第三話
先頭を走って叫び声のした方へ向かっていたが、思わず足が止まった。
三人が走っていた前方から、得体の知れない団体がこちらへ向かって歩いてきたからだ。
「なにあれ…」
「ゴブリン…!?」
雅也も春香も驚いていた。
その姿は人間に近いとも言えるが、苔のような皮膚。大きな目に尖った耳と鼻。背丈は170センチ程だろうか。衣服を着ていないのに、手には木の棍棒を持っていた。どうやら平和な種族ではないらしい。
向こうもこちらに気がついたのか、唸るように叫びながら、こちらへ向かってきた。
数は5体程か。
最後尾にいた一体は動かなかった。
その肩には先程の少女が抱え込まれていた。
「春香は任せた!」
そういって雅也が応戦しに前に走り出した。
「気をつけろよ!」
そういって春香を背に雅也を見守った。
ゴブリンが棍棒を雅也の真上から振り下ろす。それを左にさっと躱し、右ストレートを放つ。相手は思い切り吹き飛んでいった。その後も華麗に躱してはカウンターを決めて、撃退していった。
最後の一体が少女を下ろして、俺たちの方へ向かってきた。殴りかかろうした瞬間、後ろから電撃を浴び、気絶をする様に倒れこんだ。
「余裕だな」
汗をぬぐいながら、笑って雅也が言った。
「それなら最後のもっと早く倒してくれよ。ギリギリだったぞ」
「しょうがないじゃん。電気飛ばすの慣れてねーんだからよ」
雅也が口を尖らせた。
倒れていたゴブリン達が泡が弾けたように消えていった。
「何か裏がありそうだね」
「この子、大丈夫かな?」
春香は倒れた少女を抱き抱え、心配した様子だった。
「……ん、あれ?わたし…」
と言って少女が急に目を覚ました。
「おぉ!良かった!」
と言って雅也が顔覗きこんだ。
その顔に少女は拳をめり込ませた。
「いってー!何すんだよ!」
逃げ去ろうとする少女の両手を掴み、持ち上げた。少女は地から足が離れ、バタバタしている。
「痛い!離して!」
「助けてやったんだから、お礼くらいしろよな」
「えっ助けてくれたの?」
「そうだよ?このお兄ちゃんがさっきの悪い奴ら倒してくれたんだよ」
春香の優しくそう告げた。
それを聞いて少女は殴った手前、居心地が悪そうな顔をして
ぼそっと「ごめんなさい」と謝った。
それを聞いた雅也も「よし!」と言って手を解放してあげた。
ここに来て初めての人間と出会った。
年は小学生高学年くらいといった具合だ。
何より、綺麗な銀色髪が、ひときわ異彩を放っていた。
「私は春香。こっちの金髪が雅也、それでこっちの頭モジャモジャしてるのが洋輔!あなたのお名前も教えてくれる?」
この人を馬鹿にしたようなザックリした紹介に、異議を唱えたかったが、春香の少女の目線に立った立ち振る舞いには文句のつけようがなかった。それに第一、俺が質問したら少女が答えられなくなり、話が進まなくなってしまう。そういった意味でも、俺の能力は注意しないとならないのだ。
「わたしは、ルナ」
「ルナちゃんはどっから来たの?それにさっきのは何だったの?」
「おーーーーーい!ルナーーーー!」
「いたら返事をしてくれーー!」
今度は男達の声が聞こえてきた。
「あ!」そう言ってルナが男達の元へかけていった
俺達もその後をついていった。
「ルナ!無事だったんか!良かった」
村の男の一人が安堵し、そう言った。
しかし、その一方で俺達へ向ける彼らの態度はまったくの別だった。
「この格好、またよそ者か!」
そう言って俺達に持っていた生業で使うものである
クワやオノ、カマの切っ先を俺達へ向けている。
「やめて!この人たちは私をあの化け物から助けてくれたんだよ!」
ルナが叫んだ。
「でもこの着物は・・・」
「でも恩人だぞ・・・」
「どうする・・・」
男達の間で動揺が生まれた様だ。
そして彼らでは、決断が出来ないと言う。
その為に村長の決断を仰ぐために
俺達を村へ連れて行くと決めたらしい。
「どうする?」
雅也が俺に小声で耳打ちしてきた。
ここにいる物達が例え、武器を持っていたとしても
俺達が本気を出せば、逃げるのは容易かった。
しかし、貴重な情報を得る機会を無駄にする訳にはいかないので
当然、黙ってついて行くことが正解だと考えた。
「ここは村長に会いに行こう」
そうして俺達は暗くなる森を捕虜の様に大人しく
連れて行かれた。
木で出来た城壁が囲んでいる集落へ着いた。
木材でできた家屋が並ぶ光景は
江戸時代にタイムスリップしたのではと思わせる程だった。
村の中でも一際、大きく、古く黒光りする木造の家が村長の住まいだった。
家に入って直ぐの、村の集会でも使われているという、広い一室に案内をされた。
俺達が座って待っていると
直ぐに男は来た。
長く伸ばした白髪に白髭。年の割にずっしりとした体格。
威厳に満ちた振る舞いに思わず背筋が伸びた。
「わしはコルドン村の村長、カベルネ」
「まずは孫娘を救ってくれたこと、感謝する」
そう言って、微笑んだ。
俺達は思わず警戒が緩んだ。
「しかし、村として君たちを歓迎することはできんのじゃ」
「それはどういう意味ですうか?」
春香が質問した。
その質問にどう答えるか考えたのか
少し間があったのち、カベルネさんは静かに
語りだした。
「一ヶ月前、そこの彼らと同じ装いをした者がこの村へ訪れたのじゃ。その者は異界より、ここへ来たと申し、私たちは食料と寝床を恵んだ。しかし、その夜に事件が起きた。その男の叫び声が村に響き、我々が駆けつけると、その者を取り囲む様に緑色の化け物がおったのじゃ。その晩、現われた奴らは、私たちが男の部屋に入ると同時に姿を突然消しおった。そして翌朝には、その男が姿を消しておった。数日後、ルナの姉、カイルも姿を消した。わしたちが捜索に出ようとした時、化け物の軍団が村に押し寄せきた。そして手紙をおいて去っていった。」