014-001
やはり駄目だ。己の剣が如何に業物であったかを改めて思い知るセルシアは、一合で粉みじんになった剣を放り捨て次の剣を抜き相手に攻めかかる。
「替えの効かない得物ってのはあるもんだわ。アウェルに謝っとかないと、ねッ!」
この一月の間、食料調達のために魔物を血祭りに上げたり、ガルデリオン相手に成した技を反復したりと過ごす間感じていたもの。
城から発せられる鬼気。恐らくは自分へと向けたもの。自分の母親が城の最上階に陣取っているという話を聞いてセルシアはそれに確信を持った。
対面しないという手もあった。セルシアはセルシアで、自分の中で一つの了解を得ていた。だからそれで満足することもできた。
だが、そこで止まるのはあの時思ったこの先もっと強くなるという意志と反しているような気がした。だから、それに直面した。
崩れ落ちる瓦礫を跳躍して渡り、向かってくる攻撃を事前に察知。だがどこから飛んでくるかわからない。闘気が巨大すぎて打撃が飛んでくる以上のことが分からない。
直感でもって跳躍、瓦礫から城の外壁へと飛び渡り、即座に次の着地点へと飛び移る。同時、それまで足を着いていた場所が爆砕した。
「くひ、ひ、ひひひひひひ!! これかい、これがあんたの答えかい、ナギィイイイイ!!」
「あたしは父さんじゃない……!!」
「そーだねえ。あたしが生んで、要らないからあいつにくれてやった、あたしのガキだったわねえ」
「黙れえええええッ!!」
全力の斬撃を気配の大本へと叩き込む。だが気配が煙のように消え失せた。
代わりに斬撃を浴びた尖塔が斬撃の断裂を受けて大きく破砕し、代償に剣は微塵になった。放り投げて次を手にする。
「不便だねえ、武器を選ぶやつはさあ!」
突如として尖塔がへし折れた。何か。考えるまでもない、セルシアは直上へと大跳躍。
直後、尖塔だったものがセルシアのいたところへと叩き付けられた。跳躍しその上を取ったセルシアはどうにか尖塔だったものに着地した。だが、その尖塔内部から粉砕音。尖塔の壁を内側から砕いてそれが現れた。
赤い髪の女。年月を経た自分のような姿。自分に似た女。
それが、とてつもなく不愉快で仕方がない女。
「ああ、楽しいねえ……! こんなに楽しいのはいつ振りだろうねえ!」
技も何もない掌がぶつけられる。セルシアは剣で迎撃。
素肌だというのに刃が通らず、掴み止めた刃に指がめり込む。直後粉砕、だがセルシアは当の昔に剣から手を放し次の剣へ。
両手に一本ずつ握ったそれで鋏のごとく首を刈りに行く。
だが相手もさるもの、即座に四つん這いに移行して退避、読んでいた、そこに全力でのストンピング。だが避けられる。首がおよそ人とは思えぬ蛇の如きくねりを見せ足を避け、大きく開かれたアギトがセルシアの足にかぶりつこうとするのをバックステップで回避。
返す刀で首を刈りに行くがもういない。飛んだのではない、手足の指の動きのみで這いまわり、その場から逃れている。
「あんたもそうだろう、あたしの血ィ引いてんならさあ!?」
「それ以上、喋るんじゃあない……ッ!」
二条の赤い閃光が、尾を引いてぶつかり合った。
時は、わずかに遡る。
ヴォルガルーパーとの決戦から一月近くが経過した。ゴーストタウン化した区画がクレーター化し、公宮は半壊、さらに公都もあちこちが炎上するという被害を受けたが、その復興は徐々に進んでいた。
三日ほどでベリエルクガン侯爵領から手勢が飛んできたため、物資などの不足は辛うじて回避できた。空き家が多く、住まいを焼け出された者もどうにか寝泊りに困らずすんだということもある。
しかしながら少なからぬ犠牲者も出ている。それでも、公都の人々の表情はどこか明るかった。もう何年も見ていなかった晴れ渡る青空のように。
復興作業の陣頭に立って音頭を取るイルランド王子の姿に新たな希望を見出したためだ。
そんな中。ヴォルガルーパーとの戦いの最大の功労者たちはというと、各々の目的と並行して公都の復興に手を貸していた。
