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連続短編 第三章 『タイの船魂』 お題59『婚』

沖縄で漁師をしている祖父が、孫の結婚式に行く話です。


なぎさちゃん、本当におめでとう。心から君達の関係を祝福させて貰います」


 俺は胸を詰まらせながら拙い涼馬りょうまの祝辞を聴く。

 彼が人前で話すことは珍しい。

 まして、こんな大勢の前で話す機会など、二度とないかもしれない。


「では、ここで祝辞の挨拶を終わらせて頂きます、本当に、本当におめでとう」


 役目を果たした涼馬が席に戻ると、俺は再び高砂に座っている渚を見た。


「あー、緊張しました」


 涼馬が胸を撫で下ろすと共に、俺も一緒に深呼吸をする。友人代表としては年を取り過ぎた彼が雰囲気を暗くしないよう、明るく綴ってくれたため、場も悪くならなかった。


「ありがとう、涼馬。悪くなかったぞ」

「そういって頂けると、助かります」


 ……ようやく腰を降ろせる日がきたようだ。


 涼馬とともに胸を撫で下ろす。両親を失って我が家に来た渚がついに人様のものになる。


 こんな日がくればいいな、という願望はあったが、自分が生きている間に実現するとは思っていなかった。


しかも彼女はすでに新たな命を宿している。


「渚ちゃん、幸せそうですね」

「そうだな」


 披露宴が始まり、彼女の席には笑いが絶えない。心が軽くなるのと同時に虚しさもすっと覗いていく。


「相手の男もよさそうですね」

「それはわからんけどな」


 今時の優男といった風貌の彼を見てもぴんとこない。背が高く眼鏡をしており柔らかな表情ばかりで、どうも男に見えない。もっとエネルギーに満ちている者を選んで欲しかったとも思う。


