014-002
洗濯が終わる前にケレルトは詰所を後にした。
ゼフィルカイザー達もすすぎが終わったので干すのを現場の兵士たちに任せ、滞在中の屋敷に戻って庭で待つことしばらく。館の門前に一台の馬車が止まった。引いているのがシマウマ模様のカブトムシなのは今更突っ込んだら負けだろう。
馬車を降りてやってきた二人。たてがみの揃わぬ若獅子、猫目のその近習。イルランド王子にケレルトだ。それはいい。
問題はその後に続く物体だ。円錐状の物体がコマのように回転しながらゼフィルカイザーたちに接近してきた。それは激しくも鋭い、美しい弧を描いて一同の手前で静止すると、その場でバタンと倒れ込んだ。よく見ると巻貝である。
そしてその口の部分から、立派な髭を蓄えた老人の顔面のみが覗いていた。
「今日は君たちに重要な話を持ってきた。よければ聞いてほしいのだが、姫はどこかね?」
老人の名はペルペリオッサ・ベリエルクガン。形質を一言で言うと。
(ヤドカリ人間とかマジ盲点)
久々に本気で頭痛がしてきたゼフィルカイザーであった。
『侯爵殿。その。とりあえずなんだ。高貴な身分の方がそのように下でいられるとこちらも話しづらいのだが』
「む、そうかね。では……ふんっ!」
侯爵が気合を入れると倒れ伏していた巻貝がその場に再度直立する。そしてそれがその場で鋭い回転を行い地面を抉り半ばまで沈み込むことでその身を固定。その状態で渋い老人の頭がにょきりと頭を出した。
「これでどうかね」
『お、おう』
「ゼフさん、口調口調。珍しい形質だからってそこまでびっくりしなくても」
『いやあ、これはちょっと慣れん』
想像してみてほしい。全長2mのドリルと見まごう巻貝が高速で回転しながら路上を進行しているのを。もはや一種の魔物ではあるまいか。
『ちなみに侯爵殿、私は人間の形質などには疎いので、あくまで興味本位で聞くのだが、その殻から出ることはできないのか?』
「上半身だけなら出れるが? これ以上出ると死ぬが」
にゅるりと音を立てて這い出してくるモリモリマッチョの老人の上半身裸体。もう嫌だ、ゼフィルカイザーは久々にそう思った。
(魔動機に乗りようがない形質っていうのはこういうののことなんだろうなあ)
後から来たケレルトに渡された上着を纏ったベリエルクガン侯爵が王子ともども改まって挨拶を述べる。
「改めて、ペルペリオッサ・ベリエルクガンだ。この度の難事に助力してくれたこと、心より感謝する」
礼儀作法の手本と言ってもいい優雅さで礼を取る侯爵。だがしかし。
「そうだな」
「……あのう、ゼフィルカイザー殿。アウェル殿はなんでハッスル丸殿みたいな顔をしているのですか?」
『ぶっ!?』
眉根を寄せながら首を傾げるイルランドの言葉に思わず吹き出すゼフィルカイザー。例えが的確すぎる。見ればパトラネリゼも笑わないように口を必死で閉ざしている。
「ふっ、アウェル殿も男ぶりが上がったということにござるよ、王子」
『貴様は自分の面にどれだけ自信があるんだアデリーペンギン。で、原因はあれだ、あれ』
ゼフィルカイザーは庭園の一角に置かれたそれを指さした。アウェル入魂の一作を。
それは剣を携えた乙女の像だった。乙女は簡素なドレスをたなびかせながらも果敢に剣を構えて敵を見据えている。その情景がありありと浮かんでくるようだ。
生きているようだ、などという次元ではない。極限の生のほんの一刹那を完全、否、それ以上に再現した芸術の粋と言っていいものがそこにあった。モデルに関しては言うまでもないだろう。
「あ、あれはセルシア殿……の、像ですか?」
「なんと見事な。一瞬、本人がおられたのかと思いました」
イルランドとケレルトがうなる。侯爵も目を剥いていた。それくらいに、その像の出来は凄まじかった。あの黒騎士との戦いがすぐに思い起こされる。
「しかし。あの石像が原因とは?」
「実はでござるな。あの石像、アウェル殿が彫ったんでござるよ。厳密にはゼフ殿を操縦してでござるが」
