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014-007

 トメルギアの港では一隻の船が出港準備を整えていた。

 他の船よりも随分と大きいその船は、トメルギアにただ一隻残る魔動艦だ。船名をグラエブランド号、トメルギア興国王の名を取った船だという。

 魔力によって推進力を得ることができ、魔動機同様に若干の修復能力も持つ。

 さらに一隻で並みの魔動機を最大十機運搬できるという、極めて大型の船だった。その船の甲板の上にて、


「それでは、あなた方は国外追放処分ということになります。本当に申し訳ありませんが」


 そう言って頭を下げるイルランドに、セルシアはあっけらかんと答えた。


「ま、そう気にしなさんなって。船旅ってのも初めてのことだしね。精々楽しませてもらうわよ」


「シア姉はこういう人なんで、王子様、じゃなかった、王様も気になさらなくっていいですよ。

 私もこうして己の知見を広める機会を得たのですからありがたいことです」


 自分たちにあてがわれた部屋に荷物を積み込んだ一行は、改まって挨拶に来たイルランドたちに応対していた。

 共をしているのは二人、ケレルトとリリエラだ。


「本当に申し訳ありません。

 いつかほとぼりが冷めたら、ぜひまた帰ってきてください。その時には、大手を振って歓迎できるようにこの国を豊かにしてみせます」


「その第一歩を託されておるとなると、いささか荷が勝つでござるなあ」


「ハッスル丸殿、お渡しした親書は」


「畏まってござる。必ず信頼できる筋のお方にお渡しすると約束するでござるよ」


「それとアウェル殿は――あ、その、すみません」


 ふと口にしたイルランドだったが、視線の先にあるものを見て口を紡いだ。そこにあるのは黒い巨大な塊。

 真っ黒に焦げ尽きた、ゼフィルカイザーだったものである。


「ポンコツでしたけどいい人……いえ人じゃありませんね、ロボットだったのに……」


「惜しい方を亡くしたものでござる」


 パトラネリゼとハッスル丸がそんなことをぼやいた。そこに、


『おい貴様ら、何ロボットがスクラップになったようなことをほざいているのか』


「いや、仕方ないんじゃないのか、あれは」


 一行の後ろから通信機を手に現れたアウェルが、通信機相手に反論した。


「適当に死んだふりしてくれって言ったのにああも見事にやるとはねえ」


『ウェザリングにはこだわりがあるのでな……!!』


 リリエラのぼやきにゼフィルカイザーは匠の台詞を返した。

 この一月で試していた機能の一つ、装甲の配色変更によるものだ。

 装甲の材質を変えることができるのなら、色を変えるなどお茶の子さいさいなのではないか。

 そう思ったゼフィルカイザーがあれこれ試した結果がいまの姿だった。

 ウェザリングとはプラモ制作における塗装技術の一つ、意図的に汚すことで質感を出すことだ。

 ただ黒くなるだけでは芸がないといろいろ調整した結果、現在のゼフィルカイザーは傍から見ればスクラップにしか見えない有様だった。


(当初は適当にぶつかってあとは流れで黒焦げになればよかったんだがなあ)


 実際には本気の試合になった。そして最後の一太刀を受ける直前にリリエラから通信が入ったのだ。

 試合はここまで、あとは八百長で頼む、と。最後の一太刀の炎も大半は見せかけで実際には幻だ。


『炎の魔法といっても、攻撃以外にもいろいろ使えるものなのだな』


「ま、あれもリューだからさ。並みの古式じゃ火吹いて終わりだからね。

 精霊機は並の魔動機が切り札に持っているレベルの機道魔法はほとんど使用できるのさ。

 なんせ魔法文明でも後期に作られた、魔法文明の技術の結晶だからね」


『我など、所詮は旧型であるがな』


 自慢するリリエラに対して、腕輪から謙遜の声が入った。フラムリューゲルだ。

 その言葉にパトラネリゼが首を傾げる。


「旧型って、どういうことですか?」


『我は精霊機の中でも初期型なのだ。

 そこらの魔動機には遅れは取らぬつもりではあるが――他の精霊機や、あるいは最後期の強力な魔動機を相手取れば容易くは打ち勝てぬ。

 事実、十二年前に我はエイラルノーシュ相手に後れを取った。彼の機体は魔動機の中でも最上位の機体であった故に』


 その言葉に戦慄するゼフィルカイザー。戦いの最中、ゼフィルカイザーはO-エンジンが起動しても勝算はせいぜい半々、油断すれば打ち負けると読んでいた。

 それだけの力を持つフラムリューゲルが、精霊機では下位の存在であり、さらに同格以上の魔動機も存在するという。


(この先、そういう奴らとも戦わなきゃいかんのだろうなあ、お約束的に考えて……いやいや、そうじゃない。

 もっと楽しもう。まだ見ぬ強いロボットが沢山いるのだと……!)