倒壊寸前の公宮からいくらも離れない貴族の邸宅が立ち並ぶ一角に、兵士たちがいそいそと動き回る屋敷があった。兵士たちの臨時の詰所にされている屋敷である。その一画に、トリコロールカラーの巨体の姿があった。
ゼフィルカイザーは眼前の巨大な釜に汚れた衣服を突っ込みながら、頭の横に腰かけた少女と言葉を交わしていた。
『んで、どうだった』
「駄目ですね。公宮の書庫はそれなりに焼け残ってたんですが重要な書物はなかったです。明らかに元から無かったって感じでした。
例の地下書庫についても同様ですし、王子様の言ってた、重要なことは典礼官が口伝してるのみっていうのは事実とみていいかと」
『情報を複数の手段で保管するのは必須なんだがな。なにか文書化するのに問題あるようなことでもあったのか?』
「どーなんでしょうねえ。私としては貴重な知識がそれなりに得られたんでよかったですけれど」
『お前、手癖でなにかガメたりしてないだろうな?』
「失敬な。物品には興味ありませんよ。それに書物の内容は大体頭に叩き込んでますからね。ぐふふふふ」
知的財産泥棒であるがこの世界にそんな法律はあるまい。
ちらりと公宮を見る。現在、公宮は一部の関係者を除き立ち入り禁止である。いつ崩れ落ちてもおかしくない状況だからだ。
取り壊しを前提として物品の持ち出しが行われており、パトラネリゼは王子に便宜を図ってもらい、それに協力していた。
この少女の知識は実際大したものらしく、装丁が焼け焦げてしまったような本でも大体鑑定することができたらしい。他の物品の鑑定眼もあるため、現場でも重宝されている。
城内から不要になった子供用の衣服を貰い受けて試着を楽しんでいるあたりはまだ子供らしいのだが。
「と、これで準備完了ですか?」
『ああ。あとはヴァイタルブレードを突っ込んで、と』
釜には水がなみなみと張られ、底に布地が沈んでいる。兵士たちの汗水で汚れた衣服だ。そこにヴァイタルブレードが漬かり、
『ではアウェル、やれ』
「……あ?」
『いや、だから操作しろと』
「ああうん。そうだな」
(重症にもほどがある……!)
コックピット内に座る少年、アウェルは焦点の合わない目でそうぼやいた。茶髪の直毛は相変わらずだが、右眉の上、額に白くなった傷跡がある。
決戦中の傷が跡になってしまったのだが、当人は誇らしげにしていた。そう、今朝までは。
気に入ったのか、城の潜入の時に来ていた従卒風の服をここのところ普段着にしていた。
そう。つい今朝までは元気だったのだが、今のアウェルは魂の抜けたような呆けた面を晒していた。
別に例の危険なシステムを使った反動とかそういったものではない。そちらについてはパトラネリゼ達に問題なく回復しているとの診断が出ている。
『あのなアウェル。途中で止めなかった私も悪かったが、正直あれは仕方ないぞ』
「そうだな」
『……もういい。とにかく作業を』
「そうだな」
無表情なままのアウェルが操作すると、ヴァイタルブレードのシステムが起動。釜の中に水流が生まれ、やがて渦が起こり始めた。それに伴い桶から泡が湧いてくる。
「おお、うちの地元の石鹸よりも泡立ちがいいですね」
『強力な漂白洗剤だ。除菌もでき、分解する成分でできているため自然にもやさしいとあったぞ』
ゼフィルカイザーが物質製造機でこさえた洗剤である。こうして洗濯機の真似事をしているとほっこりとしてくる。
(戦闘用ロボットがこうして牧歌的な作業に勤しむ……ええのう。だがしかし武器に関しては本気でマズい)
あの戦いのときに無理をしたためにゼフィルカイザーは内外ともに多数の問題を抱えていた。
外部はヴァイタルブレードの破損、内部はシステムの不備である。
現在ヴァイタルブレードは重力波によって桶の水を洗濯機よろしく回転させているのだが、
「これで最大出力なんですよね」
『ああ、ゆゆしき問題だ』
もともと無理がたたっていた上に刀身かつ銃身をエグゼディに切断されたのが致命的だった。
現在は外観は修復されているのだが、威力がまるで出ない。今現在もありったけのエネルギーを叩き込んでこれである。