ハッスル丸の言葉に絶句する三人。そう言えば彼らはアウェルの工作スキルのことを知らなかった。
『昨夜、私の武器の破損の確認作業をしていたのだがな。拾ってきた石材に斬りつけたりしていたらアウェルがなんというか、降りてきた、というか』
ヴァイタルブレードの威力がどれくらい落ちているのか確認するためにあれこれとやっていたはずが、気が付いたらアウェルがひたすらに石材を削り始めたのだ。ゼフィルカイザーもついその作業に見入ってしまい、夜明けとともに等身大セルシア像は完成した。
(俺からするとちょうどフィギュアのサイズなんだよな。)
「そして完成した像をシア姉が発見してドン引きしまして。「き、気持ち悪っ!」という声を残して現在行方不明です。まあ晩御飯には帰って来るでしょうけど」
セルシアは予期せぬ事態には意外と弱い。常在戦場なところがあるので危難には容易く対応できるのだが、平時のサプライズには案外やられやすいのだ。
以前ラジオ体操を見てぎょっとしていたのが分かりやすい。今回の件もそれに近いケースだ。
『あの像を作るので精根尽き果てていたのだ。そこにその一言を食らったアウェルはこのザマだ』
「そうだな」
『こんなことなら私を彫ってもらうべきだった』
「うわっ、気持ち悪いこと言いますねこのポンコツ」
『お前も大概ひどいな!?』
「そうだなー」
「なんかさっきから絶妙なタイミングで返事をしてござるな?」
「そうだなあ」
「ゴホン……して、そうなると姫は不在なのか」
侯爵が咳払いをして話を戻してきた。パトラネリゼが済まなそうに頭を下げる。
「そうなりますね。申し訳ありません」
「仕方あるまい。諸君にも聞く権利はあるだろう。内々にではあるが、イルランドの王位の継承がほぼ確定した」
「おめでとうございます王子。でも、いいんですか?」
「王女がいない今、王家にもっとも近い血を継いでいるのはベリエルクガン侯爵家ですからね。実質的な消去法です」
淡々と事実を述べるイルランドだが、その心中は複雑なものだろう。国を憂えてあれだけの覚悟を決めていたのが、気づけば王位が転がり込んできたのだ。
「だが、イルランドの生まれのことを知る人間、というのは少なからずいるのだ。王女の派閥の人間には、そうそう手が出せない身分の人間も含まれている。
故にだ。セルシア姫を、イルランドの正妃として迎え入れたい」
「「『え゛」」』
その気になれば予想できた展開だったのだが思い至らなかったことに、アウェルに気を取られていた三人は頭を抱えた。だが、見ればイルランドもかなり気まずそうな表情をしている。
「……そう、だな?」
「そもそも、これは私の贖罪でもある。
私は先の内乱の折、混乱を座視し続けていた。ために国の行く末を憂えたルイベーヌとハルマハット、なによりギルトールがあのようなことになってしまった。私がもっと早くに動けば……いや、今更だな。
それに、あの愚物では何をどうしたところで変わらなかったかもしれない。
この婚姻をもって十六年前からの因縁にケリをつけると同時、ギルトール家の再興やルイベーヌへの所領返還を行いたい。
無論、そのために必要なものはすべて当家が負担する」
熱を持って語る侯爵。外見が巻貝から生えた上半身ということを除けば言っていることは正論だし、理に適っているし、なにより当人の義理堅さがうかがえる。
以前リリエラが言うには、ベリエルクガン侯爵は内乱の際にそれを座視していたことを悔いているという話だったし、この分だとそれは事実だったようだ。
そういう意味では、彼がしようとしていることはケジメとしてはこれ以上ないだろう。
ただし当人の意向をガン無視していることと、当人の気性をまるで考慮していないのが大問題だが。
「えーと、どうしますかゼフさん。侯爵の言ってること自体は正当性がありすぎるんですが」
『だよなあ』
血筋の上では正統な継承権があると思しきセルシアと、正当な継承者として扱われそれ用の教育を受けてきたイルランドをくっつける。
