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014-005

 三日後。今日も公都の空は澄み渡っていた。雲一つない晴天の下だが、しかし口汚い罵声が飛び交うのはいかがなものか。げんなりとした気分になっていたのはゼフィルカイザーだけではあるまい。


「なれば王家の正統をどうされるおつもりか!」


「これは侯爵家の専横、否、王家の乗っ取りに等しいぞ!」


「ハクダ王女はどうされたのだ!? かのお方こそわがご主人……げふんげふん、この国の主となるべきであろう!」


 トメルギア公宮跡地、とはいえ瓦礫は大量に残っている。庭園跡に陣幕の張られた臨時の露天会議場では、ベリエルクガン侯爵を吊し上げる声が飛び散っていた。


「えーと、どういう話なんだっけか?」


 従卒スタイルのアウェルは当然のように話が理解できていない。が、今回はアウェル、ならびにゼフィルカイザーはおまけ、というよりは引き立て役だ。


『まああれだ。新しい村長が気に食わないからゴネてうまい汁吸おうとしているのだ。

 よく見ておけよアウェル、あれが宮廷名物の宮廷雀だ。市民革命が起こると真っ先に焼き鳥になるポジションだ』


 なお、ゼフィルカイザーは悪質な貴族は全部宮廷雀くらいのノリで言っている。ジャンル的に門外漢なためだ。


「何があれって、王子が王位継承しなくて困るのはあちらさんも同じってところですよねえ。なのによく言いますわ」


「ゴネ得という言葉がござってな。いや、帝国でもあの手の輩はどんだけ目にしたやら」


 なお、ゼフィルカイザーの本体は警備のギルトマの中に混ざってつっ立っている。そして、


「……で、あたしはいつまでここにいればいいわけ?」


『私が合図するまで、だ』


 ゼフィルカイザーのコックピット内ではセルシアが不機嫌そうに干し肉を齧っていた。母娘で城を崩壊させてから二日。ところどころが痣になっているくらいで、セルシアはほぼ完治していた。


