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二時三十八分

 夜の街を彩る様に頭上には提灯が吊り下げられ、道の両端には露店は所狭しと並んでいた。そう、今日は年に一度の夏祭りが行われているのだ。

 歩くのも困難な程、詰め掛けた人達の波は強烈で折角お洒落してきた洋服も左右に寄れ曲がって台無しである。

 こんな事なら大人しく家でビール片手に野球中継でも見てた方がマシだったかも知れなかったと今更ながら後悔の念に浸る貴巳耶きみや。すると前方から声がしてきた。

「お~い! こっちこっち!」

 必死に人並みを掻き分けて貴巳耶が居る所まで来ると

「やっと見つけたよぉ! 何処に行っちゃったのかと思ったよぉ!」

「いや……こうも人が多いと身動きを取るのも一苦労で……気付いたらこんな場所まで流されてしまったんだ」

 すっかり疲労困憊の表情を浮かべている貴巳耶は、祭りを楽しむ余裕さえも無くなってしまっていたが、一緒に来た仲間達の事が気になり質問を投げる。

「ところでみんなは?」

「向こうの道路脇を入った路地で待っているって言ってたよ!」

「っで、紗枝さえ一人だけで俺を探しに来たって訳か」

「だって下手にみんなで探したら、逆にバラバラになっちゃう可能性があるじゃん!」

「そうじゃなくて……こんな面倒な役目を紗枝一人に押し付けて、みんなはゆっくりと待っているって事!」

「えっ、いや、私が行くって言ったんだ!」

「……本当に何でいつも自分から面倒な事を引き受けちゃうんだよ。こんな人混みの中で怪我とかしたらどうするんだよ」

「……だって」

 強い口調で言われてしまい落ち込む紗枝は顔を俯かせる。

 その様子を見て貴巳耶は思う。

(またやってしまった!)

 いつもそうなのである。何事にも素直な紗枝は自分からみんなが嫌がる様な役目でも笑顔で引き受けてしまう。絶対に損をしてしまうと分かっている事ですら断る事が出来ずにいた。そんな都合の良い様にされている紗枝を見るのが嫌だった。

何度もそんな場面に出くわしては堪らなくなった貴巳耶は紗枝の腕を引っ張り、廊下に連れ出して注意をしていた。

すると毎回顔を俯かせながら話を聞いている紗枝がいた。

悲しそうな表情を浮かべるのを見て、頭に上っていた血が一気に引いていくのだった。

(何でそんな顔するんだよ……俺はお前が……紗枝が都合の良い様にされているのを見ているのが辛いんだよ……紗枝だって本当はそんな事引き受けるの嫌なんだろ? どうして無理して笑うんだよ……紗枝が無理して笑う度に胸の中がグチャグチャに引っ掻き回されてる様な感覚になってしまうんだ……)

 元々今日は貴巳耶を含めて六人の男女で祭りに来ていた。高校時代の同級生でいつも六人でツルんでいたのだが、それぞれ大学や会社などで会う機会が無くなってしまった。だが、久し振りに全員で集まろうという一通のメールでこの場に来ていた。

 そしてそのメールを全員に送ったのは紗枝だった。

(……また誰かに頼まれたのかよ)

 そう思いながら携帯の画面を見た貴巳耶だった。

 色々な想いで頭の中を巡らしていると紗枝が呟く様に言った。

「……ごめんね。いつも怒らせちゃう事ばかりして……」

 その言葉を聞いた瞬間、貴巳耶の胸は酷く締め付けられた様な痛みが襲った。

「バ、バカ! 違うよ! 俺が言ってるのは、折角可愛く浴衣着て来てるのに人混みのせいで崩れたりしたら勿体無いだろ! 俺なら一人でもみんなの所に戻れたんだから、紗枝は待っててくれたら良かったんだ……」

 微かに頬を赤らめる紗枝を見て、

(はっ! 俺は何を言ってるんだ。考えたら俺の方が恥ずかしくなってきた……)

 相変わらず俯く紗枝だったが、照れている表情を隠そうとしていただけだった。

 同じ俯きでもこんなにも違うんだと感じた貴巳耶。

(あぁ……これはこれで良いかも!)