うしおさん、男が引っ張る時代は終わったんですよ」

「ふむ、そういうものなのか」


 育て親として、あの男に任せて大丈夫なのだろうか、という疑念がある。


 だが祖父としては自分の体が動けるうちに結婚式に参加できてよかったという思いもあり、今の所、均衡は保たれている。


「そうです。お互いが幸せであれば、それでいいじゃないですか」

「そう……かもな」


 ……渚が幸せになるのはうれしい、だがこの葛藤は何なのだろう。


 息子が結婚する時には抱かなかった感情が沸く。自分の子ではないのに、もう渚と一緒に住まなくなって5年も経つのに、今の彼女との溝を感じ、いたたまれなくなる。


 ……この気持ちはただの侘びしさだけなのだろうか、それとも――。


大槻おおつきさん、今日は来て頂いてありがとうございます」


 顔を上げると、婿になる男がビールを片手に持

ち俺の前に立っていた。


 なぜかはわからないが、彼の顔を見た瞬間、体の温度が急激に上昇するのを感じた。


  ◆◆◆


「すまないが、自分のペースで飲ませてくれないか」


 俺は正装している彼からグラスを遠ざけた。


 今はまだ彼と話せる状態にはない。彼と話し合うためには時間が必要だ。


「潮さん、そんないい方しなくても」


 涼馬に咎められるが、それでも態度は変えられない。


「失礼しました。ちゃんとお尋ねすればよかったですね」


 彼の名は田原誠たはら まこと。誠実な男だと聞いているが、なぜか気にくわない。目の前の皿に乗ってある、シロダイのムニエルばかりが目に入る。


「すいませんね、お婿さん。潮さん、あんまりお酒が強くないんですよ」


 横にいる涼馬がフォローすると、彼は即座にビール瓶をテーブルに置き、頭を下げた。


「そうだったのですね、大変失礼しました」


 ……その態度も気にくわない。


 再び頭の中でスイッチが入る。人によっては素直でいい人だと取るだろう。だが対応力が早過ぎる人間はそれだけ何に対しても飽きるのが早い。


 この男に渚を任せてもいいのかと再び疑念が沸く。


「君に……訊きたいことがある」

「何でしょう?」

「君が俺の家に来た時のことだ」


 俺の家は沖縄の宮古島にある小さい家だ。島暮らしで漁師をしており、息子夫婦が帰省した時に運悪く事故にあい、渚を引き取ることになった。


 渚はその後、12年沖縄で過ごし成人を迎え、長崎にスキューバダイビングのインストラクターとして移り住んだ。


 その5年の歳月の間に出会ったのがこの男だ。


「君が我が家に来た時、俺は顔を出さなかったのに、なぜ黙っていた?」


 ――ねえ、あなた。渚に彼氏がいるみたいよ。


 家内から聞かされていたが、交際わずか一年も満たないで結婚するとは思ってもみなかった。


 しかも出来婚だ。渚のお腹にはすでに5か月になる子供が生きている。


「僕が潮さんの家に伺って一番しなければならなかったことは謝罪です。順序を飛び越して、結婚の許しを伺いに行くことは失礼だとわかった上で行きました」


 ……それくらいわかっている。


 渚は明るく素直で笑顔が絶えない。彼女に好意を持つ男性は増えるだろうなと思っていたが、そこまでの事態を想定していなかった。


 俺は耐え切れず、わざわざ遠路はるばる挨拶に来た彼の顔を一目みただけで、家から飛び出したのだ。


「なので、話せる状態ではないだろうなとも思ってました。仕方のないことかな、と。本当にすいませんでした」


 彼の冷静な口調に戸惑う。披露宴の場でいきなりこんなことをいわれたら、誰だっていい気はしないはずだろう。


 なのに、この男は冷静に俺のために謝罪を続けている。彼本来のものなのか、それとも演じているのだけなのか。


 どうやら見極めなければならないようだ、今、この場で――。


「そうか。仕方のないことだと思って、あの時は謝罪することを諦めたんだな」


 俺がぼそりと呟くと、涼馬が仲介に入り宥めようとした。


「潮さん、こんな所でする話でもないでしょう。すでに式は終わっているのだから、今日はやめときましょう。ね、お婿さんもせっかく謝ってくれているのだし」


「すいません。それともう一つ、理由があります。というか、こっちの方が本音ですが」


 婿は涼馬の声を受け流しながら続けた。


「大槻さんの顔を見てあなたの気持ちがわかったからです。あなたの境遇を考えると、仕方のないことなのかなとも思っていました。お二人はただの孫と祖父の関係ではないですから」


 ……お前に、何がわかる。


 体温の上昇と共に怒り込みあがっていく。こいつは俺の取った行動を全肯定して理解を示そうとしているのだ。


 何一つ知らないで、知っている風に装う者こそ信用できない。


 俺がどんな思いで渚を引き取り、ここまで育ててきたかはこいつにわかるはずがない。


 両親のいないことに文句一ついわず俺の後をついてきた。人一倍食べることに執着し、常に最高の笑顔を見せてきた彼女が時折見せた、無表情に心を突き動かされてきた。


 孫とはいえ、渚は俺の大切で、大事な一人娘だ。


 こんな軟弱者に渚を任せられない。


「……なるほど、君は話したこともない相手のことがよくわかるようだ」


 俺は皮肉に取られるよう、敵意を剥き出しにしていった。


「これ以上話す必要はなさそうだな、席に戻って貰って結構だ」


「すいません、そういうつもりでいったわけではありません」


 彼は突如、慌てふためき再び頭を下げた。


「本当に重ね重ね、申し訳ありません。あなたのことを知りたい、それでも時間が必要だと思いました。僕は何もわかっていません。


 ただ、聞いているかもしれませんが、実は僕にも、本当の父親がいなかったものですから……」


 ◆◆◆ 

 

「渚さんから聞いているかもしれませんが、幼少の頃から義父に育てられました。彼に不満があったわけではありませんが、周りの反応はやけに温かく同情され続けました」


 ……確か、そんなこともいっていたな。


 家内の言葉が脳裏から蘇る。婿は両親を海の事故で無くし、親戚の家に引き取られたと聞いている。だがそれが何だというのだろう。


「小中高と友人に恵まれましたが、そのほとんどが家族の話を僕の前でしませんでした。なので、僕は自分を可哀そうだと思わなければならないと思い込み、その劣等感から人の顔色ばかりを窺うようになっていました」


