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さよ子の魔法本

作者: ふっふ・るー

ちょっと少女マンガっぽい、恋愛系ローファンタジーです。


 銀色の髪をした16才くらいの少年が、中庭にワゴンを押して入ってきた。

 給仕服を着ており、あきらかに外国人の容貌をしている。

 春休みが終わったら高校に入学する予定の沙代子は、少年の姿に緊張を走らせた。


 ステンレス製の手押しワゴンの台には、ポットやカップなど紅茶をいれるための一式と、おばさん自慢の手作りの木苺ジャムと、焼きたてのマドレーヌが篠カゴに山盛り入っている。


「バターたっぷりのマドレーヌなのよ、あなたが来てくれるって聞いたから、ついつい沢山作っちゃったわ、本当はカロリーを控えるようにってお医者に言われているんだけど、こんなときくらいねえ」


 太り気味の道子おばさんが、いつもの陽気な口調で言った。

 おばさんは沙代子の母の妹で、母によれば人生を楽しむ達人ということだった。

 最近は糖尿病の気に悩まされているようだったが、生来の陽気な性格は曇っていない。


「マルコも一緒にどうかしら、ここに腰掛けなさいよ、とっても美味しいわよ」


 おばさんの家の中庭は、家のサイズにくらべて随分広くスペースを取っている。花や草木に囲まれており、ティータイム用の丸テーブルとイスが置いてあった。ここで午後のお茶をするのが、おばさんの日課である。

 マルコと呼ばれた銀髪の少年は、おばさんの言葉にも表情ひとつ変えることなく、ポットの紅茶をカップにそそぎ出した。


「もうマルコったら愛想がないわ、何か答えて頂戴」

「俺はいりませんよ、食べる必要ないですから、道子だってご存知でしょう」


 いかにも興味なさそうに答える。


「困った子ね、いつになったら楽しむことを覚えるのかしら、今日は沙代子も来ているんだから、もっと気持ち良い態度を取るものよ」

「あ、いえ、そんなに気を使わなくて良いですから」


 いきなり自分の名前が出たことに、沙代子は慌てた。

 少年の方を見ると目が合ってしまい、からだが固まってしまう。


「あ、その、だ、大丈夫だから」

「わかってる」

「そ、そう」

「もうマルコったら、どうしてそんなに素っ気無いのかしら、ごめんなさいね、でもこの子は昔からあなたがのことが、とても気に入っているのよ」

「そんな、おばさんったら、もう……」


 思わず顔が上気しそうになった沙代子が横目でマルコを見たが、少年は何事もなかったように紅茶をそそいでいた。

 ライフドール、ガーゴイル、ゴーレム、ガーディアナ、あるいはホムンクルスと呼ばれたり、単に式と言われるものもある、そういった類の不思議な存在。


 マルコの正体は人間ではない。

 7年前に製造された、人工生命体だった。


 作ったのは他でもない、道子おばさんだ。

 おばさんは魔女で、しかも一流だった。

 魔法には国や文化によって多くの種類があったが、おばさんの使う魔法は「魔法本」という特殊な能力をもった書物によるもので、スクロールマジックと呼ばれており、アーサー王の時代までさかのぼれるほど伝統ある様式らしい。


 いわゆる隠された知識を得て呪文を唱えるスペルユーザーとは、また違っているとのことだったが、沙代子には微妙なところはわからない。

 ただ自分の分身でもある「魔法本」がなければ一切の魔法が使えないという、大きな制約があることは知っていた。


 マルコは紅茶を入れ終わると、テーブルにマドレーヌと一緒に置き、自分は少し離れたところを居場所に選んで立った。

 やはり席には着かないつもりだ。

 しかしその立ち姿は中庭の景色に溶け込んでいて、とても自然に思えた。

 おばさんは沙代子に紅茶とマドレーヌを勧めたあと、自分もお茶を楽しんでいた。

 しばらくは沙代子の受験した高校やマルコの学生生活(マルコは去年から地元の高校に通っているらしかった)について話していたが、少し間をおいて深呼吸をすると、おばさんはテーブルの下に置いてあったカバンから、コゲ茶色した少し大きめの紙袋を取り出した。

