006
アウェルという少年について、少し語ろう。
出身は山の大陸の辺境、竜巣山脈のふもとにある名もなき村。年齢は十四。魔動機を使って木こりなどをする両親のもとに生まれる。
生まれたころから隣家のセルシアと幼馴染で姉弟のように育った。また、セルシアの父ナグラスに魔動機操縦のイロハと魔動機の知識を教わる。
魔力こそ少ないが、アウェルの操縦センスに天稟を感じたナグラスは己の技術を余すところなく伝えた。
辺境故食事に恵まれないことも少なからずあり、歳の割には体が少し小さい。
また村の中での立場が微妙なこともありよくいじめられ、そのためにセルシアによくかばわれていた。これがコンプレックスの元となっていた。
彼のバックボーンは以上である。
断言しておくがアウェルの過去にこれ以上語るべき点は存在しない。
新たなる因縁の影がまたもちらついてきたセルシアのように特別な生まれ素性などでは断じてない。
アウェルの両親は正真正銘ただの木こりだ。ゼフィルカイザーが推察した通り、ナグラスとはトメルギアにいたころからの旧知の仲だったし、それ故に彼を迎え入れていたが、特別な氏素性のものではない。
操縦センスも卓越してはいる。
おそらくトメルギアで彼に並ぶセンスを持つ者はごく数名だろう。
しかし世界全土となれば相当の数はいることになるし、実戦経験も込めれば及びのつかない相手は数多くいる。
仮に同じ機体でリリエラと戦えばまだリリエラが勝つ、その程度だ。
なにより、この世界にはアウェルが生涯を賭しても届くかどうかという例外も存在している。
彼は決してオンリーワンの存在ではない。
ハッスル丸も認めるセンスを持ち、魔動機に関してのみならばパトラネリゼも悔しがるほどの知識を持っているが、それ以外の分野で彼らにはかなわない。
ハッスル丸のような存在自体が反則なキャラクターでもなければ、パトラネリゼのように膨大な知識を有しているわけでもない。
同じ年頃で言えばイルランドのように広い視野と使命、それを背負う覚悟を持っているわけでもない。
彼は正真正銘、セルシアに憧れ、彼女に認められたいだけの一般人の少年だった。
それが、何の偶然か空から降ってきたロボットと出会った。
白と青と赤の機体。ゼフィルカイザーと名乗る、妙に人間臭いロボットと。
最初こそとてつもない力を持つロボットに思えたが、いざ旅に出てみれば動きは悪いわ、妙な勘違いで初対面の忍者に喧嘩を売るわ、アウェルより年下の少女と同レベルのケンカをするわ。
だが、お互い少しずつ慣れていく中で徐々に強くなっていった。
最初ガンベル相手に苦戦していたのがギルトマをあっさりと倒せるようになり、古式魔動機と痛み分けがせいぜいであったのが精霊機とすら対等以上に戦うことができるようになった。
果てには魔法王国の古代遺産を瞬殺するほどの力を見せた。
だがしかし。ゼフィルカイザーの持つ真の力すら、別にアウェルでなくても条件を満たすことさえできれば発動はできるだろう。
ゼフィルカイザー自身が薄々感づいているその条件、システム再構成に必要だった最後の因子。
それは機体と乗り手が絆を繋ぎ通わせること。それぞれが、真にお互いの力になりたいと願うことだ。
だが。はたして乗り手がアウェル以外だったとして、ゼフィルカイザーがその力を発揮できたか。
仮に魔力にも操縦センスにも優れた才気あふれる少年がゼフィルカイザーと出会ったら、彼はゼフィルカイザーの力を求めただろうか。
仮に実戦経験豊富な傭兵が乗り手であったら、ゼフィルカイザーは心底から彼の力になろうとしただろうか。
実際のところifの可能性を論じることに意味はない。
確かなのは、ここまで来れたのはゼフィルカイザーが出会った乗り手がアウェルだったからであり、アウェルがゼフィルカイザーと絆を作り上げてきたからに他ならないということだ。
改めて明記する。
アウェルに、他に替えが効かないような特別な才能や素性といったものは存在しない。
ここまでに語ったことが彼の全てであり、そしてこれから積み上げていくものが彼の全てとなっていくのだ。
全力でエグゼディに乗り込んだガルデリオンは即座にエグゼディを起動した。
果し合いで体力を消耗したが、魔力にはまだ余裕がある。しかし、眼前の機体が先ほどの異常な性能を発揮すると正直勝ち目は薄い。
なので非常用の緊急離脱システムを相次いで起動する。発動まで時間がかかるがそこまで時間を稼げばなんとかなる。
だが、そこで気づく。大型機ゆえにコックピットも幾分スペースが広く作られているエグゼディの中、自分以外の人間の気配がする。
背後を見れば、座席の隙間に垣間見える金色の髪。
「売女、貴様……!」
「ひっ、な、なんですの!?