 胸の中はざわめいていた。

 さっきまで祭りに飽き飽きしていたが、案外こういうのも悪くないかもと思い始めるのだった。

 そんな僅かに幸福に感じていると残りの四人が貴巳耶と紗枝を探してやってきた。

「あっ! 居た居た! 二人でこんな所で何してるの? ずっと待ってたんだよ!」

「折角みんなで久し振りだって集まったのに二人だけで、こっそりとデート中ですか?」

「えぇ~貴巳耶と紗枝ってそういう関係だったのぉ~!」

「俺達はお邪魔でしたかねぇ? ここは気を使って退散した方が良いんじゃねぇか?」

 思い思いの事を勝手に口にする四人。

貴巳耶はついさっきまでこの状況に満足していた事を急に恥ずかしく感じ始めるのだった。

「お前ら! 何好き勝手な事を言っているんだ! ち、違うんだからな! 紗枝とは……い、今バッタリ会った所だったんだ。そうしたらお前達がやって来たんだ。いやぁ~凄いなぁ~みんなが一気に集まってくれて俺は嬉しいぞ! 本当探してくれた事に感謝感謝!」

 突然みんなが現れた事によって焦っているのか貴巳耶のキャラが少し可笑しくなってしまっている事に紗枝も含めた五人は感じた。

「まぁ取り敢えず一度は逸れてしまったけど、またこうして集まれたんだから思い切り祭りを楽しもうぜ!」

「……まぁ、若干一名のテンションが相変わらず良く分からない事になっているけど、まぁ折角だし楽しむべきよね!」

 それから六人は学生の頃に戻ったかの様に無邪気にはしゃいで遊ぶのだった。

 

イカ焼きを口の中に入れる寸前で串からイカが外れてしまい、道に落とす者。

水槽の金魚を追い掛ける事に集中し過ぎて浴衣の裾をびしょ濡れにする者。

射的の鉄砲でふざけているとたまたま通り掛かった強面の叔父さんに命中させる者。

じゃがバターを買ってトッピングを山盛りに乗せてしまい、店主に怒られる者。


 大人とは思えないくらいの悪ガキっぷりである。だが、久し振りに腹の底から笑えたし、社会に出て忘れ掛けてたものを思い出せたような気になれた。

 こんな風にしているとふと思い出される事があった。

 貴巳耶は何気無く空を見上げると小さく呟く。

「あの頃はみんな無茶ばかりしていたよなぁ。後先なんて考えずに面白半分で色んな事をした。俺が今でも覚えているのはこの街にある心霊スポット巡りをした事かなぁ! 毎回紗枝は怖くて泣きべそかいてたのに、やっぱり断るなんて出来なくて結局付いて来てた」

「おぉ! そんな懐かしい事よく覚えてるな! 今だからぶっちゃけるけど本当は俺も怖くて毎回行きたくなかったんだよな」

「え~! 怖がってた割にはいつも率先して計画立ててたよね。この街にある都市伝説を何処から聞いてくるのか分からないけど、毎週の様に持って来てたわよね!」

「それがさ。結構ネットでこの街の事を調べたら山程出てくるんだぜ! やっぱりそういう事に興味を持っている奴等が掲示板とかで情報交換してたりするんだよな!」

「もう……そんなネットの中の言葉なんて殆どガセネタに決まってるじゃないの」

「いやぁ~結構信憑性のあるネタをチョイスしたつもりなんだけどなぁ~」

「元々こんな平和な街で都市伝説を探そうって方が無理があったんだよ。俺達がずっと暮らしてきた街なんだから何処を見渡してもそこにあるのはみんなとの思い出ばかりさ。子供心なりにドキドキ出来た冒険だったのかも知れないけど、最初から俺達には心霊や伝説なんて物とは無縁だったんだよ」

