表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同窓会は秘密への扉  作者: 井嶋一人
4/8

Episode 4  伊藤光彦

Episode 4  伊藤光彦

 

 思った以上に濃い内容の同窓会―実際には同窓会で、というより、同窓会をきっかけに、芋づる式に知ってしまったこと、だが―を経験し、奈美子は興奮冷めやらぬ感じであった。懐かしさというより、多少不謹慎かもしれないが、もっと掘り下げれば何か出てきそうなものを感じていた。ライター魂に火がついてしまったといえばいいだろうか。

 次の日、以前名刺交換をした黒沢直樹―今は「松田」だが―に電話をした。表向きは「同級生も色々あったのね、びっくりだわ」的な話をするための電話だったが、内心では「何かネタ持ってない?」という気持ちがあったのだ。

 そうした奈美子の気持ちを知ってか知らずか、直樹はある誘いを持ち掛けてきた。

「伊藤光彦って覚えてる?」

「覚えてるよ。勉強はできたけど、ちょっといじられキャラだった子だよね」

「そう。光彦が今度の木曜出張で東京に出てくるんだ。ちょうどうち定休日だし、夜飲みに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」

この誘いに乗らない手はない。こないだは学年の番長からエピソードを聞けた。今回は、言っちゃ悪いが、地味目な男子の話だ。また違った話が聞けそうだと、奈美子は今からわくわくしていた。

伊藤光彦は、中学からA区に引っ越してきた男子で、奈美子とは中一と中三で同じクラスになった。さっきも奈美子が言った通り、勉強は学年で常に一、二を争うくらいできたが、それ以外はあまり冴えない感じで、男女問わずよくいじられていた。また、惚れっぽい性格で、女子に告白しては振られるというのを繰り返していた。もっとも、奈美子は告白されなかったが。卒業後のことを奈美子は知らなかったが、地元で一番の進学校に行き、京都大学に進み、一流商社に就職するという、絵に描いたようなエリートコースを歩んでいる。なお、この前の同窓会には来ていない。

直樹と光彦は、中学時代から仲が良く、卒業後も頻繁に会って一緒に遊んでいた。女に果敢にアプローチする光彦に対し、直樹は恋愛に関してはあまり興味を示さず、趣味の美術に没頭していた。そのため、いじられキャラの光彦といても、直樹はいじられることはあまりなく、飄々としていたところがあり、奈美子はそこが気に入っていた。とはいえ、色気がないのも事実で、恋愛対象としては女子人気はなく、ただ、無難な男だったということで、女子からみると話しやすい男子だったようだ。


三人は七時に、直樹の店の前で待ち合せた。奈美子は数分前にそこに着いたが、二人は既にそこにいた。直樹の横に、スーツ姿で眼鏡をかけた、中肉中背のいかにもサラリーマンという感じの男が立っていた。言わずもがなそれが光彦だった。光彦は、どうも、という感じで奈美子に軽く頭を下げた。奈美子もそれに返答するように会釈した。

それから三人は、直樹の店の近くのちょっと小洒落た居酒屋に入った。乾杯を済ますと、奈美子は開口一番、光彦に同窓会に来なかったことについて尋ねた。それに対する光彦の答えはやや意外なものだった。

「行かないよ。あんな美男美女だけのスワッピングパーティー」

予期せぬ答えに、奈美子はビールを吹き出しそうになった。

「おいおい、そんな言い方せんでも」

光彦と話す時は大阪弁交じりになる直樹が、なだめるように言うと、光彦はさらにずばずば言う。

「だってそうやん。何が懐かしいクラスメートと再会や。目的はナンパ。よう見てみ。イケメンと美人しか来てなかったやろ」

奈美子は失笑したが、言われてみれば、美男美女は言い過ぎだとしても、出席してたのは確かにそれなりに「保っている」人ばかりであった。もっとも、同窓会なんて、当時か今が充実している人しか行きたいと思わないのかもしれない。みすぼらしい姿や、劣化した姿は見せたくないだろうし、当時いい思い出がない人は、今よほど成功してるか、変身したかでないと来たがらないだろう。