 内心でテンションを上げるが、自分の命の危機と隣り合わせなことからは極力目をそらすゼフィルカイザー。


「そういうことだからね、アウェル君。

 あなたがこれから戦っていくなら、リュー以上の相手とも戦わなきゃいけないかもしれない。それだけは覚えておきなさい」


「リリエラさん、ひょっとしてそのために?」


 流石のアウェルもその言葉で何となく察した。

 眼前のお人よしな女性がああして全力で仕掛けてきたのは、真正の精霊機の力をアウェルに見せるためだったのだろう。

 だが、リリエラは気にすることもなく笑う。


「まあ、ナグラス卿への恩返しだよ。それに最終的には勝ちを譲ってもらったわけだしね、気にするこっちゃないさ」


 そこには辺境で出会った時の疲れ切った風でもなく、公宮に忍び込んだ時の鬼気迫る様子でもない明るい笑顔があった。

 恐らくこれがこの女性の本来の地なのだ。そしてその腕にはまった焔色の精霊機も、今しがたの穏やかな調子が本性なのだろう。あの場の殺伐とした物言いは、リリエラを試していたのだろう。


『つくづく人のいい方よ……そういえば騎士殿、配下のあらくれどもはどうするのだ?』


「まあしばらくはあたしの子飼いって扱いだね。

 使い物になりそうなら正式に勤めさせるけど、どうだろうねえ」


 今までの問題っぷりを思い返してさっそく笑顔が引きつるリリエラ。

 それを見たパトラネリゼなどは苦労人の香りを漂わせているほうがリリエラらしいと思うが、空気を読んで口には出さない。だが、談笑しているうちにセルシアとリリエラ、それにハッスル丸の表情がこわばった。

 一瞬遅れて他の面々も顔をしかめる中、それを感じ取れないゼフィルカイザーは内心で首を傾げたが、しかし疑問はすぐに氷解した。

 港を満たしている潮の香りを掻き消すほどの強烈な獣臭を漂わせながら、その女が現れたためだ。

 血のように赤い髪の女。ヘレンカだ。


「おうおう、まだ出航してなかったわね。よかったよかった」


「ヘレンカ妃、望みのものがあれば用意しますゆえ、このグラエブランド号を沈めることだけはご容赦願います」


「あー、今日は別に暴れに来たわけじゃないって。てか、今日でこの町出てくつもりだし」


「まさか船に乗せろと? やはり船を沈めるつもりではなのですね……!!」


 ぼやくヘレンカに対して即座に降伏の姿勢を取るイルランド。

 ヘレンカが乗ったら船が沈む、という発想は本来短絡的と言うべきなのだが、ゼフィルカイザーに限らず周りの面々もそれを笑えないでいた。

 なにせセルシアとやりあった余波で、いかに崩れかけとはいえ公宮を崩壊させたのだ。およそ人間技ではない。

 だが、ヘレンカは面倒くさそうに手を振った。


「んなつもりないっつーの。もう待ってる相手もいないしね、適当に辺境でもぶらつくことにするわ」


「あ、なら東の方はどうですか? あちらはエルフが豊作らしいですよ、ねえリリエラさん」


「まあそうだけど……パティちゃんどうしたの、顔を青くして」


「いいえお構いなく! 本当にお構いなく……!」


『……なんでそう急に挙動不審に』


「あの化け物がミグノンに来たら町が滅びます!

