015-007
コングマーメイドの眼前で閃光が炸裂した。回り込んできた閃光弾だ。だがコングマーメイドが怯んだのは一瞬のみ、そのまま臆することなくグラエブランド号を追走しだす。
「効いてないのか!?」
『海の生物は目ではなく音にて物を識別するのが多数ござる、奴もその手合いかと』
『類人猿もどきが、ほとんどクジラじゃないか……!』
そのコングマーメイドを追走するゼフィルカイザーと、さらにその肩に捕まる影鯱丸。全力でブースターを噴射してコングマーメイドに追いついたが、怪人魚とグラエブランド号までの距離はそうない。コングマーメイドに並んだゼフィルカイザーは腰のヴァイタルブレードを抜き、
「おんどりゃああああ!!」
アウェルの気合一声とともに斬撃が放たれる。だが斬撃は全力で水をかき分ける腕にぶつかったのみで、コングマーメイドは気にする様子はない。本体の習性以上に、攻撃に威力がまるでないからだ。
(今更だがただの板切れでしかないな)
ゼフィルカイザーは内心で毒づく。見た目こそ修復されたヴァイタルブレードだが、もともと故障していたのが先日のフラムリューゲルとの戦いのせいで完全に機能停止した。今となっては本当に取っ手が付いた頑丈な鉄板でしかない。
それでも腰を入れて振ることができればまた別なのだろうが、水上をブースターで疾駆している状況ではそうもいかない。
「もっかい聞くけどビームは使えないのか!?」
『チャージすると推力が失われる、追撃するこの状況ではまともに使えん!』
「くっそ!」
言いながらも再度の斬撃。やはり弾かれる上に、攻撃に移るたびに機体のバランスが大きく崩れて引き離されることにアウェルは歯噛みする。
贅沢な悩みだということはわかっている。アウェルの常識からすれば、水上を滑走しての戦闘が可能なのはそれに特化した古式魔動機か精霊機のみだ。どちらもアウェルには使いこなせないものである。だが、このままではグラエブランド号が、そしてセルシアが危ない。
「こうなったら……!」
ゼフィルカイザーがコングマーメイドから遠ざかるといくらか速度を落として背後を獲った。クジラのような尾ひれが水を打って滝つぼのようなしぶきを上げている。
『何をするつもりだ、アウェル!?』
「直接組み付けば関係ないだろ! うおおおおおっ!」
裂帛の気合とともに突っ込むアウェル。ブースターをふかして尾ひれを跳びこし、背中からコングマーメイドに組みついた。全高8m弱のゼフィルカイザーが子供のように感じられるほど広い背中は、触れただけで強靭な筋繊維の塊であることを感じ取れた。
だが、これでブースターにエネルギーを回す必要はなくなった。ゼフィルカイザーは即座にエネルギーを腕に回す。右手が緑色の粒子光を帯び、飛び散る水滴と干渉してパチパチと音を立てる。
『流石アウェル。よし、くたばれUMA――がっ!?』
その手を叩き込もうとした直前、頭を万力で捕まれたような圧迫感がゼフィルカイザーを襲った。さしものコングマーメイドも直接組み付かれては無視するわけにはいかなかったらしい。
ゼフィルカイザーの足よりも太い腕がゼフィルカイザーの頭を掴みあげ、海面へと叩き付けた。直後、海面が爆発した。ビームの発射準備中だった右腕が海面に突っ込んだせいだ。
ゼフィルカイザーの手の中で爆弾が破裂したような痛みが襲い、コックピット内に【右腕損傷】のシステムメッセージとアラートが流れる。
「ぜ、ゼフィルカイザー!?」
『大丈夫だこの程度――ぐっ!?』
右手の痛みに気を取られたが、頭を掴む手がいまだに手を離していないことに気付くゼフィルカイザー。水煙に視界が取られる中、肩口に強烈な痛みが走った。
『がああああっ!?』
鋭いものが肩口の装甲を食い破ってくる感触。ゼフィルカイザーのカメラアイが、己に食らいつく巨獣の目と合った。
『ぐっ……ゴリラでもなくクジラでもなく、要は腕の生えたセイウチか……! が、ぐ、があああっ!!』