わたくしは邪教に洗脳された哀れな被害者ですわよ!?
あなたその上司なのでしょう、謝罪と賠償を要求しますわ!! すぐにぶぺらっ!?」
セルシアと切り結んでいる間に忍び込んだのだろう、顔を出したハクダの顔面に容赦のない鉄拳を見舞い昏倒させる。手甲越しに鼻柱の折れる感触がしたが正直どうでもいい。
殺したほうが早いがコックピットが汚れるし放り出している時間もない。
「ああもう、本当になんなんだ、この国の王族は!」
白い機体を見据え、剣を抜く。
確かに驚異的な性能ではある。
だが、あの性能を発揮しないのであれば勝利は容易い。また仮に発揮したとしても、こちらにもまだ奥の手がある。
そしてそれ以前にこちらは時間さえ稼げばいい状況だ。
『退け。私にはこの国でやらねばならないことはもうない。
お前たちと刃を交える理由もない』
言葉を弄してなんとか時間を稼ごうとする。だが、そんなことは関係ないとばかりに剣を抜くゼフィルカイザー。
『魔王軍、四天王、邪神、聖剣。
……なに、殺しはしない。話してくれるならばこちらとしても無体を働く気は――』
「残念ながら、こっちには大ありなんだよ。
お前みたいなスカした奴にセルシアを渡せるか」
『ですよねー』
白の機体が猛然と突っ込んできた。
エグゼディも己の剣を抜き放って迎撃の姿勢を取る。
魔剣イクリプス。召喚器と同じ銘を持つエグゼディに搭載された唯一にして最強の武器。
霊鎧装に対する特攻性は無論のこと、実剣としてもこの領域の業物は世界に二本とない。
だが、轟音を上げてぶつかり合い、鍔競り合う眼前の機体の武器は今の一合でも刃こぼれ一つする様子がない。
そもそも。この剣の斬撃を受けて両断できなかったという時点で、眼前の白い機体は常軌を逸しているのだ。
『ええい、お前に話すことなどない!』
『お前には無くてもこちらにはあるのだ。
殺しはせん、体に聞くこともある……!』
二人分の声。セルシアの弟分という少年のものと、それとは明らかに異なる別人の声。複座式か、あるいは高位の機体のように自我を持つのか。
関係ない、立ちふさがるのなら倒すまで。
眼前の機体の用いる技はほとんどがセルシアの模倣だ。機体重量を斬撃に乗せる、セルシアの域の駆動を魔動機でここまで再現できるのは恐れ入る。
だが、その他の兵法が稚拙に過ぎる。先ほどヴォルガルーパーを滅した際も機体の性能はともかく動きそのものは単純だった。
故に、ガルデリオンは障壁を突破する術さえあれば撃墜するのは容易いと、そう踏んだ。
だからその通りにする。鍔競り合いの中にシールドバッシュで白い機体を弾き飛ばす。そして間合いの開いたところを猛然と踏み込んでの一撃。
だがその瞬間、眼前の機体が消失した。
『なに? ぐ……!?』
同時にエグゼディに走る衝撃。見れば白い機体の斬撃がエグゼディの脇腹を削っていた。
どういうことか。体格差を利用したというにしても今の駆動は理解ができない。
幸い、食らった攻撃はさほどの威力ではない、装甲がわずかに削れた程度だ、支障はない。
今度こそその命を刈り取ろうと間合いを引き離しつつ横薙ぎの一閃。だがこれもゼフィルカイザーは容易くかわした。
僅かに深く踏み込んで斬撃をやり過ごしての一撃がエグゼディの篭手を打つ。
『いったい、どうなっている……!?』
魔動機の操縦において最も重要なことは慣性をどう殺すか、そしてどう生かすかである。ナグラスはアウェルにそう説いていた。
曰く、重いものほど動かしにくい。つまり、速度をつけにくく、ついた速度を殺しにくい。走り出したら急には止まれないという話だ。
