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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第十五話 黒騎士の家庭の事情
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015-004

 晴れ渡る空。白い雲。視界の360度、見渡すかぎりに見えるのはその二つと水平線のみだ。

 今一つ、空を両断する天津橋スペースブリッジは南下して赤道に近くなっているためか、随分と細くなっている。

 潮騒の音がひたすらに聴覚センサーを打つ中、甲板に体操座りのゼフィルカイザーは赤道直下の陽光を浴びていた。


「考えてみたら俺、船に乗るのも初めてなんだよな。ここも船とかあればいいのに」


 トメルギアを出てからこれで十日ほど。ゼフィルカイザーの装甲も既に本来の色彩に戻っている。

 三日前までは山の大陸の影が見えていたが、それも今ははるか彼方だ。

 ひたすらに海ばかりだが、ゼフィルカイザーが今見ているのは海は海でも電子の海だった。


「改めて可視化すると訳が分からん!!」


 ゼフィルカイザーの意識はセーフルームの中にあった。

 畳敷きにちゃぶ台、部屋の隅に置かれたチェストの上にはデータで構成された今まで出会ったロボットのモデルが陳列されている。

 問題はその外だ。無限遠まで続く空白のワイヤーフレーム空間だった場所は淡い光を放つホログラムの塊が浮かぶ空間と化していた。

 電子の海、使い古された表現だが、この光景を一言で表すならばもっとも適切と言えるだろう。

 この十日間、グラエブランド号の船上ではバランスの関係でまともに身動きの取れないゼフィルカイザーは、己の機能の改善のために試行錯誤を繰り返していた。

 ブースト機能を解放したときの感覚を元にあれこれと試し続けた結果現れたのがこの光景だ。


「たぶんこの空間がデータを保存する媒体の内部のイメージで、浮かんでるホログラムが機体のOSの断片ってことなんだろうがなあ……どうするよ」


 畳から手を伸ばして届くところにあったホログラム塊を拾い上げておもむろにかじってみる。味はしないが、中身のデータが頭の中に入ってくる。どうやら物質製造機のプリセットデータらしい。


「このくらいのもんなら問題ないんだけどなあ……って、なんだこれ、マスタードガス? 物騒極まりないなおい」


 ぼやいて、ホログラム塊をデータの海に向かってぶん投げた。

 セーフルームを今のような状態に切り替えることができるようになったのはつい昨夜だ。

 ホログラム塊に触れても中身が分からないので食ってみたら中身が理解できた。このことから今の己は情報生命体、サイバーゴーストのような状態であり、この機体にインストールされている、ゼフィルカイザーはそう認識していた。

 今のマスタードガスにしても物質製造機のカタログには載っていなかったものだ。ブロックされていた機能をこういう形で閲覧できるのはありがたいのだが、無数に浮かんでいるホログラム塊のどれにどういったデータが封入されているかは味見するまでわからない。

 検索機能などがあれば話は早いのだろうが、


「まず検索機能を食わんと話にならんわけで」


 ホログラム塊を食うと、己の中に機能が取り込まれる。今のプリセットデータで言えば、ホログラム塊を全部食することによって物質製造機能の製造物一覧にマスタードガスが登録されることになるのだ。

 一晩の試行錯誤の結果判明したことであり、この事実は大きな進展だ。だがしかし。


「現状の問題の解決には全く役に立たん……!!」


 この世界に降り立ったばかりのころは機能の制限に辟易としていたが、今はむしろ逆の状況、与えられた権限が手に負えず振り回されている状況だ。

 特に問題なのが慣性制御だ。自分で機体を動かす分には何の問題もないのだが、アウェルが操縦するとなるとそれについて行くので精いっぱいになる。

 今から考えるとエグゼディとの戦いはよくやれたものだと思う。あの時のアウェルの操縦のキレは先日リリエラとやりあった時の比ではなかった。

 それに追随することができたのは自分も集中力が極まっていたためだ。だがこれからの旅路であのレベルの集中力を常時要求されるとなると正直辛い。


「……転生した程度じゃ俺の限界は取っ払えない、か」


 前世の話だ。ゲームでゼフィルカイザーという機体名のロボットを駆っていた彼はそれなりの腕前で、オンラインの対戦でもそれなりの勝率を挙げていた。だが、ある一定以上には行けなかった。

