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漆黒妖艶蝶ーシッコクヨウエンチョウー

人里離れた深い森。

普段は誰も近寄る事すらしないそんな森に連なる様にして五台のバスが入ってゆく。すると舗装もされていない道はデコボコしていてバスを激しく揺らした。

 車内では制服姿の学生が乗っており、そんな事を気にしている生徒など殆ど居なかった。

隣同士の友人と笑顔を浮かべながら話している者。

ただ静かに流れる風景を見ている者。

 調子に乗り過ぎて先生に怒られている者。

 乗り物酔いで吐いている者。

 本当に様々であるが、これから待ち受けている『モノ』の事など誰一人知り得る筈もなかった。

何故こんな森に制服姿の学生が来たのかというと、春の入学式も終えて学校生活にも慣れてきた頃にやってくる学校行事の一つで二泊三日の林間学校である。

 だが、この森を使っての林間学校は今年が初めての事であった。

 周りが楽しそうにしている中でさっきからずっと外を見詰めている生徒が居た。

(やれやれ……何が楽しくてこんなド田舎の森で二泊三日も過ごさないといけないんだろうな。周辺に何も無いから静かに過ごせるって言ってたけど、コイツらと一緒なら大都会の騒音の中に居るのと何ら変わり無いんじゃないのか……)

そんな文句タラタラな事で頭の中を一杯にしているこの生徒は橘修平(たちばな しゅうへい)で短髪に眼鏡という外見をしているが、決して成績優秀という訳ではない。

 今居る自分の置かれた状況を把握した修平は気だるそうな表情を浮かべながら肩肘をついていた時だった。

 流れていく木々の間から人影らしきものが目に入った。

 修平は思わず目を見開く様にして窓に顔を近付けたが、既に人影らしきものは消えてしまっていた。

(あれ? 今あそこに人が居た様な気がしたんだけどな……こんな森でも来る奴なんて居るのかな?)

 自分の目の中に入ってきた状況に対して受け入れ難い感じを覚えていると

「橘君! どうしたの? 外ばかり見て? 森の中だから景色なんて全部同じで詰まらなくないの?」

 そう急に話し掛けてきたのは前の席の女の子だった。

 窓の外で奇妙な事を見てしまった修平は少し驚いた感じだったが、何とか取り繕う様に

「まぁ楽しくは無いけど、目が暇だから何も見て無いよりかはマシかな」

「じゃあさ! 目が暇ならこの動画見てみてよ。マジウケるんだって!」

 女の子は修平の目の前に自分の携帯画面を見せてくる。

「じゃあ再生するよ? 絶対笑っちゃいけないからね!」

 画面の再生ボタンを押すと動画が流れ始めた。修平は相変わらず気だるそうな表情で画面を見詰めていたが

「全然面白くないじゃん。もう良いから返すよ」

 動画を途中で切ると女の子に携帯を返した。するとさっきまで自信満々の笑みを浮かべていた女の子だったが、軽く首を傾げながら「おかしいな……」っと言って前の席から姿を消した。

 何事も無かったかの様に修平は椅子に凭れ掛かると自分の上着を顔に掛けると微かに震え始めた。

 

クックックックッ……


(マ、マジやべぇ~よ……あの動画めっちゃウケる! あんなの最後まで見させられたら我慢出来る筈無いじゃん! あぁ、めっちゃツボに入っちゃったよ! 笑えないってこんなに苦痛なんだな……腹いてぇ~!)

 余程ツボに入ってしまったのか修平は上着を顔に掛けたまま小刻みに震えていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

 暫くして車内のマイクのスイッチが入る音する。

「えぇ、もうすぐ着くので寝ている者が居たら隣の人が起こしてあげて降りる準備をして下さい」

 その言葉を聞いて降りる準備を始める生徒達。

 やっと目的地に着いたという事による安堵から自然と話し声が大きくなっていく。

 上着を掛けたまま眠っていた修平も周りの声により目を覚ました。

(あれ? 俺いつの間に眠ってしまっていたんだろう?)