これが人間の体程度なら話は早いが、大質量をもつ魔動機になると話は違う。
魔力をミュースリルに伝え力を生み出し、それによって機体を駆動させる。
だが、有り余った速度を殺すためにまた魔力を使うのは非効率。
かといって駆動系を活用せずに無理な止め方をすれば関節をはじめとしたメインフレームに負荷がかかる。
卓越した魔動機乗りとは、すなわちこの慣性の使い方が卓越していることだとナグラスは言っていた。魔力の多寡は重要だが、操縦の技術やセンスとはまた別の話なのだと。
アウェルが魔力が少ないながらも自分の家の作業用魔動機をうまく使いこなしていたのはこの技術を教わってきたためである。
関節の負荷を軽減し、駆動に用いる力は最小限とする。そして、余計についた速度は魔力を使わず、一方で関節系に無理をかけないように受け流す。
機体の構造を熟知しなければ不可能な柔らかい動き。それがアウェルの身に着けてきた技術だ。
ここのところアウェルは教えられた戦い方をゼフィルカイザーで再現することに終始していた。だから、師の教え、その基本へと立ち返る。
機体の身振りを小さくして機体の負荷を軽減。
機体の重心を把握して、一度機体に乗った速度を殺すことなく次へ次へと連携していく。
ひどく単純な話である。人によって最適な動き方が違うのは当然。だが、人とロボットでは最適な動き方はなお違う。
ゼフィルカイザーの体躯の重量バランスを把握し、その中で最適最速の動作を実現している。
無論、完璧ではないし荒はある。だがゼフィルカイザーは慣性制御をリアルタイムで更新しつつその動きに追随していく。
「ゼフィルカイザー、無理させて悪い」
『言うな、お前も無理しただろう、お互い様だ。
こっちの関節やらなんやらは気にするな、全力でやれ!』
ゼフィルカイザーの言葉を受けて動きの鋭さがさらに増す。
明日は動けるかどうか。そんなことを思いながら機体制御に全力を尽くす。
『く、セルシアといい、こうも化けるものか……!?』
ガルデリオンが狼狽しながらも剣を振るってくる。しかしアウェルはこれを難なく掻い潜ってさらなる連携をつなげていく。
アウェルには特別なことをしているという意識などない。ただセルシアが言ったとおり、師の教えに立ち返っただけだ。
そして、相互の機体の差から勝ち筋を見出して実践している、それだけに過ぎない。
それができるだけのことを、ナグラスは自分に教えてくれていたのだと思い知る。
眼前の相手は機体、乗り手どちらもアウェルが知る限り最強の相手だ。機体は骨董の大柄なものながらその駆動は出力、柔軟性ともに並の古式と比べてもはるかに上。
アウェルが今までに見たなかで最も高性能な古式魔動機といえばフラムフェーダーだが、純粋な機体の駆動系の性能はエグゼディのほうが勝っている。そして乗り手はその性能を十全に生かし切っている。
魔力量が化け物なのは確かだが、これだけの大質量の大型機でリリエラ以上に動けている技術はどう考えてもリリエラのそれを上回っている。
慣性の運用。それが眼前の相手は確かにできている。
アウェルの知る限りのナグラスと比較してもガルデリオンのほうが上回る、悔しいがアウェルはそれを確信した。
そう。
エグゼディはゼフィルカイザーより頭一つ分は全長の高い大型機でありながら、関節の負荷を抑える動きを成しており、その機体が手にしても大柄に映る剣と盾をそれぞれ片手で振り回しているのだ。
故に。アウェルは眼前の敵への勝ち筋を見出した。
(つくづく、こいつはどういうセンスをしてやがる……!?)
