015-006
巨躯が着水を決めると、その波がグラエブランド号を大きく揺らす。左右に大きく揺れる船の上で誰もが手近なものにしがみついて体を支えている。そんな中で伝声管から声が飛んできた。
『船長、推進器起動準備完了しました!』
「すぐに加速しろ!」
言うが早いか、風を受けて進んでいた船が加速しだす。それまでの風向きを無視した加速に帆がはためくが、船員たちも臆することなく帆を畳んでいく。
『流石に手慣れているな』
「訓練の時間だけはあったからな。とはいえ土壇場でその通りに動けるってことは、俺の指揮がよかったってことよ」
船長が自慢げに言う一方で、船べりに捕まって青い顔をする者の姿があった。今の急な揺れにやられたのだろう、船酔いを再発させたパトラネリゼがグロッキー状態になっていた。
「あうう……こ、こんなことなら酔い止めを調合しておくべきでした……うっぷ」
「ちんまいの大丈夫?」
「し、シア姉。後生です、どうかゼフさんのところに私を……」
「へいへい――ッ!?」
パトラネリゼを小脇に抱えたセルシアが船の後方から感じられた気配にまたも身をこわばらせる。船の後方から水柱が追いかけてきているのだ。速度が乗って安定してきた船上で立ち上がったゼフィルカイザーは、拡大画像でその姿を捕えた。両の腕で力強く水をかき分け、尾ヒレで水を打って進むむくつけき人魚の姿を。
『バラフライ、だと……!?』
「ば、バター揚げ? ゼフィルカイザー、お前何言ってるんだ?」
アウェルの言葉に修正を入れる余裕などゼフィルカイザーにはない。なにより水柱は徐々にではあるが、魔動艦へと近づいてきているのだ。この状況、非常にマズい。
『パティ、あの魔物の危険度は?』
「うっぷ……、ひ、非常に獰猛、雑食なんで人も食う、肉は美味……おえっぷ」
顔を真っ青にしながらも解説はしっかりとするパトラネリゼ。当人もここのところ賢者として役に立っていないのが相当堪えているのか、その様には執念を感じる。
『船長、船の速度はこれ以上上がらないのか』
「無茶言うな、これでも精一杯なんだよ! それに溜めといた魔力が尽きたらどのみちお終いだ……!」
となれば、どうにかしてあのゴツい人魚を仕留めなければいけないわけだ。だがここは水上。ロボットにとって水上や水中というのは天敵中の天敵だ。ロボットアニメなどでも初の水中戦は苦戦する描写が圧倒的に多数である。戦闘になるならまだいい、下手をすれば沈んでそのままお陀仏ということもありうる。
『レールガンが使えれば容易いものを……!』
「ゼフィルカイザー、ビームは?」
『先ほど奴は意図的にビームを避けたように見える。それにビームは水で減衰するし、使うのならば接近は必須だ。それとミサイルは……閃光弾と近接信管式が四発ずつか、しかし』
どちらも相手が水中に潜ればおしまいだ。ここにきてゼフィルカイザーは己のもったいない根性を呪った。既に製造したミサイルを投棄して魚雷でも作っておくべきだったが、今更言っても仕方ないことだ。
『どうにかして迎撃するほかない。ハッスル丸、行けるか?』
『応、海は拙者の本領でござるからな、期待されよ』
ゼフィルカイザーの足元には久々に見る紫のニンジャロボ。ハッスル丸の魔動機、影鯱丸だ。いったいいつ装着したのやら。その出で立ちにときめいたのか、なお顔を赤くするカノだったが、しかし首を振った。
「ハッスル丸さま、あの魔物は危険です! どうかご無理はなさらないでください!」
『なぁに、無茶は慣れたものでござるよ。吉報を待たれよ』
「は、はい!」
カノの返事を聞くや否や甲板から影鯱丸の姿が消失した。そして船の後方から一直線に白い線が伸びる。水上を駆け抜ける紫影を見やりながら、ゼフィルカイザーは思った。
(一体どうやったらこの短時間であそこまで堕とせるのやら)
この短時間にがらりと変わったハッスル丸への心象にげんなりとしながら、ゼフィルカイザーもブースターを軽くふかして体を浮かし、グラエブランド号を見送った。ちらりと見た船べりには、
「わ、私のやすらぎ空間がああああ! カムバアアアアック! あ、ちょ、お、もう無理……」
「ほーれ、捕まえててやるから海にしなさいよー」
最近人間味を帯びてきた蛮族と、そして反比例するように乙女にあるまじき醜態をさらす幼女の姿があった。ゼフィルカイザーの気力が下がった。
コングマーメイド。海において危険な魔物は数あれど、その名は必ず二、三番手に上がるほどだ。艦船に匹敵する巨体とそこから生み出される航行速度もさることながら、最大の脅威はその気質だ。小物は相手にせず、己に比する、あるいはより巨大なものを見ると積極的に挑みかかる習性を持っている。そのため小舟ならば問題ないが、大型船だと遭遇率とその際の危険度が増す。故に、