 顔から上着を取りながら寝起きの表情でキョロキョロしていると、前の席の女の子が顔を出して

「橘君! 寝てたんだね。もうすぐ着くらしいから降りる準備をしろって言ってたよ!」

「あぁそうか。分かった。有難うな」

 そう言うとまた姿を消す女の子。

ふと肩肘をつきながら窓の外に目をやる修平の脳裏にはついさっきの事が焼き付いて離れなかった。

(俺の見間違いなのかな? 生い茂っている木の枝か何かをそういう風に見えてしまったって事も有り得るしな。まぁ後で先生に人が出入りするのか聞いてみるか)

 バスはスピードを徐々に緩めていくと一気に開けた場所に出ていった。そこには一つの大きくて立派な建物があった。

 連なっていたバスは順番に止まっていくと生徒達が中から降りてきた。

「やっと着いたよぉ~。めっちゃ深い森だったからどんなボロボロの建物かと思っていたけど、結構良い感じじゃん」

「どんな所に連れて行かれるかと思って私凄く不安になっちゃった! けどこれなら建物の中もちゃんとしてそうだし、お風呂も大丈夫そうね!」

「よし! これだけの森の中だったらカブトムシが沢山居そうじゃねぇ? 夜になったら探検がてら言ってみようぜ!」

「俺には感じる。聖なるパワーが! きっとこの森は俺の帰りを待ってくれていたんだ。さぁ伝説の戦士の帰還だぁ!」

 そんな言葉が口々に聞こえてきた。

 辺りを見回すと木に囲まれていて空気も澄んでいた。二泊三日で過ごすにはとても良い環境に思えた。

 徐々に整列していく生徒達だったが、なかなか集まらない事に業を煮やした先生が拡声器を片手に強い口調で言った。

「みんなちゃんと並べ! これから入所式を始めるぞ! おいコラ、そこの男子! 勝手にジュースで乾杯するんじゃない!」

 手に持ったジュースを取り上げられた男子生徒達は生徒達の列の後ろに正座させられたまま入所式が始まった。

「これから二泊三日の林間学校が始まります。この林間学校の目的は同じクラスの仲間同士の絆を深めると共に三年間の学校生活をより良いものにして貰いたいと思っています。きっとこの林間学校で芽生えた友情はこれから先も絶える事無く、一人一人が進んでいく数ある道を一緒に助け合っていける仲間となるでしょう。その為にもルールを守って楽しい林間学校にしていける事を心から願っています。それではルールの説明は生活指導の権藤寺鬼殺(ごんどうじ きさつ)先生にお願いしようと思います」

 ムチムチの筋肉をまるで強調するかの様なピッタリタンクトップを身に纏い、上腕二頭筋に滲み出た汗を煌かせながらマイクを受け取る鬼殺。

「お前ら。この林間学校は遊びじゃねぇんだよ。ふざけた真似をした奴は容赦なく豚箱にぶち込んでやるから覚悟しておけよ。取り敢えず列の後ろで正座をしている男子生徒は後で俺の部屋に来い。ふざけた奴がどんな行く末になるのか良い見せしめにしてくれる」

(……全然ルールの説明関係無いな。只の脅しの何者でも無いんじゃねぇのか……)

 そう感じた修平だったが、きっと生徒の八割は同じ事を思ったに違いなかった。

 結局その後、鬼殺の脅しは三十分間続いて入所式を無事終えた生徒達は事前に決めておいた部屋ごとに分かれていった。

 軽い疲労感が漂う中、修平は部屋に荷物を置くとその場に座り込んだ。

 (マジで脅しだけであんなに長い時間よく話せるもんだな。既に拷問を受けた様な感覚に陥ってしまっているよ……)

 ぐったりした様な感じで居ると隣に荷物を置いてきた男子生徒が話し掛けてきた。

「本当に最悪だったね。あの筋肉馬鹿は学校中でも有名なんだって。まさか一年の担当になるなんて僕達もツイてないね」

 そう話し掛けてきたのはクラスでも大人しい存在の佐伯勇(さえき ゆう)であった。

今まで話した事が無かったのに急に話し掛けられてびっくりしてしまった。未だに友達と呼べる存在も出来てなかったし、この部屋決めだってクジ引きで決めたお陰で本当に話した事の無い人ばかりだった。その中でも勇は一際目立って話し掛け辛い存在であった。

