった。私は自ら迎えに行く。ここらへんが、非常時だと散々お徳に言われてはいるのだが、いつも私なりの礼だと言って納得させている。それでも、
「ご当主自らお出迎えとはこれはまた、非常識な。使いのものに任せていれば良いものを…」
「はは、そう言わずに、これは私なりの礼の仕方です。外で話すのもなんですからどうぞお上りください。お昼はまだでしょうからこちらで些細なおもてなしをさせていただきますよ」
「それでは、お言葉に甘えて…。おい良香、お前もこっちにきなさい」
良香、ここで愛しい人の名前を聞くなんて思わなかった。
「はい、お父様」
おまけに声まで似ている。
良香なる人は俥の中で待っているためまだ、顔を拝めていない。だから、私はあれこれと邪推してしまう。
ガタンと音をしながら降りて来る。私はその顔を見て驚いた。
良香にそっくりだった。
「おや?どうした?そんなに娘が可愛いか、うむ、見惚れてしまっても仕方あるまい。なんて言ったって私の愛娘だからな」
大声を上げて笑っている。
私は2人共々家に上げた。
最初の二、三時間はたわいもない世間話や、政治の話が大半を占めていた。良香さんは、相槌を打ちつつたまに振られる父からの質問を的を射た発言でかわしていく。それだけでもかなりの賢さだとわかる。
「いやー、お主のところの料理はうまいな、誰が作っているんだ?」
お世辞かどうかはわからないが、褒めてもらうのはやぶさかでもないので、
「お徳さん!こっちに来てください!」
私はお徳を呼んだ。
「この方です」
お徳は部屋の入り口に正座で頭を下げた。
「お主がこの料理を作ったのか?これはこれは、本当に美味しいものを頂いた。感謝する」
お徳は、正座のまま、
「有り難きお言葉。これからも精進してまいります」
そう言ってお徳はゆっくり部屋を出た。
「それで、吉原様、どう言ったご用件なんでしょうか?」
これ以上の長話は不毛にもなりかねないので要件を聞く。
「?あぁ、そうだった、すっかり忘れておった。今日ここに来たのは1週間後に私の家に来てもらいたくて直々に会いに来たのじゃ」
「わざわざですか?どうしてそのようなことを?」
「それはまだ言えぬのじゃ」
「……」
これ以上の追求は失礼に値する。
「今日はお主とたわいもない世間話をしに来ただけじゃ。あまりかにするな。とにかく来週のこの時間ごろに私の家に来てくれ」
「わかりました」
何か裏があるのは間違いないのだが、それ以上考えることがめんどくさくなったので了承した。正確には何が起こりうるのか大体の予想はついている。あとは、それが当たらないことを祈るだけであった。
「あぁ、兼光君。私のことは義忠で、構わない」
「わかりました。義忠様、来週のこの時間に参上します」
「うむ。それでは帰るとしよう」
完全にペースを握られ、有無を言わせずに物事を決められてしまった。たしかに私に用事があるわけではない。家に娘を同伴させてここに来るということはおそらくは……、いやいや、それはいささか上手く出来すぎではないか?元の世界でも良香といるし、挙げ句の果てにはこちらでも同じ?因縁深すぎませんか?神様…、女子何千万とある中でこのペアしかないんですか!?いや、まあ、良香が、いやというわけではない。前述した通りあんないい子が私みたいなやつについて来てくれるだけでどれだけありがたいことか…。まさか、義忠様の娘さんが良香の先祖?だったとは…。人生何があるかわからないものだな。
ただ、私にも罪悪感とあうものはある。例え似通っていようとも、声が同じであろうともあっちの良香とこっちの良香では違う。それを分かった上で申し込めというのか?邪推というのは分かっている。それでも、頭を使ってしまうのは悪い癖である。
「お徳さん!夜にしましょう!」
私はお腹がへったから夜にするためにお徳に頼む。この時代に来て驚いたことに普通の貴族は朝と夜しか食べないらしく昼は基本食べないらしい。だから、お徳は最初はかなり驚いていたが、私になれたのかなんの文句を並べずに用意してくれる。
「兼光様、一つお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
お徳が改まって何かを聞く。
「なんですか?」
「どうして、私のようなただのお世話にさん付けなどするのですか?」
「いけないのですか?」
「はい、この社会には体裁とあうものがあります。あなた様はいささか逸脱しすぎておられる節があります」
「お徳さん。私はね、凝り固まった社会など嫌いなのですよ。私自身が自由にそして何にも縛られることなく人との関係を築きたいと思っています。たしかに私はあなたより身分は上かもしれませんが、あなたは私よりも年が上です。年が上の人を敬うことは、どのような社会でも大切です。年長を敬い、下のお手本となる。これこそが社会において大切なのです。あなたの言いたいこともわかる。ですがね、こんなにもお世話になっている人に無粋なことは言えませんよ」
「……そのようにおっしゃるのならこれ以上は気にしません。申し訳ございません、くだらないことを聞いてしまって」
「構わないよ。お徳さんとこうやって話すのは楽しいからね」
「私のようなものには勿体無い言葉を……」
「あなたには不十分だと思うんだけどね」
私は笑って過ごす。お徳さんは美人である。それは周りから見れば間違いなく人目をひくような美人である。それでも、今だに色沙汰がないというのはやはり身分的なことが多いに絡んでいるのだろう。歯がゆい時代である。
「次はこちらが下世話なことを聞くけど、お徳さんには色沙汰とかはないのですか?」
「ふふ、私のようなものにそのようなことはありませんよ。私はあなた様に仕えているだけで幸せですのに、これ以上の幸せはバチが当たります」
「はは、お徳さんらしい見方ですね」
「そうですか?」
「ええ、私から一つ助言なのですが、幸せはいくつあっても恨まれたりしませんし、バチも当たりませんよ。仏様も神様も幸せな人間を罰する権利なんて持ってはいませんから」
「そんなものなんでしょうか?」
「神様なんてそんなものですよ。大切なものも、守りたいものもなにもかも自分で作り上げるべきですから……。お徳さんは守りたいものはありますか?」
「……難しいですね。強いて言えばあなた様と私の家ですかね」
「親思いですね。そうだ。今度、お徳さんの家族を呼んできなさい。日頃の感謝を述べたい」
「いえいえ、そんな、大それたことはなさらなくても…」
「私はね、人の繋がりは大事だと思っているんだ。お徳さんのいる場所の意味を親御さんに伝えなさい。私は一度会ってみたいですから、どうすればあなたのような魅力的な方になれるのか。少しばかり興味がありますから」
お徳は押し切られたようで、観念して、
「そこまでおっしゃるのなら、日を改めてお伝えいたします」
「お願いね」
半ば無理やり押し切った話にお徳の親御さんは乗り気で、一度でもいいから、お目にかかりたいと言っていたらしく、あっさりと日程が決まった。吉原家へ行く次の日になった。
ここで間に何か話せばいいのだが、これといでて話すこともない、おそらく未だに私の言っていることが本当かどうかわかっていない古典学者が多いだろうから、ここで、私があの時最ものめり込んだことでも話そう。
高校時代から私は一つの目標があった。ある意味では夢とも言える。私はいつの日か人類が本当に世界に必要なのか、はたまた、もし必要なのなら、完成された政治体系、社会基盤、経済、ありとあらゆるものの完成形は一体なんなんだろうと考えたことがある。 ある意味では完成された社会基盤というものは自分の中で出来上がっていた。しかし、それを完成させると同時に私は思春期らしい疑問にぶち当たった。
『本物の正義とは何か?』
