014-004
「いやもうなんというか、申し訳ありませんでした。それでセルシア殿は?」
『驚け、既にほとんど治っている』
城が崩壊したその日の、まだ夕方のことである。日がそろそろ沈んでいく中、ゼフィルカイザーは肩に乗ったイルランド、ケレルト、忍者の三人に案内されてここまで来ていた。
治療を受けたセルシアは一同が滞在する屋敷に運ばれたのだが、ごく数時間のうちに脈その他が安定し、出がけには呑気そうに寝息を立てていた。パトラネリゼとアウェルはその看病のために残った。
今ゼフィルカイザーがいる場所は巨大なリフトの上だ。自分が軽く百機は乗れそうな規模の巨大なリフトが、斜めになった場所を降りて行っている。いわゆる斜行エレベーターだ。
『いやあ、こういうギミックはこう、わくわくするな』
「ゼフ殿は話が分かるでござるなあ」
入口は公宮からいくらか離れた場所に合った。ヴォルガルーパーが暴れていた場所とは反対側だったのでどうにか無事だったらしい。
リフト本体やこのエレベーターシャフトの外壁はこれまで見たことがないような工業的、あるいはSF的な質感を保っている。
だが、ゼフィルカイザーはこれに見覚えがあった。ヴォルガルーパーを地下から持ち上げできた巨大リフトが似たような質感をしていたのだ。
『これは魔法文明期の遺跡なのか?』
「そうなりますね。トメルギア建国、いえ開拓期のころに最初に作られた建造物がこのエレベーターとこの先の施設です。
かねてより、いったいどれほどの人足を使って掘り抜いたのかと言われていましたが、あの騒動で謎が解けました」
『ヴォルガルーパーで直接掘り抜いた、か。たしかにシャフトの口径はやつの胴体と同じくらいだな』
あの凶獣のことは今も時折思い出す。今更ながらよく勝てたものだ。
『動力源は魔力なのか?』
「そうなりますね。実のところこのリフトはあまり使うことがないのですよ。今回稼働させたのも随分久しぶりのことでして」
言っているうちにリフトが最下層まで到着した。その先、同じような作りの通路がしばらく続いた先にその光景が見えた。久々の大気成分検知を作動させると猛烈な潮の匂い。海水である。
『これは、港か』
「ええ。建国王が郎党を率いてこの地にやって来たときに築いた第一の拠点。トメルギア王家にとって真に故郷と呼べる場所です」
圧巻であった。恐らくもともと海水の浸食でできた大穴だったのだろう。そこを切り崩し、鉄骨で補強し、巨大な港を作り上げたのだ。地下の隠し港、というロマンそのものの光景がそこに広がっていた。ドックには船が並び、その先のぽっかりと空いた入口からは赤く染まる海面と水平線に沈みゆく夕日が見えた。
『すばらしい光景だな』
「あなた方のおかげです、ゼフィルカイザー殿。以前は雲のせいで、なかなかこんな景色にもお目にかかれませんでしたので」
ゼフィルカイザーから降りて、横に並んで同じ光景を見る少年王。そう素直に感謝の言葉を伝えてくるイルランドに、ゼフィルカイザーもどこか誇らしげな気分になれた。
『しかし公都にしか港がない、というのはこういうことだったのか』
「はい。今、公都の状況から遷都の話も出ていますが港というメリットがある以上遷都は考えられません。
ボクは鎖国を解き、海外との交易を行いたいと思っているのです。ハッスル丸どのの南大陸情勢の話は大変ためになりました」
「いやいや大したことではござらん。それに二年も前のことでござるからな、今は今で勢力図が書き換わっている可能性は十分に考えられるでござるし」
「それでも、です。
お爺様は権威を補強することで王家の品格を持ちなおそうと考えておられたようです。
しかしこの国の海外との交易を王家が一括管理できる状況が既に整っている以上、そんなことをしなくても時を置けば状況は好転していきます」
『ちなみにその侯爵は』
「侯爵閣下は側妃の言葉にショックを受けて己の殻に籠ってしまわれたのだ」
(比喩じゃないのがおそろしい)
実際、魂が抜けたようになった巻き貝ジジイをソフトクリームでも持つかのように侯爵邸まで運搬したのはゼフィルカイザーである。
運搬中にずるずると殻の中へと引きこもっていったのは正直ぞっとしたものである。
だがそのあたりは置いておく。地面に降りたイルランドとケレルトに改めて向き直る。ハッスル丸は二人の間に立っていた。
『して、王子。本題はなんなのだ?』
「王家はぼくが立て直します。だからセルシア殿に無理を強いる必要はない、ということです。