「あぁ、本当にツイてなかったよ。でも、そんな事を言うなんて正直驚いたよ」

「僕が先生に対して暴言を吐くなんて思ってもみなかった? 少し軽蔑したとか?」

「いや、軽蔑なんてしないよ。寧ろ『ナイス』と思った」

 勇の表情から笑みが零れた。それに釣られる様にして修平も一緒に笑う。

「僕は佐伯勇。まだ少しだけど一緒のクラスに居て話した事が無かったね」

「俺は橘修平! いつも窓際の席で誰とも話そうとせずに一人外を見ていたから結構話し掛け辛い印象があったかもな」

「別に誰とも話そうとしなかった訳じゃないんだけどね。そんな話し掛け辛い奴から急に話し掛けられてびっくりした?」

「まぁな。でも話してみると案外普通だったから、そっちの方がびっくりしたかも」

「まさか話してみたら根暗で不気味な奴とかイメージしてた?」

「結構その線が濃厚だったかもな」

「橘君って意外と物事をはっきり言うタイプなんだね」

「えっ? もしかして怒っちゃったかな?」

「ふふっ。怒ったりなんてしないよ。その場だけの取り繕いで物事を言われる方が嫌な気になってしまうよ。だから素直にはっきりと言ってくれた方が僕にとっては嬉しい事だからね」

「何か佐伯って不思議な奴だな。素直にはっきり言って貰って喜ぶなんてな。誰だって傷付きたくないっていう思いから当たり障りない言葉で自分自身を守ろうとする。その場だけの取り繕いで凌ごうとする。相手の為を思って言葉を口に出来る奴なんてどれだけ居るのか解らないし、現に今回の林間学校で本当の友達として繋がれる奴がどれだけ居るのだろう。きっと皆無に等しいんじゃないかと俺は思うな」

「それだけ人としての繋がりを持つのが怖い事になってしまっているのかもね。傷付きたくない。傷付きたくないから当たり障りない言葉で埋め尽くして表面上では友達が沢山居る様に見えてても裏では本心を言える相手など居る筈もなく、孤独に震えてたりするんだよね」

 普段のクラスに居る時の勇とは違う雰囲気を感じた修平は妙に可笑しく思えて仕方が無かった。

「やっぱり不思議な奴だな!」

「橘君も充分不思議だと思うけどね」

 そんな話しをしていると各部屋に置かれたスピーカーから所内放送が聞こえた。

「これよりキャンプファイヤーを行います。少し離れた広場まで移動しますので生徒の皆さんはジャージに着替えて正面玄関に集合して下さい」

 放送を聞き終えた生徒達は指示された様にジャージに着替えると正面玄関に向かって各部屋から出ていく。

 修平と勇も着替えると同じ様に部屋から出て行こうとしていた。

「橘君って友達全然居ないよね?」

「意外とお前も物事はっきりと言うよな。別に友達が居なくても学校生活に支障は無いし、今までだってそうしてきたんだから特に不自由さなんて感じて無いけどな」

「僕だってそうしてきたから不自由とは感じて無いけど、居たら居たで何か悪くない様な気がするんだよね。だからさ。友達になってみない?」

 突然の申し出にびっくりしたが、心の何処かで嬉しさも感じていた。

「べ、別に俺はなっても良いよ。佐伯が良いなら……」

「初めての友達ゲットだね。橘君」

「お、おう! ところでその『橘君』っていうの止めないか?」

「じゃあ何て呼べば良いかな?」

「修平でいいよ!」

「分かったよ修平。それなら僕の事も勇って呼んでよ」

 その時、所内を見回りに来た先生が声を掛けてきた。

「お前ら何やってんだ! もうみんな正面玄関に集まってるぞ!」

「あ、すみません。ちょっとお腹の具合が悪くてトイレに行ってました。佐伯は俺の心配して残ってくれてたんです」

「そっか。もうお腹の具合は大丈夫なのか?」

「はい。もう大丈夫なのですぐに行きます」

「みんな待てるから早く来るんだぞ!」

 何とか言い訳が上手くいって二人は怒られずに済む事が出来た。

 修平は正面玄関に向かって歩き出しながら言った。

「さぁ早く行くぞ! 今度はあの筋肉馬鹿に見つかりでもしたら殺されてしまうかも知れないからな! だろ? 勇」

 修平の後ろを少し遅れていた勇が追い付いてきた。

 二人で正面玄関に並んでいる列の中にバレない様に静かに並ぶと先生の話しが始まっていた。

「会場までは並んだまま移動するので決して列を崩したり、森の中に入って行かない様にして下さい。一度迷い込むと二度と出て来れなくなってしまうからな。そうなってしまうと先生達が探しに行かないと行けなくなるから先生達も二度と戻って来れなくなってしまいます。お互いに足を引っ張り合わない様に気を付けて移動していきましょう」