 ……やはり軟弱者ではないか。


 心の中で再び思う。環境のせいにして愚痴を零しても何も変わらない。むしろ、周りを不幸に巻き込む恐れがある。


 別に彼の身の上話を聞きたいわけではなかったが、涼馬が促すため、俺は鯛のムニエルを口に運びながら耳を傾けた。


「義父には何不自由なく育てて頂きましたので、不満はありませんでした。ですが、お互い壁のようなものはありました」


「そうなんですね、俺も潮さんとそういう関係でしたが、遠慮はなかったなぁ」


 涼馬が声を上げる。


「お互い仕事で、漁師をしていたんです。その頃は親父というよりも師匠という感じで、ついていくしかなかったですが、渚ちゃんがこっちに来て、スキューバダイビングのインストラクターをするようになって、朗らかな関係に変わっていったんですよ」


 ……そういえば、そうだったな。


 涼馬も体一つで鹿児島から沖縄に来た。最初の頃の彼はがりがりに細く全く話さなかったが、海に出るようになり漁を終える度に強くなっていった。


 要領は悪いが、誠実な男だ。屈強な体格と共に明るくなり、今では彼の口を止めることはできなくなった。彼を自分の息子に重ねていた時期もある。


「そんな経緯があったのですね。もちろん涼馬さんのお話も聞いています。渚さんのお父さんと年が近く、兄のように慕っていたと」


「そんないいものでもないですけどね」


 婿におだてられ調子をよくした涼馬は彼と共に酒を酌み交わす。


 正直、この場を放棄したくなるくらいには居心地が悪い。鯛のムニエルだけが俺の舌と心を満たしてくれている。中々いい味付けだ。薄いホワイトソースが白身魚によくマッチしている。


「こんなことを訊くのは失礼かもしれませんが、渚のどこがよかったんです?」


 涼馬が彼に席を寄越し、テーブルに座らせる。


「渚は小さいし、色黒だし、女っぽい所はないし……。正直、あなたのような優秀な方にはもったいないかと」


「そんなことありません。彼女は僕にこそ、勿体ないです」男は手を大きく振りながらいう。「彼女の笑顔に何度、救われたことか……。言葉ではなく包容力に惚れたんです。全てを受け止めてくれる彼女とずっと一緒にいたい、と思いました」


「なるほど。体は小さくても、心は広いと。誰かに似たんでしょうねぇ」


 涼馬が俺の顔を見ながら相槌を打つ。早く許してやれと顔がいっている。


 だが惚気話を聞くために尋ねたわけではない。


「渚さんを知れば知るほど、愛情を受けて育ったことがわかりました。快活で、常に笑顔に満ちていましたから。何の疑いもなく育ったのはきっと大槻さんの影響を受けたのではないかと思いました」


「まあ、宮古で育ったからというのもあるでしょうね」


 涼馬が頷くと、婿も一緒になって頭を下げている。


「そうなんです。それで渚さんのお祖父さんはどんな人だろうと思っていました。大槻さんの家にお邪魔した時、あなたの顔を見て一瞬で納得しました。あなたがいたから、今の渚さんがあるのだと」


「それは、どうして?」


「僕の顔を見た瞬間、大槻さんの顔が濁ったんです。あ、やっぱり僕のこと、怒ってるなと」


 婿は恐縮しながらも苦笑いしつつ続ける。


「素直な人なんだな、と思いました。むしろ、笑顔で出迎えてくれる方が怖いとも考えていましたから。僕の義父は自分の感情よりも理論を優先する人だったので、感情で怒られたことなど一度もありませんでした。

 なので、失礼ですが、その時、嫌な顔をされたのが凄く新鮮だったのを覚えています」


 ……よく喋る男だ。


 だがあの時のことはよく覚えている。彼の顔を見た瞬間に体が反応し、敵が来たと身構えたのだ。初めて見た男の顔には笑みが零れていた。


「そうなんですね。でも怒るともっと怖いですよ、潮さんは」


 涼馬が俺の顔を見ながら微笑する。


「気を付けておいた方がいい。渚ちゃんの話をする時は、特にね。今日だって……」


「お前たちの話はもういい」


 俺は怒りを込めて2人の言葉を引き裂いた。


「お前の気持ちはよくわかった。ではなぜ子供を作ったんだ? 