「それ、一理あるわね」奈美子が光彦に同意したように言うと、

「さすが奈美子さん。よくわかっていらっしゃる。僕にバレンタインのチョコをくれた人だけのことはあるね」

光彦の更なる告白に、今度は本当に奈美子はビールを吹いてしまった。直樹もそれは初耳だったらしく、そうなのか?と聞き返した。

「あ、やっぱり覚えてないか…まあ、義理チョコなのは分かってたけど」

奈美子ははっとした。二中では、バレンタインのチョコを学校に持ってくるのが禁止されているにもかかわらず、毎年のように持ってくる女子生徒が後を絶たないので、もうそれならいっそ学校で作らせようということになり、毎年バレンタインの直前の、中一と中二の家庭科の授業ではチョコレートを作るのが恒例になっていた。奈美子は中二の時は自分で食べたが、中一の時は光彦にあげたのだ。深い意味はなかった。ただ、その直前の美術の授業で絵具を忘れた時、たまたま隣にいた光彦が貸してくれたので、そのお礼という意味合いだった。

「そういえば、あったねえ、そんなこと。何となく思い出した。でも、伊藤君は私には告白してくれなかったよねえ」

光彦はドキリとした表情になり、慌てて言い訳するかのように言った。

「い、いや、奈美子さんは高嶺の花というか、ぜ、絶対OKしてくれないだろうと…」

その姿がちょっと可愛かった。奈美子はこれじゃあいじりたくもなるわな、と思った。でも、あまりからかうのも可哀相なので、話題を変えた。

「そういえばクロポンは彼女とかいないの?」

いきなりターゲットが自分になった直樹だが、対して動揺する様子も見せなかった。

「そうやなあ…もう十年以上一人やな。趣味を仕事にしたようなもんやし、仕事に没頭してると女のことなんかどうでもよくなってな。今まで付き合ったのも三人だけや。元々恋愛に対する興味とか、性欲とか薄かってん。今じゃ『草食男子』なんて言葉があるからいいけど、昔はパティシエで彼女おらんとか言うたら、絶対ゲイやと思われてたわ」

 確かにそうだ。奈美子も実は、ちょっと「この人ゲイかも」と思っていた。でも、この会話を聞く限りでは違う。

 直樹が付き合ったのは、最初がフランスでフランス人の彼女、二人目がベルギーでスイス人の彼女だった。そして三人目は、奈美子も知っている女性だった。

「最後に付き合ったのって、ほら、あの何とかさくら」光彦がその名字を思い出せないでいると、直樹がすかさず答える。

「宮前さくらだよ。中学の同級生の。二回目の同窓会で再会して。当時さくらは東京勤務やったけど、一年後に大阪に戻って、それから半年くらい遠距離してたけどな」

ああ、これが同窓会後にカップルが出来るということなのかと、奈美子は理解した。そう言えばこの前の同窓会で、さくらは「もう遠距離は嫌だ」と言っていたし、珠恵が「パティシエ君はまだ独身」みたいなことを言っていたのも、意味無くからかっていたのではなく、そういう裏があったのだと、奈美子にとってこの話は目から鱗だった。

「しかし宮前もひどいよな。中学時代はクロポンには目もくれなかったのに、人気パティシエになった途端ああだもんな」 

「仕方ないよ。女なんてそんなもんや」

事実、二回目の同窓会の直前、テレビで直樹が「人気パティシエ」として紹介され、それを見た女子が数人、「同窓会に絶対来て」と強く誘っていた。直樹は元々同窓会に行く予定だったので、彼女達の押しはあまり関係なかったが。

直樹は奈美子をちらっと見て、「あ、ごめん、全部の女がそうってわけじゃないよな」と言い訳した。奈美子もそこはそれほど気にしていなかった。実際、多かれ少なかれ、そういう部分は女にはある。何の肩書も持たない男の、どこを信用しろというのだ。

「それはそうと、ミッチの奥さんも中学の時の同級生やんか」

直樹に突然話題を振られ、光彦は驚いた。

「あ、いえ、うん、あの大場妙子って覚えてるかな?男子は『ブタエ』とかって陰で呼んでたけど…今は痩せたわ。スリムではないけど、少なくとも太ってない」

奈美子は覚えていた。中三の時同じクラスだった、ぽっちゃり…いや、ずんぐりむっくりだった女子で、おっとりほんわかした笑顔が印象的だったが、奈美子はそれほど親しかったわけではないので、それ以上の印象はない。それにしても、もう一組、同級生夫婦がいたことに驚いた。ひょっとしたら、まだいるかもしれない。

「あいつも同窓会は行きたくない、『ブタエ』を思い出すからって言うてた。知ってたんやな…そのあだ名」

陰のあだ名は、「陰」のつもりでも、意外と本人には知られているものだ。

「まあでも、俺らが結婚したことは同級生は多分ほとんど知らんやろうな。関心もないわな。一応報告しようとはしたけど、その前に色々あって」

 