『まあ今更だがな……しかし、よく私の提案を呑んだな』


「別に。そっちのほうが厄介ごと減らせるっていうから乗ってやるだけよ」


 ぶっきらぼうに言うが、公都に来る前のような敵意は感じられない。いくらか態度が軟化したようで内心胸を撫で下ろすゼフィルカイザー。

 一方で会議場の喧騒はピークに達そうとしていた。一段高いところに設けられた仮の玉座に座るイルランドはしかし泰然としていた。

 隣に立つケレルトはどこかそわ付いており、孫馬鹿巻き貝は引きこもってぐるぐるとまわっている。


「侯爵! 都合が悪くなったら引きこもるのはいい加減にやめていただきたい!」


「いや本当にやめてもらえませんかね!? 話の進めようがないので!」


 だがぐるぐる回り続けるばかりである。あれは一体なにを動力にして回転しているのだろうか。

 そのとき。会議場に大音声が響き渡った。


「ご用命により参上いたしました!!」


 会議場の誰もが、その方向を見た。会議場の入口に立つその姿を。そして、息を呑んだ。

 声のとおり、現れたのは女だ。だが、格好はいかにもみずぼらしい。着込んだ軍服も正規の物とは型が違い、纏う外套に至っては赤茶色に汚れている。血のりだ。

 一体どこの凶賊かと警戒した兵士や貴族たちはしかし気づいた。

 血の汚れに塗れてなおその輝きを失わない焔色に輝く紋章。

 この国でその紋章を背負うことが許されるのはただ二人。王たる者と、そしてその代理たる者の二人のみだ。

 乱れ放題だった紫色の髪は櫛が通され、垢や煤の汚れに塗れていた顔もわずかではあるが化粧がされている。

 おそらく初めて見る、リリエラ・ハルマハットの本来の姿がそこにあった。堂々と進むその姿に気圧されたのか、宮廷雀たちも道を空けていく。


「リリエラ・ハルマハット。参上しました」


 王子の目の前までやって来て膝をつき名乗り出た、その名前に会議場はいよいよ騒然となった。


「ハルマハットだと……あの家はたしか」


「いや、見覚えがある。あれはたしか先代の妹の……」


「で、では。あれは本当に?」


 おののく声が徐々に広がっていく中、そんなものは関係ないと言うようにイルランドはリリエラに声をかけた。


「決心していただけましたか……その外套は?」


「兄の纏っていた代理騎士の外套。そして、先王が兄の首を投げてよこした時に包んであったものです」


 その一言に、イルランドの顔から血の気が引く。


「私もいつかはこの外套を纏えるほどの騎士となりたい。子供心にそう思っていたものです。

 皮肉なことに、それは現実となってしまいましたが」


「それ、は」


「あなたこそ、本当に覚悟なさいましたか。私を登用するとはそういうこと。この国が犯してきた罪業と立ち向かわねばならないということです」


「……それこそ今更です。ぼくはそのために育てられてきました。今さら他の生き方などできはしません――ケレルト」


「は。リリエラ・ハルマハット卿。約束のもの、いいえ、あなたが受け継ぐべきものです。どうか」


 ケレルトが畏敬のまなざしと共に、無骨な鉄の箱をリリエラに差し出した。

 リリエラは作法にのっとってそれを受け取り、その箱を開けた。中に納まっていたのは腕輪である。

 金でできたブレスレットには細やかな彫金が施されているが物としては地味ですらある。

 しかしその中央にはまった焔色の光をたたえる宝玉の輝きは、いかなる宝飾も見劣りするだろうことを感じさせる。


『……嬢か』


 不意に、会議場全体に響き渡る声がした。非人間的ではあるが、どちらかといえば男性的なな声が。リリエラは手の中のブレスレットに懐かしげに語りかけた。


「久しぶりだね、リュー。もう、何年ぶりだかね」


『十六年余り。ガリカントが殺されてより、それだけの時が経った』


「私はこんなおばさんになっちまったよ」


『生きていてくれただけでも十分だ――嬢。兄の敵を討て。我はそのために待ち続けた』


 その言葉に、会議場は今度こそ騒然となった。この国にハルマハットの名と、その名に起こった悲劇を知らぬ貴族などいない。

 だけに、王子の前に膝をつく女が、誰よりもそうする正当性があることを知っていた。

 だが、リリエラは苦笑して首を振った。


「愚王は死んだ。兄の、ガリカントの仇はもういない。


 この王子も、あの王の血は引いていない」

 その一言に貴族たちの表情に動揺が走るが、しかし直接口を挟むことはない。そうさせないだけの圧力が、この場には発生していた。


『関係なし。王家を、トメルギアを滅ぼすべし』


「できない。そうすることで困るのは無辜の民たちだ。不浄だけを焼き払えるような炎なんてこの世にはありはしないんだよ」


『嬢。苦労したのではないか』


「まあね。だけど、道を踏み外すことだけはしなかった――いや、まあしなかったつもりだけど、ひょっとしたらどこかでちょっとくらいはみ出すような真似してたかもしんないけど――兄の名に恥じるような真似だけはしないように生きてきた。