という疑問だ。正義、一言で言ってもそれは多種多様であり、答えが出ない問いである。でも、確実にわかるのは、資本主義、共産主義、社会主義、民主主義、いかなる社会基盤は正義を体現することはなかった。おそらくこれからもない。なぜなら、どの理念も主義も一つの結論しか導き出せないからである。結論…、それは金持ちはさらに金持ちへ、貧乏人はさらなる貧乏へ。これが真理である。結論で、理念である。だから、自ずとそこに正義が生まれるはずがない。無理やり作り上げた偽物で偽善に満ち満ちた、なにも知らなければみんな幸せを感じる。そんな、ハッピーで優しさに包まれた社会である。私はそんな社会は嫌いだ。だから、今の社会の枠にはまってしまうのだろう。ある意味この社会は自由だ。たしかに私はこの社会において神童で少しばかり非常識な男であるが、それでも、なんとかやっていける。もしこれが元の社会ならば偽善的正義の名の下に消されるのは目に見えている。だから、私はあの社会が嫌いだし、これまでの社会も嫌いだ。正義もなければ善もない。あるのは解釈と都合だけ。それだけで、人のほとんどを作り上げてしまう社会が憎かった。
ここまで語ってしまうと私にとっての正義も語る必要がある。が、それは、また後で語るとしよう。それでは話を戻そう。
突然の訪問より早くも1週間が過ぎようとしていた。私の家にも最近の流行りなのかどうかはさっぱりわからないのだが、お徳の計らいで陰陽師に毎日占ってもらっていた。
「あなた様は今日より苦難が多数訪れるでしょう。特に女難の相が出ています」
最悪だ。今から人に会いに行くのに…。この人は、かなり当たる。私がこの時代ともう一つの時代の記憶を持ち合わせていることを感づいている人でもある。
「あなた様の前世がよく見えませんが、未来がはっきりと見えます。恐ろしいくらい見えます。でも、それは、この時代ではありません。もっと、なんでしょうか、何もかもが充実しているのに、誰も笑っていません。馬よりも早いものにもなっています。あれは、なんでしょうか?」
私は、答えるのを渋ったが、これ以上隠すのはおそらくこちらが不利になってしまうかもしれないので、包み隠さず話した。彼は最初のうちは、半信半疑だったのだが、全て信じたのか、全てを納得してくれた。その点から見ると彼は信頼に足る人物である。でも、油断ならない。彼は彼で私の未来を知った。それはつまり、この時代にもたらしてはいけない技術を知ってたとも言える。そうなると、時空の歪みが起こらないとは限らない。もしかしたら私がここに来ることも歴史の一部という考え方もできるが、それはその時になればわかるだろう。
自分が行うべき業務を手早く済ませた私は迎えをよこして吉原様の家へ向かった。道中やはりこの街は賑わいを見せている。最近物騒な話はよく聞くし、なんといってもこの国の国家元首はあいも変わらず今も未来も変わらずなんら役に立っていない。今の国家元首は己の保身と欲のためだけに富を搾り取り、遊び呆けている。そう考えると未来の方がマシなのかもしれないが、まだ許せるのは富を1人のものにはするものの、実質的被害がこちらにないことである。それは救いでもあるが、同時にこちらに相手方の動きが見れないところにある。まぁ、干渉する気はさらさらないので、どうでもいいのだが…。
そんな静かな街を眺めていたのだが、俥に同乗していたこの時代に来てできた友人の明智 友則が、私の耳元で、
「なあ、兼光。最近この辺りで無差別殺生が起こっているって知っているか?」
「殺生?つまりは殺人か。いや、知らないが」
「そりゃそうだ。なにせ、その被害者の1人が現帝の隠し子だからな」
「な!そんなこと言っていいのか!?」
「いいわけないだろ」
「そんな、さらっと言いやがって」
「これで、お前も協力せざる得ないな」
「なにをだ?」
「もちろん検非違使とともに大罪人の逮捕にさ」
「あのなぁ、当たり前のいうけど、私達は国政とその他諸々を行わなくてはいけない身分なんだぞ?大罪人の捜索なんて検非違使やその他諸々に任せておけばいいだろ?」
「事はそう簡単じゃないんだ」
「そういうと思っていたよ、で、どう簡単じゃないんだ?話だけ聞いてやる」
「殺され方に問題があるんだ」
「というと」
「隠し子が殺される1月前から同じような事件があったんだが、関係ないとたかをくくっていたところに起こったから、朝廷も大慌て。本来なら事をうやむやにして鎮静を図りたかったのだが、帝がそれを許さず、朝廷内で事件解決を図るために直接行動隊が結成されたんだが…」
「人が集まらないんだな」
「そうだ。頭の切れる奴が1人でも入ればすぐに出た方がつくんだろうけど…」
「そうやって、私を横目で見るな。わかった。少し考えてからでいいか?」
「そうこなくっちゃ。頼みにしてますよ、神童さん」
「勝手に言ってろ」
「それじゃ、私はここで降りるとしようか。あー、兼光、今から会うっていうお嬢ちゃん、流すなよ」
「やかましいわ!さっさといけ」
「おお、怖い怖い。じゃあ、また会おうな」
友則はノリがいい。それは、この時代人としては有難いノリの良さで、たまに出る関西弁にも確かに最初は少し怪訝そうに聞いていたが、今ではそういうものだと理解してくれている。ここに来て良かったと思える事である。元の世界ではそういう風に打ち解けて話す奴はいなかったから嬉しいかぎりである。
吉原家は朝廷から程よく遠いところにある。俥で1時間ほどのところである。ちょうど昼ぐらいに着いたので元の感覚だと昼飯時だから迷惑かな?と思ってしまうが、この時代の人はもちろんのこと食べていないので、私は遠慮なく入る。
「おぉー、よく来たな!兼光くん。ささ、くつろいでくれ」
「ありがとうございます」
私の前に刀が出されるである。
「えっと、これは?まさか!?腹を切れというのですか?」
「はは、面白い事を言うな。お主には腹を切る必要もないし、私が望むことではない。その刀は我が一族に伝わる家宝でな、それをお主にやろうと思う」
「私のようなものにでしょうか?」
「そうだ。もちろん、刀だけを渡すわけではない。もうひとつもらってもらいたいのがある」
「はぁ」
「良香入った参れ!」
やっぱりねー。
「はい」
良香が入ってくる。
「えっとー、まさかですよね」
「そのまさかですよ。兼光殿。お主に我が愛娘をもらってはくれまいか?」
「……ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「構わないが」
「良香さんにです。あなたはそれでよろしいのですか?」
私は用意していた質問をぶつける。
「…これは運命でございます。私はあなた様のお側にお使いし、夫婦として生きていく事を決められているのです。私はそれに従うまでであります」
私は癖で頭をかこうとするのだが、帽子をかぶっているのでそれは叶わず、似たような行為をしてその発言に応答する。
「良香さん。私はね、運命なんてものは信じていません。もし本当にこれが運命なのなら、私にとってその運命を呪います。これは、あなたに出逢えた事を言っているのではありません。私自身の出自であり、私の持つ記憶でございます。それは、詳しくは話せないのですが、とにかく私は運命なんてものを信じません。そして、私とのこの縁談の話を運命という言葉一つで片付けると言うのは、解せません。私は、あなたのような人に一緒になってもらうことはこの上ない幸せだと思っております。向けられた愛は、甘んじて受け入れます。ですが、運命などと言う言葉の果てに向けられた愛を私は素直に受け取れません。もう一度聞きます。お父様の前で言いづらいのは百も承知でございます。ですが、ここはお願いです。あなたの本心を教えてください」
