001
公都から人が減ったと言っても元々の人口を考えれば残存する人間の数は相当なものだ。そうした彼らも、日が暮れてしばらくしてからの公宮の異変には感づいていた。
だが、突如として公都を襲った大寒波に続いて城が焼け落ち、駄目押しとばかりに城の背後から現れた巨躯を見た群衆は騒然となった。
その巨躯にばかり目を取られて、その下で戦うものなど目に留まろうはずもない。
『くっ、どういう性能をしている……!』
飛行しながら敢然と立ち向かうエグゼディ。だが、火線に阻まれてろくに近づくことができないでいる。
『はははははは!! 黒騎士には剣と盾以外の武装はないのだよなあ!!
こうして遠距離から撃ち続ければいいだけ、楽なものだ!!』
『流石ですわバイドロット様!』
数刻前までの弱気はどこへ行ったのやら、調子に乗ったバイドロットの声だけでも癇に障るのにハクダの合いの手で不快感は二倍、いや二乗だ。しかしそこにさらなる合いの手がかかった。
『まったく同意――アウトレンジは正義だな』
そんな言葉とともに、ヴォルガルーパーの頭部が轟音を上げて横殴りにのけ反った。超音速で飛来した質量弾が大気を穿ち、ヴォルガルーパーの触手の一本をちぎり飛ばす。
『ひっ、な、なんだ一体!?』
ヴォルガルーパー内部にいるラグナロクの、そのさらに内部。ヴォルガルーパーを通じて外の映像を確認したバイドロットはそれを見た。
白に赤と青で彩られた魔動機らしき機体。自分に屈辱を味あわせた憎き敵だ。
『き、きき、貴様ああああああ!』
『よそ見をしている暇があるか!』
気を取られたその隙をついてエグゼディが頭部に斬撃を繰り出す。今度は霊鎧装に阻まれることもない。
頭部の装甲に亀裂が入り――しかしそれまでだ。刃が刀身の三分の一ほど斬り込んだところで止まり、それ以上斬り進むことができない。
『っ、本当にどういう素材で作られて、がっ!?』
再度うねるたてがみに弾き飛ばされるエグゼディ。
だが、吹き飛ばされたガルデリオンや、拡大映像で確認していたゼフィルカイザーが驚いたその先だ。エグゼディが切り裂いた装甲の裂け目があっという間に塞がっていく。おまけにレールガンが打ち砕いたたてがみもじわじわとだが再生しつつある。
『おいアウェル、あんなことができるものなのか!?』
「古式は再生する素材でできてるから魔力注いどけば再生するんだ、だけど再生力と強度の両立は困難で――うわっ!?」
慌てて飛びのいたところを火線がなぞり、地面を焼き抉る。
(HP回復にバリア付きで、その上あの巨体に防御力、本当にどうする!?)
ゼフィルカイザーは最初のレールガンで仕留めたと思ったのだ。
全エネルギーを叩き込んでの一撃である、首ごと持っていってもおかしくない。そう思ったが、たてがみの一本を抉っただけだ。霊鎧装が張られていたわけでもない。
つまりあの機体は純粋な装甲の頑丈さのみでレールガンの一撃を耐えしのいだことになる。その上、
「ゼフィルカイザーお前、本当に大丈夫なのか!?」
戦闘機動に入ってからこちら、機体の不調が如実に表れていた。
反応がやや遅れている。制動も不安定だ。出力が安定せず、エネルギーがうまく回っていない。
そのために、せっかく解放されたブースターも利用が困難だ。
『アウェル、ブースター、その推進器は長時間噴かすな、短時間ずつ小刻みに使え。こちらでも出力調整は行う』
「わかったけど、お前」
『セルシアを助けにゃならんのだろう』
実際、ゼフィルカイザーはてんてこ舞いの状態だった。
起動したブースターは背面のメインが二基、サブが両肩に二基、胴体の周囲に四基、ふくらはぎの背部に二基。それだけの出力制御を一度に行うのは困難極まりない。
これがもっと安定した状況であれば、アウェルと調整して普段使うのに的確な出力を設定しておけるのだが、そんな余裕のある状況ではない。
アウェル側も不慣れだ。それまで二足歩行オンリーだったのが急にブースト移動が追加されればそうもなるだろう。
その上、機体と操作系の齟齬。
ほんのわずかなズレだが、天性の操縦センスを持つアウェルにとってはそれが致命的なものになっている。
『とにかく近寄るのは危険だ、射撃で削っていくほかない』
「つっても弾は」
あと6発。ミサイルは閃光弾が4発に近接信管が2発。あの巨体相手では意味はなさないだろう。
こうして喋る間にも火線は容赦なく降り注ぎ、地上のゼフィルカイザーと空中のエグゼディを執拗に狙っている。避けているだけで手いっぱいで攻撃する間などありはしない。
『バイドロット、貴様何故裏切った!?』
空中を不規則飛行しながら火線を避け続けるエグゼディ。ああして照準をずらす術を持っているあたりやはり只者ではない。
そこに、嘲笑と激昂の入り混じったバイドロットの声が返ってきた。
『裏切る? ははははは……何を馬鹿を言ってやがる、このクソガキが!!