 遊び感覚でやっている友人が非常識な腕前と褒めたたえる自分が、しかし決して勝てない域の相手。

 いろんなパターンがいたが、ゼフィルカイザーが思い出すのはその一つだ。自分の集中力の途切れた、わずかなミスを逃さずついてくる類の相手。

 自分がミスをしたと思った時には既に追いつめられている、そういう手練れたちだ。


「つくづくなんでリアル系とか希望しちまったかなあ、俺。スーパー系なら勇気とか絆パワーとかでなんとでもなるのに」


 畳の上で膝を抱えるホログラム体。ため息をついたところに、


『ゼフさーん? ちょっといいですかー?』


 もはや聞きなれた少女の声が、彼を呼んだ。




 機体に意識を戻したゼフィルカイザーはパトラネリゼに話しかけた。どこにいるかはわかりきっている、自分のコックピット内だ。


『どうしたパティ。何かあったのか』


「お水ですよお水、ほら」


 コックピット内、キャミソール一枚のパトラネリゼが画面を指さす。そこには水があふれている樽があった。

 樽にはホースが突っ込まれており、それはゼフィルカイザーのコックピット内にある水生成機へと繋がっていた。

 セーフモードに入る前、機能しっぱなしになるようにしておいたのだ。


『すまなかった船長』


「なぁに、いいってことよ。海で真水の心配をしなくていいなんて贅沢なことだしな」


 ゼフィルカイザーの足元では、髭面のいかにも船乗りと言った風貌の男が豪快に笑っていた。

 この船、魔動艦グラエブランド号の船長であるハーガス氏だ。

 屈強な体つきをしているが、髭も髪も半分以上白く染まっておりそれなりの歳であることを感じさせる。


「つうかよう、俺ぁお前らに心底感謝してんだよ。生きてるうちにまた遠洋に漕ぎ出すことができるなんてなあ」


『それほどでもない。感謝なら船長たちの主にすべきだろう』


「ぐすっ、ちげえねぇ」


 男泣きに泣く船長に半分棒読みで返すゼフィルカイザー。なにせこの話、船に乗ってから何度もされている。ゼフィルカイザーは五十回で数えるのを諦めた。

 曰く、鎖国状態になってからこちら、近海の哨戒任務しかさせてもらえなかったらしい。

 そしてその間に一人、また一人と大海を知る仲間たちは港を去って行ったという。


(俺からすればプラモ作るなって言われるようなもんだからな、そりゃ嬉しかろう)


 そんなことを考えていると、コックピット内から声がかかった。下着丸出しで肌着をぱたぱたさせながら、パトラネリゼがクレームをつけてきたのだ。


「ぜーふーさーん。もっと涼しくならないんですかー?」


『エアコンの調整はまだうまくいっていないのだ、諦めろ。というかパティ、はしたないぞ』


「あら、ゼフさんのえっち」


『貴様のようなちんちくりんに欲情せん、それ以前にロボットだからそんな機能はない……!!