アウェルが何をしでかしているのか唯一理解しているゼフィルカイザーは、己を操縦する少年の技量に背筋が凍った。
これも、ひどく単純な話だ。アウェルは、エグゼディの可動範囲の限界を見切って攻撃を読み切っている。
スライムやイカタコではないのだ、エグゼディにも当然のように可動範囲には限界がある。
だがしかし、自分が乗って直接動かしたわけでもない機体の可動範囲を見切るというのは常軌を逸している。
実際のところ、ただ可動範囲を見切るだけならゼフィルカイザーにも可能だ。ロボットというものを見続け、プラモデルを組み続けてきたゼフィルカイザーにはロボットの可動範囲を見切ることは容易い。
可動を阻害しないようにプラモを改造するために身に着けたスキルだ。少なくともどこまで曲げれば関節周りの装甲が干渉するか、それは一目で見てわかる。
だが、アウェルが今やっている見切りはそのさらに上を行くものだ。
当然のことだが、大型機であり、また重厚な金属装甲で覆われたエグゼディのほうが、ゼフィルカイザーより重い。ブレードから返ってくる感触からも明らかだ。
そして、それは総重量に限ったことではなく、四肢の先端の重量配分についてもだ。
特にヴァイタルブレードの倍ほどの刃渡りを持つ剣と、それとセットと思しき盾。あの重量感からして相当の質量のはずだ。結果、機体にかかる負荷はゼフィルカイザーの比ではない。
だがガルデリオンの腕は並ではない。慣性を機体の負荷とせず連携する術はあちらも身につけている。
が、結果として機体の稼働がさらに狭まってしまっている。
重量を安定して振り回そうとするために、絶対にできない動きというものがある。アウェルはそこを見切って攻撃をかわしているのだ。
(――ああなるほど。人形はこのために作っていたのか)
この鉄火場にありながら、腑に落ちた事実にひどく平静な気分になるゼフィルカイザー。
後部座席に放り込まれたエグゼディの人形。おそらく、見覚えた情報を立体化することでより正確に相手の可動域や重量配分を見極めようとしたのだろう。
だが、木の、無可動のフィギュアからそれができるというのはゼフィルカイザーの理解の範疇外だ。
それをこの土壇場で実践しているのは、ただ彼の才能というわけではなく――
「次は、あんたが勝て」
(女の一言でこうも、か……まったく、男の子だよなあ、どいつもこいつも……!!)
『ぐっ、お前は部外者だろう!!
俺とセルシアの間に立ち入るな!!』
「そりゃオレの台詞だスカし野郎!!」
「うーわー。ありえねー。
この蛮族がモッテモテとかあっりえねー」
「パティ殿、パティ殿。乙女にあるまじき表情と発言でござるよそれ」
セルシアを介抱するパトラネリゼとハッスル丸はその光景に戦慄しつつもあきれ返っていた。
これだけの大騒動の後で女一人のために超絶の技巧がぶつかり合っているというのは。
「はぁ……そりゃ、美人ですし、お姫様ですけどねえ。
シア姉、そこんとこどうなんですか」
「んー? まあ……うん、あれよ。いいから食いもん寄越せ。血とか足りなくて死にそうなのよ」
パティの問いを流しながら、だがセルシアは満足そうな笑みで戦う二人を見つめていた。
自分でも、言葉にできない感情を抱きながら。
目の前の機体がいかなる機体か、ゼフィルカイザーは大体鑑定しきっていた。
機体性能を極めた白兵戦特化機。
頑丈で速くて強い、おそらくはただそれだけを突き詰めた最強の機体。
頑健な装甲、大質量の機体を駆動させるための膨大な量のミュースリル、それを搭載できるだけの堅牢さと柔軟性を併せ持ったフレーム、そしてそこから生み出される強大な出力。
それを実現できる動力源かつ、それを制御できる乗り手。
だが、機体と武器の質量というボルトネックだけはどうしようもない。本来は重量それ自体が武器となり得るものなのだが、この状況では足かせとなっていた。
(機体が形保って動けてる以上は、魔法による保護かなんかが働いているんだとは思うが)
それとて魔力を要する。そして、ガルデリオンはヴォルガルーパー相手に散々戦ったあとだ。余力はあったのだろうが限界には近づいているだろう。
飛んで逃げるという手段を取らないのは、
(余力がないか、こっちをナメてて逃げ時を見失ったか。
遠距離攻撃の手段がないせいか、あるいは――?)