 それだけは私の誇りだ」


『嬢』


「リュー。私に、誇りを捨てさせないでおくれよ」


『――済まない。良き騎士となったな、嬢』


「正直、いいかげん嫁に行きたいところだったけどね。ま、これも運命ってやつさね」


 嘆息して、ブレスレットを腕に嵌めたリリエラ。そして、改めてイルランドを見据える。


「王子。改めて問います。この身はトメルギアの築いてきた因縁の産み落としたものの一つ。それでも私を登用なさいますか」


「します。むしろ、そんなあなただからこそ、代理騎士にふさわしい。

 もしも私が王道を踏み外したのなら、その時はあなたが私を討ちなさい。あなたには、その権利と義務がある」


「あなたにその覚悟がある限り、このリリエラ・ハルマハットは忠誠を誓いましょう。どうか道に違わぬよう。イルランド王」


 後の世に曰く、トメルギアの歴史において史上最高の騎士と呼ばれる人物。長き旅路の末に、彼女はようやく収まるべきところに収まったのだ。

 周りでわめいていた宮廷雀たちはこの期に及んでようやく気付いた。公王機が認めた騎士が、イルランドを王として認めた。

 元よりイルランドは父が不明ということさえ除けば王位継承権は確かなのだ。そこに、これ以上ないくらいの後押しがかかってしまった。

 そこいらの騎士を代理騎士にしたならまだいい。だが、相手はハルマハット、トメルギア公王家最古の臣下の一つである。

 そしてリリエラは王家を誅するだけの大義名分を備えながらもそれを呑みこんでイルランドを王と認めたのだ。

 これに水を差すのは恥でしかない。

 無論、このような状況はお膳立てなしには不可能だ。その筋書きを立てた張本人はというと。


(ええ話や……よかったのう騎士殿……! もうあれだ、彼女が主人公で今回が最終話でいいんじゃね!?)


 内心で男泣きに泣いていた。公宮が倒壊した日、侯爵と対立する一派が公都に乗り込んでくるという話を聞いたゼフィルカイザーはこの状況をセッティングしたのだ。

 とはいえ彼が細かに筋書きを立てたのはこの後に起こることのほうで、今しがたの騎士物語の光景は本人たちの本音である。


(いや、ほとんどアドリブで大丈夫かと思ったがなんとかなるもんだな……いや、次もうまくいくとは限らん、こういう小細工は今回のみとしておかねば)


 脚本家ぶってフィクサーやるとろくなことにならない。ロボットアニメのお約束である。


『というか、これの後だと薄ら寒い小芝居にしかならんなあ……まあいい、セルシア出番だぞ、ちょっと喧嘩ふっかけてこい』


「へーへー」




 侯爵を吊し上げようとした者たちは、究極的にはイルランドの王位継承に文句はない。だが、この機にいくらか利権に食い込みたかったのだ。しかしこの状況で不平を述べられるのは余程の厚顔無恥である。