(出力は上がってるんだがな)
基本となる出力炉についてはリミッターが完全に解除されたらしく、物質製造機は今までの比でない速度での生成が可能になっている。ミサイルも現在全弾装填済みだ。
だが粒子の生成速度は据え置きだし、肝心のヴァイタルブレードについてはこのザマだ。
(フェノメナ粒子は、あれはおそらくO-エンジンからの出力でないと生成速度が上がらんのだろう。ひょっとすると普段の生成も、待機状態のO-エンジンが微出力で稼働してるのかもしれん。
ヴァイタルブレードは、もう素材の問題と思ってあきらめるしかないな)
物質製造機でも生成不可能な物質でも必要なのか、でなければナノマシンでも機構が復元できないかのどちらかだろう、ゼフィルカイザーはそう読んでいた。
原因はこの際どうでもいい。問題は武器としての威力の低下、そしてそれ以上にレールガンとしての機能が使えないことだ。
(銃火器として使えないならただの頑丈な板切れでしかないからな、こいつ)
時期的には初夏と言っていい季節、だが公都は緯度が高く、その証拠に天津橋がミグノンあたりで見たよりもはるかに大きく青空を切り取っている。その青と白のタペストリーに大量のシャボン玉が飛び交う中、世知辛いことに頭を悩ませるゼフィルカイザー。
遠距離兵器はほかにミサイルがある。だが、生成速度が上がったとはいえ戦闘中に補充が効くほどではないのだ。
それにブースターにエネルギーを割くことを考えれば上がった出力もそこまで余裕があるものではない。
ビーム兵器に至っては粒子のチャージ速度から論外だ。弾薬の補充に余裕ができた矢先にこれでは先が思いやられる。
『あ、そろそろ逆回転に』
「そうだな」
それ以上にアウェルの現状が思いやられるのだが。
「やってるでござるな、お三方」
洗濯中の二人にかかった声がある。忍者ボディから飛び出したペンギン頭。頭部のとれた頑張に乗ったハッスル丸である。その隣には従卒姿の少年騎士。イルランドの側近のケレルトだ。
『お前、真剣に怖いんだが』
「いい加減暑くなってきたでござるからな。開けておかないとムレるんでござるよ。しかしこれは盛大でござるな」
「こんな大量の石鹸がタダとは、ロボット殿恐るべしだな」
もこもこと溢れる泡に顔を青くするケレルト。
この一月の間、いろんなことがあった。瓦礫の片づけはあらかた終わり、犠牲者の埋葬もほぼ完了した。今は大路の活気も少しずつ増え、人も徐々に戻りだしているらしい。
なので、一行はこうした細かい作業を手伝っているのだ。
パトラネリゼは先ほど述べたとおり、ハッスル丸は公都に燻る問題を影から調査していた。
具体的にはハクダ派や邪教の残存勢力の掃討である。
『それで今日はどうだったんだ』
「容疑者がクロだったんで取り押さえてきたでござる。とはいえ今日ので大体目星をつけていたのは捕まえたでござるからな」
「ハッスル丸殿には協力を感謝する。おかげで不穏分子を排除することができた」
「いやいやなんのなんの」
言葉は朗らかなのだが、忍者ボディから生えたアデリーペンギンヘッドの表情は相変わらず変化しない。つくづく不気味である。
そんなことを考えているとケレルトがゼフィルカイザーを見上げて声をかけてきた。
「それとロボット殿。実は王子と侯爵が貴殿らに用事があるということなのだ」
『む。ではこれが終わったら侯爵邸へと向かえばいいのか?』
「いや、そちらの逗留先を訪ねる予定なのだ。作業が終わったら戻ってもらえないか?」
『……了解した』
ケレルトの口調から何か含むものがあるのを嗅ぎ取ったゼフィルカイザーにパトラネリゼが小声で話しかけてくる。パトラネリゼも何かを感じ取ったようだ。
「……成り行きで長居しちゃってますけど、いいかげん、この国を出ることを考えたほうがいいかもしれませんね」
『だな。これ以上いるといらん騒動に巻き込まれかねん――いや、むしろこれがその兆候やもしれん』
復興の喧騒で忘れそうになるが、この国は継承問題で頭を抱えている真っ最中なのだ。