「魔動機による足止めは不可、奴はこちらに構うことなく船を追うでござるからな。故に確実に仕留めるほかないでござる」
影鯱丸の中の頑張の、そのさらに中でハッスル丸は一人ゴチて機体の操作に移る。海面を疾走する影鯱丸の手が残像を帯びながら印を連続で結び、
『水遁、瀑波の術!』
影鯱丸の足元の海面がうねりを帯び、たちまちに巨大な水壁となってコングマーメイドに立ちはだかる。だがコングマーメイドは減速するどころかむしろ速度を上げて壁に向かう。
波浪の頂点に立つ影鯱丸の指運に応じて、水壁が瀑布となってコングマーメイドを呑みこんだ。崩れ落ちた水壁が濁流を生み、むくつけき人魚を錐もみにする。だが、
「グオオオオオオッ!!」
コングマーメイドは激流に抗うどころか身を任せ、なおも体を前へと進ませる。舌打ちした影鯱丸が水壁の上から跳び立つと同時、その場所に飛沫と共にコングマーメイドが浮上してきた。
だが狙い通り。ここまでがハッスル丸の策の内だ。飛び出したコングマーメイドの直線状には全身のあちこちから光を噴射するトリコロールカラーの機体。海面を裂きながら白の鉄機が半獣半魚と激突し――白い機体があっさりとはね飛ばされた。
『ゼフ殿吹っ飛ばされたでござるー!?』
重質量と激突した衝撃がゼフィルカイザーを打ちのめし、アラートが鳴り響く。はねられたゼフィルカイザーは水きりの要領で二回海面を跳ねて着水、そのまま機体がもがきながら沈んでいく。
『メインブースターがイカれただと!?』
「それって背中にあるやつだよな!? ぶつかったの正面だろ!?」
言っている間にも白い機体が波間に消えていく。
(くっそ、俺は浮くほど軽くなかったか……!)
アニメなどのロボットというのは現実の物理学との矛盾を解決するため、スペックノートを見ると体格の割に異様に軽い機体が少なくない。下手をすると発泡スチロール並みの密度しか持たないロボットもある。一方でそのあたりの設定が綿密で、ちゃんと当該機体を金属で構成した場合を想定した重量になっているロボットもある。
ちなみに魔動機は総じて凄まじく重い。骨格から駆動系であるミュースリルまですべて重金属なのだから当然だ。ゼフィルカイザーはそれに比べれば幾分軽いのだが、残念ながら水に浮くほどでもなかったらしい。
大慌てで慣性制御やブースターの出力に意識を回していると、次第に機体が海面に浮上していった。
ゼフィルカイザーの意図によるものではなく、機体を下から押し上げるような水流を感じる。
『水遁、じゃぐじぃの術……アウェル殿、ゼフ殿、なにやってるでござるか。せっかく誘導したというのに』
ゼフィルカイザーを助けるために術を使った当人は水上に直立しながらため息をついた。どういう原理で立っているのかについては突っ込まない。恐らく忍法だからだ。
「オレは指示されたとおりに腕を向けただけだぞ? そしたら」
アウェルの脳裏には故郷でリリエラの配下と戦った時が思い浮かんでいた。あの時もビームを使おうとしたら使えなかったのだ。
だが、ビームの元であるナンタラ粒子は十分な量があるとゼフィルカイザーが太鼓判を押していたばかりだ。だがしかし。
『ブースターにエネルギーを食いすぎた。飛行しながらだとビーム兵器は使えん……!』
内心で頭を抱えながらゼフィルカイザーは答えた。ゼフィルカイザーのビーム兵器はフェノメナ粒子にエネルギーを付加することで成り立っている。つまり、フェノメナ粒子に加えて機体からの出力がなければ破壊力を成しえないのだ。
陸上ならば何の問題もなかったが、足場のない水上でブースターによる姿勢制御にエネルギーを使っている状態ではビーム兵器はとても使えない。
仮にレールガンがあっても同様だ。あちらもエネルギーをチャージする必要があるという点では変わりない。
『というかハッスル丸、貴様ペンギンだろ。水中戦は得意じゃないのか?』
『得意でござるよ? 水中戦ならば地元の上忍にも引けは取らんでござる』
『じゃあお前だけでもなんとかできるんじゃ……』
『できんでござる。拙者の術を理解しておるゼフ殿なら分かるでござろうが、この海上では陰陽術も奇門遁甲は役に立たんでござるよ。
水遁は使いたい放題でござるが海の生き物にはあんまり効かんでござるし』
(あれか。機体の海適正は高いが武器の海適正は低いとかそういうことか。間違ってるだろそこは)
ロボット物のシミュレーションに置き換えて即座に理解するゼフィルカイザー。
『禁術は』