ゼフィルカイザーは予測を立てつつ機をうかがう。
余力がないのはこちらも同じ。
フェノメナ粒子が底をついている今、止めを刺せる手段はヴァイタルブレードのみ。
そしてレールガンの弾丸はあと一発のみだ。その一撃は確実に叩き込まなければいけない。
どうすべきか、ゼフィルカイザーが考える間にアウェルは先を行っていた。
再度打ち合い、鍔競り合うエグゼディの剣とヴァイタルブレード。
だが。火花を散らしながらヴァイタルブレードが変形し、その場で音叉のように割れた刀身が黒い剣を挟み込んだ。
『ソードブレーカーか!?
だが、このイクリプスは折れるような代物では――』
「吹っ飛べ」
ヴァイタルブレードが空砲で起動。
二股の刃の間に弾体射出のための力場が生成され、トリガーが引かれてくわえこんだイクリプスごと、エグゼディを発射した。
エグゼディの手はイクリプスを手放すことはしなかった。だけに、腕が上へとかち上げられて致命的な隙が生まれた。
そこにレールガンを叩き込むが、辛うじて間に合ったエグゼディの盾が轟音と共に弾け飛んだ。だがアウェルは諦めない。
「ゼフィルカイザー、仕留める。頼む」
それだけ呟いて一歩踏み出す。
ゼフィルカイザーももはや何も言うことはなくエネルギーをヴァイタルブレードをはじめとした機体各部へと回していく。
無茶な稼働が祟って銃身が帯電しているが、ここを逃せば勝機はない。
対してガルデリオンもここを勝機ととらえた。かちあげられたイクリプスを改めて握りなおし、残る魔力すべてを注ぎ込んだ。
イクリプスの刀身が揺らめく。幻影でも錯覚でもない。直線の刀身が周りの空間ごと波打ち、音も光も捻じ曲げる最強の刃を形成する。
必殺の一撃。イクリプスの、エグゼディの真の力でもって敵を両断する。そのために全霊を込めて――
『機道奥義――次元斬!!』
時空を歪ませるイクリプスを、一直線に振り下ろした。
エグゼディの一撃のほうがわずかに早い。
縦一文字に斬撃が空間を震わせ、剣閃の軌道上へと不可視の斬撃が駆け抜け。遅れて走った衝撃が、数百mに渡って破壊をまき散らした。
ただの衝撃ではないのだろう、威力を受けた地面や瓦礫が、砂礫となって砕けていく。
或いはこの一撃ならば、ヴォルガルーパーを打倒することとて不可能ではなかったのではないか、そう思わせてならない。
何より恐ろしいのは、この衝撃すら余波に過ぎないということ。本命である刀身の斬撃、その一閃が走った軌道にあったものは何もかもが物理、魔力いずれの抵抗も無視して両断されていた。
からん、と音を立て、斬撃に断ち切られたものが転がり落ちた。ゼフィルカイザーの手にしていた剣の刀身、先端の三分の一ほどが。
『――な』
単純な推理だ。
今後ガルデリオンがセルシアを狙うならゼフィルカイザーとアウェルが最大の障害となることは必定。故にここで排除できるなら排除したい。
だが、あのゼフィルカイザーの性能を見て何の危惧もしないはずはない。
なのに挑むということは勝機があるということ。あの粒子光を突破する手段を、何らかの形で備えているということだ。
ヴォルガルーパー相手に用いなかったのはあの機体を手に入れるためとすれば説明はつく。
さらに、ヴォルガルーパーの全方位攻性防壁を幾度か受けて全く無傷な理由。