私は失礼に値するとわかっていながらこの事を聞いた。元の世界の良香は、素直でいい子だった。でも、このことは聞いた事なかった。彼女の方からと言うものの、どうして私にその愛を向けてくれるのかが、理解できないでいた。それが、小さな礫圧を生んでいたのだと今になって思う。
気づけば義忠様は部屋から出ていた。
「私は…。兼光様が好きでたまりません。私は兼光様が好きです。こんなにも人を愛したことはありません。実を言いますとこの縁談の話は私が無理を言って頼み込んだのです。覚えておられないと思いますが、私と兼光様は数回お会いしたことがあるのです。あなた様が3歳で私が5歳でした。そんな昔のことを覚えてないと思います。その時から私はあなた様の奥方にしてもらいたいと思っておりました。それも時が経てば少しは小さくもなります。ですが、三年ほど前です。私の夢の中に私にそっくりな女性が現れたのです。服装も髪型も何もかも今のこの時とは違いますが、彼女は確かに私に似ていました。そして彼女は独り言のようにこう言っていたのです。『光くんに会えるのならもう一度会わせて。早く光くんを返して…。ねぇ!早く目を覚ましてよ!』と、言っておられました。私はすぐにわかりました。彼女の言っている光というお方と私が好きでいる方は容姿が同じで、来世でも結ばれる運命だと思っております。だから、私の直感を信じてあなた様の奥方になりたいと思いました」
私はその話を聞いた瞬間、安堵から涙が出た。一つは元の世界の良香は無事であること。もう一つは私は、まだ死んでいなかった。ということは、私がこの時代に意識があるのは魂だけが飛ばされたのかもしれない。それを聞くとやはり、ここに飛ばされたのは何か理由があったからに違いない。あとは、その理由を探るだけである。
「どうして、泣いておられるのですか?」
「…」
私はそろそろ覚悟を決めるべきだと直感的に思った。
「良香さん。今から私の話すことを信じなくてもいい。だけど、聞いてほしい。その結果なんと言われようとも構わない」
「ええ、聞きますとも。包み隠さず、私に教えてください」
彼女の目は全てを受け入れようとしている目をしていた。
私の物語を語る上で大事なのは最初に言った通り、私はあの時代の人ではない。だから、こんなたわいもない物語が映えある物語に生まれ変わる。だが、同時にいろいろな弊害もあるが、それを説明するのはとてつもなく面倒なので話すのはやめよう。
彼女は人をやすやすと信じるような馬鹿ではないというのはわかっていた。彼女の目には全てを信じて、同時に全てを疑う心を持ち合わせている。だから、私の話をしっかりと聞いてくれた。そして、しっかりと向き合ってくれた。
「兼光様、いえ、光様。あなた様の本名で呼ばせてもらいますね。私はあなたの言葉を全て信じます。だって、私の好きで好きでたまらない人の言葉を疑う人がどこにいるんですか?あなたはおそらく私と似たもう1人の良香に恋をしておられるのでしょうが、私はそれでも構いません。あなた様が、元の時間に戻れるまでいくら時間がかかるかは知りませんが、私はあなた様のお側に居たいのです。ダメですか?」
「私は、正直に話ますと、元の時間の良香を忘れた日はございません。今でも会いたいと思っております。ですが、私は先ほども言った通り向けられた愛に応える自信はあります。それに、一つ安心してください。私は良香の代わりなど探しません。あなたはあなたです。姿形、声も似たようともあなたはあなたです。あなたが私を受け入れてくださるなら、私もあなたを受け入れましょう。だから、私から言わせてください。私の妻となってもらえますか?」
おそらくこの時代のやり方としてはあり得ない方法だろうが、私には関係ない。妻問婚という前時代的方法は私はいけすかない。だから、私は妻の持ち方もその方法も全て元の時代に合わせる。いや、ここでも、恋しいのかもしれない。正直に言おう。恋しい。ホームシックである。あの声が、あの音が、あの空気が、あの暮らしがその何もかもが恋しい。それでも、今、私は前に進もうとしている。おそらく、この一歩が始まりなのだろう。
そのあとは大変だった。泣き叫ぶ義忠様。まあ、こちらは嬉し涙なのだろう。それを見て楽しむ私と良香。付き合いたての楽しかったかあの頃を思い出して少しセンチメンタルな気分にもなった。
「ところで、兼光くんは従来の結婚の仕方を良しとしないと聞いたのだが、本当なのか?」
「はい。私は、出来る限り妻と居たいものですから。寂しがり屋なんですよ。それで、折り入って相談なのですが、良香さんを私の家へ迎えてもよろしいでしょうか?」
「はは!好きになさい。全ては良香と同じで決めなさい。私は反対はしない」
「わかりました。ありがとうございます。娘様を命に代えてもお守りいたします」
「そのいきだ!お主ならすべて任せれそうだな」
「ありがとうございます」
「それで、いつそちらに向かわせたら良いだろうか?」
「そうですね、早いに越したことはないのですが、明日はあいにくこちらに用事が入っておりますので、そちらの都合次第ということでよろしいでしょうか?」
「こちらはいつでも一向に構わないのだが…。まあ、2人で決めてくれ!わしは、金ならいくらでも出してやるからな!ははは!!目出度い!本当に目出度い!」
酒が入ってめんどくさくなる親父があると聞いたことがあるが、まさしくそのタイプである。正直めんどくさい。
私は、ふと外を見た。緑を綺麗にまとった桜の葉から所々月の灯りが溢れていた。その下に上を見上げながら立っている良香が目に留まった。私は、義忠様が、落ちていることを確認して外に出た。
「どうされたのですか?」
「いえ、少し、あなた様の世界が気になりまして…。こうやって、月は見えるのかなと思いまして」
「ええ、見えますよ。でも、こんなに綺麗じゃありません」
「どうしてですか?書物で読んだことがあるのですが、月はどこでも綺麗だと聞いたことがあります」
「確かに、いつの時代も変わらず綺麗なのですが、私のいた時間は人は皆病んでいるのです。ひたすら何かに縛られ続けている。ある意味ではここと変わりません。家柄に縛られ、自由を縛られ、身分を縛られ、ありとあらゆるものに縛られています。ですが、私のいた時間はそんなものよりももっと大きなものに縛られ、しかもそれに気付かされずに過ごしております」
「大きいもの?」
「はい。社会というものです」
「社会?社会とは何でしょうか?」
「例えるなら、今は帝の宣旨は絶対です。それは、私の時代で言うところの社会なのです。まあ、こちらの時代は言葉によって人を縛りますが、向こうは暗黙の了解です。つまり、これをやってはいけない、明文化されているわけでもなく、誰かに言われたこともないのに、何故かダメだと直感的に思ってしまう」
「それは、今でも、あるのでは?」
「もっと厳しいのですよ。もしあちらで行ったら、そうですね、こちらで言うところの左遷という形で罰を受けます」
「流されるのですか?」
「はい。ですが、肉体ではなく、精神的にです。京から太宰府ではなく、社会からその外側です。つまり、人であることを人の集団が認めないのです。それは、死と同義です」
「死、ですか」
「埋葬されることなく、誰かに覚えられることもなく殺される、それが、私の時代の常ですよ。そう考えるとこっちの時代、この立場は幸せですよ」
「あなたは、向こうの世界が嫌いなのですか?」
「…、はい」
あんな退屈で、何もない世界を好きな人はどこにもいないだろう。もしいたなら目を合わせて詰りたい。
「あなたには、家族がいないのですか?」
「ちゃんといますよ。でも、あまり語りたくありません。大事なものにも数えたくもありません」
「これ以上詰め寄りません。ほら、月が欠けてきました。そろそろおかえりになった方が良いかもしれません」
「そうですね。あー、そういえば、一つ聞き忘れたのですが、私と一緒にすみませんか?」