 大体貴様、いつまでコックピットを占拠するつもりだ!!』


「だって酔うんですもん。仕方ないじゃないですか」


 慣性制御切ったろうかと悩むゼフィルカイザー。

 実際、ゼフィルカイザーのコックピットは他のどの部位よりも慣性制御機構が徹底している。

 なので、足場がどれだけ揺れようとコックピット内にいる限りその影響を受けない。

 海に漕ぎ出したら誰か船酔いになる、ロボットに限らずアニメのセオリーだが、そのあたりは外していなかったらしい。漕ぎ出して一日でパトラネリゼがあっさりとダウンした。

 以来、ほとんどゼフィルカイザーの機体内で生活している。面倒がって着替えまでコックピット内でするのでゼフィルカイザーとしてはたまったものではない。

 鋼の巨躯だが中身はおっさんと兄ちゃんの中間くらいの年齢だ。

 正直なところ結構ドキっとするのだが、極力表には出さない。彼はロリコンではないのだ。自分の半分ほどの年齢相手に欲情する趣味はない。


 ――ないはずだ。


「今日は海も穏やかだから、少しは慣らしといたほうがいいぞパティ」


 ゼフィルカイザーの肩の上、相変わらずナイフで木を削るアウェルが促した。

 こちらは酔う気配は全くない。上着は脱いでおり、タンクトップ状の肌着一枚だ。

 最初に出会った時は随分と痩せて小柄に見えていたが、旅路であれこれ食ったり動いたりしたせいか、幾分たくましい体つきになってきている。


『お前は平気なんだな、アウェル』


「うちにあった作業用魔動機なんかだと慣性制御とかついてないからな、揺れには慣れざるを得ないって」


『やはり作業用だと機能が限られるのか』


「つうか、慣性制御自体が一種の機道魔法なんだよ。

 戦闘用の魔動機は作業用より魔力が要るってのは、機体サイズ以外にそういう事情もあるんだよ……ふぅ」


 説明しつつ、にじむ汗をぬぐうアウェル。


「でも日に日に暑くなってるのは正直つらいな。そりゃもうすぐ夏だけど、なんかおかしくないか?」


『赤道近辺は熱帯だからな、南に行けば行くほど暑くなるものなのだ』


「知識では知ってましたけど実際に味わうと堪えますねえ」


 ゼフィルカイザーとしては安心半分落胆半分だ。

 リングが赤道直上にあったり赤道直下が暑かったりといった基本的なところは地球と変わらないらしい。

 ありがたい一方で異世界情緒に欠けるなあ、などと思うあたり、神経ならぬ伝達回路が図太くなったと言えるだろう。


(ファンタジーロボットと言ったらもっとこう、世界が階層に分かれてたりとか、でかい剣が突っ立っていたりとか、島が宙に浮いてたりとかするもんじゃないのか。

 実は異世界じゃなくてはるか遠い未来ってオチじゃないだろうな……)


 かなり前からゼフィルカイザーの脳裏をよぎっていた予想が鎌首をもたげてくる。

 異世界、あるいは別の星だと思っていたら遠い未来の地球でした、というパターンだ。これもまたお約束という奴である。月が二つあるがどこかから引っ張ってきたとか人工の星だとかで説明はつく。

 そんな疑念にかられたゼフィルカイザーの視界の隅で、海面を跳ねるものがあった。意識をそちらに向けると映っていたのは大きな魚だった。ただし頭部が獅子である。


(わー、マーライオンだー)


