第四話(中編)
「うむ、ここから一番近い山の中腹にある洞窟、そこが奴らのアジトじゃった。狩人の話じゃ、山の足跡の数から察するに、敵の数はおよそ三十体程との事。十万などとんだホラ吹きだと確信し、翌朝に村の男衆百人が日が昇ると共に山に攻め込ませ、そして洞窟に突入した。しかし異変が起きたのは、その直後じゃった。洞窟の奥から絶え間なく、怪物があふれ出してきたのじゃ。あっという間に村人は捕まってしまったそうだ。逃げびてきた者の話じゃ、こちらの10倍以上はおっとそうじゃ」
「もしかして本当に十万人いるのでしょうか…!?」
「洞窟に十万もの軍勢がいるとは、常識では到底、考えられない。」
「その後、捕まった人達はどうなったのですか?」
「残念ながら、今も捕まったままじゃ。そして奴らは、山に砦を建設している様じゃ。そこの作業人員として、使われている。」
「そんな訳で今、この村に長居するのは危険じゃ。また何時、あいつらがこの村を襲いに来るのかもわからない。」
今まで何かを考えるように座っていた雅也がサッと立ち上がった。
「だったら、そいつ等、まとめて俺ら、がぶっ飛ばしてやりますよ!」
ただでさえも、わけわからない状況だと言うのに、雅也のこの発言には驚いた。
「お前なに言ってんだよ!」
「そうよ!10万相手に私達だけじゃ、どうしようもないわよ!」
「春香の言うとおりだよ!それに10万相手っていうのはな、東京ドーム2回満員分弱の人数なんだよ!東京ドームでコンサートしてたら、急に襲われるんだよ!しかも二回も!やばいだろ!?」
「だってよ、見過ごせねーだろ?それに、俺にはあの力があるんだぜ?あんな雑魚10万くらい倒せるっしょ!」
俺たちの意見をものともしない、なんとも楽観的な発言である。
「君たちはルナを助ける為に、あの化け物を倒してくれたそうじゃが、一体どうやってじゃ?」
「あぁ、それはほとんど、ぶん殴ってやったよ!あいつら見た目程、強くなかったし。それとこれ…」
それを聞いたカルベネさんに、見せつけるように。雅也は両手を合わせてから、ゆっくり広げた。その両手の間をバチバチと電気が飛び交わせた。
「おぉ!こ、これは…」
カルベネさんは、目を2倍程見開き、頭を深々と下げた言った
「貴方は神の使いだったとは…神が私たちを助けるべく、参られた使途様に今までのご無礼をお詫びします」
「カルベネさん、頭を上げて下さい!いや、俺達そんなんじゃ、ないですって」
思わず否定した。だが横目に見た雅也は、神の使いと言われた事がまんざらでもない様子だ。
「なぁ洋輔、俺達はどうして、この世界に突然来たかわからなかっただろ?もしかしたらカルベネさんの言う通り、あいつ等を倒す為に呼ばれたなら、もうやるしかねーだろ?」
「でも危険だ」
「じゃあ、洋輔が安全に助けれる作戦考えてくれよな!そういうの得意だろ?」
「得意ってなんだよ!人命が懸かっているんだ、将棋とは訳が違う!それに情報が少なすぎる…」
「では情報が足りれば、助けてくれるのですな?」
そう言ってカルベネさんが合図をすると、襖を開け、女の子が入ってきた。
俺と同い年くらいの彼女は、肩にかかるクリーム色の髪、パッチリとした大きな瞳、濃い緑色のワンピース、毛皮のポンチョの様なものを羽織っていた。
「紹介しよう、彼女は狩人のイスラ」
「…はじめまして、イスラです」
小さくお辞儀をして、カルベネさんの横に座った。
「イスラはあの山で狩りを生業として生きている。あの山については、誰よりも詳しい。聞きたい事があるなら、聞くといいだろう」
「だってよ、洋輔!勝つための作戦立てるためにも、なんか聞いてみろよ!・・・あっ聞けないのか」
「なら私が代わりに質問するよ!・・・ってまず何から聞いたらいいんだろう」
「・・・洞窟の大きさ、相手の人数」
質問をする事のできないこの能力"ノット・クエスチョン"――実に鬱陶しい。しかし断片的な言葉なら問題ないはず。俺の思惑通り、イスラに伝わった様だ。
「十年前、父が洞窟に入った時の話では、成人男性二人が横に並んで、歩けるくらいの道が、蟻の巣の様に枝別れして伸びていて、一番広い空間でこの屋敷と同じくらいね。あと全て回っても15分程の規模だったそうよ。憶測だけど無理矢理入っても、二千人ってところね」
思ったより大きいな。でも10万は絶対に入らない大きさだな。
「あっ!もしかして穴を掘って、洞窟さらに広げたんじゃない?」
「いいえ、それはないと思うわ。あそこの洞窟の岩質はとても硬いわ。もし大きな機材を持ち込んでやろうとしても、私達が必ず気がつくわ。100歩譲って、無理矢理掘ることが出来たとしても、10万も入るような空洞があったら、山の重さに耐えられなくなって、崩れる危険性もあるから、お勧めしないわね。」
「それなら大きさはイスラの話の通りだろう。だとしたら、あいつらの食料が気になるな」
「それについては私も分からないわ。まずあの洞窟は特殊でネズミ一匹すら生息していない、それでいて、山が荒らされる様な事はされるという事もないわ。私たちの村から取りに来た分だって、初めの分とその後、捕まった人の為の分しか要求されていないの。だからありえないと思うけど、何も食べていないと考えるのが不自然だけど、自然ね」
「ゴブリンって何食うかわかんねーけど、まさか何も食べないとは予想外だな」
「貴方達はあの化け物をご存じなのですか?」
「いや、なんて言うか、俺達も実際に見たのは初めてだよ。俺達のいた世界じゃ空想の生き物で、ああいう見た目のやつをゴブリンって呼んでいるんだよ」
「――空想の生き物…どうして、そんな物が突然、現われたなんて信じがたいわ」
「それを言ったら、俺らもどうしてこの世界にやってきたのかも、わからねえーんだよ」
「…わからないって言えば、なんで攫われた村人が砦作りしているんだろうね」
春香が首をかしげた。
「そりゃ労力として使うからに、決まってんじゃん」
「――いや、春香の言う通り、少しおかしいよ。」