*           *


 子供の時から、勉強ばかりしていた気がする。自分は偉い、自分は特別だ、親にもそう言われてきたし、自分でもそう思っていた。友達もいなかった。なので、小学校の先生からも「協調性がない」などといつも言われてたっけ。でも、気にしなかった。僕はこいつらとは違う、中学は別のところに行くから―そう思って、同級生のことも、学校の先生のことも見下していた。

 兵庫県の名門、N中学に行くつもりで、受験勉強していた。塾の先生にも太鼓判を押されていたし、模試の判定でも常にA判定。誰もが合格を信じて疑わなかった。実際に試験を受けた時も手ごたえはあった。―だが、合格者の中に、自分の番号はなかった。これは夢だ、悪い夢だ、あり得ない。しかし、その現実は変わることはなかった。担任は口では「残念でした」と言っていたが、目は「それ見たことか」と言っていた。クラスメイトも何とも言えない目で僕を見ていた。

 

小学校卒業直後、北部のY区から南部のA区に引っ越した。表向きは「父親の仕事の都合」ということになっていたが、父の仕事や勤務先が変わった気配はない。おそらく、N中学不合格ということで、ご近所さんに顔を合わせづらくなったのか、あるいは僕のメンツを考えてくれたのか。また、地元の公立中学は、あまり環境が良くなかったという話をきいたこともある。どれかが本当のところだろうが、今となってはよく分からない。ただ、環境が変わって、自分自身も変わってみようと思ったのは事実だ。

 

中学校はA区の公立中学だった。元々通うはずだったところよりは環境はよさそうだ。まず、友達を作ろう、と思った。しかし、友達の作り方が分からない。雑誌には「積極的に話しかけよう」と書いてあったので、それをやってみた。「皆がやりたがらないことを率先してやろう」とも書いてあったので、それもしてみた。「部活に入れば一生の友達ができる」とも書いてあったので、運動は苦手だったけど、背はそこそこ高いし、バスケ部なら何とかなるかも、と思って、入った。

 その結果―僕は「いじられキャラ」になっていた。特にバスケ部の島田徹のグループのいじりターゲットにされた。休み時間になると、プロレス技をかけられたり、運動が出来ないからと皆のいる前でからかわれたり、弁当の好きなおかずを半分取り上げられ、どうでもいいおかずをあてがわれたり、色んな用事を言い付けられたりしたけど、文句を言わなかった。それが「友達」だと思っていた。部活でも入部早々「素質なし」の烙印を押されてレギュラー候補から外され、ろくに練習もさせてもらえず、雑用に明け暮れる日々が続いた。大人になって考えれば、「いじめ」だったかもしれないと思うが、当時はマスコミなどで言うところの「いじめ」のようなこと、カバンに泥を詰められたり、教科書が使えなくなるくらい落書きをされたり、服を脱がされたりといったことをされたわけではないので、違うと思っていた。同級生が相手をしてくれる。それだけで満足だった。

 

中二くらいになると、学年でもカップルが出来始める。自分も女の子と付き合いたいと思った。それで何人かに告白してみたけど、「まだ誰とも付き合う気がないから」「お友達でいましょう」などと言われたので、まだ男女交際は早いのかなと思っていたが、そう言った女子が舌の根も乾かないうちに他の男子と付き合い始めたりして、いったい何なのか、よく分からなくなった。この辺から、自分の立ち位置に疑問を抱くようになる。自分は皆のために尽くしている。なのに、全然評価されない。それどころか、おもちゃにされているような気がする。中二の中ごろになると、女子達―主にクラスの山根俊恵という女のグループ―にもからかわれるようになる。俊恵に「あなたのことを好きな女の子がいる」といって呼び出されたのに誰もおらず、バカを見たことは一度や二度ではない。で、行かなかった時に限って、ある女子に「本気で告白しようと思ったのに」と言われ、泣かれる。そうして僕がおろおろするのを見て、俊恵たちがくすくす笑う。もっとも、それはそれで用意していたシナリオだったのではないかと思うようになったのは、卒業後随分経ってからだった。

 

ある日、美術の授業の前の昼休み、早めの美術室に行ったら、クロポンこと黒沢直樹がが何やらオブジェを制作していた。彼は美術部だった。こんなの創れるんだ、凄いなあ、と行ったらクロポンは好きでやってるだけ、とクールに答えた。