 それだけ思いがあるのであれば、結婚してからでも遅くはなかったはずだ」


「そ、それは……」


 婿の顔が途端に曇る。


 彼のいっていることが本当ならば、俺に対しても時間が取れただろう。


 だが渚には子供ができており、結納する暇もなく、式の日取りが決まった。


 俺だって、渚の幸せな日を祝う努力をしていたのだ。


「お前は一時の快楽に身を委ねたからこそ、今の事態を招いていると気づかないのか?

 そんな土台の固まっていない結婚など、俺は絶対に認めんぞ」


  ◆◆◆


「終わってしまうと、あっという間だったですね」

「そうだな」


 涼馬と2人だけで近くのバーに立ち寄った。

 昼間あれだけ飲んだというのに、喉がブランデーを求めている。


「今頃、あっちは盛り上がっているでしょうね」

「そうだろうな」


 披露宴を終え、俺たちは渚達の二次会には参加せず、別の場所を望んだ。


 もちろん、彼女の友人が用意した二次会でも構わなかったが、顔を出しにくく、ひっそりと酒を呷っている。


「まさか、渚ちゃんからだったなんて思いもしませんでしたね」

「……ああ」

 


 あの時、怒りに任せて婿に放った言葉を渚が聞いており、すっ飛んできた。


 彼は平謝りのままで弁解もせず、幸せな家庭を築くことを誓った。


 しかし渚がそれを弁明し始めたのだ。


「ごめん。じいちゃん、私からだったの」


 呆気に取られた俺たちは言葉を失い、立ちすくんだ彼女を見ることしかできなかった。


「私からプロポーズしたの。私が幸せになれる人はこの人しかいないと思ったから、子供だってそう、私からねだったの」

 

 鮮やかな水色のカクテルドレスを身に纏った彼女は周りの目を気にせず、思いの丈を述べていく。


「私のことをわかってくれる人はこの人しかいないと思ったし、この人をわかってあげられるのは私しかいないと思ったの。じいちゃんにもきちんと話したかった。けど、じいちゃんは……すぐには聞いてくれなかったから」


 確かに俺は渚の電話を拒否した。全て結婚するための報告だと思っていたからだ。

 今までの生活が嘘になりそうで、怖かったのだ。


「じいちゃんにいっぱい話したかった。彼が好きな食べ物はじいちゃんとほとんど一緒だし、食べ方だって。長崎に来て、誠君をじいちゃんと重ね合わせていたの」


 俺はずっと渚に幻想を抱いていた。彼女は俺の知っているままでいて欲しい。俺の知らない所にいって欲しくない。


 俺から長崎へ行くことを提案したというのにだ。


 だが渚は遠く離れた地でも、俺のことを忘れていなかった。


「彼は本当に愛のこもった料理を作ってくれるの。じいちゃんにも負けないほどのね。誠君と話していると、じいちゃんがそばにいるみたいで居心地がよかったの。


 性格は全然違うけど、本質が似ていて……。誠君にも父親がいなかったから、寂しさを共有できて、一緒にいる時間が本当に幸せなの」


 息子を失った父親、父親を失った息子。境遇は反対だが、考えることは一緒になるのかもしれない。


 漁に出て子育てをしてこなかった俺は死んだ息子への思いを重ね合わせ、渚に思いを注いできた。


 婿だって、そうだろう。父親がいなかったからこそ、父になるための葛藤があったはずだ。思いは違っても、心は一緒なのだろう。

 