「つまり、私はここから出ろということですか?」
「つまりは、そういうことですね。嫌なら構いません」
「い、嫌だなんて、そんなこと言いません!むしろ嬉しいです!こんなにも好きな人と一緒に住めるなんて…、嬉しい限りです」
「そう言ってもらえたらありがたいです」
こうも好き好き言われると照れてしまってまっすぐ良香を見れない。こういうところはまだまだ子供だな。
「それじゃあ、またお迎えにあがります」
「はい。これから、よろしくお願いします」
良香は笑顔で私の帰りを見送った。
「なぁ、友則、嫁欲しくないか?」
「急にどうした。お前からそんなこと言うなんて」
「欲しいか欲しくないかで答えろ」
「欲しいか欲しくないかだったら、欲しいな」
「今、女はいるのか?」
「いたら、今頃幸せだよ」
「だよな、そこでだ、私が女を紹介しましょうか?」
「まじか!?」
「おうよ!」
「で、どこの女だ?」
「えっと…。私の世話係なんだけど…」
「美人か?」
「それは、私が保証する」
「なら会おう!」
「話が早くて助かる。明日にでも、私の家に来てくれ」
「わかった」
これは、私がお徳の両親に会う日の午前に話したことである。下世話なことをしているようだが、あの年となったお徳が、未だに誰とも結ばれないのはもったいない。だから、私は下世話なことを行う。
「よくぞおいでなさいました。お徳さんのご両親でしょうか?」
目の前にいるのはお徳の両親。2人の目には何かしらの興味と畏敬の念が宿っていた。
「まあ、そう畏まらずに楽しんでください。お徳さんも、今日は他の人に任せてこちらで楽しんでくださいよ」
私は、親子の会話を盛り上げる役に徹した。
「いや、このようなお方のお世話をさせてもらうなんて、お徳も幸せじゃの」
お父さんの方の、静馬 吉弥様は身分としては中の下で、決して高くないが、それなりの生活もできるし、巷で流行りだしている荘園なるものを持っている。そんな中で、お徳を私のところに置いたのは箱入り娘でそのまま何も知らないよりかは、少しでも高官のところで世間の勉強を兼ねて出されたそうだ。
「はい。兼光様は、今も触れてお分かりにいただからように優しく、そして、人情に溢れております。普通なら、このような席を設けるようなお方はいないのですが、兼光様は、私のような身分の者にもしっかりと面倒を見て、時にはこのような会を開いてもらえます。私は、兼光様に仕えて幸せでございます」
べた褒めだな。
「ちょっといいかな?」
私は、早めに話を切り上げ、本題に移る。
「お徳さん、あなたは、誰かと共に人生を歩もうとは思いませんか?」
お徳の箸が止まった。空気が凍りつくのがわかる。
「私は、あなた様のそばで一生仕えさせていただこうと思っておりますが…」
「その心意気はありがたいのですが、あなたのような美人をこのような者に捧げる義理はないのです」
「私を、追い出そうとしていますか?」
「違いますよ。あなたの人生を私のような者のために無駄にして欲しくないのです。あなたは、あなたの人生を歩んでいただきたい」
元々この人にはその権利がある。
「今更、私を娶ろうとするお方はいませんよ」
「そうでもないですよ。そこで、あなたに見合いの話を設けたのですが…。下世話なのはわかっています。少し、試して見てはいただけませんか?」
「願っても無い話ですが…、父上がどうおっしゃるか…」
私とお徳はお父様を見る。
彼は手を前に突き出して、どうぞ自由にと言わんばかりの仕草で答える。ついでにお母様の方も見ると、
「兼光様のようなしっかりしたお方の紹介であれば間違い無いでしょう。どうぞ、できの悪い娘ですが、よろしくお願いします」
友則よ、約束果たせそうだぞ。
お徳もまんざらでも無いらしく、どちらかというと乗り気だった。やはり、いつの時代も女性は結婚したいのだろう。セッテングはすぐできるので、また後日にするとして、次の日、私は、友則がこの前話していた例の事件についての調査団に志願すべく御所に出向いた。案の定友則もいた。
「やっぱり来てくれたか!」
喜んでるなー。
「まあな、暇だし、帝に顔を売るチャンスだからな」
「抜け目ないな。ま、足を引っ張られるなよ」
私が引っ張るわけではないんだな。
「やあ!君が高輪家の跡取りか」
私より2歳ほど年上と思えるお兄さんがやって来た。多分私より高官だろう。
「すみません。世知らずで…。どちら様で?」
「おい!三本家を知らないのか!?兼光、それは、失礼だぞ」
「三本…。あ!失礼致しました」
「わかればいいんだよ」
彼は三本 稔久。帝の叔父にあたる家系である。
「友則よ」
「なんだ?」
「どうしてここに集まっている人のほとんどが、こんなにも高官なんだ?」
ある部屋に全員いるのだが、ざっと見積もっても30人はいる。
「お前と同じ考えのやつだからだ」
「ですよねー」
ここに来て一つわかったのだが、誰も手を組んでことの解決にあたることはないと断言出来る。これは、骨が折れそうだ。
「それでは、皆様方。帝が待っておられますので、こちらの部屋に来てください」
全員で、割れが先と言わんばかりに早足で向かう。
「よくぞ、来てくれた!お主らが朕の息子の無念を晴らしてくれる者共か?ならば、よくやってくれ」
帝は顔を出すことはない。だから、私たちは帝の顔を拝むことなく、帝は奥に消えて行った。
「今回の件の監督を任された右大臣の三谷 信也だ。話は聞いたの通り、帝の子供が何者かに殺された。巷で起こっている5件の殺しと、関連していると思われる。なぜなら、殺されたものが全員同じ歳だからだ。ひと月に1人必ず殺されている。つまり、始まったのは、半年前。歳は、安南皇子と同じ歳の13でした。そこから始まる同じ歳ばかりを狙った殺しは、全て首を縄のようなもので縊られて殺されております。しかし、皇子だけは、皇子の刀で惨殺されました。皆様方には、犯人を見つけてください」
簡単な説明だが、重要な情報はいくらかあった。あとは、そこから幾らか推論を立てるだけである。
「わかった!」
だれかが、声をあげる。
「これは、呪いの仕業だ!そうだ、呪いでなくちゃおかしいんだ!人が死ぬのは呪いのせいだって、大陸の本で読んだことあるぞ!」
馬鹿馬鹿しい。しかし、この時代の人はその発言に真剣に耳を傾け、討議する。すると、友則が私の耳元で、
「この件、どう思う?」
「そうだな、少なくとも、呪いのせいではない」
「だよな、でも、そう考えても仕方ないんだ」
「仕方ない?」
「そうだ。皇子は帝の隠し子だ。つまり、不倫の末生まれた子供というわけだから、朝廷側としてはなんとしてでも隠したかった。でも、帝からのご依頼だから、断れなかったんだ。それは、ともかくとして、皇子の母は、皇子を産んだあと、誰かに殺されたんだ。そこから考えたんじゃないか?」
「ふーん。人に歴史ありって、そのことなんだな。だったら質問。もし仮にその呪いの正体が、皇子の母なら、どうして皇子と同じ歳を狙うんだ?普通なら、殺した奴と同じやつか、似たやつを狙うだろ?」
「…もしかしたら、皇子自体を連れて来たいんじゃ?」
「それなら、最初っから皇子を殺せばいい」
「だよなー。じゃあ、お前はどう思うんだ?」
「呪いではない。これは、かなり複雑かもしれないな。どうだ?私と一緒に行動しないか?」
「もとよりそのつもりなんだが」
「なんだ、てっきり友則は帝に顔を売りたかったのかと思ったよ」
「それもあるが、それは、お前さんと一緒にできるからな」
「じゃあ、早速捜査を始めよう」
「どこから始める?」
「まずは、現場を見る」
「現場?」
「そう。皇子が殺された場所を見たあと、他の5人の現場を見る。それで分かればいいけど、多分一筋縄じゃいかないだろうな」
もちろんこの時点で仮説はある。