 が。


「ええい、関係あるものか! ハクダ様が不在の状況で王位を決めようというのがおかしいのだ!」


 恥を知らない犬ならしっかりいるのが現在のトメルギアであった。

 下僕の本能そのままにまくし立てる人物にさすがの宮廷雀たちもげんなりとする。が、その場にいた者たちに怖気が走った。


「あたし抜きで面白そうな話してんじゃん」


 原因は赤い髪をした少女だ。ぞっとするような陰惨な笑みと殺気を振りまく姿は、否応なしにトメルギアの魔女の片割れを髣髴とさせる。


「や、嬢ちゃんちょっと本気過ぎない?」


「いやー、冷静に考えるとさ? この国って父さんの仇みたいなもんじゃん。んだから滅ぼす理由はあたしにもあるわけでさあ」


 リリエラが予定と違うとばかりに小声で呟いたのにそう返すセルシア。当初の予定ではもう少しマイルドに行く予定だったのがどうしてこうなったのか。


『嬢、彼女は?』


「ナグラス卿とヘレンカ妃の娘だよ」


『――なんと。あのお方が――ナグラス卿が、血を残されていたのか』


 腕輪のフラムリューゲルが驚愕したような声を上げるが、それを聞きとめる者はいない。

 宮廷雀たちは殺気に当てられ泡を吹いて失神したものもあり、イルランドも顔色が悪い。


「つーわけでアウェル、あんたも張り切りなさいよー。父さんの仇討ちじゃー」


「そうだなー。演技でよくあれだけ本物っぽい殺気ふりまけるな」


『やっぱり演技なのか、あれ』


「そうだなあ。セルシアが本気で殺そうとするときに相手に悟らせるような真似すると思うか?」


 納得しながらアウェルを迎え入れて戦闘モードを起動するゼフィルカイザー。

 今回の肝はここからだ。動き出したゼフィルカイザーを見て群衆が一目散に逃げていく。

 ギルトマも遠巻きに警戒するのみだが、そちらはポーズだ。既に話はつけてある。


「んじゃ、一丁やるかね、リュー」


『応』


「リリエラ殿、御武運を!」


「重畳。んじゃあ行くよ――我、炎王家が一の騎士、ハルマハットの名において命ずる! 来たれ紅蓮の鳳、フラムリューゲル!」


 リリエラを中心に広がった魔法陣に巻き起こる爆炎。

 それが徐々に人の姿をかたどっていく中、ゼフィルカイザーは数々の不安材料に肝を冷やしながらもアウェルに問いかけた。


『八百長とはいえ一月ぶりの戦いだ。ぬかるなよ』


「そうだなー」


 最大の懸念として。アウェルはまだ微妙にバグったままだった。不安満載のゼフィルカイザーの前で、真紅の機体が顕現した。

 曰くフラムフェーダーはフラムリューゲルの前の公王機であったという、つまりは兄弟機にあたるわけで、なるほど外観はよく似ている。

 真紅の騎士甲冑を思わせる外観。だがフラムフェーダーよりは細身であり、フラムフェーダー最大の特徴であった背部のバインダー状のスラスターも見当たらない。

 ともすればベルエルグより細身にすら映る。さらに言えばその左右の手は徒手空拳。武器も何もない。


『まだ本調子ではない、ということか?』


 とはいえゼフィルカイザーに油断はない。少なくとも外観で性能を決めつける愚を犯す男、もといロボットではない。だがしかし。


「そーだなー?」


 微妙にボケた調子のアウェルの目は焦点が微妙に合っていない。


『……再度確認だが今回は八百長する。つまりわざと負ける』


「そうだな、わかってる」


『そもそも勝てるかどうかが微妙だからな。こちらに、あちらに確実に通じる手段はそうない』


「そーだなあ」


 アウェルの受け答えに内心歯噛みするゼフィルカイザー。

 この三日間もアウェルがセルシアに微妙に避けられていた結果である。そこに、通信機越しに声がかかった。相手はリリエラだ。


『聞こえてるかい、お二人さん』


『騎士殿か。そちらの機体がどうも万全でないように見受けられるが、どうにかこちらで手加減するので――』


『ああ、それなんだけどね。予定変更。全力で行くわ。

 本気で来ないと死ぬわよ、あんたら』


『――え?』


 ゼフィルカイザーが気の抜けた声を返すと同時、フラムリューゲルに変化が起こった。

 赤い燐光がフラムリューゲルを覆っていく。それは徐々に鋼ににた質感を帯びていき、焔色の揺らめきを伴う装甲を構築していく。

 それまでの簡素な甲冑姿から、豪奢さと質実剛健な重みを兼ね備えた紅蓮の騎士へと変化していく。

 長く尖った兜と翼を思わせる肩アーマー、さらには猛禽の足を思い起こさせる鋭さを持った脛の装甲は、炎を纏う不死鳥の姿を髣髴とさせる。

 熱さは感じない。しかしどこか憧憬を覚える暖かさがそこにあった。


(部分的に半透明、クリアパーツ多いと再現めんどくさいなあ……じゃなくて。あれが本物の霊鎧装エレメイルという奴か)


 ラグナロクのそれが収束していない、と言った意味がよくわかる。

 焔色のきらめきを宿す荘厳な騎士甲冑。その威圧感はフラムフェーダーを遥かに凌駕していた。この完成度に比べればラグナロクなどバリ取りヒケ取りせずにパチ組みしたに等しい。

 フラムリューゲルが両手を掲げるとそこに爆炎が起こった。だがすぐにそれが収束し、金色と焔色の輝きを備えた鋼へと変化した。

 見ただけでわかる。盾。そして盾を鞘とした片手剣だ。


『改めて――トメルギアが公王機フラムリューゲル、ここに参上』


 凛としたリリエラの口上と共に、盾から剣を抜くフラムリューゲル。焔に装飾された白銀が晴天を切り裂いた。

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