第一位継承者であり神童と名高かったイルランド王子は不義の子であることが発覚して継承権を剥奪された状態にある。
そして先王の妹であるハクダは現在、国家転覆を図った反逆者として目下のところ捜索中だ。発見次第抹殺、としているあたりやりすぎにも思えるが、あのビッチの籠絡スキルからすれば妥当な気もする。
そうなると、先王の落胤である可能性がきわめて高いセルシアが継承者ということになるのだが。
「正直王子様でいいんじゃないですか?」
『だよな』
一行は復興作業中、散々イルランド王子と顔を合わせていた。それだけにわかるが、あの少年は間違いなく王となるだけの器がある。カリスマとはああいうものか、とゼフィルカイザーも胸を打たれたものだ。
あれだけの出来物がいるならセルシアを据えねばならない理由などない。それにイルランド王子が不義の子だと発覚した原因、王家の血のみを受け付けるヴォルガルーパーは既に跡形もない。
そしてこのスキャンダルは実のところこの国のごく一部の人間しか知らない。即ち。
『死人に口なしとはよく言ったものよ』
「お代官様もお上手で」
よって、この国にこれ以上滞在していると確実に新たなもめ事に巻き込まれる。少なくともゼフィルカイザーはごめんだ。
ロボットアニメついでに聞きかじった政経ネタならまだしも、宮廷闘争は完全に専門外だからだ。
ロボットアニメにも宮廷闘争がある作品はあるが、ロボットアニメの性質上最後は力ずくなのである。
この世界にも魔動機がある以上、最後は力ずくになる可能性は高いのだが。
(決闘とかで済むならまだしも、流石に俺に戦争する度胸はないぞ)
日本人なみの感覚としてはこうならざるを得ない。引き金を引くのはこの一月の間で十五歳になった、逆を言えばまだ中学三年生相当のアウェルであり、直接敵を叩き潰すのは自分の手足だ。
魔物退治はいい。旅路で襲い掛かってくる連中を叩きのめすのもいい。害悪でしかない邪教を相手にするのもいい。
だが、人間同士がお互い大義を掲げあう状況に関与するのは御免こうむりたいというのが、ゼフィルカイザーの偽らざる心情だった。しかし。
『とはいえ、セルシアのほうの用事が済まんことにはな』
「お母さんに会うだけなのに、なんであんなに警戒してるんでしょうかね、シア姉」
『獣の本能だろ』
公都まで来た当初の目的、セルシアが母親のヘレンカの実態を確認するのがいまだに済んでいないのだ。ヘレンカは生存も所在も確認済みだ。
決戦の折に危機を察して早々に逃げ出し、現在は廃墟同然となった公宮の上層部を住処にしているらしい。この生存優先でプライドを平気で投げ捨てるあたりはセルシアとつくづく似通っている。
だが、セルシアはそれに会いに行くのに二の足を踏み続けていた。
内心ため息をつきつつ、泡立った釜の水をそっと捨てて、足元のパイプを突っ込み井戸に備えられたポンプを指できこきこと動かすゼフィルカイザー。
本来は魔力で自動で稼働するものらしくポンプには魔道具用のオーブが嵌っているが、手動でも動くので問題ない。
『アウェルはどう思う?』
「そうだな」
相変わらず魂の抜けた表情のアウェル。いろいろとどうしようもない。
『……で、パティ。セルシアはどうしたのだ?』
「朝、あれ見て出て行ったきりですよ」
やはり途中で止めるべきだったか。ゼフィルカイザーは今更ながら後悔した。
一方。崩れかかった公宮の最上階にて。
「ここか」
毎日のように城から発せられる気を探知して、セルシアはここまでやって来た。背には城の武器庫からガメた剣が複数本。
あの戦いで、自分の中で腑に落ちた物があった。そのおかげか、アウェルの顔を見ているとどうにも気恥ずかしい気分になる。
その上今朝見せられたものは、
「……あの野郎、どんだけあたしを美化してんのよ。ったく」
思い返すと顔が熱くなってくる。
だが、一方で父の遺言があった。母のようになるな、という言葉が。
「父さんがどういうつもりであんなことを言ったのか、それだけは知っておかないと」
祈るようにつぶやいたセルシアは、その扉を開いた。