 話しが終わると順々に歩き始める。

「迷い込んだら戻って来れないなんて『迷いの森』じゃないんだからそんな脅しが俺達に通じる訳ねぇじゃねぇか」

「ヤダ~! 歩かないといけないなんて最悪! バスで移動すれば良いだけの話しなんじゃないの?」

「きっとこの森の奥深くに伝説のカブトムシが居るに違いない。キャンプファイヤーなんて抜け出して探検だぁ!」

「いよいよ戦士の帰還が始まる訳だな! 途中で魔物が襲ってくるかも知れないから装備だけは万全に整えておかないとな!」

 そんな声が聞こえる中で修平と勇も隣同士で話しをしていた。

「何かこの森ってバスの中から見るのと実際に歩きながら見るのじゃ全然雰囲気が違う様に感じるよね」

「それは俺も感じた。バスの中からでも異様な感じがしてたけど、こうして間近で見ると気持ち悪くて仕方ないな」

「あと、何か来る時に変な人影が見えた様な感じもしたしね」

「まさか勇も見たのか?」

「って事は修平も?」

「俺一人だけが見た様に思ってるなら見間違いで済む話しだったんだけど、勇も見たって事になると只の見間違いじゃないな」

「でも、もしかしたら近くに住む人が森の中に入ってただけかも知れないよ?」

「そうも考えたんだけど見た感じ近くに民家なんてものは存在してそうにないんだよな。来た時も一本道でそれ以外の道がある様にも思えなかった。もしかしたら遠くから来たかもと考えたんだけど、それなら乗ってきた車が道端にあってもおかしくない筈なのに俺はそんな車一台も見てない。ましてや態々歩いて来たという事は考え難いし……」

 二人は頭を悩ませながら歩いていたが、ふと顔を上げた勇がある一点に視線を向けた。

「ねぇ修平。あれって小屋かな?」

 勇が指差す先に薄っすらと遠くではあったが、小屋らしきものが見て取れた。それを見た瞬間、お互いの顔を見合わせる修平と勇は安堵の溜息を吐いた。

「きっとあの小屋の人が森の中を歩いていた所を見たに違いないな。良く考えれば森って管理してる人が居る訳なんだからこの森に学校関係者以外が居てもおかしくない話なんだよな!」