セルシアをさらった時に急に消え去った移動方法。
トドメに今の技名。
それらから推察できることは。
『空間干渉。それが貴様の機道魔法か』
緑色の眼光が尾を引きながら、エグゼディの放った剣閃より半歩ズレた場所にゼフィルカイザーがいた。左肩を筆頭に陽炎をあちこちから吹いている。
ガルデリオンは見た。己の剣閃が直撃する瞬間、それまでの突進を無視するかのように真横にズレ動いたゼフィルカイザーの姿を。
アウェルの言葉を受けたゼフィルカイザーは頼むという一言だけで理解した。詰めは任されたと。だから、その通りにした。
左肩のブースターを一瞬だけ噴いてイクリプスの一閃を回避し、即座に右肩右足のブースターでもって制動をかけた。斬撃のための踏み込みはそのままに。
無論、紙一重の回避だ。余波の衝撃はゼフィルカイザーの左半身を初め全身に及んでおり、アラートが次々と鳴り響く。だが、あと一歩。
踏み込みが足らないなどとは言わせない。
残るすべての出力をヴァイタルブレードへと流し込み、
重力場を纏った最後の一撃が、エグゼディの頭部に叩き込まれた。
重装甲を引き裂いて刀身がめり込むがそこでヴァイタルブレードも限界を迎えた。
刀身が破損したことも相まって、ブレードが爆発を起こして双方吹き飛ばされる。
「うぐ……くそ、ゼフィルカイザー、悪い」
『なに、いいってことよ……さて、これで仕留めれた、か?』
そうあってほしいところだが、十中八九仕留めれていないという確信もゼフィルカイザーにはあった。
はたしてその通り。頭部を抑えながらも、黒騎士は立ち尽くしている。手の向こうでその眼光は健在。
一陣の風が吹き、その煙を吹き飛ばす。
月光が、装甲を失ったエグゼディの顔をあらわにした。
それは、
「え……ゼフィル、カイザー?」
『なん……だと?』
装甲を剥ぎ取られ露出したヘッドフェイス。それは、ゼフィルカイザーのそれと酷似していた。
流線型を描いたフェイスマスク、兜のような形状のフレーム。いずれも銀一色で、細部も異なる。だが、その意匠は明らかにゼフィルカイザーのそれと通じるものがあった。
そして、明確な相違点。紅の魔晶石で造られた菱形のツインアイには、瞳の輝きがあった。
エグゼディがゆっくりと、その剣の切っ先をゼフィルカイザーへと向けた。まるで挑戦状かなにかのように。
『始祖』
ガルデリオンのものではない。
無機質な、機械的な。だが、そこに万感の思いが籠っていることを感じさせる、そんな声。
それに驚きの声を上げた者がいた。その機体を操る当の本人だ。
『……? 俺の操作じゃない?
エグゼディが、勝手に動いている?』
『切望』
『まさか……そうだというのか、エグゼディ!?
あの白い機体が、そうだと。そしてソーラーレイ……!』
頭部のフレームには傷が入っていた。それを抑えながら、エグゼディはゼフィルカイザーへと何かを伝えようとしているように思えた。
だが、その機体をほのかな光がつつんだ。そして空間を歪ませながら、その機体が掻き消えていく。
『再見』
セルシアをさらった時のように、エグゼディの機体が消え失せた。あたりを見渡せば、盾や頭部の装甲、その残骸もいつの間にか無くなっていた。
謎が謎を残したまま。トメルギア公都を襲った大惨事は、ひとまず終わりを告げた。