 それを見た沙代子の顔から笑顔が消えた。


「入学祝よ、中身が何かは見当がついているみたいだけど、あらためて受け取って貰いたいの」

 テーブルに置いたそれを、すっと沙代子の前に差し出す。

 しばらくは嫌そうな表情で紙袋をながめていたが、おばさんの真剣な眼差しに降参して手に取った。


 中には、B5サイズくらいのハードブックが入っていた。

 表装は赤い革張りで、表題は金細工で打たれている。

 普通の人には読めない文字で、本の題名が書かれてあった。


 そこには「さよ子の魔法本」とあった。

 7年前に作られた、沙代子専用の魔法本である。


 本をひっくり返して裏表紙を見ると、下端に、とても小さな黒い手形がついていた。

「うう…」と、沙代子はうめき声を上げて、すごく嫌そうな顔をした。

 おばさんは、困ったように首をふった。


「ごめんなさいね、その手形だけは、どうやっても消えなかったの」

 7年前の悪夢が脳裏に蘇って、沙代子は息が苦しくなった。

「妖精たちのイタズラ書きは全部消したわ、面白半分にかけられた呪も全部解いたわ、正真正銘これは最初に作った時と、寸分違わぬ魔法本よ」

 ただし、黒い手形をのぞいて。


 小学三年生のとき、沙代子はおばさんと一緒に自分の魔法本を作った、魔法が使えるようになって心底嬉しかった。

 しかし数日後、最初に出会った妖精にだまされて、散々な目に合っていた。

 魔法本を盗まれ、悪意に満ちた妖精の森に5日間も置き去りにされ、本当に命を落としかけたのだった。

 まったく妖精という存在は、人間にとって害悪としか思えなかった。


 妖精たちのとどまることのない嫌がらせと、まともな食事もできなかったせいで衰弱しきった彼女を、助けてくれたのがマルコである。

 マルコは成長するタイプの人工生命体で、当時も沙代子と同じ八才くらいの恰好だった。

 銀髪の男の子を見て、最初はそれまで同様、森の妖精だと信じて疑わなかった。


 黒い手形を凝視していた沙代子だったが、ふと気配を感じて顔を上げると、マルコが沙代子を見つめていた。


 二度と魔法とは関わらない、そう決めてから7年が過ぎた。

 マルコのことは好きだし信頼していた、しかし彼もまた魔法的な存在だ。

 おばさんも好きだったが、魔女をしている。

 あの事件以来、二人に会うことはほとんどなかったし、むしろ避けるようにしていた。

 でも、本当は会いたかったのだ。

 マルコのことも、おばさんのことも大好きだったから。

 あの悪夢から立ち直るのに何年もかかった。

 死と悪意と未知への恐怖だった。

 もう大丈夫だろうか。

 この魔法本を持っていても、ビクビクせずに暮らせるだろうか。

 何事もないように振舞えるだろうか。

 夜もぐっすり眠れるだろうか。

 本を持つということは、魔法の世界と関わるということで、今まで見えなかったものが見え、気付かなかったことに気付くようになる。

 あの黒い小さな妖精が、話しかけてきたように。

 マルコが見ている、何か言いたいことがあるのだろうか。


「あの頃はね、あなた以上に私も未熟だったの、魔法の才能は一代限りのものだから自分の血縁者に才能があるなんて珍しいの、だから私ったらすっかり舞い上がっちゃって、あなたを魔女にすることばかり考えてたわ、私にもあなたにも準備ができていなかったのに」


 おばさんの表情は真剣だ。


「でも今は違うと思うの、私にもあなたにも準備ができている。あなたが嫌がるから、この話は今日限り二度としないって約束する。だからちゃんと考えて欲しいの、魔法はあなたの人生を素晴らしいものにすると思う。でもどうしても魔女になりたくないなら、あなたの本は責任をもって封印しなおすわ、誰の目にも触れず、誰の手にも触れないように」