 ――渚を守りたい――


 この子を苦しませたくない。辛い思いは幼少の頃だけで十分だ、贖罪の思いで続けてきた俺の人生はこの子がいたから、変われた。


「彼が作ってくれる沖縄料理も本当に美味しくて、何度も実家を思い出しちゃった。

 透明な青い海に、たくさんの色とりどりの魚、こっちにももちろん魚はたくさんいるよ、でもやっぱり違う。あそこが私の故郷なんだってずっと思い返していた。

 何度も帰りたい、っていう思いが膨らんだけど、彼が私を引き留めてくれたの。

 だからさ、だから……じいちゃんに認めて欲しいよ。一番に祝って欲しいんだよ、じいちゃんに」


 ……いい人に出会ったな、渚。


 お互いの目頭を抑え合う。彼女がこれほどまで真剣に思いを伝えてくれたことは一度もない。


 ずっと封印していたのだ、俺に心配を掛けまいと、気を使いながら海を泳ぎ続け、ウミガメを助けたように。


 渚はよくできた娘だ、彼女が選んだ男なら間違いはないだろう。


「……そうか、わかった」


 俺は席を立ち婿に頭を下げた。


「一生懸命に育てた娘です。不束者ですが、これから、よろしくお願いします」



「しかし、盛り上がり方も凄かったですね」


 渚の友人から拍手が上がり、会場は沸いた。

 最後の挨拶だって、何を話したか覚えていないくらいだ。


「まあ、いいじゃないですか。たまには親子水いらずで飲みましょう」


「お前がいうか、それを」


 涼馬を小突くと、マタニティドレスを着た渚が現れた。


「お前、どうして、ここを?」

「りょうさんに訊いたの」


 渚はそういって軽く舌を出した。


「ごめんね、じいちゃんにきちんと話さなくて……今頃になってごめん」


「いいんだ、俺も悪かった」ブランデーを飲み干して続ける。「本当にあいつでいいんだな?」


「うん、彼じゃないと駄目」

「そうか、なら俺はもう、何もいう必要がないし、応援する。それにあの鯛のムニエルは中々旨かった」


 ――今日の料理は新郎様が作られたものなんです。皆さん、どうぞご賞味下さいね。


 司会の言葉を聞いて、頬を掻く婿と渚。確かにあの腕があれば渚の胃袋を掴むことは可能だろう。


「やっぱり……お前は年を取っても変わらんな」


 夏祭りの屋台で食べたイカ焼きが蘇る。イカの小ささに俺は満足できなかったが、幼少の彼女は目を輝かせながら美味しそうに頬張った。あの好奇心に満ちた瞳はいつまでも俺の脳裏の中で、色あせないでいる。

 彼女を同じ方法で釣ったのだから、文句をいう筋合いはないだろう。

「子供ができたら、また遊びに来いよ」

「うん、もちろん」


 渚は笑顔で頷く。


「この子にも、同じ海を見せて上げないとね。仮に……私が死んだら、またじいちゃんが面倒見てよ」


「ばかなことをいうな、俺の方が早く死ぬに決まっているだろう」素早く突っ込みを入れる。「俺だってもう片足くらいは棺桶に突っ込んでいるんだ。安らかに眠らせてくれ」


 本当は片足だけではないのだが、今いうことでもないだろう。


「うん、その時は私が盛大な葬式してあげるからね。任せてよ」


「嬉しくない提案だな……」


 俺がぼやくと、涼馬と渚は同時に笑い合った。


 ……やっぱり変わっていない。


 変わって欲しくないと思うばかりに、渚を色眼鏡で見ていた。離れた時間に、寂しさが彼女への思いに拍車を掛け、駄目になっていたようだ。


 ……あの時に誓った思いはまだまだ果たされていない。


 共に生きようと誓い、俺はこいつを疑っていた。目の届かない所にいき、信用できなかったのは俺の浅はかな心のせいだ。


 ……渚、俺はお前に救われ続けているよ、ずっと。


 お前に救って貰った魂を俺は今も持ち続けている。これからも、漁師として、船に乗り続けていくつもりだ。


 渚がいつ遊びに来てもいいように、そしてあの男にも負けない料理を出してやらないと気が済まない。


「……本当に親子みたいですね、二人は」


 涼馬は軽く笑い、俺たちを見合った。


「水臭いことをいうな、お前もその内の一人だ」


 鼻を擦りながら続ける。


「婿に負けない料理を考えないといけないんだ、お前にも協力して貰わなければ困る」


「そうですね……、うん、うん……」


 涼馬は上を見ながらグラスを大きく傾けた。


「誠君に負けない料理、いっぱい考えましょう」


「楽しみだね、また会える日が……」


 渚が笑うと、場が再び明るくなっていく。俺の魂が船の灯のようにまだ見ぬ道を照らしてくれる。


 ……まだこの灯も消せそうにない。


 俺は自分の心臓を掴みながら、二人の生末を見守ることにした。残り少なくなったブランデーが鈍く光り、蝋燭の火のように淡く輝いていた。



読んで頂けてありがとうございます。


また会えることを願って。

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