今後この国を運営していく上において最も安定した手段だ。侯爵自身、孫にあてがう最良のカードを得たという自覚はあるだろう。だが、問題は、である。
「SOUDANA?」
バグったままで理解ができていない栗毛の少年。解説した場合の後が非常に恐ろしいので憚られるのだが、イルランドが切り出した。
「つまりですね。セルシア殿にぼくのお嫁さんになっていただきたい、と」
「よし殺す」
再起動がかかり、コンマ一秒かけずに即答するアウェル。即座にハッスル丸がアウェルを羽交い絞めにする。
「ちょ、ハッスル丸離せ! くっそ、まさかまたセルシアを狙う奴が現れるとは……!」
「正気に戻った途端にこれでござるか。まあ落ち着いて、落ち着いてでござる。
しかしながら侯爵殿。貴殿はそう言われるが、彼女に一国の正妃など務まるとお思いで?」
「ヘレンカ妃に瓜二つであるということは聞いている。しかしだ。この国の安定のためにはこうするしかないのだ」
「却下。はい却下ー。よーしゼフィルカイザー。ちょっとこの国滅ぼそーぜー」
先ほどまでエクトプラズムを吐いていたくせに、いきなりのフルスロットル殺意全開である。
あまりの様子にぽかんとする侯爵に、イルランドがたしなめるように声をかけた。
「だから言ったでしょう、セルシア殿は彼の大事な女性だと。
大体ぼくは一週間で公都周りの魔物を全滅させるような人を制御する自信はないですよ?」
「い、いや、しかしだな?」
「国の難事に必要な事なのはわかります。ですがお爺様、ぼくは大恩ある方々に不義理を働くような真似もしたくはありません。
要するに連中のしでかしたことに目をつぶってやればいいだけでしょう。どのみちこちらは連中を誅する余力もないのですし」
(あー、まだ敵対勢力がいるのね。本陣じゃなくてこっちで話してたのはそのためか)
二人の交わす言葉から状況をそれとなく察するゼフィルカイザー。王子のほうは話が分かるようで助かる。だが、アウェルはいろいろとどうしようもない。
『おい落ち着けアウェル。ひとまず待つのだ』
「いいや待たん。大体だな、かたつむりのじっちゃん。オレずっと気になってたことがあるんだよ」
「ん? なんだね? あと私はかたつむりではなく巻貝だからな」
(あ、ヤドカリじゃなくて貝類だったのか)
考えてみたら貝も動物だった、そんなことを今更考えるゼフィルカイザー。
「この国の連中がセルシアのことを狙ってたのは、セルシアが実はナグラスのおっちゃんの子供じゃなくて、この国の王様の子供だから、ってことなんだよな」
「そうだが」
「そこが分かんないんだよ。セルシアってどう見てもおっちゃんの子供だろ?」
またである。以前、ヘレンカにもセルシアは父親似だと言っていた。その言葉には確信の響きがある。
「しかし……かの大魔動機は真なる玉座によって動かされるもので、姫はそれに認められたのだろう?
ならば、王の血を引いているのは確かなはず」
それもまた事実である。状況証拠それ自体は揃っているし、証明手段も今となっては存在しない。だが、その時。公都全体に、波のようなものが走った。
実体のあるものではない。だが、巨大ななにか同士がぶつかり合ったような気配を、公都の誰もが知覚していた。それとやや遅れて響き渡る爆音と衝撃。
何事かと思い見れば、わずかに融け残った公宮の最上階が爆散していた。
「……な、なにが!?」
『また魔王軍が攻めてきたのか……!?』
真っ先に警戒すべきはそれだ。黒騎士はセルシアを狙っていることをほのめかして姿を消した。ならばまた現れてもおかしくないだろう。
そう考えた一同の眼前でさらなる事態が起こった。無事だった尖塔の一本が斜めにズレ、そのまま崩れ落ちたのだ。魔動機の仕業か、と思い上空を見るもそんな気配はない。
まさか。そう思ったゼフィルカイザーは、否、公宮に目をやった誰もが見た。城の外壁を飛び交う、二条の赤いたなびきを。




