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014-003

 赤いものがぶつかり合うたびに城がどんどん崩壊していく。城へと走るゼフィルカイザーはぞっとした気分でそれを見ていた。

 ゼフィルカイザーだけではない。操縦するアウェルも後部座席に乗ったパトラネリゼも、掌に乗ったイルランドとケレルトも、家々の屋根の上を走るハッスル丸も同様だ。

 もっともそれ以上にゼフィルカイザーは自分の前を行く円錐形の物体にぞっとしていたが。

 余りの回転速度に石畳が削れている。


(あの貝殻、一体なにでできているのだろうか)


「その、お爺様ことは申し訳ありません。昔から思い込むと一直線な人なので」


『ああうん。そうなのか。仕方ないな、確かに一直線だな』


 一直線に削り取られた石畳に目をやりながら遠い目をするゼフィルカイザー。


「あの、ゼフさんすみませんでした。流石に私もアレはちょっとびっくりしてます」


『そう言ってもらえるとありがたい』


 城までたどり着くのにはそうかからなかった。だが、そのわずかな間はガタが来ていた城を崩壊させるに十分な時間だったらしい。

 ヴォルガルーパー暴走の際に崩壊した城門を潜り抜け、焼き尽くされ焼畑と化した庭園を通り抜けたところでとうとう公宮が崩落した。


「その特徴的な姿は侯爵、それに王子!」


「あ、あなたたち。これはいったいどうしたことです!?」


 公宮で作業をしていたと思しき文官たちが駆け寄ってきた。


「それが、その。例のヘレンカ妃の令嬢が危ないから城から出ていろ、と言われまして。

 どうしたものかと思っていると城の上から肝を潰すような圧力が我々に襲ってきたのです。

 これはただごとではないと思い、職務に反しますが城を出てみれば」


「ごらんのありさまということか。貴様ら、それでもトメルギアの臣下か!?」


「やめなさいケレルト。作業をしていたものはこれで全員ですか?」


「はい。おおよその引き上げは終わりましたので本日は確認作業をしていただけでして」


「ならば被害がなかったことを喜びましょう。城もどのみち取り壊し予定だったのですし。しかし――」


 そのとき。一同の前に轟音とともに城を崩壊させた張本人たちが落ちてきた。

 片や四肢があらぬ方向にねじ曲がった全身複雑骨折状態の赤い髪の女。

 かたや胸を極厚の両刃剣に貫かれた赤い髪の女。

 セルシアとヘレンカなのだろうが遠目にはどちらがどちらなのかよくわからない。

 それぞれクレーターを穿った母娘は、しかしピクリとも動こうとしない。


「シア姉!? あれ、どう見ても死んで……」


 パトラネリゼが狼狽える一方で、アウェルは何をすることもなくその光景を見つめていた。立ち上がると信じているのか、そう思って表情を見てみると。


『げえ!? おいパティ、アウェルが白目剥いて泡吹いてるぞ!』


「ちょ、本気で大丈夫ですか!?」


「地元の神話にあるエックス兵衛様とプリズム朗様の一戦を髣髴とさせるでござるなあ」


『お前もちょっと黙っててくんない!?』


 一同が騒ぎ立てる中、クレーターに横たわった二者が突如がばりと起き上った。


「あー、死ぬかと思った」


「そりゃこっちの台詞よ」


「「「生きてるー!?」」」


 叫ぶ一同。それはそうだろう。

 片や骨も関節も砕かれているのにどうやって立っているのか。

 片や現在進行形で血しぶきをあげておいてどうやって生きているのか。


「つっても、あたしが心臓ぶち抜かれた程度で死ぬわけないでしょ。あんたは死に体みたいだけど」


 胸に刺さった剣を引き抜く女。だが、一瞬勢いよく血が吹き出るがそれがぴたりと止まる。筋肉の締めで無理やり傷をふさいでいるのだ。

 緑の瞳にセルシアよりやや大柄。あちらがヘレンカか。


『いや、そこは死んでおけよ』


「ですよねえ。エル兄ー、いい加減起きて下さーい」


「ぶべべべべべ」


 コックピット内ではアウェルが往復ビンタを食らっていた。


「ほざきなさいよ、そっちこそあんだけやって殺せないあたり、負けを認めたら?」


 全身の骨が砕けているセルシアはセルシアでなにをどうやって立ち上がっているのか。血まみれだが、致命傷はないらしい。金色の瞳には戦意は見えない。

 ただ眼前の女を見据えているのみだ。


「くひ。いやいやどうして。クソつまらん奴だったけど、ナギーも面白いもん寄越してくれたわ。んじゃトドメを」


「お、お待ちを! ヘレンカ妃、これはいかなる仕儀で!?」


「あら、巻き貝ジジイじゃん、久しぶり。

 つってもあれよ。女が二人いたらやることは決まってんじゃん――格の決め合いよ。どっちが上か決めにゃならんでしょう」


「あなたそう言って娘にも喧嘩売りましたよね」


「デコピン一発で片が付いたからつまんなかったわ」


「うちの娘あれで死にかけたんですよ!?」


 などと巻貝がわめく一方。


『女のほうが格付けにうるさいというのは事実だったのか』


「いやいやいや。格付けカッコ腕力とかそれ男のやることですからね。女子会っていうのはもっと湿っぽいもんですからね」


「ぶべべべ……もう気づいたってば!」


「あら失礼おほほほほ」


 ともあれ、目の前の光景を見守る。アウェルはそわそわしながらも踏み出そうとはしていない。アウェルが介入しようとしない以上はゼフィルカイザーも手を出すつもりはなかった。

 何かが弾ける直前のような緊張した空気の中、セルシアが眼前の女にただ一言問うた。


「一つ、聞く。あんたそれだけ強くて、その力で何を守るのよ」


「あれってゼフさんのパクリじゃあ……」


(そもそも俺の台詞じゃないとはスクラップになっても言えん……!)