 帰ってきたら町が無くなってたとか嫌ですよ、私は!」


『ああうんわかった。すまない』


 だがパトラネリゼの言葉など耳に入っていないというようにヘレンカは己の娘へと目を向けた。己によく似た容貌の、しかし自分とは似ても似つかない娘に。


「聞き忘れたことがあったんでね、たぶんもう二度と会わない気がするし。

 あんた、ナギーからその剣のことについてなんか聞いてる?」


 指さした先にはほのかな光をたたえた宝玉と、それを備える剣。

 セルシアの背負う、父親から受け継いだ剣だ。

 しかし何故そのようなことを気にするのか。セルシアは特に渋る様子もなく、あっさりと答えた。


「なにも聞いてない。父さんは、あたしに好きなように生きろって言ってた。それと、あんたみたいになるなって」


「――は?」


 その言葉を聞いて目を見開いたヘレンカは、なんと言えばいいのだろうか。ぽかんと口を開けていたが、その目には戸惑いの色があった。

 有り得ないはずのことを聞いたとでもいうように。


「あの馬鹿が、その剣のことを伝えなかった?」


 その表情をなんと形容すればよいのか。ぱっと見れば呆けたようでいて、しかし怒っているようにも寂しがっているようにも見える。

 恐らくヘレンカ本人ですら、その心中を言葉にすることはできないだろう。だが一度大きく深呼吸をして、


「――ま、いいか。死んだ奴のことだし。邪魔したわね、もう行くわ」


 そう言った時にはいつもの飄々とした態度に戻っていた。船を去ろうと踵を返したヘレンカをただ見送ろうとするセルシアに、アウェルは戸惑いながらも尋ねた。


「セルシア、いいのかよ」



「いいの。父さんが言いたかったことはわかったし、ここまで来た甲斐もあった――あたしは、あんたみたいにならない。絶対に」




 薄紅色の髪の娘は、血色の髪の母を真っ直ぐに見据えてそう宣言した。それに対してヘレンカは振り向くことなくただ一言を返した。


「そう言えるんなら、ナギーはちゃんと父親やってたんだろうさ。

 っとに、業腹だったらありゃしない。あたしの十何年はなんだったのやら」


 悔し紛れの捨て台詞のように言い残して、現れたときのようにその姿が掻き消えた。

 これが、この母娘の離別となった。両者が顔を合わせることは、二度となかった。


(……はっ!? し、しまった、口を挟み損ねた……!!)


 そして、半端に空気が読めたが故に黙っていたゼフィルカイザーはこの期に及んで激しく後悔した。

 あの口ぶりだと、ヘレンカはセルシアの剣について何か知っていた可能性が高い。

 だが一方でゼフィルカイザーが尋ねたところであの野獣が答える可能性が皆無なのも事実。仕方ないと割り切るほかない。


「……結局のところ、セルシア殿はナグラス卿の娘であるというのが真実なのでしょうね、あの様子だと」


 ヘレンカに気圧されていたイルランドが疲れ切った表情でふと呟いた。その声に答える者があった。人ではない、焔色の精霊機だ。


『彼女は間違いなくナグラス卿の娘だ』


「? リュー、なんでそんなことが分かるのさ」


『ナグラス卿と同じ魔力の波長を感じる。故に、その剣も彼女を主と認めている』


『フラムリューゲル殿、その剣がなんなのか知っているのか!?』


 再度訪れたアイテム鑑定のチャンスにダボハゼのごとく食らいつくゼフィルカイザー。

 その剣幕に周囲が若干退く中、しかしフラムリューゲルは簡潔に答えた。


『ナグラス卿が伝えぬことを決めたものを、我が答えるわけにはいかぬ』


『そこをなんとか!』


『くどい』


 厳格な騎士に一蹴される得体のしれないロボット。そしてそれを聞いていた賢者の少女は、足元のペンギンに尋ねてみた。


「エル兄、自分の乗ってるロボットがこんなんでいいんですかねえ?」


「パティ殿、逆に考えるでござる。アウェル殿に度量があるからこそ、ゼフ殿を御することができているのだと」


『お前らひどいな!?』


 三人がいつもの漫才に突入した中、セルシアは肩をすくめておどけてみせた。


「本当に父さんの子供だったんだ、あたし」


「だってセルシアとおっちゃんって似てるぜ?」


「そーいうことは早く言いなさい。ったく」


 アウェルを軽く小突きながらも、セルシアはどこか満足そうだった。その二人に、フラムリューゲルは後悔の色の強い声で尋ねてきた。


『お二方。ナグラス卿は晩年をいかにお過ごしになられたか』


「て、聞かれても。あたしはひたすら父さんにボコられた記憶しかないし」


「セルシアはそうだろうけどさ。オレはおっちゃんにいろんなことを教わった。魔道機の動かし方とか、いろいろとさ」


『あの方は、笑っておられたか?』


「んー、どうだったっけ?」


「まあゲラゲラ笑ったりはしない人だったな。だけど、なんかこう満足したみたいな顔で笑ってることは結構あったぞ」


『そうか』


 その言葉が聞きたかったというように、フラムリューゲルはそこで言葉を一旦切り、


『セルシア殿。どうか、我らの末妹をお頼み申す。何のことかはわからぬとは思うが、いずれわかる時が来る――いや、ナグラス卿のことを想えば、わからぬ方がよいのであろうが。