おそらくこの事件の犯人は、13歳である。つまり、子供だ。そして、朝廷内部に精通して、皇子の秘密も知っている。そして、夜か昼かは知らないが、外に出てもバレない人物…。いや、まさかな。
三谷さんのおかげで、自由に行動ができ、すぐにでも現場に入れた。誰もいなかった。それもそうだ。あの場に来ていた人々は全員が呪いのせいだと思っているらしく、あれこれと突拍子も無い推論を出し合っている。
「それじゃ、友則くん、この部屋のおかしな点を探してみよう」
おっと、ホームズの真似をしてしまった。この時ばかりは、友則がワトソン君に見えてしまう。
部屋は、10畳くらいで、皇子の部屋だった。特に目立つところはなかったが、どうも違和感があった。他の男の部屋とは決定的に違う何かが、ある。
「この屋敷の管理者を連れて来てもらえないかな?」
私は、従者に頼みごとをした。
「わかりました、すぐにでも」
私は、部屋を歩き出す。花が多い。部屋が彩られている。まるで、女子の部屋ようだ。
「兼光様。お連れいたしました」
「ありがとう。下がってくれたまえ」
「は!」
従者を下がらせて管理者を入れた。
「この場所はいつもあなたが?」
「はい」
「皇子はいつぐらいからこの部屋で?」
「来た時からです。確か、庭の花が綺麗だからここにしたいと言い出しまて…」
「最近皇子に変わった様子は?」
「半年くらい前から異常なまでに元気でしたね。まるで、悩みが吹っ切れたような顔をしてらっしゃいました。ある日私が気になって質問をして見ると、生きてる実感がするとおっしゃっておりました」
「生きてる実感ですか…」
「はい」
「そういえば、あそこにおいてある筆は皇子の趣味ですか?」
私は窓際に置いてある筆立てを指す。
「はい。最近筆を集めるのに熱心になっておられたらしく・・・」
「なるほどね」
「そういえば、あなたから見て皇子はどのような方でしたか?」
「そんな私みたいなものが語るのにはおこがましいばかりですよ」
謙遜しながら手を左右に振る。
「死人が文句など言いません。ここだけの内密です」
従者もこの時代の人間。呪いが怖いのも分からなくはない。しかし、この事件と呪いを一緒くたにしてはいけない。
「皇子を知らなくては、答えは出ません」
もちろん嘘だ。
「さっきも言った通り、半年前から異常なほど元気で今までの寡黙さがなくなっておられました」
「半年前までは寡黙だったんですか?」
「はい。時々帝様にも文句を言っておられましたし、何より目に力がやっどておられませんでした。今思えば、それは帝様の隠し子という悲しみからでしょう」
演技が上手だが、所々で従者の目が泳いでいた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、このようなものの言葉で皇子を殺したものを捕まえれるならいくらでも」
そう言って下がっていった。
「兼光、何かわかったか?」
「そうだな、考えはある。おそらく間違ってはいないが、全てを見てから決める。まだ、あと一つの欠片がなくてな、それが揃えば完成なんだが…。まあ、次に行こう」
「そうだな」
「頼みますよ。ワトソン君」
「どういうことだ?」
「いや、こっちの話だ」
皇子の部屋を後にしたが、友則は、これ以上は用事とかなると言って、帰っていった。帰り際にお徳との見合い話を手短に話、また詳しく話すといって帰っていった。私は、一度御所に戻り、少し整理しようとした。
御所に着くなり、向かい側から帝の奥方がやって来た。私は、頭を下げ、見送りする。その時、奥方の手は、着物で隠れていたが、少しめくれた時、確かに見えた。包帯に似たものを巻いていた。それは、怪我を隠すものである。
「なるほどね」
ほとんどわかった。でも、追い詰めるためには、帝と奥方の過去を掘り返す必要があった。
その後は、一応自分の仮説の立証のために現場に赴くが、やはり自分の考えで間違い無いだろう。
私は、簡単な事件は嫌いだ。それは、元の時代にいた時からそう感じていたことで、ここに来る前までは、推理小説を読んでも途中で犯人がわかってしまって、面白くなくなることが多々あり、つまらないと感じていたが、実際に事件に会うと、楽しい。趣味で勉強した犯罪心理学を使って、相手の心を見ていくのは楽しい。特に猟奇殺人鬼なんかの心は見ていて楽しい。おそらく自分にもその素質があるのだろう。相手に共感する力はあるが、あいにく世の高校生のような何もかもに同情し、哀れむ力はない。その点から人との間に溝ができたのだろう。
価値観の違いは、人とのすれ違いを生みやすい。なんてことは上手に言ったものだ。おそらくこの事件もその価値観の違いと時代という因習から起こったことなのだろうが、犯人が少し、猟奇的すぎる。まあ、まだ、カニバリズム思考ではなかっただけ救いだろう。
次の集会で全ての真実を話すつもりだが、それまでに三谷さんに聞かなくてはならないことがあるため、私は、三谷さんのところに行くことにした。
「三谷様」
「お?どうしたのだね?君は確か…」
「すみません。紹介が遅れました。高輪家当主の高輪 兼光です」
「あー、あの神童の。そんな君がここに来てくれて助かるよ。なんて言ったって、ここに来た連中のほとんどが、帝様に顔を覚えてもらうために来たと言っても過言ではない。挙げ句の果てには桧並様の呪いのせいだと言ってしまっている。まともに考える気はないのです。それで、あなたは、私に何かを聞きに来たのでは?帝様からあなたには聞かれたことは余すことなく全てに答えよと指示を承っております」
「はい。おそらく予測しておられたと思われますが、その、桧並様の話を聞かせてもらえませんか?今回の件に関して重要な役割を果たしてもらえる話だと思うので…」
やはり、と言わんばかりの顔をして、私を別室へ招待する。
「今からお話しするのは私が知ってあることです。それはあらかじめご了承ください。事は15年ぐらい前になります。現在の奥方である、松江様とは、帝様が一目惚れをして現在に至ります。ですが、今でこそ愛妻家の帝様は一度だけ魔がさしたことがあります。つまりは、他の女と、関係を持ってしまわれたのです。その結果産まれたのが安南皇子でございます。つまり、桧並様の子でございます」
「問題はその後ですね?」
「はい。安南王子の存在をバレぬように桧並様は我が子を連れ、〇〇寺に出家なさいました。そのまま過ごしていれば、何も起こらなかったのかもしれませんが、ある日、桧並様は帝の目の前まで刀を持って入っていき、こう叫ばれたのです。『例え帝でも、嘘をつけば罰が下ると思い知れ!』」
呪いの言葉だな。本当に。
「その後が不思議なんだ」
「不思議…ですか?」
「そう、不思議なんだ。取り押さえられた桧並様は牢に入られたのだが、厳重に監視していたはずなのに気づいた時には…」
「消えていたんですね」
「そうだ。焦った番兵はそのことを周りに知らせて探して回った。その時は御所の中も荒れたものだ。謀反人が逃げ出したんだからな」
「見つかったのですか?」
「ある意味では見つかった」
「と、言いますと?」
「体の半分と首の半分だけの状態で見つかった。縦半分で切られていた。左半分だけしか残っていなかった」
つまり、切断死体。しかも、かなり猟奇的だ。
「その後はどうなったんですか?」
「桧並様には体の左半分には元々あった痣から桧並様とわかったのだが…」
「痣…ですか」
「胸のあたりにあるのだが、それで確認したんだ」
「まるで、自分が確認したような口ぶりですね」
「私が、最初に発見した。昼過ぎくらいに御所の中を散歩の最中に見つけたんだ。恐る恐る確認してみると、騒ぎになっていた桧並様だった。これが、私が知る桧並様の事件の話だ」
「犯人は見つかったのですか?」
「いや、分からずじまいだった」
やっぱりな。
「最後に質問ですが、番兵は今どうなっていますか?」