「好きでやってるだけ」か。ちょっとカッコよかった。自分は何が好きなんだろう。勉強?バスケ?どれも好きかと言われれば、違う気がする。僕は、クロポンと仲良くなりたいと思い、昼休みは美術室に行くようになった。最初はクロポンは無関心だったが、そのうちオブジェ制作を手伝わせてくれるようになり、美術以外のことでも話をするようになった。その時思った。これが「友達」だと。

 クロポンと仲良くなって、部活やクラスの連中とは距離が出来たけど、それでも「いじり」自体がなくなったわけではない。無視すればするほど、向こうも必死になっていじってくる。結局乗らざるを得ないのだけど、その時は自分にもまだ、「相手にしてもらえるだけましだ」という気持ちがどこかにあった。

 結局三年間、部活も辞めず、いじられキャラを通した。が、卒業式の日にも、他の卒業生は後輩や同級生から色々プレゼントをもらったり、記念写真をせがまれたりしていたのもいたけど、自分には何もなかった。ちょっと三年間が虚しかった。

 

高校は地区一番の進学校の公立高校であるT高校に通った。クロポンも一緒だったが、島田も一緒だった。島田はやっぱり初めのころは執拗にいじろうとしてきたけど、そこは進学校。学業成績が物を言うコミュニティだったので、いい成績を取ればそれだけ地位が上がる。最初の試験でいきなり学年トップを取った僕は、皆から尊敬の眼差しで見られることになり、島田がいじる隙がなくなりつつあった。加えて、島田の方はおそらく、ギリギリの成績で入ったのだろう。たちまち勉強について行けなくなったようで、だんだん覇気がなくなって学校を休みがちになり、二学期の半ば頃にはとうとう不登校になってしまった。この時、「ざまあみろ」と思わなかったといえば嘘になる。

 高校では、苦手な運動部を避け、ちょっと興味があった写真部に入った。コンクールで入賞したりとそれなりに活躍でき、高校時代は充実した生活を送れた。ただ、残念だったのは、自分のことではないが、クロポンの両親が離婚し、彼が夢だった美大進学を断念したことだ。「おかんは、『お姉ちゃんはもう独立したし、あんた一人くらいなら何とかなる』と言ってくれたんやけど、あんまり負担かけたくないし、早く自立できるようにと思って、製菓学校に通うことにした」とクロポンは言っていた。

余談だが、母親に付いた彼は名字も「松田」に変わった。「クロポン」とはもう呼べないな、と言ったが、彼はそのままでいい、と言ってくれた。


関西国立大学の優、京都大学に現役で合格し、当時の僕はまさに前途洋々であった。しかも、大学生ともなると、アルバイトをしたりして、自由に使えるお金も出来、そうすると今まで無関心だった外見にも気を遣うようになった。ブランドものとはいかないまでも、カジュアルショップで手頃な価格のお洒落なアイテムを揃え、髪型もさっぱりし、メガネをコンタクトに変えれば僕も意外にイケる。モテるとは言わないまでも、合コンなどにも誘われるようになり、大学一年の終わり、初めて彼女が出来た。合コンで知り合った、D女子大の、当時人気だったアイドルにちょっと似ている可愛い子だ。半年くらいは幸せ一杯の日々を過ごしていたが、ある日、その幸せを一気にぶち壊すような出来事に遭遇してしまう。


その日は彼女の希望もあって、ミナミでデートをしていた。すると突然背後から声が聞こえた。

「おう、久しぶりやんけ」

それは何年振りかに見る島田と、かつての中学の同級生達だった。僕も、久しぶり、元気やったか?などと気軽に声を掛けていた。可愛い彼女やな、これから皆で飲みに行くんやけど、彼女も一緒にどう?みたいなことを言ってきた。その時はまだ彼らに対して警戒心はなかったので、彼女に同意を求めてみたところ、彼女は「光彦君がいいなら」ということで、一緒に飲むことになった。

 ところが、これが間違いだった。

島田達は彼女の前で僕のことを散々コケにした。「授業中よくウンコを漏らした」とか、「修学旅行で裸踊りをさせられてた」とか、あり得ない無茶苦茶なことばかりいうので、彼女はあからさまに不機嫌になり、途中で帰ってしまった。何てことすんねん、と島田に言うと、