 ゼフィルカイザーは疑念を心のゴミ箱へドラッグアンドドロップした。これだけ生態系が別物なら元が地球だろうが自分には別世界だ。気にしないほうがいいだろう。

 具体的には今見たナマモノが生まれるまでの過程とか。


『しかしお前ら暑がりすぎじゃないか?』


 頭を切り替えるために二人へと話題を振る。当のゼフィルカイザーも直射日光で暑いのだが、白い装甲のおかげか二人ほどではない。

 黒い機体でなくてよかったと思いつつ二人に聞いてみると、アウェルが茶色い髪をかきながら答えを返した。


「つってもオレ、まだ冬毛のままなんだよ。結構キツいって」


「あー、エル兄もですか。実は私もだったり」


『いや、冬毛とか動物じゃあるまいし』


「そーいう形質なんですよー。一見してわからないような形質を持ってる人って少なくないですからね、これ勉強しといてください」


 言われてパトラネリゼの方に注意を向ければ、なるほど、彼女の座る後部座席に白い抜け毛が溜まっていた。


『掃除しておけよ、パティ』


「勝手に綺麗にしたりとかできないんですか?」


 ナノマシンを活用すれば可能だ。アウェル達の靴の汚れなども自動で分解吸収している。しかし、


『貴様は自分の髪を食う奴とかどう思う』


「うわっ、それは気持ち悪いですね。やったら絶交しますよ、このポンコツ」


『言い出したのは貴様だろうがこの物臭賢者……!!』


 などと、もうじき中学生と言いあう四捨五入すると三十歳。

 そうしている間にも魔動艦は海を進んでいる。マストに張られた帆は風を受けて張っている。

 この船には魔力による推進器が詰まれているのだが、魔力の節約のために風があるときは風で進むようにしているらしい。

 魔法文明の利器は凄いのだが、それに頼ってばかりではいけないとか。


『考えてみたら、水を浄化する魔道具とかはないのか? あと魔法とか』


「浄水の魔法は私、覚えてないんですよねえ。ミグノンは水がよかったですから。

 それにトメルギアは興国期の混乱でいろいろ失われたものが多いって言いますし、魔道具は貴重品なんです。

 それからすると、これだけ大きな船が稼働状態で残ってたっていうのは凄いことですよ」


『なるほどな、お前が役に立たんことはよくわかった』


「うるさいですよこのポンコツ浄水器!」


 はいはい、とパトラネリゼをあしらうゼフィルカイザー。故郷のある大陸を離れるというのにパトラネリゼは臆することなく着いてきた。

 最初のころは不安だったが、なんだかんだでこの少女は旅路に適応している。なのでゼフィルカイザーが頭を抱えているのは最初からいる二人のことだ。


『で、アウェル。お前、セルシアとは少しは話せてるのか』


「それがなんか避けられてる」


 アウェルが手を止めて、手元から視線を上げた。

 船の舳先にいる、薄紅色の髪の少女へと。そこにあったのは、光の舞だ。刃が舞うごとにうっすらと光の帯を描き、舞い手が羽衣を纏っているように錯覚する。舳先には暇な船員が人だかりを作ってその剣舞に見惚れていた。

 ゼフィルカイザーは剣技のことなどさっぱりだが、以前に比べるとどことなく剣閃が鋭さを増したような気がする。


「でも、シア姉が稽古するところなんて今まで見たことなかったですよ」


「オレだってない。セルシアとおっちゃんがやってたのってひたすら試合しつづけるやつだし。

 ああやって型稽古するなんて船に乗ってからしか見たことないよ」


 そう言うが、アウェルには以前のような危うさは感じられない。真っ直ぐにセルシアを見据えている。

 セルシアはセルシアで、航海に入ってから毎日ああして剣を振ってばかりいる。はたして母親との邂逅で何を得たのか、そのあたりは不明なままだった。


『心配はしていないのか?』


「気にならないわけじゃないけどさ。なんとなくだけどオレがどうこう言える問題じゃないと思うし」


 それだけ言って手作業に戻るアウェルには、以前のような内に抱え込むようなものは感じられない。

 こいつはこいつで一つ吹っ切れたのだろう、ゼフィルカイザーはそう納得していた。旅路の中で得てきた様々なものを得て成長していく、主人公らしくていいじゃないか、と。


『ちなみにパティ、女同士でそういう話はしないのか』


「ゼフさんの中で寝泊まりしてるのに何をおっしゃいますやら」


 そのとおりだった。常時引き籠っているわけではないが、寝るときは常にゼフィルカイザーのコックピット内である。そしてセルシアはやはりゼフィルカイザーにはあまり近寄らないわけで。


「ま、私も気にはなってますし、ご飯のときにでもちょっと話してみますよ」


 パトラネリゼの返事を聞き届けた直後だ。船の右舷側に唐突に水柱が立った。残る一人、帝国への水先案内人の仕業である。


「クックック……クェーックェックェックェッ!!」


 水柱の上、翼で印を結んだ白黒の怪鳥をカメラアイが捉えていた。同時に、甲板にびたんびたんと落ちてくるものが多数。魚だ。


「大漁、大漁でござるよ!! クェーックェックェックェッ!!」


 海洋生物はわが世の春を謳歌していた。

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