ばきばきと装甲が食い破られる感触に意識が飛びかけるゼフィルカイザー。ゼフィルカイザーの意識が飛ぶと搭乗者の有無にかかわらず機体がダウンする。陸の上ならまだしも、この海のど真ん中でそれは死を意味する。
「くそ、離しやがれ!」
アウェルも必死に振りほどこうと腕や足で打撃を加えるが意に介さない。並みの魔動機をはるかに上回る力を持つゼフィルカイザーに殴られても平気とは、一体どういう頑丈さなのか。ビームを使おうにもゼフィルカイザーが痛みに気を取られているせいでチャージが成されない。
「他に武器、武器は……!」
ヴァイタルブレードは棒切れ同然、ビームは使用不可、となればあとは脚にあるミサイルが四発のみ。
アウェルもゼフィルカイザーにレクチャーを受けてきたので、どのミサイルがどのような効力を持つ物かは理解している。だけに、この状況でトリガーを引くとどうなるかが理解できた。
この密着状態でミサイルを炸裂させればゼフィルカイザーは甚大なダメージを負う。
ただでさえ今しがた右腕を損傷したばかりだ。更に友達を傷つけるような選択を即座にとれるほどアウェルは冷静でも非情でもなかった。故に、
『ゼフ殿、アウェル殿。我慢されよ』
非情なる手段は己の領分とばかりに、コングマーメイドの首筋に刀を突き立てる紫影があった。影鯱丸だ。だが首回りもやはり極厚の脂肪と筋肉に包まれ、切っ先がわずかに突き刺さった程度。しかしそれで十分。
『これだけは使いたくなかったでござるが――五雷正法、破ッ!!』
紫電がほとばしり、コングマーメイドを中から痺れさせる。電撃にあえぎ痙攣するコングマーメイドだが、しかし当然電撃は密着するゼフィルカイザーにも流れ込み、
『あが、ぎ、がががががが!?』
「ちょ、ゼフィルカイザー!? ハッスル丸、こっちにまで攻撃が――」
『あばばばばば、焼ける、焼けてしまうでござるるるる! このままじゃ焼き鯱、じゃなかった焼き鳥になっちまうでござるるるるる!?』
「ってお前まで感電するのかよ!? ――っ、締めが緩んだ!?」
わずかな隙を察してコングマーメイドを振りほどくアウェル。肩口の損傷部が火花を上げる中、ゼフィルカイザーもどうにか意識の手綱を握りしめ、バックブーストでコングマーメイドから距離を取る。それを確認した影鯱丸も即座にコングマーメイドから飛びのき、
「この間合いなら!」
『今度こそ砕け散れUMA!!』
四発のミサイルが降り注ぎ、コングマーメイドを爆発がつつんだ。爆風が止んだあとには頭部と左腕が消し飛んだ上半身と、クジラ状の下半身が海面に浮かんでいた。
『ぐ……ここまで苦戦するとは。しかしハッスル丸、電撃とか使えたのか』
『使えるでござるが御覧の通り自爆技でござるからな。おおう、尻尾が焦げてるでござるよ、とほほでござる』
ハッスル丸の嘆きをスルーしてグラエブランド号のほうへと目をやると、船の先に巨大な構造体が見えた。戦闘に集中していたせいで気づかなかったようだ。
「ゼフィルカイザー、なんだあれ。島……っていうよりは城かなんかみたいなんだけど」
『どう見ても自然の島ではないな。巨大な船舶、いやメガフロートか?』
ゼフィルカイザーは己のカメラアイに映るものに目を疑った。海上に浮かぶそれはどう見ても海上要塞の類だ。ロボット物やSFなどに出てくる人工島、そういった種類の匂いを感じさせる。
少なくともファンタジー寄りの建築物では断じてない。
疑問に思うも、とにかくグラエブランド号へと連絡を取ろうとしたとき、向こうから通信がかかってきた。
『あー、もしもーし? ゼフさん聞こえてますかー?』
『パティか。船酔いはいいのか?』
『吐くだけ吐いたら慣れましたよ、ええ。なんか世界がぐるんぐるん回ってる感覚がしますが平気ですとも』
「お前、それ本当に大丈夫か?」
通信から聞こえるパトラネリゼの声が妙にハイテンションなせいでアウェルもかえって警戒してしまう。
『ところでパティ、あの見えている島なのだが』
『あ、あの島がメグメル島らしいですよ。それとコングマーメイドは仕留めたんですか?』