「確かに自分達の街だからこそ新しい発見をしたかったって想いはあったけど、ずっと続いてきたこの大切な街だからこそ、これから先は俺達の手で次の世代に繋げていかないといけないんじゃないのかなって思うんだ」

「……くすっ」

「紗枝? 急にどうしたの?」

「あ、ごめん。でも何かみんなこの街の事が好きなんだなぁって思って。昔は一日も早くこの街から出て行きたいとか卒業したら絶対にこんな街なんて出て行ってやるとか言ってたけど、こうやって集まればやっぱりこの街の事でこんなにも熱くなれるし、全てが思い出に包まれてしまっているこの街がみんなにとっての宝物なんだなぁって」

「結局はそうなってしまうんだよね。何気無く過ごしていた時は何とも思わなかったのに、いざ大学で離れてしまうと妙に懐かしく思えて仕方無くなるんだよね。やっぱり自分達の成長を見守ってきてくれたこの街だから」

 それぞれが成長と共に大切な物を忘れ掛けていると思っていたが、ちゃんと胸の奥には薄らぐ事無く存在し続けているんだと貴巳耶は心の中で思った。

 ふと気が付けばあれ程周りに居た人達も随分少なくなっていた。賑わっていた時間がまるで遠い記憶の様にも感じた。

 貴巳耶は腕の時計に目をやると夜中の二時を回っていた。

 あの頃の様にみんなと過ごす事が出来た時間は再び現実に戻されて、明日からそれぞれが歩んだ道へと戻っていくんだろう。

 僅かに寂しい気持ちになったが、仕方ない事なのである。

 人は進み続ける事で成長をしていく生き物なのだから。今過ごした時間も何れは過去になり、記憶として残っていき、そして何時かは薄れてしまい無くなるかも知れない。けれど、確かにこの場所で六人が集まった事は事実である。もう一度学生の頃に戻り、笑い合った時間は紛れもない現実なのである。

 きっとまたこの街の事を思う日があれば、またこの六人は集まれる筈だから。

 そう思えた瞬間、貴巳耶は口元を緩ませて

「これから最後の心霊スポット巡りに行かないか? みんなであの時、『また行こうな!』って言ってから進路とかでバタバタしちゃって行けなくなってしまって、結局約束をしたままになってただろう? 何か約束を果たせてないって嫌な感じがしてさ。どうかな?」

「良いんじゃないかな! いつだってこの六人は約束を守ってきてたじゃない! これが最後って事で学生の約束を果たそうよ!」

「そうだな! っていうか俺何気にちゃんと調べてきてあったんだよ! 場所はこの近くだからみんなで行こうぜ!」

「本当にみんなあの頃から何も変わって無いんだから。呆れて何も言葉が出てこないわ。でも、何も変わってないみんなだったから今日も楽しく過ごせたんだと思う。付き合うわよ!」