「お前ごときがあんな可愛い女の子と付き合うなんて許せへん。光彦の癖に」と島田は怖い目をして吐き捨てた。が、すぐに「大丈夫やて。俺が次の彼女見つけたるから」とニヤニヤしながら言った。


その後島田に何度か呼び出され、女の子を紹介されたが、これが揃いも揃って、ルックスが「?」な子ばかりだった。もちろんルックスだけで判断するつもりはないけど、これはいくら何でも…と思わずにはいられなかった。しかも、大概こういう女ほど好みにうるさく、「私のタイプじゃない」と拒絶されることがほとんどだったけど、まれに気に入られる時もあり、そうなると島田達は大喜びで、「ほら、こんなに健気な女の子を振ったらあかんで」と無理矢理くっつけようとしてきたのを命からがら逃げてきたこともあった。そうすると次の日、「あの子泣いてたぞ。お前ごときに女を選ぶ権利なんかないんじゃ」と言い捨てられた。

いつまでこんなことが続くのか、と思っていたが、そのうちピタリと止んだ。あのレベルの女を集めるのも、それはそれで難しいだろうから、ネタが尽きたのかなと思っていたが、風の噂によると、どうも島田は結婚したらしい。しかも飛び切り可愛い子と。奴が高校中退後、どんな人生を歩んできたのかは知らないが、幸せなら何より、これで僕にもまた平穏な日々が訪れると喜んだ。

ちなみに、島田達の話を聞いて、帰ってしまった彼女とは、その後二度と会うことはなかった。


大学を卒業後は、大手商社に就職した。入社して三年目のある日、また悪夢が襲ってきた。その時僕は、某航空会社の客室乗務員といい感じになっていた。まだ付き合うまでは行ってなかったが、何度かデートをし、そろそろ交際話を、と思っていた頃だった。天王寺のレストランで二人で食事したあと、店を出ると、またバッタリ島田達のグループに出くわした。あの時のことがあったので、無視して行こうとしたら、「おい、なんで逃げんねん。俺ら同級生やんけ」と絡んできた。手を振り払おうとすると、逆に彼女の方が興味を持ってしまい、「えー。伊藤さんの同級生なんですかー?」とノリノリで島田に話しかけたので、島田もすっかり調子づいて「そう、中学ん時の。あ、どうですこれから飲まへん?」と誘ってきた。僕は断ろうとしたが、彼女は「えーぜひぜひ」と承諾してしまった。僕がしかめっ面をすると彼女は「だって、これから付き合うかもしれない人の世界って見てみたいもん」と言った。まあ、一応「付き合う」ことを考えてくれているのかと思い、そこは受け入れることにした。それにもう島田も結婚しているはずだ。変なことにはならないだろうと高を括っていた。

確かに前回のようなことはなかったが、島田があろうことか彼女のことを口説き始めたのだ。僕が止めようとすると、他の同級生が僕に絡んできて邪魔をする。どうにもならないと思って、彼女に「帰ろう」と言ったが、彼女はすっかり出来上っていて、「私もう少しここにいるから、帰るなら先に帰っていいよ」と島田にしなだれかかりながら言った。それを見ているうちに気持ちが一気に冷め、僕はそのまま帰った。その後彼女から電話があったが、今度は僕の方が無視し、やはり二度と会うことはなかった。彼女と島田はその夜、一夜を共にしたとか。そんなことはもうどうでもよかったけど。

島田に二回も恋愛を潰され、このまま地元にいたらまたいずれ同じようなことが起こる、と踏んだ僕は、両親に言って、家を出ることを承諾してもらった。もう二度と、島田達に邪魔されたくないからだ。A区の地元民は、ミナミや天王寺にはよく出るが、不思議とキタには出ない。そこで、キタエリアに当たるT市に新居を構えた。元々会社はキタの方が近かったので、出勤にはそれほど不便はなかった。

 T市に引っ越してからは、キタで飲むことが増えた。確かにキタで二中の地元民に会ったことはない。そのまま平和な生活が送れればいいが、と思っていた。


地元を離れて一年後、同僚に結婚相談所主催のお見合いパーティーに誘われたが、そこである出会いをする。パーティー会場はキタにあるバーだった。合コンには何度も言ったことはあるが、こういうのは初めてだった。胸にネームプレートを付けさせられるのがどうにもこっぱずかしい。正直あまり可愛い子もいないなと思い、酒を飲みつつ同僚と会話をしている時、ふと視線を感じた。その方に目を向けると、ある女性と目が合い、彼女は軽く会釈をしてきた。顔に見覚えはあるが、イマイチ思い出せず、ネームプレートを見ると、「大場妙子」とあった。