ですが、ぼくと結婚しないということは王位継承権を持った人間が浮いた形になってしまうのです」
『む、言われてみれば確かに』
ヘレンカはああ言っていたが、実際のところ真偽の判定をつけるのは不可能だ。親子鑑定魔法とかないのかとパトラネリゼに聞いたのだが、本人同士が生きていることが大前提だという。
なのでセルシアはどう見てもヘレンカの娘である、という事実のみが付きまとうことになる。
結果どうなるかと言えば、セルシアの存在はイルランドを蹴落としたい人間にとっては何が何でも手に入れたい駒となるのだ。
さらに言えばイルランド側からしても敵対勢力にとられるとやっかいな駒となる。
極論、イルランドとしては己の妻にならないセルシアに生きていられるだけで困るのだ。
(あーもう、中世チックな世界ってこれだから嫌だわ……まあ宇宙行っても中世やら貴族やらやってるアニメもあったけどさあ)
その辺の継承問題のゴタゴタのネタはゲップが出るほど見てきたゼフィルカイザーである。
ロボットアニメはロボットが戦わねばならず、ロボットが戦うためには戦争やっているのが一番手っ取り早く、戦争をやる理由はイデオロギーの対立からお家騒動までなんでもござれ。必然、この手のもめ事の把握能力が高くなっているのだ。
無論、把握できるというだけで解決できるわけではない。重ねて言うが、ロボット物だとその辺のごたごたは力押しでなんとかしてしまうケースが圧倒的に多いためだ。
「ですので。あなた方への恩義を思えばこのようなことを言うのは無礼の極みなのですが――この国を出て行っていただけませんか」
『わかった』
「恩知らずと謗られるのは覚悟の上です。ですが、穏便に事を収めるには――えっ?」
即答するとは思っていなかったのだろう、きょとんとした顔で猫目を向けるイルランド。
しかしゼフィルカイザーのお約束の法則に基づいた理解力は無駄に高かった。
『察するに、帝国への第一便を出すからそれに乗ってほしい、ということではないか?
こちらとしても願ったりだ。厄介に巻き込まれるのも御免であるし、そちらに迷惑をかけたくもない。それどころか足を用意してもらえるのだから感謝するほかにない』
「そ、それはまあ、当然と言いますか。しかしどうして察することができたので?」
『なに、経験則だ』
言っていることは間違っていないから恐ろしい。なにより、
(この世界にやってきてもうすぐ三か月、アニメなら1クールが終わるくらいだ。つまりこれは次クールへの移行イベントということか)
こういう発想で回っている奴なので国を出ていけ大陸を出ていけと言われても別に違和感はない。だが、それはあくまで自分自身についてのことである。他の一同に関しては別だ。
『ハッスル丸はいいのか?』
「いい加減ハイラエラに戻りたくなってきたでござるしな。それにトメルギア開国の報は千金に値するでござるよ、クエックエックエッ」
意外と俗物なところがあるなあこの忍者ペンギン。そんなことを思うゼフィルカイザー。
『セルシアはやむなし、アウェルはセルシアが行くならついて行くだろうとして、問題はパティか。大丈夫だとは思うが私の方から話しておこう』
とは言うが、以前腹は括っているというようなことを言っていただけに問題ないとは思っている。その様子に、イルランドが心底申し訳ないというように頭を下げた。
「本当にぼくにもっと力があればよかったのですが、申し訳ありません」
『いや、こっちにとってみれば文字通り渡りに船だ。しかし、セルシアについては本当にいいのか?』
「昼にも言ったとおり、ボクは彼女を律する自信がまったくありません。むしろ惜しいのはセルシア殿以外の皆さんですよ」
そんなことを言い出す若獅子の少年。
「王女の痴情のせいで人材が払底していますからね。
邪教がらみはともかくアレの下僕になった人間はどうしようもないので。
ハッスル丸殿の探索能力にはこの一月何度も助けれられましたし、パトラネリゼ殿の知識も同様。
それにゼフィルカイザー殿のお力もそうですが、なによりアウェル殿のあの腕前は喉から手が出るほど欲しいところでして」
『彫刻と操縦、どっちのだ』
「どちらも。ですがぼくが重きを置いているのはやはり操縦技能ですね」
『本人に言ってやったら喜ぶと思う。しかし、王家にはそこまで腕のいい魔動機乗りがいないのか?』
「ギベルティ卿筆頭に有力な直臣はことごとく潰されましたからね。