裏切り者は貴様、いや貴様の母親だろうが!!』
『ッ、だとしても陛下の命は大魔動機の奪取が至上、その命をなんだと』
『どうでもいいわそんなもの!!
魔王軍四天王? 邪神の復活? 大義? それがどうした!!
命令だけ出して追い立てられるように本国を出てこの十年、瘴気の薄いこちらの暮らしがどれほど苦しかったか……!!』
その言葉には紛れもない苦痛の響きがあった。しかし、それらの単語を聞き逃すゼフィルカイザーではない。
『おいパティ』
『どうしたんですかゼフさん!?』
通信機は最低限使える程度には充電ができたらしい、パトラネリゼの声が返ってくる。
『こちらに何かある前に伝えておく。
奴らは魔族だ。魔王は健在で邪神の復活が目的だとさ。私の予想は的中だ』
『え、それは』
『……ッ、他の者がいるところで我らのことを!』
バイドロットの言葉にかつてない激昂を見せるガルデリオン。しかし、ヴォルガルーパーの執拗な攻撃は病む気配はない。
『それならば、その機体と共に魔界に帰ろうではないか! 無罪とはいかんがその功をもってすれば』
怒りを抑えたガルデリオンが、穏便な口調でバイドロットへと語りかけるが、
『それが!! それこそが、なによりもの迷惑なんだよ!!』
返答とばかりにぐぱりと開いた口蓋。地獄の溶鉱炉から爆炎がまき散らされる。
初手に比べれば控えめな威力であったがそれでも威力は絶大だ。ゴーストタウンと化した市街地が飴のようにとろけていく。
『ひゃはははははは……なぜ帰らなければならない、なぜ帰らなければならんのだ!!
肥えた土地も、脂ののった肉も、肉付きのいい女もない、あんな痩せて枯れ果てた、魔物におびえるだけの魔界なんぞに!!』
『ちょ、あ、痛いですわバイドロット様』
『ひひ、ふひ、ひひ。ああ、貴様のようなガキにはわからんよなあ。大義大義とほざくだけの貴様なんぞに!!
そう……俺は贅沢を尽くして生きれればそれでいいのだ!!』
『ふざけるなあああッ!!』
再度。最初の火炎放射のときと同様に上からの大上段。しかしながらそこから起こるのも同じ光景の焼き直しだ。霊鎧装が斬撃を受け止める。
『そんなものの、そんなもののために魔界の運命を棒に振る気か貴様ッ!!』
『どーでもいいわ!!
この都は瘴気に満たされここでなら生きていける!!
俺は美味い物を食らい、のど越しのいい酒を煽り、肉付きのいい女を抱いて暮らせればそれでいいのだ!!』
斬撃を受け止められたエグゼディが離脱する。
その追撃に再度口蓋が開き、灼熱の溶鉱炉が口を空けたところに飛来する物があった。ミサイルが二発。近接信管のものだ。口蓋直前で炸裂し、その衝撃で口内の火が失せ、その奥の放射器本体が見えたところに、
『撃てアウェル!!』
「おう!!」
大気が爆発し、超音速の槍がヴォルガルーパーの口内を穿った。流石に内部構造までは頑丈にできていなかったらしい。
口内に直撃した弾丸は貫通力を失わずに突き抜け、ヴォルガルーパーの背面装甲を内側から穿ち抜いた。遅れて、口腔と打ち抜かれた背面装甲が爆発した。
(やった、か?)