「大場さん?A区二中の?」近付いてそう聞くと、そうです、と彼女は答えた。

中学時代はかなり太っていて、陰で「ブタエ」と呼ばれていたのに、今目の前にいる彼女は、ちょっとぽっちゃりとはしていたが、当時に比べるとずいぶんやせて、それなりに可愛らしくなっていた。

「へえ、こんなところで会うなんて…」

「私もびっくり。会社がこの近くなんです」

「僕は天満橋だけど、近くっちゃあ近くかな」

「そうですね」

ぎこちなくはあったが、そこが良かったのだろうか。お互いに何となく惹かれあって付き合うようになり、一年後に結婚することになった。結婚式に中学時代の同級生を呼ぼうかどうしようかという話にはなったが、「要らない。『ブタエ』を思い出してしまうから」と彼女は言った。陰のあだ名を知っていたのだ。それでも、クロポンだけは呼びたい、と言ったら、そこは承諾してくれた。「黒沢君は、要らんこと言わん人やったからな」ということらしい。

  

 結婚二年目には一人目の子供が生まれ、さらに三年目には二人目が出来、平凡だが幸せな結婚生活を送っていた。

二回目の同窓会があったのは、ちょうどそんな時だった。一回目の同窓会は、春休みで海外旅行に行っていたため行けなかった。二回目も島田達の件があって、行きたくはなかったが、一応出来れば結婚の報告くらいはしておきたかった。「ブタエ」と僕が結婚なんて、島田達はさぞかし大喜びだろうけど、彼女の今の姿を見ると、もしかしたらそこまで喜べないかもしれない。また、クロポンが久しぶりに大阪に来るというので、行かないわけにはいかなくなった。クロポンは高校卒業後、製菓学校に入学し、卒業後修業のためフランス、ベルギーに渡った。そして二七歳の時帰国し、一年東京で勤務した後、念願の自分の店を東京に出すことが出来たのだ。そして、その同窓会の少し前に、クロポンが「カリスマパティシエ」としてテレビで紹介されたこともあって、今回の同窓会ではクロポンが主役になるだろう、そんな友人の凱旋帰阪を見届けずにはおかない、というのが僕の心境だった。島田達もいるだろうが、そこは無視するしかない。

妻に事情を話したら、僕自身の同窓会の出席には快くOKしてくれた。ただ、彼女は行かない、とのこと。お腹の中に子供もいるし、やはり「ブタエ」がどうにも引っ掛かっているらしい。僕は「まだお腹も目立たないし、可愛くなった姿を皆に見せ付けてやればいい」と言ったが、「別に彼らのためにダイエットしたわけじゃない」と言う。無理に出席させるわけにもいかないので、結局僕一人で行くことになった。

 

同窓会は、同級生の吉川安寿が店長をしているという居酒屋を借り切って行われた。出席者は五十人くらい、四分の一か。島田達もいたが、なるべく目を合わさないように、クロポンの近くにいた。

 この日の主役はクロポンに違いないと思っていた。確かにクロポンも主役の一人だったのだが、もう一人、思わぬ伏兵がいた。中三で同じクラスだった三田一史という男子で、中学時代は「根暗」「キモい」と、特に女子に嫌われてた奴だった。僕は単なるいじられキャラだったけど、彼はマジで嫌われてたように見えたから、彼よりはましだといつも思っていた。しかし、今日の彼は違った。流行のファッションに身を包み、オーラを漂わせ、驚くほどイケメンになっていた。いや、確かに当時は暗くて、何を考えてるのかよく分からない奴だったけど、元々彼の顔立ちは端整だった。今日はそれが際立っているということか。一部の女子の目が一気にハートになっていた。

 とはいえ、クロポンにも、女子達の注目が集まり、いつの間にかクロポンを女子達に取られてしまった。手持ち無沙汰になった僕は、タバコを吸うために外に出た。店は禁煙ではなかったが、一人でいると島田達にまた絡まれそうな気がして、中に居づらかったのだ。一本吸い終わり、携帯のメールをチェックした後、店に戻ると、どことなく雰囲気が異様なことに気付いた。参加者の多くが、男女一組のツーショットか男女同数のグループになっている。あぶれてしまった僕は、もうその場にいられないような感じだった。一瞬お見合いパーティーか何かと見紛うほどであった。ふと見ると、クロポンも宮前さくらという女子とツーショットになっている。警戒していた島田も、山根俊恵とツーショットで、こちらには目もくれないようだったので、それは安心した。ツーショットや男女同数のグループになっていないのは、畑野と岩本恵太という男子くらいだ。僕は彼らのことはよく知らない。彼らは今日のもう一人の主役、三田と親しいようで、三田が会場に入って来た時に、真っ先に声を掛けたのが畑野と岩本だった。彼らって同じクラスだったっけ。その三田も女子とツーショットだし、あの二人は何が楽しくてこの場にいるのだろう。少なくとも僕は楽しくない。「用事を思い出した」と言って、途中退席した。誰もそれを止めなかった。