それに各領主の臣下を引き抜いたりもしてますから、そのせいで王家が召し出しを要請することもできません」
「侯爵家の力は当てになるが、今後はどうなるかわからないのだ。
ペルペリオッサ様は正直、その、孫馬鹿だから大丈夫だと思うのだが、王子の伯父にあたる次期侯爵はまだ若く野心も見られる」
『まあそういう話になると私は門外漢だからな。在野から召し出すことは?』
そう言った時、イルランドが顔を少し赤らめた。ゼフィルカイザーは何か興奮させるようなことでも言ったのだろうか。
「い、一応、めぼしい方はいらっしゃるのですが。しかし、報酬の不払いやらで不義理をしてしまいましたからね。とても言い出せません」
「仕方がありませんよ。
いかなる事情があろうとも公王機は国の至宝。出自もしれぬ傭兵なぞにくれてやるわけにはいきません」
「傭兵というと……リリエラ殿でござるかな?」
「え、ええ。ぼくを助ける代わりにフラムリューゲルを渡す、と約束したのですが、その、結局渡せずじまいでして。復興作業にも手を貸していただいたのに」
申し訳なさそうに言うイルランドだが、むしろ気恥ずかしげに見えるのは気のせいだろうか。
「……ゼフ殿、これは」
『騎士殿のことだ、気を使った結果なんだろう。つくづくどれだけいい人というか、人がいいというか』
その様子にリリエラが何をしたのか大体察したゼフィルカイザーとハッスル丸は、イルランドに提案した。
『王子。リリエラ殿の素性を我々は知っている。前提として、彼女は王子に含むものなど持っていないと断言する。
その上で聞いてほしい。そして、リリエラ殿をどうされるか判断してほしい』
公都近くの丘に駐屯地をこさえたリリエラ一党は、その日もかがり火を焚いて酒盛りをしていた。どこへ行っても変わらない奴らにため息をつくリリエラは、自分も手にした酒瓶をラッパ飲みする。
「お頭、ほどほどにしてくださいよ」
「わかってるわかってる。あーもう、撤収準備はできてるかい?」
「三日ほどで整います。しかし、いいのですか?」
「いーのよ。団員もちっとは減ったし身軽になったってことで」
団員の数は二割ほど減っていた。二人ほどヴォルガルーパーが暴れた際、避難誘導をしていて巻き添えを食った奴がいた。粗暴ではあるがいい奴らだった。リリエラは命令に従い市民を守って死んだ彼らを悼んだ。
そして五名ほどが、公都復興に手を貸す中で町娘とねんごろになったりで都に残ると言い出した。
公都はこれからも働き手が必要だ。食い扶持には困るまい。リリエラは喜んで許してやり、幾ばくかの金銭を包んでやった。
「……お嬢」
「そう呼ぶのはやめなって。んな歳じゃないよ……はぁ。もーいくつ寝ると三十路ー。ちくしょーめ」
滂沱しながら酒を煽る姿には、しかし確かな気品やたたずまいがそれでも感じられる。どれほど荒んでも己の主の本質が変わらないことにドロフは喜びを感じた。
「お嬢。失礼ですが、名乗り出られないので?」
「しつこいね。
あの王子は純粋で、まっすぐだ。無論、そんだけじゃこっからやってけない。清濁併せ呑んでいかなきゃ王なんぞ務まらんからね。
だけど、私みたいな先代の罪が人の形して歩いてるようなのがいたら王子もやり辛いだろ。
濁はいるが毒はいらん、そういうことさね」
つくづく、己の主は人が良すぎる。そして己が近習を務めた彼女の兄も。だが、だからこそこうして仕え続けてきたのだ。
そんなとき、リリエラの懐で音を鳴らすものがあった。ゼフィルカイザーから手渡された通信機だ。
あの白い魔動機とも思えば奇妙な縁だ。最初は殺し合いになったが、それ以降は協力関係を築いている。
この通信機も騒動が終わったあとで改めて渡されたものだ。他の一行はわからないが、少なくともゼフィルカイザーはリリエラに一定の信任を置いている。
「あーはいはい。こちらリリエラ。どうしたんだいゼフィルカイザー」
『夜分済まない。リリエラ殿、とある方が、あなたを召し出したいと仰せだ。
無論、拒否権はある。その点のみこちらで確約しておいた。その上で、これから話す人物の話を聞いてほしい』
「あーはいはい。んな酔狂な奴はどこのどいつよ」
やたらと重々しい口調でそう切り出されたが、程よく酔っていたリリエラは適当に流そうとした。そこに、
『失礼します。イルランド・シュメイル・トメルギアです。リリエラ・ハルマハット殿。お話を聞いていただけませんか』
百年の酔いも覚めた。