 そしてアウェル殿。ナグラス卿の弟子よ。セルシア殿を、どうか守ってほしい』


 リリエラは絶句している。子供のころからの付き合いであるが、フラムリューゲルがこのようなことを人に話すのを見るのは彼女も初めてだった。

 言われた一方、薄紅色の髪の少女は、


「いや、本当に何のことかわかんないんだけど……てか、あんた人間じゃないのに妹とかいんの?」


 セルシアとは思えないほどの至極真っ当、かつ理性的な突っ込みを返し、


「わかってる。あのスカした奴、次に出てきたら絶対ぶっ殺す」


 茶色い髪の少年は見当違いの方向に殺意をたぎらせていた。




 そうして一行が大海原へと漕ぎ出したころより、時を一月ほど巻き戻す。




 その世界に、空はなかった。


 地の果てまでも暗闇の雲が連なり、日の光が差すことはない。

 空気は淀み、大地は荒れ果て、水は濁り、温もりは感じられない。ただただ荒れ果てた荒涼な大地と、その大地を闊歩する醜悪な獣。

 そこに住む者たちは、この瘴気の雲に覆われ、濃密な魔力に満たされた世界を魔界と呼ぶ。

 空を閉ざす黒雲は一方向から湧き出ており、それを必死に辿っていくと、やがてその源泉にたどり着く。

 中空に走った赤黒い亀裂。どのような原理で何もない空間にヒビが入っているのか、そしてそれがどこへ繋がっているのか、それはさして重要なところではない。

 亀裂が無尽蔵に瘴気を吐きだしている、重要なのはこの一点のみだ。

 その亀裂の直下には、巨大な城郭の姿があった。豪奢な作りのその城は桁外れの巨大さを誇っていた。

 人の世を巡ったとしても、これほど見事な城はどこにもない。だが、その色彩は闇色で塗り固められていた。

 魔界の人々は、この城を簡潔な名でもってこう呼ぶ。魔界を治める者が座す城。魔王城と。

 その魔王城の最奥、玉座の間へと続く扉の前に立つ兵士たちは、明かりのない廊下を歩んでくる気配を感じ取り、その手に掲げた槍を交差させた。


「――何者であるか!?」


「ここが魔王陛下の玉座と知ってのことか!」


 それに答えるのは静かな声だった。

 闇から現れたその騎士は、闇よりもなお暗い。全身を漆黒の鎧に固めた銀髪の騎士の姿がそこにあった。

 その姿を認めた兵士たちが慌てて構えを解く。


「こ、これはガルデリオン様! 失礼を」


「いや。職務、大義である。陛下は玉座の間におられるか」


「はっ! 陛下のみならず宰相閣下に四天王の皆さま方もおそろいであられます!」


「皆様、ガルデリオン様のお帰りを心待ちにしておりました!

 どうかお通り下さい――そちらは?」


 衛兵がその存在に気づき疑問の声を上げた。ガルデリオンの背後にみずぼらしい姿の女がいた。見たところ、魔族ではない。


「参考人だ。お前たちが気にすることではない」


「は、失礼を――魔王軍筆頭騎士、ガルデリオン・シング・トライセル様、御帰還であられます!」


 衛兵の大音声と共に、巨大な扉が開かれていく。

 奥から漂い出る膨大な魔力に懐かしさを覚えながら、ガルデリオンは玉座の間を進んでいく。その先、いくらか高くなった場所にしつらえられた玉座に座る存在が、紫色の双眸を輝かせながら問うた。



「よく戻った、我が騎士――では、報告を聞こうか」

 アウェルがセルシアに認められていたそのころ。居城に戻った黒騎士ガルデリオンは、主たる魔王へと謁見していた。

 瘴気のベールに包まれた魔王軍が、ついにその姿を現す。


 魔王軍の目的とは。

 そして四天王の最初の一人がやられたことについては。

 あとみんなが忘れておきたい痴女の行方は。


 一方の現在。海を行く船の上では、海洋生物が絶好調を迎えていた。



 次回、転生機ゼフィルカイザー


 第十五話



 黒騎士の家庭の事情 



「いや違う、違うから! これはそう、敗北の恥辱だ……!」



 次回も、お楽しみに!

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