「変なことを聞くな」
「答えてください」
「確か、少し前の反乱の時に討ち死にした筈だ」
これも、予測した通りだ。
「ありがとうございます」
私は一つ聞きたかったことを思い出す
「今思い出したのでしですが、5人の死体の状況を教えてもらえませんか?」
「あー、そうだったな。まだ知らせてなかったな。一緒くたにして話いいのだが、全員髪を切られていたのだ」
「切られていた?刀でですか?」
「いや、正確には、むしり取られていたんだ」
ありがとうございます」
「こんなのでいいなら、いくらでも話そう」
「お願いします。今度は、このような形ではなく、一個人として話したいです」
「そうだな、また、いつか話そう」
私は、話を切り上げて、帰りの準備をして、家に帰った。正確には、帰る前に寄り道をした。もちろん、あの家にだ。
「今日も来てくださったんですね。いつ来るか、いつ来るかと待ち望んでおりました」
「そんなに、待たれても、何も出ませんよ」
「私に、これ以上何を貰えると?これ以上の幸せはありません」
「こんなことで、幸せを感じて貰えるなら、いくらでも、与えてあげますよ」
「私は、簡単な女ですか?」
深刻そうな顔をして尋ねて来る。少しその回答に困った。
「ある意味では簡単です。でも、あなたは、難しい」
「光様らしい答えですね」
久しぶりに呼ばれる名前に少し反応が遅れてしまう。
「良香様、私は、兼光でございます。光という名は向こうの世界の名でございます。私は、向こうの世界から左遷された身です。その名はもう、私にふさわしくありません」
左遷という言葉は本来の意味をさしてないし、何か悪さをしたわけでもない。飛ばされるという言い方も嫌いなので、私は、悪意を込めて左遷という言葉を用いた。
「そうですね。でも、私は、どうしてか、光と呼ぶ方が良いのです。懐かしい感じがしてなりません。未来の私と繋がっているのでしょうか?」
「まあ、そちらの先にお呼びになってください。何度も言いますが、今のあなたが、好きですから」
顔を赤らめている良香を私は、そっと抱き寄せる。
「良香、私はね、あなたを守っていたい」
「……」
私は、こんな時、どのような行動をすべきなのかは自分でも分からなかった。でも、そんな時に限って、風の匂いが鼻に付く。ふとした瞬間に良香の匂いがした。元の世界の良香の匂いがした。その匂いは今、ここにいる良香と同じ匂いがした。
「あなたも、私のことを良香と呼び捨てのままでいてください」
私は、3時間ほど良香と語らった。主に私の元いた世界のことである。思想、世界の広さetc…。ありとあらゆるものを知りうる限り話した。元々良香には、知識というものが好きであったからかみるみる飲み込むようになった。横文字の説明はやはり分からないことが多かったが、少しずつ理解して来ている。やはり、それを日常会話に投げ入れるのはまだまだ先である。
そんな中でも特に、良香は、哲学的思考に優れていた。
「光があるから、そこに闇がないというのは間違えた考え方というのはわかる?」
「どういうことでしょうか?」
「闇というのは一般的に光がないから作られるもの。例えば白昼に太陽の光が当たらないところがあるのはわかるよね?」
「もちろん」
「確かに、そこは闇だよ。でも、それは物としての闇、この言葉はね、人の心のことを指しているんだよ」
「心?」
「そう、人のどこにあるか分からない心の闇。未来の世界では、ありとあらゆる物事が快適になっていったんだ。例えば、夜中に蝋燭ではなく、もっと別の明るいものを使ったり、馬よりも早い乗り物を乗ったり…。人は、どこにでも行くことができるようになるんだ。海の向こうにある大陸の大国へも楽に行けるようになる。でも、その分人との心の距離だけは離れていったんだ。その離れた分だけ、闇が陰る。人はものを持つという幸せな反面心の幸せを放棄してしまったんだ。つまり、人は自ら進んで闇を受け入れたということになる」
「光は元の世界が嫌いなのですね?」
「そうだね。私は、あの世界が嫌いだ。人々は与えられる幸せに甘んじて、苦しみというものから逃げることを人生と思っている」
「私は、向こうの世界がどんなところかは知りませんが、いつの時代も人は苦しみたくないものですよ?」
「肉体的苦しみと精神的苦しみの二つの両立は人の成長を促す。苦しみから逃げることは構わない。問題は逃げ方なんだ」
「逃げ方?」
「元々からなっかたことにするんだ」
「無かったことにですか?」
「初めからそこにはなく、例えあったとしても蓋をして見なかったことに、考えないでおく。憎いものには蓋をして、綺麗なものはさらに綺麗に。私の時代では、こんな考え方があるんだ。醜いものほど美しい。醜態美と言われるものです」
「醜態美ですか。でもそれは、美しいものなのですか?」
「これは、いわゆる美しい物の終局とも言える。だったら、最大の美しさとは何か?花の色か?否、人の『死』だよ。誰かの為に生きた人間がその誰かに看取られてゆっくりと死ぬ。戦さ場で死ぬような名もなき死に方ではなく、誰かに見守られて何の未練もなく笑顔であの世に行ける。それが、結果的に醜態を晒すような人生でも、よかったと思える。これが最良の人生、と言える」
「もしその生き方が正しいのなら、私は、看取ってもらえる、看取れる人が居ますからね」
それは、言うまでもなく私の事だろう。嬉しい反面どこか悲しくもある。
「良香は、前向きですね。そんな前向きな姿勢は、憧れますよ」
「こんなことにでも前向きに生きないと、神様の前には、行けませんよ」
「・・・神様ね」
私は、神が嫌いだ。こんな世界に飛ばされたことを、心底憎んでいるが、少しは感謝している。
まあ、ここでフリードリヒ•ニーチェの名言ともいうべき発言を、良香の前で言うだけの度胸は、持ち合わせていなかったので、ここで書いておこう。
『神は、死んだのだ』
だんだんと、暗がりが増えてきた。この時代は、夜になるとかなり涼しい気がする。(時代が関係しているとかってそう思っているだけである。知っている人がいれば、教えてほしいものだ。Yahoo!の知恵袋あたりで)
そろそろ帰ろうかと身支度をしている頃、
「そういえば兼光さん、風の噂で聞いたのですが、最近巷で横行している事件の捜査をしていると聞いたのですが本当ですか?」
昨日の今日で早すぎるが、別に隠すようなことではないな。
「やっていますよ。さっきに行っておきますが、私が襲われる心配は、しなくてもいいですよ。今回の件に関していえば、襲われることは、ありません」
「本当ですか?」
「はい。少なくとも犯人から襲われることはないです」
「もう、犯人が分かったのですね!?」
「まあ、ある程度は」
私は、話さないべきだと思ったので、笑って過ごした。
さて、日が暮れて、日が昇るという単調な作業を毎日繰り返しす、太陽を見ながら夜を明かし、朝早くから朝廷に赴いた。思っていた以上に人が集まっていた。やはり議論の的は、桧並様の呪いについてだった。すぐに友則を見つけることができた。
「で、兼光はもうわかったのか?」
「ま、ある程度は。でもまだ確認しなくちゃいけないことがある」
「なにを?」
「まず1人目に帝の奥方、そして帝ご本人だ。特に奥方には、聞いておきたいことがある」
「どれ話してみな」
「まず一つ目に胸の痣の確認。証言ぐらいかな」
「わかった、取り付けてみよう」
「お前にそんな権利あるのか?」
「まあ、みてなって」
数十分後には奥方の前にいた。
「それで、私に話を聞きたいと言ったのはどちらですか?」
「雛絵様、私でございます。私は、高輪 兼光と、申します。早速ですが、無礼かもしれませんが、貴方様の胸のところに痣はあるのでしょうか?」
「ええ、ありますよ。それがどうかされましたか?」