 魔女をやめたからと言って、一度作った魔法本を燃やしたり破壊したら大変だ。そんなことをしたら本の持ち主も死んでしまう。魔法本は持ち主の生き血と魂の一部を用いて製本されており、文字通り一心同体だった。

 自分の分身なのだ、他人任せにはしたくない。


 沙代子は魔法本の表紙をなでてみた。

 赤い革はしっとりなめらかで、とても気持ち良い。

 一緒にいたいと、本が語りかけているような気がした。

 自分と離ればなれで、今まで寂しかったのだろうか。


「本を持っていても平気でいられるか不安なの、どんなに用心したって何か起こるに決まってる、それが魔法に関わるってことなんでしょ、おばさんだって言ってたじゃない」

「もちろんだわ、でもそこが素晴らしいところなのよ、なにも悪いことばかりってわけじゃない」

「そうね、多分そうなんだと思う」


 沙代子はしばらく考え込んでいたが、本当のところ、答えはとっくに出ていることに気付いていた。

 魔法本を受け取ろう。

 そしておばさんやマルコたちとも、普通に会うようにしよう。


「決めた、わたし魔女になる!」

 その言葉を聞いて、おばさんは目を見開き、両手をパンっと叩いて身を乗り出した。

「まあまあ、きっとそう言ってくれると信じていたわ!」

 勢いのまま沙代子の手を強くにぎる。

「お、おばさん、痛い」

「あら、ごめんなさい、興奮しちゃったわ」

「ならば決まりですね、沙代子が魔女になるなら、俺が助手だ」

「そういうことになるわね」

「え、なに」

 それまで黙って立っていたマルコが、腕を組みながら言った。

「たった今から道子が沙代子の師匠になり、俺が沙代子の助手になったんだ」

「え?」

「昔から決まっていたことだ」

「そ、そんなの聞いてないけど」

「助手が不満なら、使い魔と呼んでくれてもかまわないが」

「あ、いや、そうじゃなくて」


 おばさんが、からかうような表情をした。

「もともとマルコは7年前、あなたのために生まれてきたのよ。もちろん子が親の意思に従う必要はないから、私はなにも強要していないけどね、助手になりたいってのは彼の意思よ」

「そ、そうなんですか……」

「あなたが本当に嫌なら、マルコの身柄は私があずかるわ、今まで通りに」

「嫌じゃないです!」

「あら」

「それは良かった、なら道子、さっそく転入の手続きを進めてください」

「そうね、沙代子のそばにいなければ意味がないものね、マルコがいなくなると不便だわ」

「て、転入って」

「あなたの通う高校に、マルコも転校ね」


 思わぬことの連続で、沙代子は少しパニックになった。

 でもこれは、けっして悪い出来事ではない。

 手の中にある魔法本が、嬉しそうに笑った気がした。

 いま起こっていることも、何か魔法的な力が働いているのだろうか。

 それならこの先、どんなことが起こるのだろう。

 マルコを見ると、表情がさっきよりも穏やかだった。

 心なしか口元が笑っているようにも思える。

 そして初めて気が付いた、マルコだって、今まで緊張していたのだ。

 沙代子がどんな答えを出すのか、不安だったのかも知れない。


「そっか、そうなんだ」

「どうしたの」

「いえ、何でもないんです」


 沙代子は気持ちが楽になった。

 これから先は色々あって大変かもしれない、でもきっと素晴らしいことなのだ。


「ねえマルコ、わたし紅茶のおかわりが欲しい」

「すぐに入れよう、茶葉を変えてお湯を沸かさなくては、少し待っていて」

「そ、それから、今度はマルコも一緒に座って欲しい、一緒に紅茶飲んで、マドレーヌ食べたい」


 マルコは振り返って、真っ赤になっている沙代子をしばらく見ていた。

「わかった」

 そう言うと、ワゴンを押して台所に入っていった。

「まあ、ずいぶん違う態度を取るのね」

 道子おばさんが、くやしそうな口調で言ったが、その目は笑っていた。




 おしまい。


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