「みんなが行く気なら、俺は何も言わないぜ! 勿論何をする時も六人じゃなきゃな!」

「……私は……」

 両手を握り締め、不安そうな表情を浮かべて俯く紗枝だったが、貴巳耶は隣に行き耳元で話した。

「俺が言い出したばかりにごめんな。怖いなら無理をしなくても良いんだぞ。別に参加しなかったとしても俺達はいつまでも六人に変わりは無いんだからな」

 そう言って体を離そうとした時、紗枝が貴巳耶の服の裾を掴んだ。

「だ、大丈夫だよ! 私一緒に行く! 最後なら尚更みんなで一緒に行かないといけないと思う」

「分かった。これがみんなで無茶をする最後だからな。でもきっといつも通り何も無く終わるからな」

 みんなの気持ちも固まり、心霊スポットに向かう事になった。

 紗枝は貴巳耶には大丈夫と言ったが、正直足が震えてしまっていた。その事に気付いていた貴巳耶は歩くペースを紗枝と同じにする。

 前を行く四人との距離が徐々に開いていく。

 このままだと見失ってしまうんじゃないかと不安になっていると、四人は開いた踏み切りの前で立ち止まった。

 少し遅れる事、貴巳耶と紗枝もやっと追い付く事が出来た。ただ立ち尽くしている四人に貴巳耶が質問する。

「この踏み切りがどうかしたのか?」

「此処が例の心霊スポットさ!」

「特に可笑しな点は見当たらないが、何か起こるのか?」

「見て分かる通り、もうこの時間に走っている電車は無いんだ。だけど、午前二時三十八分になると警報機が鳴り始めるっていう訳さ。どう怖いだろ?」

 自信満々の笑みを浮かべているのを見て貴巳耶は呆れた。

「あのなぁ。電車が来ないのに警報機が鳴る訳無いだろう。例え鳴ったとしても考えられるのは三つ。一つ目は電車の走ってない時間帯に行われる警報機の点検作業。二つは目は深夜に潜り込んだ悪ガキの悪戯。そして三つ目は只単に警報機が壊れてた。どれを取っても心霊現象には程遠いぜ」

「何だよぉ~。折角人が飛びっきりのネタを仕入れてきたって言うのに、そんな風に正論で言われてしまうと何も返せないじゃないかよ。まぁ俺もガセネタナンバーワン候補だったやつだからジョークくらいになれば良いかと思ってたんだけどね」

「何だよ……一番信憑性の無いやつだったのか……」

 若干の安心感で安堵の表情を見せた貴巳耶は隣に居る紗枝に声を掛けた。

「紗枝良かったな! やっぱり何も無かった。結局はみんなで有りもしない話でハラハラドキドキしたかっただけに過ぎないんだよな。これでもう心霊スポット巡りは終わりになった訳だ! ガセネタって事も分かった訳だし、さっさと帰るかな!」

 向きを変えて帰ろうとする六人だったが、その時


 カンッカンッカンッ……


 辺りに響き渡る警報機の音に驚いた六人は振り返った。一体何が起こったというのか全員が困惑した。

 左右に赤いランプは点灯を続け、警報機は鳴ったままだが一向に遮断機が下りる気配は無かった。

「一体どうなってんだ! この時間に電車は動いてない筈なのにどうして警報機が鳴るんだよ! 辺りを見渡しても点検している様子も無いし、俺達以外に誰も居る様子も無い!」

「と、時計だ! い、今何時何分だ!」

 その声に貴巳耶は腕の時計に目をやると

「に……に……二時……三十…………八分……だ……」

 みんなは次第に取り乱していくのだった。

(こんな事になるなんて……今まで何も起こった事が無かったのにどうして……俺達は別に本当に心霊を見たい訳じゃないんだ……ただ……みんなでドキドキ出来さえすればそれで良かったんだ……」

 どうしようもない恐怖に全身の鳥肌が逆立ってしまう。夏場なのに寒気すらも感じてしまっていた。

 自分自身が言った軽い言葉でみんなをこんな目に遭わせてしまっていると感じる貴巳耶。

(全部俺のせいだ! 俺があの時普通にみんなを帰していればこんな事にならずに済んだのに……紗枝をこんな恐怖に遭わす事も無かったのに……)

 心の中で喉が裂ける程、自分自身を責めた。瞼の中は恐怖とみんなに対しての申し訳無い気持ちで涙ぐんでいた。

 すると急に遮断機がゆっくり下がり始めた。六人は呆気に取られてしまう。次の瞬間、回送電車が六人の前を眩しく通過していった。

「か、回送電車だったのか……」

 さっきまで襲われていた恐怖から解き放たれた六人は踏み切りに背を向けて帰り始めた。

 紗枝もみんなの後ろを着いて歩いて行っていた。そしてふと踏み切りの方に振り返ると、そこには小さな女の子が笑いながら立っていた。

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