「そうだよね。僕達の考え方が膨らみ過ぎてしまってただけだよね。正直バスの中から見た瞬間から凄く不安だったんだよね。でもその理由が分かって安心したよ」

 感じていた疑問が解消した事で自然と笑顔が零れる二人だった。

 こうして歩き進めて行った生徒達の前に再び開けた場所が目の前に広がる。

「さぁ到着したぞ! 男子生徒は木を組み立てていくから権藤時先生の所に集まれ! 女子生徒は保健の安村まどか先生の所に集まってカレー作りだぞ!」

 二手に分かれる様に移動していると口々に

「マジか~筋肉かよぉ~」

「絶対あのピチピチタンクトップは生徒に自分の筋肉を自慢したいだけなんだぜ!」

「俺さっき筋肉の部屋に行ったんだけど、ダンベルが置いてあったぜ! 普通林間学校にダンベル持って来るか? 何が目的で来てんだよ筋肉の奴」

「おい! 聞こえてるぞ! 今、俺とダンベルの事を馬鹿にした奴はここに正座だ!」

「やべぇ~! 筋肉の奴、地獄耳かよ! っていうか自分の事で怒るのは分かるんだけど、何でダンベルの事でも怒ってんだよ……」

 若干納得出来ない感じの男子生徒数名は鬼殺に言われるまま、広場の隅の方で正座をさせられてしまう。

「それじゃ隅に積み上げられている木を二人一組で運んで来て、広場の中心に組み立てていくからな!」

 確かに広場に着いた時から木材の山が目の中に入っていたが、やはり自分達で組み立てるところからやらないといけないのかと修平は気だるそうに溜息を吐いた。

 それを横で見ていた勇が修平の肩を軽くぽんっと叩いて

「僕ね。結構プラモデルとか組み立てていく物が好きなんだよね。何だかこの木を組み立てていくのも大きなプラモデルみたいで面白そうじゃないかな?」

「こんな状況でも嫌な顔一つしないどころか逆に楽しめるなんて一体どんな神経してんだよ」

「えっそうかな? 僕は素直に楽しいと思えたから言っただけだよ。それにこういう事を一緒にするっていうのも案外悪くないかなって思えてね」

 何でも面倒臭いと思えてしまう自分に対して、何に対しても楽しむ事が出来る勇の事が少し羨ましく感じてしまう。

 気だるそうにしていた修平だったが、自分自身に聞こえるくらいの小さな声で「よし!」っと気合いを入れるとジャージの袖を捲った。

「それじゃ一緒に大きなプラモデルを組み立てるとするか!」

「うん。やろう」

 同じ様に勇も袖を捲ると二人で木を運び始めた。

学校行事なんて楽しいと思えた事など一度も無かった修平だったが、こうして誰かと一緒に何かをするって事も悪いものじゃないなと感じた。

こうして全員で木を運び、組み立てていくと沢山ある様に思えた木材はあっという間に無くなり、キャンプファイヤーの準備が整った。

その頃には日も沈み、辺りも薄暗くなっていた。すると早速と言わんばかりに組み立てた木に鬼殺が火を点けた。

火はあっという間に天高く舞い上がらんばかりに勢いよく燃え上がっていくと生徒達から声が上がる。

遠目からその様子を見ていた修平は地面に腰を下ろすと隣に居る勇もそれに続く様に腰を下ろすと修平がポツリと言った。

「確かに案外悪くないのかも知れないな」

 キャンプファイヤーの火に照らされた修平の顔はとても満足気であった。そんな修平の横顔を微笑みながら見ると「でしょ」っと勇もポツリと返した。

 広場の中では生徒達がはしゃいで声を上げていて騒がしい雰囲気であったが、隅の方に居た二人にはとても静かな時間が流れていた。

「こうして火を眺めていると人って本能的に『明るさ』ってモノを求める様になっているんだなって感じちゃうよね。もしあの火が無ければ此処は森の中で暗闇の中になってしまう。きっとそんな状況だったら、みんながはしゃいだり笑い合ったりなんて出来る筈も無いんだもんね。昔から火には不思議な力があって、肌で感じる『温もり』や目で見る『明るさ』の他に心を優しく包んでくれる『癒し』的なものもあるんだ。多分それが自然と『安心感』に繋がっていくんじゃないかって思うんだよね」