縁起が悪いので口には出さない。
だが、ヴォルガルーパー全体が軋みを上げ、四肢が力を失い、そのまま地面へと伏せていく。
オレンジ色の光が失せ、文字通り火が消えたようになるヴォルガルーパー。
「くそ、これじゃセルシアが……」
腹腔の奥にコアがあるというなら、この状態では助け出すのは困難だ。アウェルが狼狽したところに――右肩のサイドブースターが全力で噴射、ゼフィルカイザーのボディが真横に吹っ飛んだ。
直後ゼフィルカイザーのいた場所をエグゼディの剣閃が襲ってくる。
『っ、どういうつもりだ黒騎士!』
『悪いが――我々のことを知られたからには消えてもらわなければならない』
「お前、やりあう気はないんじゃなかったのかよ!」
『悪いがあそこまで話す気はなかった。
そしてその機体の力は危険だ。セルシアの手前もある、機体を降りろ。その機体のみ破壊させてもらう』
「馴れなれしくセルシアの名前呼ぶんじゃねえこのスカし野郎!!」
二人が言い争うのを聞いている中で、ゼフィルカイザーはお約束の法則に従い直感を得た。この状況が指し示すものを。
(あ、この流れあかんわ)
かくしてその通りになる。
ヴォルガルーパーに再度光が灯る。しかしオレンジではない、赤色だ。全体を赤いラインが走り、真っ赤な霊鎧装がヴォルガルーパーを覆っていく。
それに従って気温がどんどん低下していくのを感じるゼフィルカイザー。低温の空気とヴォルガルーパーが放つ大熱量が交錯し乱気流が巻き起こった。
『ふ、くく、き、ひいいいいいい!! ひゃあああああ!!
ああ、もう許さん、許せるか……皆殺し、皆殺しだ貴様らあああ!!』
ヴォルガルーパーが蠢動した。その機体が再度持ち上がる。それにとどまらない。ぎしり、とその巨大な体躯を持ち上げていく。
(おい、おいおいおい……!?)
出来上がったのは全身を赤く発光させた二足歩行のサンショウウオの姿。
あれほどの大質量をどう持ち上げて維持しているのか、そもそも動けるのか。だがそれ以前に、
『ゴジラ立ちする蛍光レッドのウーパールーパーとかそれありか……』
「ぜ、ゼフィルカイザー?」
『いや、なんでもない』
立ち上がり、首をもたげて眼下の二機を見下ろすその異様は公都の外からでも否応なく見ることができた。それほどの姿だ。
立ち上がった全高は、
(100mは余裕で超えてやがる……!! 出る作品間違えてるだろこいつ!!)
このサイズからすればあの天竜王すらトカゲ程度でしかない。つくづく、あの竜王はどうやってこんなものを相手に生き延びたというのだ。
はるかな高度に持ち上げられたヴォルガルーパーの顎が開き、そこから火炎放射が見舞われようとし――だが、小規模な爆発が起きたのみだ。先ほど与えたダメージは十分なものだったらしい。その結果、
『まあいい、この手を動かさせてもらうとしよう!』
ずん、と地響きを立ててヴォルガルーパーが動き出す。
彼我の距離差はまだあるというのにその威容のせいですぐそこに差し迫ってきているようにすら思う。いや、
「こいつ、意外と速い!?」
足元の街並みを崩しながらどんどん進んでくるヴォルガルーパー。
しかし霊鎧装は展開したままなので火砲は使えず、それに腕にしても短い。
とても足元にいるゼフィルカイザーたちには届かない――そう思ったらその腕が伸びた。がちゃがちゃと音を立てて、前腕が二倍近い長さに伸張したのだ。
『そんなのありか!?』
見れば腕には鋭い爪が備えられておりその全てが霊鎧装を纏っている。霊鎧装についてゼフィルカイザーは詳しい理屈を聞いていないが、リリエラの言から防御だけでなく攻撃転用できるものなのは確実。ラグナロクのあれも収束していないと言ってはいたが脅威であったのは変わりがない。
故にゼフィルカイザーが飛ばす指示は一つ。
『絶対に食らうな……!!』
「お、おう!」
そしてそれだけではない。
『おい黒騎士!!』
『なんだ。というか、二人分の声がするが一体誰が喋っている!? セルシアの弟か!?』
『弟ではないほうだ!!
