ニートの旅立ち
前回の高校トラウマから三年経つが、俺の傷はまだ癒えていない。いや、それは単なる口実であって本当は癒えているのかもしれない。
この三年間、人目を気にしてあまり外出をしなかった。現実逃避という現実逃避は色々行ったが、得られるものは無論何もなかった。まさに不毛な時間だった。
だが、ディスプレイ越しの彼女と過ごした時間は不毛な時間とは思いたくない。否、不毛である。
現在2012年の夏の金曜日の朝。夏の金曜日と聞くと...それ以上はやめておこう。今日も、三年前と同じく猛暑日でクーラーの効いた部屋で多月は就寝していた。
「...多月兄様起きて!朝ですよ。」多月のお腹に跨って、肩を激しく揺らしている童顔色白で小柄の黒髪ロングヘアの女の子は、紛れもなく最愛にして最高の妹の空である。
頭脳明晰で学校の成績では毎回学年トップだった優秀な空だが、今ではニートである。なぜなら、中高一貫の女子中学校を卒業して高校に繰り上がるが途中で中退してしまったからである。
原因は、空の頭の良さと容姿に嫉妬した女子達の嫌がらせだった。そのせいで、空は対人恐怖症になってしまった。
辛い過去があった空ではあるが、今では元気にしている。本人は多月兄様のお陰というが。
「...なんだよ朝っぱらから。俺のニートライフが台詞なしじゃないか。」
「そうなんです。多月兄様のニートライフが今日で終わりんなんですよ!」空は思い出したかのように多月にそれを言う。
「どういうことだ?」多月は疑問の表情を浮かべたが、すぐに勘付いた。
「二年前、母さんが言っていたことですよ。」残念そうにした顔でこちらに視線を送る空。
「思い出したよ。今日俺は、この家を追い出されるということを。」
「...はい。」再び残念そうな顔をする。ちょうど二年前、母が息子である多月に一方的に約束を結んだのだ。「二年間は面倒を見るが、それ以降は面倒はみない」という約束だ。無論、多月に拒否権はない。
渋々、多月は身支度を済ませ二階の自分の部屋を綺麗にしていると、開いているドアから半分顔が見える。「本当に行ってしまうのですか...?」囁くように空は言った。空は目が潤んでいた。
「一応約束だしな。このまま家にいても不毛な時間を過ごすことになるだけだよ。もちろん、空といる時間は不毛なんかじゃないけれど。(むしろ有意義だ。)」
「空は多月兄様が兄様で幸せです!空にちゃんと会いに来てくださいよ?」満面の笑みの後、捨てられてしまう直前の子犬のような表情をしていた。
「当たり前だよ!(とてつもく可愛いな空)」笑顔で返す多月。このやり取りを傍から見たら、間違いなく彼氏彼女の関係だと思われるだろう。
そうこうしているうちに、掃除は終了した。そして、パンパンのリュックを背負って二階から降りてリビングへ行き家族のみんなに、感謝の気持ちと別れの言葉を伝え家をあとにしようと玄関に行くと、母さんと空が玄関まで来て見送りをする。
母さんは、息子の旅立ちを祝福するかのようだったが、空は母さんとは違って、ただただ悲しそうだった。そんな二人に別れを告げると、多月は行く宛もないまま歩き出す。
多月の背中は、二人の目にどんな風に写っていたのだろうか。
目には、母さんが悪戯で背中のリュックに貼った「ニート」と書かれた貼り紙が写っていた...