本来なら確認したいところなのだが、もちろんこれ以上の無礼は、この後に響くので、遠慮しておいた。
「後もう一つ、貴方様は、安南皇子の存在は、ご存知だったのですか?」
少し空気が凍りついた。
「答えなくては、いけないのですか?」
「答えてもらは無くても構いません。ですが、あなた様のことにも触れないといけません。適当なことで誹謗中傷をされたくはないでしょう?」
「わかりました、話しましょう。正直に言って存在は知っておりました。だって、私の姉の子ですから」
私の内心のことをここで言っておく。ガッツポーズだ。
「私と姉は、どちら元に行きました。先に寵愛を受けたのは、姉でございます。ですが、姉は、自由な人で、帝の寵愛を受けながら、他の男ともおりました。そんなある日、子供を宿した姉と私は、喧嘩をしました。些細なことです。語るほどのことでもありません。結果的に私が帝に正妻として受け入れられ、姉は、隠し子・・・つまり安南皇子と共に〇〇寺に行きました。その後のことは、知っての通りです」
「最後に、どうして手を?」
「これは、包丁で誤って傷つけてしまったのです」
明らかな嘘でも曲がり通ってしまうのがこの時代の恐ろしいことである。
「さて、友則。そろそろ解答編に移ろう」
「待ってました、それじゃあ、三本様に伝えてくる」
「頼みます」
これも数十分も経てば帝と奥方含めて全員集まっていた。
「お集まりいただいてありがとうございます。私は、高輪 兼光と申します。僭越ながら、今回の件の解決をさせてもらいます。あー、正確には私個人の考えを話させていただきます。それが正しいかどうかの判断は帝がご判断ください」
私は帝な挨拶したあと、役者が揃っていることを確認した。あちこちからいろんな声が聞こえるが、すぐに声はやんだ。おそらく試してみようというのが彼らの本音だろう。
「今回の件において重要なのは、前半と後半に分けることです。前半・・・、つまりは半年前から始まった5人殺しの件と後半は安南皇子の殺しの二つです。前者の方は単純極まりありません。ですが、後者の事件は、少しややこしいです。前半の犯人を言いましょう。安南皇子です」
私はサラッと言いのける。案の定ざわめいた。
「あの5人の殺され方は全てにおいていくつか共通点があります。一つ目は、全員首を絞められていました。おそらく縄のようなものでしょう。木の棒に縄を通して何周か巻きます。くくった後それを凶器に使ったのでしょう。その後の証拠隠滅は簡単ですから証拠も残りません。髪がむしり取られていたのは、筆の材料にするためです。動機を話しておいた方がいいですよね?さっと言いましょう。安南皇子は、男性好きです。そうですよね?帝様」
私は、帝に確認する。
「そうだ」
「あなた様は、安南皇子に私が言ったことの注意をなさいましたね?」
「そうだ、どうしてわかったのだ?」
「安南皇子にとって同性愛は、生きがいだったのです。初めはわかりませんでしたが、安南皇子の部屋に入って気付きました。花です」
「花?」
「偏見かと思われますが、実際のところ花が好きな男性の同性愛率は高めで、安南皇子を同性愛者と前提条件として置くと全てが繋がりました。殺し方からも男性に対する愛情さえも感じます。例えば筆の毛先が人毛でできていること。被害者が全員男性であること。首を絞めて殺すこと。女性が犯人の線を考えて見ましたが、いくつかの点で手詰まりしました。その点については、省略させていただきます。そろそろ、凶悪犯である安南皇子を殺した人を言いましょう」
私はもう一度帝の方を向いて奥方がいることを確認する。
「安南皇子を殺したのは、三本様あなたですね」
どうだ?騙されただろ?
最初から暗かった雰囲気が安南王子が犯人と露見した時点で暗くなったのに、三本様と私が行ったことによってくらみに磨きがかかったのを、肌で感じた。それでも真実が私を作り上げると感じているのでそのまま続ける。
「私が一番悩んだのは犯行現場でした。皇子の部屋に入った時たしかに血痕があったのにあってもいいはずのもがなかったのです。皇子の死に方は、惨殺でした。刺されたからには一つくらい床に傷が残っててもおかしくない。しかも刺された箇所が多い割には血痕の数が少ない。そこで、犯行現場が別の場所にあると考えました。その場所は、帝の奥方の部屋でした。傷がないのはわかっていましたし、例えあったとしても次の日には入れ替えていると考えていました。案の定畳の一枚だけ妙に新しいのがありました。
さて、これだけでは奥方が犯人になりかねないので、安南王子が殺された日、何が起こったのかお話ししましょう。おそらく奥方は安南王子が犯人であることに気づいたのでしょう。気づいたのがいつかは知りません。そして奥方は手紙でその旨を伝えました。その結果安南皇子は口封じのために奥方を殺しに向かいました。そしてことがすぐに起こった。奥方の手の傷は、抵抗したときについたものです。さて、そんな中どうして三本様が犯人と思ったかと申しますと、あなたしかいなかったんですよ。誰にも怪しまれることもなく、全てを成せる人物はが。畳を入れ替える指示も、滅多刺しにした安南皇子を運び入れるのも。
この事件全てを解くには、15年以上前に遡らなくてはいけません。つまりは、桧並様の呪いといわれるお話です。あの一件の話は皆様もご承知のことだと思いますので割愛させていただきます。あのとき帝様があっていたのは桧並様では御座いません。全て雛絵様で御座います。おそらく困惑なさると思いますが、桧並様は存在しても、帝は一度もあっておりません。おそらく、帝様への最後の言葉も雛絵様で御座いましょう。では、三本様がご覧になったのは、2人の共謀でしょうか?そうです。死体を縦半分にしたのは、桧並様と決定しきれるだけの証拠があったと考えるべきです。さて、その証拠とはなんでしょうか。一目瞭然で、隠し等せるものではない、おそらく火事などによる崩れた顔でしょう。では、どうして安南皇子を隠し子にしなくてはいけなかったのか。そして、どうして今回の件に三本様が関わったのか話さなくてはいけません。雛絵様が生んだのは双子ですね?もうひと方を見たことはありませんが、弟の方が安南皇子ですね。それではなぜ隠さなくてはいけなかったのか。あなたは争いを憎むからではなく、矛盾に気付いたからです。帝様は完全に桧並様も孕んでいると思っておられました。ですがそれが嘘と分かればその真実を確かめられる。そうなって仕舞えば全ての計画が崩れてしまう。それを避けるためには2人孕まなくてはいけなかった。幸運にも双子が生まれ、その片方を隠した。もう一つ幸運が起こります。双子とは言えども、似ていなかったのです。もう1人忘れていましたね。三本様と・・・」
「もういい!!!」
三本様が声をあげた。
「もういい。私が殺した。私が犯人だ。見事な推理だよ。全てその通りだ。否定のしようがない。唯一の救いは、証拠がないことだが、それもすぐ見つかる。もう諦めましょう」
「帝様、私の話を最後まで続けます」
一見無慈悲にも思える私の発言に顔色をさらに変えた三本様だったが、止めようとはしなかった。
「安南皇子を殺したのは、たしかに三本様ですが、あれは防衛をしたまでです。つまり不可抗力で御座います。この件において罰せられるべき人はおりません」
私はある一つのことを隠した。
「どうか、この件の始末をおつけになってくださいませ」
私は帝に判断を仰ぐ。顔が見れないため、色はうかがえないが、いい色ではなさそうだ。
「朕はこれ以上の犠牲は好まぬ。三本を一つ位を下げ、この件は終わりにする」
「帝様!私は?私を罰しないのですか?」
「聞こえなかったのかい?これ以上誰にも罰を与えない。朕はそなたを愛しておる。そんなそなたを誰が罰しようか?」
「失礼いたしました」
全てが終わって私の中に残ったのは、とてつもない虚無感だけだった。