『かけようとしたら弾かれたでござる。いやぁ、あれだけの図体だと魔力も高くござってな』
『格闘戦!』
『質量差はいかんともしがたいでござる。言われる前に言うておくとコングマーメイドは悪食ゆえ毒耐性も高いでござるからな』
結論、双方お互い期待外れであった。
「な、なあ? あのゴリラ、船追っかけて行っちまったんだけど……いいのか?」
『『あ゛』』
アウェルの言葉に二機が目を合わせたときには、コングマーメイドの尾ひれが水平線の彼方に消え去ろうとしていた。
「あのポンコツども……!! うっ、げろげろげろげろ」
「だ、大丈夫、ちんまいの?」
船の動力室にある魔力貯蔵用の魔昌石に魔力を送り込むパトラネリゼは、室内に設置されたマナパネルの映像を見て毒と乙女の尊厳を順次吐き捨てた。その様にパトラネリゼ用のエチケット桶を持つセルシアも引いた表情をしている。
「しっかし嬢ちゃん大したもんだな。公国の軍で嬢ちゃんほどの魔力の持ち主はいねえぜ?」
「そりゃどうもげろげろげろ」
「いや、ちんまいの本気で休んだら? あたしも魔力は結構あるし代わるわよ? 何だったら締め落としたげるけど」
「ぶ、物騒なお心遣いどうも。ですが非常時ですのでお構いなく! いい加減慣れてきましたし!」
事実、船尾側の映像には魔物の立てる水飛沫が徐々に迫ってきているのが映っている。その背後から爆光が追いすがってきているが、先ほどの様子では下手に期待しないほうがいいだろう。少なくとも手を休めてはいけない。
「どうしたもんやら……ん? なにあれ」
こうなれば近寄ってきたところで自分が打って出るか、そんなことを考えたセルシアが別のマナパネルにちらりと映ったものに目を細めた。
それは船首側の映像だ。水平線の先に何かが見える。島か何かのようだ。だがおかしい。セルシアの目には、それは島というよりは巨大な城砦を思わせた。
「あ、あれは」
別の魔晶石から魔力を注ぐカノが、その正体に気付き声を上げた。
「メグメル島です、間違いありません!」
メグメル島。そう呼ばれる島の、もっとも高い場所にあるものが立っていた。カラフルに色分けされた大きな傘、ビーチパラソルだ。その影ではビーチチェアに横たわる姿がある。
三角帽子で顔を隠し、寝息を立てるたびに豊満な胸が上下する。そこに息せき切ってやって来た男は戸惑った。
眠るその人物を起こすのがためらわれたというのもあるし、海にあってそびえたつその山脈の優美さに鼻の下を伸ばしていたというのもある。
「んー、どうした?」
眠る当人が男に対して声をかけた。鈴を転がすような軽快な声だ。
「キャプテン、起きておられたんで?」
「あんだけ急いで登って来れば気づくっつーの。んで、なにさ?」
「それがキャプテン、大変です。 所属不明の船がコングマーメイド引きつれて向かってきてます」
「そりゃ大変だぜ。よっと」
キャプテンと呼ばれた女は、顔立ちからするとまだ少女と女の中間くらいだろう。
しいて言うならそのバストのみ、少女というには程遠い隆起を見せている。上半身はその乳をこぼすまいと必死に張りつめたビキニと三角帽子、それに右目にかけた眼帯。
下半身もミニスカートとブーツ、それに腰に吊るしたガンベルトのみと露出度は高い。
彼女を目にしたものが最初に目を奪われるのは、その人懐っこそうな顔立ちでも噴火寸前に張りつめた双子山でもない、その虹のような肌だ。比喩でもなんでもなく、虹の七色を無造作にぶちまけたかのように、彼女の肌は鮮やかに彩られていた。
そのとっ散らかった色彩を束ねるように、癖のついたボブカットが鮮やかな緋一色に輝いている。
起き上がった女は海を思わせるエメラルドグリーンの左目を凝らすことすらせず、水平線の先にちらりと見える、己のシマへと近づくものを見て取った。
「あの船印は――本当に見たことねえな。追っかけてきてるコングマーメイドは結構な大物……と?」
彼女の眼はコングマーメイドの周囲を飛び交う白い機体を捕えた。白と赤と青、それにいくらか黄色で彩られた鮮やかな機体。
いかなる原理か、全身あちこちから光を噴いて海上を疾走している。
「あれは……」
「下でデスクワーク部隊が迎撃態勢を整えてやすんで、下にきて指示をおねげぇします」
伝令の言葉をよそに、キャプテンは口元を釣り上げた。
「……キャプテン?」
「そっちはいいさ。アレの対処はこっちでやるよ」
女は無造作にガンベルトから銃を引き抜いた。美麗な飾りの施された、先込め式のピストル。女の手にはやや余るその銃把には大洋を思わせる青い輝きの宝玉がはまっていた。
「ま、たまにはオレもハメを外したいってことさ。んじゃ行くぜ、テトラ」
『アイ、サー!』