「こいつらの言う同窓会って、結局合コンやお見合いパーティーと一緒かよ」

そう考えると、何となく不愉快な気分になった。高校や大学の同窓会にも行ったが、こんな空気ではなかった。そりゃ、男女の集まる場だから、恋の一つや二つ始まってもおかしくはない。しかし、こんなあからさまに「色恋目当て」みたいなのは…。

 その後、宮前さくらと付き合うことになったと、クロポンから連絡があった。

 そして、僕の結婚報告も、出来なかった。


 同窓会から半年ほど経ったある日、同僚の滝という男からある相談を受けた。彼は二年前にうちの部署に来た男で、年齢は同じだが向こうは一浪していたので、一年後輩に当たる。同い年であること、独身男性が多いうちの部署では数少ない所帯持ち同士ということもあって、嫁の愚痴や家庭の愚痴など言い合える仲になっていた。

 彼によると、どうも嫁が浮気をしているような気がする、とのことだった。携帯を持ったままトイレに籠る、仕事はしているがパートで、本来ないはずの残業や休日出勤をするといったことが頻繁に起こっていた。問い詰めたものの、「仕事で正社員になれるかもしれないから、今が頑張り時」と言うだけであった。だが、彼曰く、嫁は寿退社を夢見ていたタイプで、正社員とかそんな野心があるとは思えない、と。

 僕は以前、彼の嫁の写真を見せてもらったことがあった。その時は、どこかで見たことがあるような気がするというくらいの印象だったが、同窓会で山根俊恵を見て、滝の嫁が彼女であることが分かった。彼女は中学時代はそれなりに目立ってはいたけれど、顔立ち自体は平凡で、どちらかといえば雰囲気美人である。化粧を施せばそれこそどの会社にも一人はいるようなタイプになる。十何年も会っていなければ、写真だけでは気付かないのも仕方がない。嫁の名前も「俊恵」と聞いていたけれど、別に珍しい名前ではない。ただ、気付いてからも、滝には、彼の嫁が僕の中学時代の同級生であることは言わなかった。隠していたわけではないが、何となくいうタイミングを逃していた。

彼らは結婚して三年で、友人の紹介で知り合ったらしく、子供はまだいない。なので、離婚するなら今のうちに、ということのようだ。僕は同窓会の日のことを思い出した。俊恵は島田といちゃいちゃしていた。彼女が浮気しているとして、その相手が島田だという保証はない。あの時たまたまそうしていただけかもしれない。それに何より、あれからもう半年も経っている。だが、確かめてみる価値はある。僕は、俊恵との関係は滝には言わずに、「ちょっとこの件任せてくれないか。うまく行くかどうかわからないけど。そうだ、嫁さんが今度休日出勤や残業があったら教えて欲しい」と彼に告げ、その場は別れた。

 

 同窓会の時に配られていた住所録がある。実家の住所と現住所を書く欄があり、僕は島田達に現住所を知られると困るので、実家の住所しか書かなかったが、他の連中は現住所を書いているのが多かった。また、結婚して名字が変わっていたりすると、「現在の姓」の欄にそれも書いてある。それを見ると、俊恵の現在の姓の欄が「滝」となっていた。当初はそこまで細かく見ていなかったので気付かなかった。住所はH市。島田の住所は大阪市内H区とある。二人とも地元にいないということは、もし浮気しているのなら、おそらく会うのは地元だろう。そして地元の宿泊施設といえば、一つしかない。そこで張っていれば奴らの姿を見られるはずだ。それを写真に収めればいい。こちとら元写真部だ。気付かれずに写真を取ることくらいわけない。やや乱暴な推理及び計画だが、うまく行かなくても、「やっぱりダメだったみたい」と言えばいい。滝もそこまで僕に期待しているわけでもないだろう。