 内心で汗だくになるゼフィルカイザーであった。眼前では、娘の問いに母がなにを、という顔で応答した。


「自分の身が守れりゃあいいでしょうが」


「守りたい誰かは、あんたにはないのか」


「誰かに守ってもらわなきゃ生きていけないような奴なんかどうでもいいでしょうが。

 腹が減れば食いたいし寝たい時には寝たい。ムカついた奴がいたらどつきたい。

 んで、強い男がいれば抱かれたい。

 あんたならわかるでしょう?」


 何を当然のことをというように獣の倫理を口にする母親に、しかしセルシアは諦めたように首を振った。


「あたしは、あんたとは違う」


「へぇ――じゃあ見せてごらんよ。あんたがあたしとどう違うっていうのか」


 ぎちり、とヘレンカの全身に力が滾る。

 絶大な闘気に反応するかのように地面がひび割れ、瓦礫が砕けていく。まるで今までは本気でなかったというように。

 それに対するセルシアは、


「知らない、勝手にやってて」


 本当に、心の底からどうでもいいというようにそっぽを向いてゼフィルカイザーたちのほうへと歩き出した。その場の誰もがきょとんとした。特にセルシアの気性をよく知るものは。

 だが、誰よりも動転していたのは、セルシアと対峙していた本人だった。


「あ……あ? いやいやいや。何言ってんの? あんたもまだ全力じゃないでしょ?

 大体ナギーの剣はどうしたのよ、ほら」


 立ち去って行くセルシアを煽るヘレンカだが、しかしセルシアは嘆息すると足を止め、首だけ振り返って母親を見据えた。


「よし、やるのね。まだやれるのね!?」


 本当に心の底から嬉しそうな顔で笑うヘレンカ。まるでずっと前から欲しがっていたおもちゃを与えられた子供のような、天真爛漫な笑顔。しかし。


「やらない。あたしは父さんじゃない。あんたに構ってやらなきゃならない義理なんてない――あんたの勝ちでいいわよ。はい終わり」


 セルシアはそのおもちゃをひょいと取り上げた。

 お前は一人で遊んでいろとでもいうように。

 慌ててアウェルが、パトラネリゼを伴ってゼフィルカイザーから降りていく。駆け寄ってくる姿を見て捕えたセルシアは気力を使い果たしたのか、アウェルに支えられるように倒れ込んだ。


「セルシア、大丈夫か!? おいパティ、魔法!」


「私、最近救急箱代わりになってる気が……て、なんですかこれ!? ちょっと私の手に負える怪我じゃないんですけど!?」


「あー、血ィだけ止めて。あと食い物。ちょっと、今人生で一番死にそう」


「いいから黙っててください! ああもう、こんだけ重傷でよく生きてますね。ケレルトさん施療官の手配お願いします、動かせる状態じゃありません!」


「あ、ああ」


 大慌てで応急処置をするパトラネリゼと、その指示を仰いで手伝うアウェル。

 容赦なくセルシアをひん剥いていくが赤黒く染まったミンチ一歩手前の状態で色気もあったものではない。


(つってもまあ死なないんだろうなあ)


 今までの経緯が経緯である。諦めという名の安心で、もう一方の推移を見守る。この状況でヘレンカが追い打ちをかけてきたら対応できる人間がいない。なのでゼフィルカイザーは前に出た。


(まあ図体はあるし、盾くらいにはなるだろ)


 そう考えてのことである。ロボットが人間に抱く危機感としては過大かもしれないが、あの生身ユニット相手にゼフィルカイザー自身の戦闘スキルではそうもつまい。

 が、ヘレンカはただただ呆然としていたが、ふとはっとしたような顔をして、


「そーかい。三行半ってやつかい」


 そう、一人で何やら納得していた。そして引き抜いた剣を放り投げるととぼとぼと歩き去っていく。それを巻貝おやじが引きとめようとする。


「へ、ヘレンカ妃!? どこに行かれるので!?」


「ねぐらも潰しちまったからねえ。てきとーに寝床さがすだけよ」


 飄々と言ってのける姿に侯爵も諦めたのか、それ以上は何も言わなかった。が、それでもこれだけはというように今一度声をかける。


「あなたのご息女には王家の血を引くものとしてイルランドの妻となっていただく。異存はないな」


「あん? んなもんあたしに聞くこっちゃないでしょーが、本人が決めることよ、本人が。んだけど一つ突っ込んでいい?」


「なにか?」


「や、あれ、あたしとナギーの娘なんだけど。坊主の言ってたとーりナギーそっくりだし。

 大体、あのうらなり瓢箪にあたしが抱けるわけねーじゃん」


 それだけ言って歩き去っていくヘレンカ。背後からでは侯爵の表情はうかがい知れない。

 ただ、よほどのショックだったのか。びきり、と巻貝に盛大にひびが入った。


「お、お爺様!?」


 侯爵も泡を吹いて気絶していた。

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