『ああ。とはいえ上半身は消し飛んでしまったが』
『下半身残ってるなら御の字です。食べれるのはそっちのほうですし。貴重なものですから手土産にして島民の心象をよくしましょう』
『え? あたしらの食べる分は?』
通信機越しにセルシアの残念そうな声が聞こえてくる。
(しっかしこの光景、反捕鯨団体が見たら卒倒モノだろうな)
ゼフィルカイザーもアウェルもやれやれと思い、獲物を掴んで船へ戻ろうとしたとき――船の間近の海面が盛り上がり、巨獣が姿を現した。コングマーメイドだ。
『なっ……!? もう一匹でござると!?』
ハッスル丸が驚きの声を上げる中、ゼフィルカイザーが飛び出した。左腕からは青白い光と金色の粒子光。O-エンジンが起動した証だ。
『最初から使えていれば楽だったが……とにかく急ぐぞ!』
「おう!」
左腕の粒子光がブレードを形成し、海面を切り裂いていく。
O-エンジンの起動前、緑の光は熱量とともに水を蒸発させていたが、こちらは明らかに水を消し去っている。粒子の状態でその性質も異なるのはゼフィルカイザーも薄々気づいていたことだが、今は急がなければならない。
異形の人魚が船に牙を突き立てるまでそうはない。船べりにちらりと緋色の髪と白い髪が見え、出力がさらに上昇。システムメッセージがトライアルドライブからセミドライブへの移行を伝える。
さらに、フルドライブへの承認メッセージが現れるに至ってゼフィルカイザーは危機感を募らせた。
(まずい。自動で切り替わるようなもんではないと思うが、念のためシステムが妙な動きをせんようにせねば)
そのまま一気にコングマーメイドを切り裂こうとした、その時。メグメル島の縁に、青い光が灯るのを二人は見た。そして、
『「――――ッ!?』」
コングマーメイドまであと一踏みというところで、ゼフィルカイザーは直角に曲がった。
直後、青い光線がゼフィルカイザーのいた場所を走り抜け、コングマーメイドを薙いだ。剣を片手にコングマーメイドと対峙せんとしていたセルシアと引き留めようとしていたパトラネリゼも光が一閃するのを見た。
そして、二人や船員たちの前でコングマーメイドが真っ二つに裂けた。光線がなぞった通りに、あまりにも滑らかな断面を晒して。
コングマーメイドを一薙ぎにしたその威力は凄まじかったが、それ以上に今しがた行った挙動に、アウェルは驚いていた。
挙動そのものはアウェルの操作によるものだし、島からの攻撃を察知できたのもこれまでのアウェルの旅の成果だ。
問題はそこではない。今の一瞬の挙動はヴォルガルーパー戦以降の操作時のラグを感じさせないものだったのだ。
そしてゼフィルカイザーも驚いていた。今の一瞬の慣性制御やブースターのエネルギー配分調整は本当にとっさに行ったものだ。だというのにアウェルの反応速度についていけた。
一体、今の一瞬で自分たちは何をしたのか。二人とも、特にゼフィルカイザーは己の成したことの感触を忘れまいとしつつ、今しがたの光線の元へとカメラアイを向ける。
映像に拡大と補正を最大限にかけて見つけたのは青い機体。青をメインカラーに、赤でアクセントをつけたその姿は古典的な海賊の姿を髣髴とさせる。そして、装甲は淡い光を纏っていた。霊鎧装だ。
「あの機体、精霊機か」
『そのようだな。あの分だとあの島の主かなにかだろう』
新たなるロボットが拝める。とりあえずはそれを苦戦の報酬と思おう。ゼフィルカイザーはそう考えながらグラエブランド号に合流するためブースターをふかした。
『……で、コレは拙者一人で曳航していかねばいかんのでござるかな』
おいて行かれた影鯱丸は一人肩を落としていた。
謎の巨大人口島、メグメル島。そこでゼフィルカイザー達が出会ったのは、海に生きる者たちと、それを束ねる一人の少女だった。
手厚い歓迎を受ける一行。しかし平和な島に、邪悪の影が忍び寄りつつあった。
次回、転生機ゼフィルカイザー
第十六話
大海原の恵める島
「誰であろうとオレのシマに手ェ出す奴ぁ許さねえ」
次回もお楽しみに!