こんなところで島田に復讐するチャンスが訪れるとは、思ってもみなかった。僕自身、島田のことは忘れかけていて、もうどうでもよかった。今回も復讐というより、同僚を助けたいという気持ちの方が強かった。俊恵も中学時代は僕のことを散々いじってた女だ。罪悪感はなかった。


 滝の嫁、つまり俊恵が「残業だ」と言ってきた日、僕は地元の宿泊施設の斜め前に車を停め、張っていた。すると、なんと島田と俊恵の二人がそこから出てきたのだ。すぐさまカメラを構え、写真に収めることに成功した。何とまあ簡単な。「こいつらまじ頭わるー」と、半分あきれてしまったほどだ。

 現像した写真を滝に渡し、「これをどうするかはお前が決めろ」とだけ言った。滝は不思議そうに「これをどうやって手に入れた?」と聞いてきたが、種明かしはせず、「知り合いの探偵に頼んだ」と言ってごまかした。同じ写真を俊恵の実家、さらに島田の現住所と実家にも送ってやった。

 その後、かなり修羅場になったらしいが、俊恵はあっさり浮気を認めて離婚。島田もまた同じように離婚したらしい。島田と俊恵は、滝と島田の嫁からダブルで慰謝料を請求され、両方の総額は一千万円ほどになったという。また、二人とも実家から絶縁され、慰謝料も渡したため、ほぼ一文無しで放り出されたそうだ。

 ここまでなら「ざまあみろ」で話が終わるところだが、なんと二人はこの後駆け落ちしたらしい。それから今まで、二人から全く連絡はなく、どこでどうしているのかを知っている者は、同級生ではいない。まあ、愛する二人が一緒になれたのならそれはそれでよかったのだろう。

 ちなみに、滝はその二年後に再婚し、今は二人の子供のパパになっている。島田の元嫁のその後は、知らない。そもそもどんな女のかも僕は知らなかったのだ。


*             *

「まあでも、あの時の同窓会はちょっと異様だったな」

直樹が思い出して言う。

「一回目の同窓会は、俺もフランスに行く準備で忙しかったから行ってなくて知らんけど、こないだの同窓会は、いわゆる『同窓会』やったしな。カップルが出来たとも聞いてない」

「二回目って三〇歳くらいだっけ?結婚焦ってたとか。私も三〇くらいの時、大学の同窓会に行ったけど、ぎらぎらしてるのはいたよ」

「そういうのもあるかもしらんけど、既婚者もおったしな。やっぱりあれは変や。でも、もうええわ、どうでも。クロポンがおって、妙ちゃんや子供達もおって、それで幸せや」

「ちょっとー、私も入れてよね」

「あ、ごめん。これからは奈美ちゃんも仲間やな」

光彦のその言葉とともに、皆で笑い合った。光彦達と、今後も本当にこうやって会って、飲めるかどうかはわからない。でも、それでいいのだ。奈美子は、にわかに出来た「仲間」と楽しい一夜を過ごせたことが、嬉しかった。 


 そうして笑い合っている時に、直樹の携帯が鳴り、話をするために席を外した。

「仕事かな?」

「かもね。最近、店以外にも、取材とかテレビ出演とかの依頼も多いらしいから」

しばらくすると、直樹が戻ってきたが、携帯をそのまま奈美子に手渡してきた。

「奈美子さんと話したいって言ってる」

誰だろう、と思って電話に耳を当てると、

「こんばんはー。だーれだ?」

少し前までの奈美子なら分からなかっただろう。しかし、ちょっと前に聞いたことのあるこの声を、奈美子はすぐに思い出すことが出来た。

「沙織ちゃん?えーなんで?」

同窓会に来ていた河西沙織だ。現在は中野沙織だが。いきなり電話をかけてきて、奈美子と話したいといっても、直樹と沙織の繋がりについては全く想像がつかないだろうと、沙織が説明をした。

「あたしね、実は関西でママタレみたいなことやってんの。最初はご近所さん集めた料理教室から始まったんやけど、料理のブログとかやるようになって何か評判になったみたい。で、主人がテレビ局に勤めてるから、そのコネでテレビに出るようになって。それから、知り合いの出版社の人がクロポンとあたしが同級生だと知って、じゃあ、コラボ企画やろうよ、って話になって、『カリスマパティシエVS主婦タレントのスイーツ対決』っていう雑誌の別冊を出すことになったの。その打ち合わせで来週上京するから、時間空いたら会おうよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