いいか、どうするかは後で面と向かって話してから判断しろ。
この場は協力しないとどっちも死ぬ――来るぞ!!』
ゼフィルカイザーがブーストを噴いて大ジャンプを行う。その場所を赤い巨腕が薙ぎ払っていく。
予想通りというべきか、その爪が薙ぎ払った場所は赤熱して融解し、しかしすぐに冷え固まっていく。
『協力と言ってもなにをどうしろと!?』
『胴体中央にコアがあってセルシアがいる、セルシアを引っこ抜けばヴォルガルーパーを止められるかもしれんし、他に試せる手段もない!! お前も剣しか武装がないんだろう!?』
『ッ……! 貴様はどうなのだ!?』
『霊鎧装を抜く手段がこっちにはない、その代わりレールガンがある!! どうにか霊鎧装をぶち抜け!!』
「オレは協力するとは――」
『このままだと共倒れだし、それにあのアマがセルシアを動力源にしていると言っていただろう!!
早くしないと手遅れになるかもしれんぞ、割り切れ!』
矢継ぎ早に指示を飛ばしながらアウェルの操縦に合わせてブーストの出力調整を行っていく。
ゼフィルカイザーの集中力は極限に達していた。
ゲームで強敵と渡り合っているときにふと陥る感覚。すべての指の操作が完全に思ったとおりに入力でき、画面上のあらゆるパラメータが完全に認識できるような感覚。
だがだからといって、いける、とは欠片ほども思わない。
これで行けなければ死ぬ。
自分は一度死んでいるからまだしもアウェルやセルシアが死ぬ。あのポンコツもどうなるか分からない。
エグゼディが先行する。巨腕の振り回しは離れた場所から見れば緩慢に見えるが、実際には豪速だ。巨大ゆえにそう見えるだけだ。
だが、それをエグゼディはいともたやすく避けていく。
『火砲が使えなくなったのは失敗だったな!!』
あっさりとその胸元まで到達したエグゼディがその刃を全力で突き立て、そのまま腹部の霊鎧装を引き裂いていく。
まるで極厚のガラスのように砕け散っていく霊鎧装の向こうに、素の装甲が見えた。
イルランドが言っていたと思しき腹部の中でも特別分厚い部分。狙うのはその部分とそうでない部分の継ぎ目だ。
そこを破壊して内部に突入する――そこまでをアウェルに指示して、射撃体勢を取ったところで、気づいた。
ヴォルガルーパーの霊鎧装が、沸騰するかのように泡立っていることに。
『――――』
霊鎧装は攻撃転用が可能。収束していなければあたりにまき散らす。ならば。
『ッ、攻性防壁!? アウェル、防御を――』
それに気づいたゼフィルカイザーがアウェルに防御態勢を取るよう指示したのと同時。
地上に太陽が現出した。
霊鎧装が解き放たれ、その魔力が全て熱量へと変換された結果ヴォルガルーパーの周囲の大気が灼熱した。
大熱量のプラズマの圧がゼフィルカイザーを叩きのめす。
全身からのアラート。耐熱装甲がまるで意味を成していない。
極高温のせいで感覚が振り切ったのか痛みすら感じない。
機体の慣性制御の許容限界を超えてコックピット内部も激しく揺れ、ディスプレイが爆ぜ、とんだ破片がアウェルの額を切り裂いた。
『が、あ、ばり、アアアアアアアア!』
ヴァイタルブレードを放り投げて両手でバリアを起動。威力がいくらか減衰されるが、しかし発射口が破損したのか出力が弱い。粒子残量も残りわずか。
だが、徐々に大気の様子が元に戻っていく。ヴォルガルーパーの熱量吸収機構が放った熱を回収し始めたのか。
凌いだ。
全身の装甲はひび割れ、駆動系が露出した部分もあり、右腕が上がらない。
だが、そう思ったゼフィルカイザーを、上方からの大質量が叩きのめした。
『あ……あ?』
ヴォルガルーパーの、腕だった。
無造作に振り回したのか、狙い澄ましてのものか。
アラートが途絶えた。