 今までどれくらい心を曝け出せてきたのだろうか……

 そんな疑問が頭の中に浮かんできてしまう程、勇の話しを聞いていると心を擽られているかの様な気分になった。

 若干照れ臭くなってしまった表情を悟られない様に視線を空に向けた。すると沢山の舞い上がった炭の中に黒く燃える何かが目の中に入ってきた。

 フワフワとゆっくりと落ちてくるその何かが次第に二人の所に降りてきた。

 不思議な表情で眺めていたせいもあり、その事に勇も気付いた様だった。

 地面の上に落ちても尚、微かに燃えていた。その正体は真っ黒の羽をした蝶であった。

 燃えているせいなのか、それともまだ生きているからなのか分からないが微妙に羽が動いていた。その様子を見て修平が言う。

「ツイてなかったなぁ。この蝶。運悪くキャンプファイヤーの火の上を飛んでしまったせいで羽に火が点いてしまったんだな」

 軽い口調で話していると突然何を思ったのか勇が燃えている蝶に触れようとした。

「な、何やってんだよ!」

「熱っ」

 慌てて修平は勇の手を払ったが、どうやら燃えていた蝶で火傷をしてしまった様だ。

「ほら! 言わんこっちゃない。燃えているんだから素手で触ったら火傷をするに決まってるじゃん!」

「ごめんごめん。何だかボーッとしちゃって気付いたら手を伸ばしちゃってて。でも黒い火なんて見た事無かったから見入っちゃったのかな?」

「そんな事より早く水で冷やして来いよ! 火傷は放っておいたら傷が酷くなってしまうんだぞ!」

「うん。分かった。ちょっと行って来る」

 そう言って修平の所から歩き出した瞬間、勇は気を失い倒れてしまう。

「おい! 大丈夫か? 勇!」

 周りに居た先生達や生徒達が修平の声を聞いて集まってきた。

「取り敢えず宿舎に連れて帰ろう! 橘も手伝ってくれるか?」

「はい! 勿論です!」

 修平は勇の体を起こすと背中を向けてしゃがんでいた鬼殺の上に乗せた。流石に軽々と持ち上げた鬼殺の姿は悔しいが心強く感じた。

 三人は宿舎に戻る為に広場を後にして暗い森の中に入って行った。段々と遠くになっていく生徒達の声。日が沈んだ森の中は不気味な雰囲気が漂っている。

 すぐ目の前に勇を背負った鬼殺が居ると分かっていても心は不安で仕方が無かった。

「橘!」

 突然、鬼殺に呼ばれた。

「は、はい!」

 震えた声で返事をする。只でさえ鬼殺に呼ばれただけでも心臓が飛び出してもおかしくない程の衝撃だが、状況が状況だけに生きた心地がしなかった。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だぞ! 例え幽霊やお化けが出てきたとしてもお前ら二人は絶対に守ってやるからな! 俺の大切な生徒に指一本でも触れさせるもんか! ところで俺の後ろポケットに懐中電灯が入っているから取り出して道を照らすんだ!」

(何だよ。懐中電灯持ってるならこんな場所じゃなくて広場から使えばいいじゃねぇか)

 状況が怖かったせいか修平の心の中は穏やかではなかった。だが、言われた通りに鬼殺の後ろポケットから懐中電灯を取り出すと地面に向けてスイッチを入れた。

 しかし灯りは一向に点こうとしなかった。何度も試みるが、やはり灯りは点かない。

 電池でも切れているんじゃないかと疑問を感じながら今度は少し上向きにスイッチを入れた瞬間、

「そんな明るくされたら眩しいよ」

 点いた明かりに照らし出されたのは顔半分焼け爛れ、口元を真っ赤に染めた勇の姿であった。

 思わず「わああああああああ!」っと声を上げた修平は前を歩いていた鬼殺の方に灯りを向けると、真っ赤な血で染まった地面の上に首を無くし倒れていた。

 その状況に膝から崩れ落ちてしまった修平は恐怖で声を出すのも儘ならなかった。

 必死に地面を這う様にして広場に戻ろうとするが、上から勇が覆い被さってきた。

「ねぇ? 何で逃げるの? 僕達友達でしょ?」

「お、お前は勇じゃねぇ!」

「あははっ、修平面白い事言うね。どこからどう見ても僕は僕だよ」

 その瞬間、遠くの広場の方から悲鳴が響き渡ってきた。

「向こうも始まっちゃったみたいだね」

「い、一体何をしたんだ?」

「僕は何もしてないよ。けど、僕以外もこの森には沢山居るからね。久し振りのご馳走だからみんな喜んでいるんだよ」

「ご馳走って? まさか……」

「そうだよ。美味しく『食べる』のさ。だから修平も僕の為に協力して欲しいんだよね」

 そう言ってうつ伏せの状態になっている修平の首元へ顔を近付けてくる。

「お、お願いだ! 殺さないでくれ! 命だけは助けてくれ!」

「修平って本当に友達想いだよね。そんなに怖がった表情見せられたらゾクゾクしてきて我慢出来なくなっちゃうじゃん」

 ニヤニヤと笑いながら舌で唇をペロリと一舐めした。

「やめてえぇぇ! いやああああああああ……」

その夜から数日後、大々的なニュースとなった。

『一晩で一学年の生徒と教師が忽然と消え去った謎と現場に無数に残された燃えあと』

 静まり返った森の中。そこにある小屋のドアが自然と開いていく。

「火は肌で感じる『温もり』と目で感じる『明るさ』と心の『安心感』とあと一つあるのをすっかり忘れてたよ……全ての物を焼き尽くして『無』にするって事を」


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