本編も終わりにしようと思うから、私がいた時代に最も勉強したことを話そう。私は、ひとつだけ人生を賭けて見つけたいものがあった。『完成された社会。人間の成れの果て』について答えを得たかった。ある作家がこうも言っていた。『全ての行動が意識の外側になることによって行動の全てを自明化させる』つまりが人が人であると言う特権意識というものを奪うということだ。それを死と同義であると捉えるか、もしくは進化と捉えるかは、時代が決めることであり人が決めることではない。
もう1人の作家は、1人に全国民の憎悪を向けさせて、他方では、戦争を続ける。敵への憎悪ではなく、存在するかどうかすらわからない者への憎悪。憎悪週間と言うのを設ける。存在するかどうかもわからない政府の存在は人々の中ではどうでもよく、唯一信じるのはテレスクリーンから流される前日とは異なる情報。二重思考というのを常に用いて生活する。そこには、歴史というものには価値はなく、2+2=5という答えを信じつずける。
この二つは異なるというのは誰にでもわかる。前者全てのものに0を掛け、人の意識をなくす。後者には異常なほど大きいな数字をかけ、常に負荷をかけ続ける。どちらが幸せなのかは所詮今の私たちにはわからない。肉体年齢15歳。精神年齢30歳のおっさんはこんなことばかり考えてしまう。いつの時代も人は死ぬし。争いは絶えない。唯一違うの死ぬ人数だけである。この時代から1000年後には、一発の砲弾で10人殺せるが、一本で1人。効率の悪い殺し合いである。そのかわり殺人に関しては、どの時代も変わらない殺されるやつがいて殺すやつがいるだけで、動機も変わらない。あるものはお金のため、(この時代は米のためとも言えるかもしれない)愛のため、己のため。いつの時代も猟奇殺人鬼はいるし、どの時代もそれを捕まえる奴もいる 。猟奇殺人機の心理はやはり同じだった。今回の件はただそれだけだった。だからこれ以上この件については触れないでおく。
おっと、これだけは触れなくてはいけない。後日朝廷へ呼ばれた私は、令外官に任命された。いわゆる警察的役割を任された。長官を私として、副官を狙っていたのかわからないが、友則に任命された。そのほかの部下が検非違使から来た。
この後も色々と事件があったが今回では、語ることはない。
「ここが私の家です」
良香を迎えに行った私は、荷物をまとめさせ私の家に来させた。やはりこの時代ではあり得ない考え方らしく、変な目で見られたが、良香の方はまんざらでもないらしく、すぐに周りも馴染んでくれた。むしろ私と良香の中を羨む人が多いくらいだ。一方お徳さんと友則の方はこれまたうまく行ったらしく、あちらも仲のいい夫婦になった。
この後には特に何も起こらなかったというべきだろう。毎日を思案の日々で少し飽き飽きしていた頃に良香からある提案があった。
「あなたがいた世界のことと、ここの世界のことを書き綴って見てはいかがですか?」
「つまりは、私の伝記を書くということですか?」
「はい。あなたの存在を後世の人に教えて差し上げるのです」
「確かにいい考えだな。少し考えとくよ」
結果的に筆をとってしまった。今こうして書いているのはもう年もいって現在58になってからである。合計して75年以上生きていることになる。すこし長生きしすぎたな。そこまで生きるといろんなことに悟り出す。未だにここに送られた意味も目的も分からず、ただただ気まぐれに毎日を生き、やることもなくよしかと話して1日を過ごす。令外官の座は、息子と、友則の方に譲り、俺と友則はただの名ばかりのおっさんとなって行った。和歌を富むことの才能には全くもって恵まれず、唯一文章だけはなんとか認めてもらえた。時代にあった文学を書いて良香に読んでもらい、それをネタに話していた。これもネタのするつもりだったが、これは〇〇寺の方に納品しようと思う。書き始めて気づいたことがあるのだが、元の時代に見つかった文章は自分で書いたものであったことにすこしばかり驚いた。だけど、この時代にきた時から薄々は気づいていたのかスムーズに筆を取ることができた。だから今こうして書くことができているし、自分の全てを見ることができた。
っこんなことを書きながらふと思ったのが、自分には何もできないと思っていた向こうの時代に生きることにも絶望していた。その結果、良香と喧嘩別れして、そのまま私は良香をかばって死に(?)ここに記憶を持ったまま飛ばされた。不幸なのか幸運なのかは分からないが、こちらでも最愛の人にそっくりで、しかも同じ名前の運命さえも感じてしまう人に出会えたことさえも幸せに感じる。私は、この世界に来れてどれだけ幸せだったことだろうか。向こうの世界では味わえない幸せに胸がいっぱいになる。誰かを守ってその誰かに看取られて死ねる世界の実現はそんなに難しい事ではないのかもしれない。私はあとは死ぬだけである。ほかの物語が書けるかどうかはこの世界を全うして万が一にでも戻れた時に新しく語ろうと思う。その時までお楽しみにと言いたいのだがやっぱり良香との会話を入れたい。
「私の人生に意味はあったと思う?」
私と良香は家の縁側に座って月を見ている。大きくて明るい月だ。2人で見るのは日課というかお互いの心が近ずく気がして好きなのだ。
「それを決めるのは自分ですよ。私のような人間にあなたの人生を語ることなんてできませんよ」
「正論だね。人生は楽しかった。幸せだった。君のそばにいれたことが何よりも幸せだった 。こんなにも素晴らしい人生はあの世界では考えることもなっかた。この世界は私を変えてくれた。それがどんなに幸せなのか・・・。あー、この世界は幸せに満ちているね」
私は感動のあまり泣きそうだった。泣きはしなかったが、この世界が良香が愛おしくて仕方がなかった。
「私は運命を信じるようになったよ」
「光。私は最初から運命を信じていましたよ。あなたに出会えたことが何よりも運命ですから。元の世界の良香さんも運命と思っていますよ。さあ、そろそろ帰宅の時間じゃないですか?」
この言葉に私は理解できなかった。だから生返事になってしまったが、これを書きながら理解した。
私の家はここともう一つあるのだと。もう1人の良香のところへ。私は帰れるかは分からないが、願うしかない。
「なあ、良香。私はこのままここにいたいと思うのだが許してくれるか?」
「いけません。人との約束は守ってください。私は十分幸せですから・・・」
「わかった。ありがとう良香。これは頼みなんだがいいか?」
「何なりと」
「私ののために一つ歌を詠っては貰えないか?君の好きなようにしてくれ」
「わかりました」
この時の良香の目に涙が浮かんでいたが、私は何も言わずにじっと待った。良香は泣いていた。月夜に照らされた良香の涙は美しいものだった。
「光。行きます・・・」
良香はこちらを向き笑顔でこういった。
「愛してます」
この度はこの本を手にとっていただきありがとうございます。 そして、私の思想に大きな影響を与えてくださったジョージ・オーウェル氏、伊藤計劃先生に感謝します。
推理小説と恋愛小説という二つのジャンルを混ぜることによく思わない人も多いかもしれません。ですが小説は自由で、羽を伸ばせるものと思っています。
もともと小説を書こうと思ったのは3人の小説家のおかげとも言えます。まず推理小説を書こうと思ったのが、かの有名なコナン・ドイル氏。2人目が日本の探偵として有名である金田一耕助を書いた横溝正史先生です。3人目は西尾維新先生でどれも私にとって忘れがたい先生方です。ほとんどがなくなっておられますが、私のような先生方からしたら知る由もなかった人間に希望を与えてくださってありがとうございます。
この場を借りて感謝します。
これからも書き続けていこうと思いますので気が向いたらまた足を運んでください。